Mars(8月4日)
次の日の朝、僕は余裕を持って鳴らしていた目覚まし時計の時間に合わせて起きた後、雫星のスマホへと電話を掛けた。
病院での電話以降メール文でのやり取りが増えていたため、通話でのやり取りは久しぶりな感じがした。
「もしもし?」
その声の奥ではざわざわと物音が聞こえ、慌ただしい様子なのかもしれないと悟った。
「ごめん、忙しかった?」
「ううん、平気だよ。それより、今日だね」
「うん、そうだね」
「とっても楽しみ」
「僕もだよ」
「あっじゃあまだ残りの準備があるから」
「分かった。それじゃあまた後で」
そんなたわいも無い会話で終わってしまったため、こんな電話で良かったのだろうかと思ってしまったが、僕もまだ完成していない準備に追われ珍しくドタバタと家を後にした。
待ち合わせは最寄りの駅だった。それでも全員が待ち合わせの時刻までには集まっていたので、奇跡ではないかと疑ってしまった。
ただその中で一人疲弊感を漂わせていた火ノ川を見て、きっとそこには相当な頑張りがあったのだろうと悟り、心の中でお疲れさまと労っていた。
誰も遅刻をしなかったおかげで、僕たちは予定通りの新幹線に無事に乗ることができた。
学生であるが故に費用を少しでも削るため、新幹線は自由席に座ることを決めていたが、夏休み真っ只中もあり、当たり前に五人分が綺麗に揃って空いているなんてことはなかった。
けれども途中、運良く二人席が一つ空いているのを見つけ、そこに宙斗と火ノ川が座ることになった。残りの僕と結月と雫星は、他に三人で座れる場所がないかを探すことにする。
最悪の場合僕は一人席で、責めて雫星と結月が隣同士で座れる席があればと考えていた。だがこれまた運良く三人席と二人席の間が隣続きで空いていたため、二人席の一つに僕が座り、そこから通路を挟み雫星と結月が隣り合わせで座ることにした。
宙斗と火ノ川とは少し離れてしまったが、目的地に着けばいくらでも再会できるだろうと特に気にはしなかった。
出発から少しして、今さっきまで雫星と共に燥いでいた結月は静かに眠りに落ちている。僕は新幹線では寝られないタイプなので、文字だけが流れていく電光掲示板にぼーっと焦点を当てていた。
「陽は寝ないの?」
隣にいた雫星も静かだったため寝ているのかと思っていたが、しっかりと起きていたことに多少驚いてしまう。けどすぐに冷静さを取り戻した僕は微動だにせず答える。
「たくさん寝て来たからね。雫星は?」
「私はまだドキドキして眠れそうにないかな」
それを聞き、旅行が決まってからずっと雫星は眠れていないのではと少し心配にもなった。それなのに今朝の電話は、絶対に遅刻をしない為いつも以上に早起きをした僕が寝起きすぐに掛けてしまっていた。
「朝の電話、迷惑だったよね。」
「そんなことないよ。どうしてそう思うの?」
「いや、だって時間も早かったし、準備してる途中だったと思うから。」
「ううん、逆だよ。すっごく嬉しかったの。
正直ね、買い物に行ったりして準備しても全然実感が湧かなかったんだ。
そのまま当日になって、あんまり眠れはしなかったけど。それでも日が昇った外を見ても実感できなかった。
そこに電話が掛かってきたの。それでやっぱり今日なんだって思えた」
僕はその意味を深くは理解できず、「そうなんだ」と一言素っ気なく返してしまう。それを見て、雫星は一瞬つまらなそうな顔をするが微笑を浮かべて言う。
「陽はそうは思ってないのかもしれないけど……一緒に楽しみだと思える人がいるって、すごく嬉しいことなんだよ」
そう言い終えた時、結月が目を覚まし、それからまた目的地までは女子二人の会話が絶えることなく続いていた。




