第8話「調査開始 ~魔怪人ディドロス~」
翌朝。美味しい朝食を食べ終えた若矢たちは、島の調査を行うことになった。
島の地下空洞の辺りに魔物が蔓延っているのではないか、というのが町人たちの予想である。
地下空洞の奥には遥か昔の遺跡が広がっており、古い時代にはその遺跡で神事を行うこともあった。しかし、島の人口が減少したこともあって、この数百年はそのような行事は行われていなかったという。
地下空洞の入り口の付近まで来ると、そこには昨晩の男の姿があった。
男は若矢たちの姿を見ると、柔和な笑顔を向ける。しかし、その瞳はやはり獣のように鋭い眼光を放っているのだった。
帝国兵士たちや案内役の町人がザワザワと騒ぎ始める。そしてそのうちの1人が意を決したように、男を指差した。
「その男、なんか変ですよ! そいつが魔物を操ってたんじゃないですか?」
その言葉に男はやれやれといった表情を見せると、帝国兵士たちの方を見て一言。
「何か証拠でも? 証拠もないのに人を疑ってかかるなんて、相変わらず帝国兵は随分と傲慢だな」
その言葉に帝国兵士たちは顔を赤くする。
「俺たちを愚弄するのかっ!」
男は何も答えず、ただ不敵に笑うだけだった。
(確かにあの人からは不気味な雰囲気を感じる……でも、本当に魔物と関係があるのか?)
「待て……。今はそれどころじゃないはずだ」
男が右手を前に翳す。
「ふざけたことを! 昨晩の一件といい、お前のようなどこの誰とも知れぬ冒険者と我々は違う! 帝国の公務でここに来ているのだ……。これ以上の妨害行為は許さん! おい、行くぞ!!」
帝国兵士たちが武器を構えながら男に近づいていく。
「公務だというなら、それこそ今は……それどころじゃないはずだ」
兵士たちに一切臆することない男が視線を向けた地下空洞の中から、多数の魔物たちが次々と現れる。
不意を突かれた帝国兵士に飛び掛かるコウモリの魔物を、一瞬のうちに拳で打ちのめした男は
「まだまだ来るぞ。あの町を守りたいんならこいつらを食い止めろ」
と、帝国兵士たちに言い放つ。
「お、お前なんかに命令される筋合いはない!! ゆけっ!! 魔物を蹴散らすのだ!!」
ビブルスが叫ぶと帝国兵士たちは一斉に剣を抜く。そして魔物の群れに向かっていった。
「あの……あなたは一体……」
エレーナが男に声を掛けると、彼はエレーナたちの方を向く。
「俺はただの冒険者だ。それより魔物の発生源は間違いなくこの空洞の奥だ。俺は今から先に進む。ここが片付いたら君たちも来るといい。じゃあな」
男はそれだけ言うと、空洞の入り口に立ちはだかる魔物を曲がった剣でバッタバッタと薙ぎ倒し、先に進んでいく。
帝国兵士たちと町の者の協力もあってか、魔物たちは次々と倒されていくのだった。
「ここの魔物たちは我々が引き受けます。ファブリス殿たちは空洞の奥へ!」
指揮を執るビブルスの言葉を受け、若矢たちは男の後を追うことにしたのだった。
空洞の中には、男が始末したと思われる魔物たちが倒れている。
「あの人、強いわ……。私たちも急ぎましょう!」
空洞の奥は町人から聞いていた情報通り、古い遺跡に繋がっていた。中はひんやりとして、埃っぽい。
少し進むと何やら明かりが見えてきた。あの男が、たいまつで遺跡の壁画を眺めている。
「あの……」
若矢が声を掛けるが、男は振り返ることなくただ壁画を見つめている。続けて男に声を掛けようとすると、今度は男が口を開いた。
「やはりここにあるのか……。大いなる力を秘めた大勇者のレリクスが……」
男が、壁画に近づいていくと、突如空間を割いて何者かが姿を現した。
「ふははははっ!! わざわざ道案内してくれて礼を言うぜ! ここに眠るレリクスはこの俺様がいただくのだぁっ! ぐははっ!」
その場にいた全員が声のする方を振り返ると、そこには体長5メートル近くはある筋肉隆々の悪魔の姿があった。
「ふん……俺を尾行しているのがバレていないとでも思ったのか?」
「な、なんだと……嘘をつくな!?」
男の言葉に、出てきたばかりの悪魔はたじろぐ。
「俺は鼻がいいんだよ。戦いやすい場所でお前を始末するために、この広い場所でわざわざ出てくるのを待っていてやったんだ」
悪魔はそれを聞いて、腑に落ちない様子で首を傾げる。
「ぐぬぅ……。クレフィラやベルを出し抜く完璧な作戦だと思ったのだが……」
だが気を取り直したように、男を睨みつける。
「あいつは——!! ディドロス!!」
叫んだのは男ではなく、ファブリスだった。見るとエレーナたちも臨戦態勢に入っている。
「知っているんですか?」
若矢がファブリスに問いかける。
「ああ、あいつは魔族のディドロスだ。俺たちはあいつとも一度戦ってるんだ。クレフィラと同じく相当手強い相手だ」
ディドロスはファブリスたちの会話が聞こえていたのか、彼らに視線を向け不敵な笑いを浮かべる。
「ふはははっ! お前たちはいつぞやの勇者とその仲間たちか!? どうやったか知らんが、魔王ムレクを倒してくれたようだな。どうだ? また俺様と戦うか?」
ディドロスは、自分たちの長である魔王を倒されたというのに、余裕の表情を浮かべている。
「ああ、戦ってやる! あの時と違って俺たちもずっと強くなったんだ!」
ファブリスが叫ぶと、エレーナたちも呼応するように身構える。
「ふはっ!! あの時は逃がしたが今回はそうはいかんぞ?」
ディドロスは鋭い牙を出し、不気味に笑う。
そんな彼らを見た男は
「ディドロス、俺がお前の相手をしてやろうと思ったが、ちょうどいい遊び相手が見つかってよかったな。俺は奥に進ませてもらうぞ」
そう言って、遺跡の奥へと歩いていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! なんであいつはあんたのことを知ってるのよ!」
エレーナが男を呼び止めると男は一瞬立ち止まるが
「お前らと同じだ。以前、一度戦ったことがあるってだけだ」
とだけ言い残し、すぐにまた歩き始めた。
「ふんっ! こんなザコ共などすぐに蹴散らし、追い付いてくれるわ!」
ディドロスは去っていく男の背中に向かって吐き捨てると、ファブリスたちに向きなおる。
「あの時よりは多少力をつけたようだが、やはりお前らなど俺様の敵ではない! さぁ、かかってくるがいい!!」
ディドロスが戦闘の構えを見せる。若矢の横にいたラムルが、彼にのみ聞こえる声で伝える。
「若矢くん……恐らくだけどあのディドロスって魔族は、戦闘力だけなら魔王ムレクよりも強いと思う。ムレクに敗れたファブリスくんたちだけだと厳しいかもしれない」
ラムルの言葉を受け、若矢が援護に入ろうとすると、ファブリスは手を出すな、というように制する。
「おいおい、心配するな。ここは俺たち4人に任せて、ワカヤは先にあの男を追っていてくれ!」
「えっ……」
ファブリスの言葉に、若矢は戸惑いを隠せない。
「ふははっ!! 俺様の相手が務まると思っているのか!? よかろう……かかってくるがいい! せいぜい楽しませてくれよな!」
ディドロスは両手を広げて、余裕の表情を見せる。ラムルはああ言ったが、目の前の4人の気迫は決してディドロスに負けていない。
「わかりました。あとから絶対に追い付いてくださいね!」
若矢は意を決して彼らを置いて、男が消えていった遺跡の奥に向かって走り出すのだった。
(あの男の人を説得して、一緒にあのディドロスっていう魔族と戦ってもらおう! みんな、それまでどうか耐えてくれ!)
「ディドロス、俺たちがどれだけ強くなったか今から見せてやるぜ」
ファブリスたちは一斉にディドロスに向かっていく。
「ゆらめく炎よ! 焼き尽くす円を描け! 食らいなさいっ!! ”ファイアボール”!」
「神の御心のままに魔を滅ぼす……。”ホーリー・クロス”」
「覚悟なさいっ! 多連脚!!」
「勇者の一撃を見せてやる!! "ヒーロー・ライトスラッシュ”!!」
ファブリスたちの必殺の一撃が、ディドロスに直撃する。しかしディドロスは、笑みを崩さない。
「ぐははっ! そんな技がこの俺様に効くと思っているのか!?」
ファブリスたちは自分たちの攻撃が全く効いていないことに驚愕する。
「な……なんてやつだ……」
「以前戦った時よりもさらに力をつけているというの?……」
エレーナたちも驚きを隠せない様子だ。
「その通り。強くなったのはお前たちだけではないのだ! さぁ、もっと俺を楽しませてくれよぉ!?」
そんなディドロスを睨みながらファブリスたちは態勢を立て直し、再び臨戦態勢に入るのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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今回初登場の魔族「ディドロス」についてです。
彼は、先に名前が出ていたクレフィラ、彼がベルと呼んでいる魔族の研究者と並び、現在最も魔王に近い1人であると魔界内で噂される存在です。
ラムルの分析通り、純粋な戦闘力に関していえばムレクを遥かに上回る圧倒的な力を誇っています。また、彼の強さはその強靭な肉体と驚異的な戦闘力だけではありません。
彼はインプのような下級悪魔からアークデーモンのような中級悪魔まで、多数の魔族を従えています。また、それよりもランクの高い悪魔たちからも一目置かれたり、慕われたりしています。
彼が慕われる理由は、その裏表の無さゆえです。魅了や計略を用いた策謀を好むクレフィラ、魔王の座に興味がなく、研究や実験ばかり繰り返し、時には仲間である魔族まで実験対象にするベルに比べ、彼はまっすぐに魔王の座を目指しています。
彼は自分の意思にのみ従って行動し、気に喰わなければ魔王ムレクの命令にも従わず、反抗的な態度を取っていました。しかし他の高位の魔族たちが、インプなどの下級悪魔を雑兵のように扱うのに対し、彼は分け隔てなく接します。
そのため、彼は多数の悪魔たちから慕われているのです。
もっとも裏表がないゆえに、クレフィラや知能の高い悪魔たちには裏をかかれたり、出し抜かれたりすることも多いです。
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