Mars(6月21日)
結局のところ結月からの返事はなかった。
それでも結月を除いた三人の間では、今日の放課後に雫星のお見舞いに行くことが決まっていた。
僕たちは待ち合わせ場所に正門を選び、一足先に僕は待つ。
「待たせた」
数分後、聞こえた宙斗のその声で、スマホを見ていた僕は顔を上げる。
そこには約束していた宙斗と火ノ川だけでなく、その二人から一歩遅れを取って歩く結月の姿もあった。
火ノ川と宙斗は割といつも通りに近い印象だったが、結月だけは不安と緊張が入り混じったような様子に見えた。
だけどもあれ以来、この件について音沙汰の無かった結月がちゃんと来てくれたことに僕は胸を撫で下ろしていた。
「なら行こうか」
待ち合わせ場所に全員が揃い、僕たちは目的地へと動き出す。
複雑な気持ちを抱えているのは結月だけの話ではない。決して全員の中に明るい感情なんてなかったとは思うが、進み始めたその足取りは、着実に雫星の待つ病院へと近づいていた。
四人で歩く道のりは、一人の時よりも長くも短くも感じれた。
徐々に病院が見え、通いなれた僕が最初に敷地内へと一歩足を踏み入れる。それに続いて火ノ川と宙斗も病院の入口の方へと向かって進んで行く。
数十歩と進んだ時、その中に結月がいないことに気づき僕は後ろを振り返る。そこには下を向いたままで、敷地内には入れずにいる結月がいた。
僕を追い越して先に行ってしまった火ノ川と宙斗はそのままに、僕はまた数十歩と引き返して結月の元へと戻る。
「どうした?」
「ごめん。私……」
その続きに何を言おうとしていたのかは分からなかったが、きっと善と悪の両方の感情が、病院を目の前にした結月に対し一気に押し寄せていたのだろうと思った。
「あれが結月の本心でないなら、雫星もきっと許してくれるよ」
実現できるのかも分からないその口だけの言葉に、結月は表向きだけは黙って頷きまた歩き出してくれていた。
病院の自動ドアを抜けると、先に着いていた火ノ川と宙斗は待合室のソファで座って待っていた。
二人は僕と結月がどういった経緯で遅れたのかを察してくれていたのか、その事について何も聞かれることはなかった。
エレベーターで三階まで上がり、雫星のいる病室の前まで僕が一歩先を行って三人を連れて行く。
いつもと同様空いていた病室の扉に、今日も一応のノックをする。
ノックに気づき、ベッドの上でいつものように勉強をしていた雫星は、扉の前にいた僕たちを見てその手を止めてくれていた。
そこには笑顔なんてものはなかったが、僕たちが心を開けば雫星もそれに呼応してくれる可能性は十分に感じ取れた。
僕たちは雫星が見守る中、一言も発さずに雫星の座るベッドの近くまでそれぞれが歩いて行く。
そしてベッドに座る雫星の前で足を止めた時、火ノ川と宙斗は目の前の雫星に向かって謝罪の言葉と共に頭を下げていた。
二人の中では既に決めていたことだったのかもしれないが、僕からすれば突如に起きた謝罪に内心驚きもあった。
雫星はその僕以上に驚きがあったのか、表情は変えないものの目は見開いていた。
「陽から全部聞かせてもらった。
許してもらえることではないのは分かっているけど、せめて謝ることだけはさせて欲しいんだ。」
宙斗が続けて謝罪の弁を述べている際も、二人はずっと頭を下げ続けていた。
その謝罪から数秒置いて、次はゆっくりと雫星が話し出す。
「別にいいの。わざわざ来てくれてありがとう」
ありがとうと言った雫星の笑顔は作り笑いなのか本物なのか。ただそれは僕が知っている雫星の笑顔には近く、それに僕は一安心もする。
そしてその笑顔が伝染したのか、火ノ川と宙斗にも徐々に笑顔が生まれていく。
確かに最初はお互いに戸惑っていたようだったけれど、少しでもその距離が近くなれるきっかけになれたのならと僕は喜びを感じた。
そんな中で一人だけ、またその場に結月がいないことに気づいてしまう。
僕より先にそのことに気づいていた雫星は、未だ病室の外にいた結月に不思議そうな視線を向けていた。
釣られて僕たちも結月の方に目を向けると、結月は病院を前にした時と同じように下を向いたままその場に佇んでいた。
少しして僕たちの視線が自分に向いていたことに気づいた結月は、右に左に目を泳がせて言った。
「あっあの……」
注目が集まったことで悩む時間にタイムリミットを感じたのか、そう言った結月も小走りで雫星の元へと近づき、その勢いのまま雫星に向かって頭を下げていた。
「ごめん……なさい……」
またも雫星はその謝罪に驚きの目をしてはいたが、二度目の謝罪には心の余裕もあったのか、優しい笑顔を見せ、ゆっくりと頷き受け止めてくれた雫星の反応は、結月に続けて話し出せるくらいの安堵を与えてくれていた。
「私……あなたのことをもっと知って仲良くなりたいの。
だから……友達になってくれませんか……?」
結月のその問い掛けに、僕の中でも緊張が走る。
雫星は何と答えるのか。それが僕の望むものではなかった場合のことなど、嫌な想像が脳裏を過る。
けれど雫星はやっぱり雫星で、返事は僕と約束した通りの内容だった。
「もちろん」
その返事は満面とはいかないものの、雫星に僅かな笑顔はもたらしてくれていたのは確かだった。




