Earth(6月10日)
そして二日後、雫星にとっては念願叶うこととなる日。
「おはよう!」
六時間目の授業まで終えクタクタになっていた僕とは真逆に、今から遊びにでも行くかのように元気に教室の扉を開けて入ってくる雫星。
「あれ?どうしたの?」
雫星は僕の疲れた顔を見て、すぐに自分とのテンションの差に気づいてはいたが、その理由を今更ながらに聞いてくる。
「やっと解放されたと思ったのに、今からまた僕の嫌いな授業が始まるんだ。
雫星のようなテンションではいられないよ。」
僕がそう言うと、雫星は少し悲しそうな笑顔で下を向く。
「そうなんだ。ごめんね。」
知っているはずだと思っていた雫星は、急に全てを悟ったように寂しそうにしていた。僕はそんな様子が気になって、雫星の方に目を向けてしまう。
そしてちょうど会話が途切れたタイミングで、教室の扉がもう一度開く。
「すまん、待たせたな」
今から本格的な授業が始まると予兆させる教科書の量、それを両腕一杯に抱えた内海先生が教卓へと着く。
「なら今日教えたところの復習、それから応用といこうか」
僕には見慣れた光景でしかない授業だったが、今日の三時間目にあった内容をそっくりそのまま、また黒板へと書いていく内海先生には度肝を抜かれた。
少し僕にとって有り難かったのは、実際の授業よりも緩いペースで進んでいくこと。教科書を出さずともノートを広げずとも内海先生は怒らなかった。
普段の授業もこうであったらまだ耐えられるかもしれないのにと考えつつ、僕は机の上で腕を組みながら顔を伏せ、ぼーっとした頭でそのまま隣に頭を向ける。
その先にいた雫星は、今日の誰よりも真剣な眼差しで黒板の内容を自分のノートに書き写していた。
僕にとってはうんざりするような時間でも、雫星にとってはあまり経験したことのない時間。
確かにこれが最後の授業になるかもしれないと分かっていれば、僕だって今よりはもっと真面目にこの授業を受ける気になるかもしれない。けど仮に自分があと僅かの命となれば、僕なら違うことに時間を費やしたいと思ってしまう。
今の僕にとって死というものは、いつか訪れるということも実感できないほど遠いもので、毎年引くおみくじでさえも必ずと言っていいほど病気は健康としか出ない。
昔から長生きの家系で、未来のことは分からないがきっと僕は長生きするに違いないと思っている。
でももしそんな中で自分が近いうちに死ぬと分かっていたなら、それは一体どんな感覚なのだろう。真面目に授業を受ける雫星を見ながら、ずっとそんなことを繰り返し考えていた。
「なら今日の授業はこれで終わりだ。お疲れ様」
内海先生がそう言って教科書を閉じたと同時に、僕は両腕を伸ばしながら大きくあくびをした。
肝心の雫星は授業が終わってしまったことを名残惜しそうにしており、そんな雫星が目に入ったのか、教卓の上に散らばった教科書を片付けながら先生は言う。
「また地崎が頼んでくれたらいつでもするぞ!」
こっちを見てニヤつきながら言う内海先生の態度は相変わらず悪意がある。
それを見た僕は呆れた顔をしながらも、今日のところは何も言い返しはしなかった。