Jupiter(9月24日)
文化祭も終わり、バイトを始めてから早一ヶ月が経った僕たちの元へは初めての給料が振り込まれていた。給料が入ったその日のうちに四人で互いの通帳を見せ合うと、時給の僅かな差からその額に若干の違いはあったものの、どれも雫星のためになるお金だと思えばそこに諍いなどはなかった。
「よし!遊びの計画立てるぞ!」
「その前にさ、せっかく初めての給料もらったんだから雫星にサプライズしようよ!」
意気込んでいた宙斗を前に結月がそんなことを言い出したので、僕たちはその結月の言葉に乗せられるように花束を渡すことにした。なぜ花束になったのかと言えば、最近花言葉を覚えたという結月が何やらプレゼントしたい花があるらしい。
「それで?あげたい花ってのは何なの?」
火ノ川が聞くと、結月はすぐに元気よく答える。
「胡蝶蘭!」
「これまた意外なところだね。その理由は?」
「もちろん花言葉だよ!
胡蝶蘭って花びらの形が蝶みたいに見えるでしょ?まるで無数の蝶が舞ってるみたいな。だから胡蝶蘭って名前なんだよ!」
嬉しそうに話していた結月だったが、それは僕たちが想像していた花言葉とは少し違っていた。
「まぁいっか。教えるのはまた今度で」
そう言った火ノ川に、結月は何のことかと首を傾げている。
「何にもないよ。じゃあそれを買いに行こっか」
とりあえずは胡蝶蘭を探すべく、僕たちは近所でも有名なフラワーショップへと向かった。
各々が明るい気持ちでその歩みを進める中、僕は雫星の病室に蝶の飾りがいくつか置いてあったことを思い出していた。もしかしたら結月は雫星が蝶を好きであることを見込んで考えていたのかもしれない。だとすれば僕には出て来なかっただろう発想に感心もする。
歩き続けると薄らと見えてきた花々を前に、僕の鼻には青臭い香りが飛び込んで来る。
「プレゼント用ですか?」
店の入り口から一歩入ると、店員さんがすぐに声を掛けてくれる。おかげで数種類もの花の中から胡蝶蘭を見つける手間が省け、あとは店員さんにお任せでこれを花束にしてもらう。会計は四人で折半となり、一旦は火ノ川がここでの支払いを済ませてくれることになった。
そして完成したばかりの花束を抱え、僕たちは雫星のいる病室へと向かう。
「雫星!」
そう言って結月が花束を見せた瞬間、雫星は驚いた顔を見せていた。
「これ、どうしたの?」
「私たちからの初給料プレゼント!」
堂々と言う結月の後ろで、宙斗と火ノ川もニコニコと溢れる笑顔を隠せずにいる。
「えっでもせっかくの初めてのお給料なのに、いいの?私なんかに……」
「雫星が綺麗って思ってくれたらそれでいいよ」
結月にそう言われ、雫星はウルウルとした瞳でしばらく花束を眺めていた。
「うん、綺麗だよ。本当に蝶が待ってるみたい」
するとそれを聞いた宙斗は言う。
「なんだ。雫星も花言葉を知ってたのか!」
どうやら宙斗も結月と同じく花言葉の意味を誤解しているらしい。けどそのおかげで新たなことを知るきっかけにもなる。
「だってそれ、私が教えたんだよ?」
その言葉を聞き、僕たちはどういう意味かと結月の方を見る。当の本人である結月は「あはは」と苦笑いを見せていたが、花言葉の意味は違えど胡蝶蘭をあげることに意義があると思っていた僕たちからすればおじゃんも同然だった。
でもそんなことは関係なく喜んでくれている雫星を見れば、それもまた笑い話の一つかとも思えてしまう。
そして雫星は受け取った花束から視線を逸らすことなく話し出す。
「蝶ってね、仏教の言い伝えでは死んだ後に苦しみのない場所まで運んでくれる存在なんだって」
「へぇそうだったんだ。知らなかった!」
雫星の物言いは、僕からすればとても儚げに映った。けれどその一方で結月や宙斗に関してはとまた新たなことを教わったとでも思っている。この話に対し、雫星は僕たちに何か答えを求めようとはしていなかったのだろう。無知な二人に追加で知識を伝えたかった。ただそれだけだったのかもしれない。
でも雫星がそれを希望のように話している気がしたのは何故なのだろう。雫星が死についての話をすると、どうしても僕の内側は曇ってしまう。
「ほら、どこに飾る?」
それを僅かにでも感じ取っているのであろう火ノ川は、僕と同じ考えを持ってなのかその場しのぎなのか、いつも話を変える役を引き受けてくれる。
想像も出来ないような世界を想像するだけでも怖く、僕たちはまだ未熟であった。その事実から逃げ続けることで、いつかその事実すら追いつかなくなる日が来ると、案外本気で信じていたところもあったのかもしれない。




