Saturn(12月26日)
そんな僕たちには楽しみにしていることがあった。それはすでに旅館と一緒に予約をしていた貸切露天風呂だった。
予約の時間が近付くと、男子と女子で別れ、すぐに僕と宙斗は二人だけの露天風呂を堪能する。
温泉に浸かってしばらくすると、目を瞑ってリラックスしていた僕の耳に、反響した宙斗の声が突き刺すように届いてくる。
「今日の流和、ちょー怖かったよな。」
参ったような顔をしてそう言い出した宙斗は、どうやら僕が知らないところでは既にカンカンに怒られていたらしい。
けれどそれは日常の一コマのようなことで、その場を見ずとも容易く想像くらいは出来る。
「はぁ。流和と違ってあの二人は可愛いよな」
湯に浸かりながらボソッと言った宙斗の言葉は、僕にはどこか聞き捨てならず、「おい」と一言入れてしまう。
「あっすまんすまん、冗談だよ」
そう言った宙斗の顔には、完全に僕をおちょくっている気持ちが表れている。
「それで?どっちが好きなんだよ」
「どっちって?」
「結月か雫星」
冗談だけで終わるかと思いきや、唐突な宙斗からの質問に僕は湯あたりなのか感情なのか分からなくなってしまう。
「いや、そういうのじゃないから。
どっちも大切な存在ではあるけど、それだけだし」
ただ良いように湯気が隠してくれるので、僕も何の気の乱れもなく冷静を装って言えた。
けれどそんな僕の様子などこれっぽっちも興味がないのか、宙斗は視線を上にあげ、既に違うことに頭は向いている。
「雫星がいなかったら、俺たちが今ここにいることもないんだろうなぁ」
これまでのことを振り返ったように話す宙斗の言葉を、僕も同じ方に視線を向けながら考えていた。
「確かに。どうしてだろう……」
五人の方が楽しいことに変わりはない。けどもし雫星と出会っていなければ、きっと僕たちはその先も四人で共に生きていたと思う。なのにどうして四人だけのこういった日々が思い描けないのか。
その答えに僕が辿り着く前に、宙斗が教えてくれた。
「雫星がそれだけのもん抱えてるからじゃないか?
俺たち雫星と会ってからバイトも始めて、旅行だって学校以外で行ったの初めてだし。
きっと四人だけだったら、そんな大層なこと後回しでいいやって思うじゃん。
けど雫星見てるとさ、思い立ったことは今やらなきゃダメなんだなってすごく思うんだよな」
「今しか出来ないことか。」
僕たちはその言葉を学生特有のことだけに使うだろう。けど雫星の意味するそれは、この世の全てを表している。
「雫星はすごいな……」
「だな。」
五人でいる日々を知ってしまった今、四人の日々に戻りたいと思ったことは一度もない。
でもそれを望まなくても必然と引き裂かれる日が来て、僕たちはその時に何を思い、どんな感情が一番に湧き上がってくるのか。
「また来れるよな……」
珍しく不安そうに言う宙斗に、僕は逆に冷静さを取り戻して微笑する。
「そうじゃないだろ?」
僕が一言そう言えば、宙斗もらしくない姿に恥ずかしそうに笑っていた。
「だな。また来ような」
どことなく今まで流れることのなかった二人だけのこの空気感が、お互いにとって不思議な感覚であり、落ち着かないような気持ちにもなった。
「上がったらコーヒー牛乳だな!
そんで部屋に着いたら俺がもっと美味しいお茶淹れてやんよ!」
すぐに切り替わったいつも通りの宙斗に、僕は呆れた笑顔を見せつつ、それをありがたくも思っていた。
「んじゃ俺、逆上せてきたから。先上がってるな!」
そう言って足早に宙斗は湯から出たが、僕もう少し温泉というものを楽しみたかった。
宙斗もいなくなり一人になると、薄々感じていたことが肥大化するかのようにやけに気になってくる。
宙斗に聞かれた時からずっとモヤつくこの感情は何なのだろう。雫星の話をするだけで、僕の心はどこか何とも言えない気持ちになっている。
どっちが好きか。どうして宙斗はそんな質問をしてきたのか。
今更聞き返せば、宙斗はまた悪ノリで僕をイジってくるだろう。それが変に女子三人に伝わればその時の僕が迷惑を被る。
ただ僕の本音は、四人とも全員が大切で、今の僕には必要な存在だと思っている。
それが答えじゃいけないのだろうか。きっと宙斗はそんな深い意味で聞いてはいない。僕がこうやって自分の言った一言のおかげで悩まされていることにも気付いてやしない。
多分これは宙斗じゃなく、僕にとって引っ掛かる質問なだけで……




