Mars(7月24日)
僕は事前に聞かされていた場所まで雫星を案内する。
雫星にはそれが何処とは伝えなかったが、三人が譲らず選んだ花火が相当な量であることだけは伝えた。すると雫星は沢山あるということを子供のように喜んでいた。
ワクワクとドキドキの両方を兼ね備えたような顔で僕の隣を歩く雫星。そしてあまり会話も重ねないうちにその場所が見えてくる。
「あっ来た来た!」
公園が目に入ると同時に、僕たちに一番に気づいた結月は嬉しそうにこちらに手を振っている。
もちろんその光景を見て喜びに満ちているのであろうと思っていた雫星の顔は、何故か不安そうな顔付きに変わっていたことに僕は驚いてしまう。
そしてその顔付きのまま目の前まで来ていた公園へと足を踏み入れると、他の三人も僕と同様、思っていた展開とは違う現状に準備の手が止まってしまっていた。
僕たち四人からの視線を集めた雫星は、恐る恐る僕たちに聞く。
「ここって……いいの?」
その疑問をそんなことかと思ったのか、宙斗は軽く受け流すように答える。
「そりゃ水道もあるし、スペースだってあるから花火には最適なんじゃねぇかな!」
そんな安易な答えに対し、雫星は大きく首を振る。
「ううん、そうじゃなくて……」
宙斗以外は雫星の言いたい意味をちゃんと理解できている。
けれど何も考えていない宙斗の言葉では説得が出来なかった為に火ノ川が答える。
「別に禁止の張り紙だって貼られてはないわけだし、今日する分には問題はないでしょ?」
その言葉でも、雫星はまだ多少納得することができていなさそうだった。
普段から人に迷惑を掛けるようなことはしない真面目な考えの雫星にとってはこんなことでさえも性に合わないのだろう。だけども僕たちだって何も考えていないわけではない。
火ノ川はしょうがないといった顔で雫星に言う。
「本当にダメかどうかなんてやってみなきゃ分からないでしょ?
やって怒られて、そこで初めてダメだったんだって知ることになるんだから」
「ほら、こんなに色々あるよ!雫星も早くしようよ!」
結月は雫星に一本花火を渡す。そんな結月に感化されたのか、思ったよりも火ノ川の言葉が響いていたのか、雫星もここで花火をする気になってくれたみたいだった。
「じゃあ火つけてくぞー!」
そう言って宙斗が順にそれぞれの花火に点火していく。
その最中に僕は思い出す。そういえば前に内海先生が言っていた気がする。
雫星はこの性格もあってか誰かに怒られたりするという経験が極端に少ない。つまりはそれだけ何かに挑戦したことも、踏み出したこともない。それは誇るべきことでもあるが、間違った大人にもなり兼ねない。
内海先生は僕たちが怒られるばかりの問題児だということを、担任としての立場から痛いほど知っている。でも学生時代を過ごすにはそれでいい。大人になってから怒られるのではなく、学生の時に可能な限りの失敗を全て経験するべきだと。その上で成長できるのならそれでいいんだとよく言ってくれていた。
内海先生は雫星に問題児になって欲しいわけではない。ただ僕たちのようにしたいことを自由にして、それがたとえ他人に迷惑を掛けるようなことだとしても、今を楽しむことが大事だと知って欲しいと言っていた。
ちなみに内海先生自体も昔は問題児であったらしく、だからこそ僕たちに対し他の大人たちよりも真剣に向き合ってくれている。内海先生曰く、真っ当に生きて失敗したことがないような教師よりも、失敗ばかりしてそれでも大丈夫だと言える教師の方が信憑性があるだろ?とのことだった。
雫星はただでさえ残りの少ない人生を送っている。内海先生はせめてやり残したことがない人生にして欲しいのだろうと僕は思う。
だから僕は雫星がたとえ良くないと思っていたとしても止めないことを選んだ。
そして花火を数本それぞれが楽しんだ辺りで、火ノ川は数ヶ月前の自分たちの話を始め出していた。
「実はね、二年に上がってすぐくらいの頃。私たち飲酒して逃げたことあるんだ」
「えっそうなの……?」
何故火ノ川が自慢げにその話を始められたのかは分からなかったが、その話の第一声から既に雫星が衝撃を受けているのは確かだった。
「あの時は大変だったな」
「でも美味しかったよ?今では大人になるのが楽しみでしょうがないもん」
宙斗と結月は雫星の反応に気づいていないのか、火ノ川に続きどこか自慢げに話している。そんな三人の話を聞き、僕も思い出したくはないがその日のことを思い出してしまう。
その日はやけにやさぐれていた火ノ川をきっかけに、そんな火ノ川を見るに耐えられなくなったのか結月も。そしてノリとバカだけは取り柄の宙斗も二人に釣られて飲んでいた。
ただそんな三人にも釣られることはなく、唯一飲酒をしなかった僕までしていたかのように話すのはやめてもらいたかった。
あの日はどうしてなのか飲酒をしていない僕までが警察に追いかけ回されることになったんだ。
でも唯一変な感覚だったのは、それを思い出話として楽しそうに話す三人を見て、嫌な気分にはならなかったことだった。
きっといつの間にかその思い出を、僕の中でも良い思い出として捉えつつあるのだと初めて知った。
「すごいね、みんな……」
けどどう見てもこの話に雫星は若干引いていた。
「大丈夫。そんなこと雫星にはさせないし、私たちももう二十歳になるまでは飲まないって決めたからさ」
本当なのか適当なのか、一旦はそう言った火ノ川の言葉に雫星は安心したような顔を見せていた。
綺麗な花火に時折目を奪われては、また大したことない話で笑い合ったり、何気ない時間ほどあっという間に過ぎていくものだと思い知らされながら、花火の本数が減っていくその光景をどこか受け入れられずにいた。
時間は永遠ではない。あれだけあった花火もあと数え切れるほどになってきた時にはその場にいた全員が明らかに切ない顔になっていた。それはこの光景をもう二度と見ることができないと思う節もあったからだと思う。
そしてそのことを薄々と皆が実感し始めていた時、ふと雫星が言った。
「最初で最後かもしれないけど、こんな綺麗な花火を見れて良かったな」
雫星の言葉はそれを実感し始めてしまっていた僕たちの心には強く響いた。
「どうして最後だと思うの?」
「え?だって、私余命一年って言われてるし、それももう二ヶ月前のことになるから……」
どうしてと聞いてはみたものの、明るく笑う表情とは裏腹な返答に僕には返せる言葉がなかった。
それを感じ取ったのか、僕の代わりに話し始めたのは意外にも火ノ川だった。
「でもそれは、雫星のことを病状までしか知らない医者の言葉でしょ?
そんなのただの当たるか当たらないかも分からない予言に過ぎないと思うけど」
「確かに、私たちの方が雫星のこともっと知ってるもんね!」
その言葉をどう受け止めているのか、結月も明るく便乗する。
「でも、私は……」
「それは未来での話でしょ?今雫星が私たちと同じように生きているのは何も変わらないんだから。
それに未来のことなんてさっぱり分からないし、歳をとって老けた自分のことなんて、想像もしたくないなぁ。」
結月の冗談気味に話した内容に、呆れ笑いしながら火ノ川が言う。
「そうじゃないでしょ?
つまり私たちが言いたいのは、大事なのは今だってこと」
「だな!俺たちは雫星と一緒にいて楽しいんだぜ!」
僕も三人と同意見だった。だからこそここは敢えて口に出すことにする。
「雫星と一緒に今を過ごすことに意味があると思ってる。だから僕たちは今日もここに来たんだ」
意味のないことを今まで避けてきた僕だからこそ言える言葉だった。
「後は野となれ山となれ……だね」
「え?何それ?」
急に雫星の口から出た難しい言葉に、結月は目を丸くして聞く。
「未来のことなんて知ったこっちゃない。今が楽しければそれで十分って意味」
「私たちにぴったりの言葉だね」
優しい笑顔で教えた雫星に、同じ笑顔で火ノ川が言った。
「そうだよ雫星、その言葉通りだよ!」
言葉の意味を理解した結月は、燃え盛る花火を揺らしながら火ノ川と同じく同意する。
そして最後に火ノ川は言う。
「それに私は思うよ。雫星は絶対に長生きするって。」
その言葉は、また僕にとっては意外でしかなかった。
他の誰がこの言葉をどう受け止めていようと、それが火ノ川らしくない嘘の感情から出た言葉だということを僕は理解していた。きっと僕が理解しているということは、心のどこかでは結月や宙斗も表に出さずとも理解しているものはあったと思う。
でも僕たちはそれを敢えて誰も指摘したりするようなことはしなかった。
嘘であることに気づいたと同時に、これがただの嘘や虚言という言葉で片付けられるようなものではなく、自信がないだけの本心だということにも気づいていたから。
それを傍から見れば嘘だと言われるだけなのかもしれない。
「来年もここで花火しようね!」
それでも結月は雫星の目を真っ直ぐに見つめながらそう言える。
病は気からという言葉だってあるくらいだ。余命のことを頭では理解しつつも、そうならない可能性が少しでもあることを皆が本気で信じ、全員で雫星が長生きすることを思っていた。
「なら残り五本、全員持ったかー?」
「持ったー!」
来年への約束を奮起するよう花火を掲げながら宙斗が聞き、それに花火を掲げ応えた結月。変わらず最初から最後まで明るく過ごしていた宙斗と結月のおかげで、僕たちはそのことを深く考えすぎずに居られた。
だが同時に皆が雫星を失うことを昨日よりも今日、今日よりも明日と着実に恐怖に感じていたことだけは消せない事実だった。




