Mars(6月28日〜7月1日)
「さて、今日はどこに行く?」
雫星も集まり、今日も五人だけの教室で結月がそう切り出した途端、嫌な予感と共に僕たちのいる教室の扉が開く。
「今日は教室で授業だぁ!」
威勢良く入って来たのは、やはり内海先生であった。
ただそれと同時に僕は思う。
「いや、頼んでないですよね?」
約束通り授業をしたくないから頼んでいなかったはずなのに、それを裏切る先生の登場に、僕は思わず怪訝な顔をして聞いてしまう。
でもそんな僕の顔にも内海先生が負げることはない。
「確かにそうだったかもな。
けどそろそろ俺の授業が恋しくなってきた頃なんじゃないかと思って、有り難く登場してあげたってわけさ!」
毎日どころか今日も授業を終えて今に至る僕たちに、恋しく思う時間など全くもってないのだが、そんな僕たち四人の怪訝な顔がもはや見えてさえいないのか、内海先生は着々と授業の準備を始めていく。
けれどこの場には雫星という例外の存在もある。
授業という言葉を聞き嬉しそうにしている雫星を前に、僕たちも断る勇気はなかった。
その後も滞りなく授業へと進んでいく過程を、僕たちは不快な気持ちと共に黙って受け入れる中、それでもさすがは問題児組と呼ばれるだけある三人は、普通に授業を受ける気なんて更々ないのが席に着いてすぐに分かった。
僕の二つ隣の席に座っていた結月は、僕の隣に座っていた雫星の机を二回ほど叩いており、それがふと横目に入った僕も二人のやり取りに目を向ける。
すると結月は雫星に何かメモを渡し、お決まりの内緒ポーズをしながら嬉しそうな笑みを浮かべている。
それを見て同じような笑顔になった雫星は、そのメモを開き書き足しては今度はそれが僕にまで回ってくる。
何が書かれているかと開いてみれば、それはただの絵しりとりだった。
でも二人が楽しそうにしているので、僕もそこに書き足し宙斗に回すことにする。
若干半寝だった宙斗を叩き起こし、その様子を見てまた雫星は面白そうにクスクスと笑っていた。
特にこの一連の行動に何か意味があるわけではないのだが、こんな些細なことでも見つかってしまえば大半の教師が怒りの言葉を打つけてくるのは間違いない。
だからこそ僕たちは社会に出れば大したことがないようなことでも、まるで犯罪かのようにそのスリルを楽しんでしまう。
教師に見つからないように。きっと僕たちがこれを楽しく感じる理由はそこにあって、受け入れなきゃいけないものへの小さな抵抗なのかもしれない。
でもそれで僕たちや雫星が楽しいと感じれるのなら、今この瞬間にある大人の意見なんてどうでもいいとも思った。
最初は授業に一筋かと思われていた雫星は、いつの間にかそれをサボる楽しさを身につけているようだった。
内海先生がそのことに気づいていたのかいなかったのか。その日は何気なく授業が終わり、これに懲りて二度と放課後に授業なんてしないでほしいと思ったが、その期待は虚しく、暇を持て余しているのか内海先生は次の日もやって来る。
なので僕たちは昨日同様教科書に落書きしたり、消しゴムから練り消し作りを教えたり、机で隠して漫画を読んだり、携帯でゲームしたりと、教えられるだけの悪事をその後も数日間に渡って雫星に教えた。
あれだけ純粋だった雫星も、今では僕たちのような悪巧みをする人間の仲間入りになってしまったが、それに内海先生も気づいていたということを僕は途中で知った。
それは全員が黒板から目を背け、漫画やゲームと視線を下に向けていた時だった。明らかに内海先生は黒板から振り返った瞬間、それに気づいていたのは確かであったのにも関わらず、それを注意をすることはなくその後も淡々と授業を続けていた。
それどころか敢えて気づかない振りをしているようにも見え、それを僕は不思議に思った。
「なら今日もこれで終わりだ」
そう言っていつものように教室を出て行く内海先生を、僕は気になり一人で追いかける。
「内海先生」
僕は廊下を出て先を歩いていた内海先生を呼び止めた。
「ん?どうした?」
振り返った内海先生は至って普通だった。
「何でいつもみたいに注意しないんですか?」
僕の質問に、少し間を開けた内海先生は答える。
「雫星が嬉しそうだったからだ。」
内海先生のその答えには、そもそも最初から授業をする気なんてなかったことを意味しているように感じてしまう。
「僕が頼んだわけでもないのに、どうしてまた授業をするようになったんですか?」
「心配でな。俺には出来なかったことだから。」
そう言ってまた歩き出す先生は、少し進んでもう一度僕の方へと振り返る。
「でも本当の授業中には絶対駄目だからな!」
最後にそんなことを言い残した先生の顔は、少し寂しそうで悲しそうで、そして嬉しそうな顔だった。




