Jupiter(11月12日)
駅に着けば、そこから水族館までは少し距離があるため、残りの距離は徒歩で向かうことになる。
出口から外へと出ると、さっきまでの雨が嘘だったかのように太陽が垣間見えている。
「私晴れ女なのかも!」
申し分ない晴れ模様に結月はお調子者なことを言っていたが、きっとこれは通り雨の部類だろうと僕は思っていた。
そのまま火ノ川や宙斗と一緒に談笑している雫星たち三人を前に、少し遅れて僕と結月が歩いていく。
「今日の雫星可愛かったでしょ?
私がメイクしたんだよ!それにコーディネートも!」
「雫星から聞いたよ。すごく喜んでた」
「本当に?良かった!」
結月は自慢げな笑顔を見せた後、上の方に視線を向け指を差す。
「見て!虹だよ!」
それを見つけた結月のテンションは、いつも以上に高かったのかもしれない。それなのにそのテンションに見合わない僕の「あぁ本当だ」という一言のせいだったのか、それともそんな僕の返事など気にもしておらず、消えないうちに一刻も早く雫星に見せたいと思っていたのか。僕が気付いた時には、既に結月は横断歩道を渡り切っていた雫星の元へと一目散に走り出していた。
ここは信号機もない横断歩道もあって、走り出した結月を遮るものは何も無かった。周辺には道路が四方八方に続いており、車の走行音も多く聞こえる。その中に溶け込んでしまった僕の声さえ、雫星のことしか見えていなかった結月には聞こえていなかったのだろう。
「危ない!」
僕の声はその先にいた三人には届いていたのか、奥には同じように驚いている三人の顔がはっきりと見える。
敢えてタイミングを合わせたかのように都合良く現れた車は、多分止まってくれることはないのだろうと感じさせる勢いだった。
一瞬が短いようで長く、覚悟を決められるようで決められない。怖い、痛い、死ぬ。そんなことを頭で巡らせる暇もなく、僕は離れていく結月に必死に手を伸ばしていた。
一筋の希望が届いたのか、僕の手は靡いている結月の服に僅かに掠り、掴んだところで一気に自分の元へと引き寄せる。その反動で僕と結月は尻餅をつき倒れ込んでしまったが、何事もなかったように去っていく車と共に、僕は生きていることを証明するかのように茫然としていた。
何も失うことがなかったことを安心した僕の手は、どんな感情なのか震えが止まらなかった。
「大丈夫ー!?」
火ノ川にしては珍しく深刻な声色でこっちへと向かって来ている。
「あの車、そのまま行きやがったぞ!」
優しい宙斗は僕の代わりに怒りを打つけてくれてもいる。
「それより今はこっちでしょ?二人とも、大丈夫?」
僕たちの元に辿り着いた二人は、深刻な表情で僕たちの様子を伺っていた。
「うん、私は全然大丈夫なんだけど……」
結月も何が起こったのか分かっていなかったのか、自分の現状だけ答えたと同時に、顔色を悪くしていた僕を心配するような目で見ていた。
僕は全身の力が抜け放心状態になっていたが、結月の視線を感じ、現実をまた直視した上でそれを言えた。
「良かった……」
自分がどうなってしまうかよりも、結月を失うかもしれないとこの一瞬でも想像しなければならなかったことが恐ろしく、その後遺症なのか僕の声はか細くなってしまっていた。
「雫星……?」
そして僕は結月がそう言うまで、その場に雫星だけがいなかったことにさえも気付いてはいなかった。
結月のその声で、未だ距離がある場所で立ち尽くしていた雫星に全員が気付くが、そこにいた雫星はここにいる誰とも違う視線で僕たちのことを見ていた気がした。
「あっ二人とも、無事で良かった。」
我に返ったようにそう言った雫星は、本音を押さえているようにも見える。
また雫星に死というものを直面させてしまった。けれど僕もこれまでよりもずっと、雫星が抱えているものの大きさがどれほどの恐怖なのかを理解出来てしまっていた。
今この瞬間結月を失うことがあったかもしれないように、近い未来で確実に雫星を失うかもしれないということ。それは何にも代え難い恐怖でしかなかった。




