第4話「いざ、冒険へ! 魅了する若矢」
宿に戻った若矢は、食堂へと向かう。そこには既にファブリスとカルロッテが来ており、朝食を食べようとしているところだった。
「ファブリスさん、おはようございます」
若矢はファブリスに挨拶をした。
「おお、おはよう。若矢くん。今日はギルドに行って冒険者登録をするから準備しておいてくれ」
「はい!分かりました!」
若矢はギルド、冒険者というワードを聞くと胸がワクワクしてきて、元気よく返事をした。
朝食後、5人とラムルは冒険者登録を行うためギルドへと向かうことにした。
その道すがら、エレーナはチラチラと若矢の方を見ているが目が合うとすぐに視線をそらしてしまう。
若矢が不思議に思っていると、カルロッテも何やら熱い視線を彼に送っている。
2人の様子はもちろんだが、町の女性たちの様子にも若矢は驚かされる。
「ワカヤく~ん!」
「魔王を討伐した英雄よ!」
「きゃ~! こっち向いてワカヤさん!!」
などなど、若矢に対する黄色い声が止まないのだ。
(アイドルとか有名俳優になった気分だ……はは……)
もちろん、そんなことは人生の中で経験が無かったため、若矢は戸惑いを隠せないのだった。
女性たちの様子についてあれこれ考える間もなく、街の冒険者ギルドに到着した。中は広々としており受付や掲示板などが並んでいる。
そして多くの冒険者たちがいた。皆、思い思いの装備を身に着け、談笑したり依頼書を見たりしている。
ファブリス一行はまず受付に向かった。受付嬢は若く美しい女性で、こちらに笑顔を向ける。
「あっ! ファブリスさん、こんにちは! 魔王討伐、おめでとうございます!本日はどういったご用件でしょうか?」
「よぉ。今日は、その魔王討伐の主役である彼の冒険者登録をしたいんだが……」
ファブリスは隣に立つ若矢の肩をポンポンと叩く。
「まぁ、あなたが噂のワカヤさんですか! かしこまりました! ではこちらの用紙に必要事項を記入してください」
女性はそう言うと笑顔で一枚の紙を差し出した。そこには名前や年齢などの個人情報を書く欄があった。若矢はスラスラと記入欄を埋めていく。
初めて見る文字のはずなのに、元から母国語であったかのように書くことができている自分に驚く若矢。そういえばあらためて考えてみると、こうして話している言葉についてもそうだった。
(これも神様であるエルさんの力なのか……)
そんなことを考えながらも記入項目を埋めていく若矢だったが、出身地と現在の居住地の欄でペンが止まってしまう。若矢が困っている様子に気付いた受付の女性が、出身地は不明、居住地は無しでも大丈夫だと教えてくれた。
この世界ではそういう人が少なくないのだという。
無事に冒険者としての登録が終わると受付の女性に礼を告げ、今度はクエストボードを見に行くことになった。
「さて、今日は初めてだし若矢が挑戦したいクエストを選んでもらうか」
ファブリスからそう言われ、若矢は掲示板に貼られている無数の依頼書の中から、適した仕事を探す。
若矢がなんとなくで指差したのは、海を隔てた大陸にある魔族の拠点制圧クエストだった。
報酬も高く、魔王を倒した若矢とファブリス一行なら、比較的簡単にこなせる内容だ。
「よし、決まりだな! それじゃあ手続きをしてくるよ。少し待っててくれ」
と、ファブリスは受付に向かう。エレーナたちも彼についていく。
若矢は一人になり、暇つぶしに改めてクエストボードを眺める。するとかなり上の方に張ってあり、ドクロのマークで囲われた3枚の依頼書が目に留まる。
1枚目は「エバーグリーン地方のabyss of the abyss(深淵の深淵)の調査」。
2枚目は「ヒェール大陸の調査」。
3枚目は「大海獣セイドーンの討伐」。
エバーグリーンやヒェール大陸ってどんなところなんだろう、大海獣ってどんな生物なんだろう……と若矢が冒険への期待に思いを巡らせていると、ファブリスが戻って来た。
「お待たせ若矢。それじゃあクエストに出発しようか」
彼は微笑みながら言った。
若矢は、受付の女性からギルドカードを受け取ると、ファブリスたちと共にギルドをあとにするのだった。
街を出て、エレーナとリズを先頭に若矢たちは草原を進んでいた。
「若矢、街を出てからは何が起こるか分からないから気を抜かずにね? 魔物がいるかもしれないし、山賊やゴブリンが待ち伏せしてるかもしれないし」
先頭を行くエレーナが肩越しに振り返りながら忠告した。その言葉に若矢は、気を引き締めるようにしてうなずく。
しばらく歩くと、何かの影が見えてくる。
「あ! あれが乗る予定の船じゃない?」
カルロッテが指さした方向には、大きな帆船があった。
「おぉこれはファブリスさん! ご無沙汰しております!」
その男は背が高くがっしりとした体格で、いかにも海の男といった雰囲気を漂わせている。年齢は40代くらいだろうか。彼は嬉しそうに話しかけたが、その後ろにいる若矢を見て不思議そうな表情を浮かべた。
「おや、この方は新入りさんですかな……?」
「彼は新しい仲間の若矢だ! これから一緒にクエストに行くとこでね」
ファブリスがそう言うと、船長は納得したようにうなずき、若矢の方を向くと簡単に挨拶をしたのだった。
初めて乗る船、果てしなく広がる大海原。それらに興奮して若矢は胸が高鳴っていた。
「うわぁ……綺麗な海だなぁ……」
若矢は思わず感嘆の声を上げる。そして彼の隣で翼をパタパタとさせているラムル。
「ラムル。俺、異世界に来れて本当によかったよ!」
感激のあまり、声を震わせる若矢。
「そっか、それなら僕もよかったよ! ……あ、今のはエルの言葉だけど僕自信も君に会えてよかったと思うよ」
ラムルも嬉しそうに返す。
「ありがとう……!」
若矢が笑顔で感謝を伝えると、ラムルもにっこりと笑った。
船に乗ること数時間。船は明日の朝方に目的地の大陸に着く予定のようだ。
夕日が水平線の彼方へと沈んでいく光景を見ながら、5人とラムルは甲板で食事をとっていた。見たこともない魚介類を使った料理に舌鼓を打つ若矢。彼の食べっぷりに、ファブリスたちだけでなく、船の船員たちも思わず笑みが零れるのだった。
翌朝。
若矢が海を眺めていると、ラムルが隣にやって来た。
おはよう、と挨拶を交わした後にラムルは
「さて……君に伝えておくことがあるんだ」
と呟いた。
「伝え……ておくこと……?」
若矢が聞き返すと、ラムルはうなずいて言った。
「うん、それはね……」
ラムル曰く、この世界に転生すると身体能力が大きく向上するだけでなく、ランダムで3~5つの特殊能力が付与されるらしい。
町の女性たちの様子から、恐らく若矢にはある程度の「魅了」の能力が備わっているとのことだった。魅了の能力は能力の保有者によって差はあるものの、「本人の意思とは別に他者を惹きつけてしまう能力」であるという。
最高レベルの魅了の能力を持つ者は、同性、異性、そして種族問わずに見境なく魅了してしまうのだそうだ。
その者を思うあまり犯罪に走ったり、その者を巡って争いが起きたりするほどになってしまう。
若矢のものはそれほど高いレベルではないが、魔王を倒した話が彼の魅力をさらに引き立ているとのことだった。
「そうなのか……じゃあモテたとしても、俺自身が魅力的なんじゃなくて、能力のおかげってことなのかな?」
そう呟くと、ラムルは明るく答える。
「ううん、それは違うよ! 君が魅力的な人だから、彼女たちは惹かれたんだよ。僕が必死に止めるのも聞かずに、君は勇者一行を助けようと魔王の前に戻った。あの時点では勝てる確証なんて全然無かったのにね。そんな君の勇敢さにみんな惹かれているんだよ」
ラムルの穏やかな口調で綴る言葉に、若矢は胸が熱くなるのを感じていた。
「ファブリスたちもきっと一緒だと思うよ。だからこそ、君をパーティーに誘ったんだよ」
と、ラムルは彼に微笑みかけた。
「ありがとう、ラムル」と若矢が言うと、2人は微笑みあったのだった。
(よし……この力でみんなを守ってみせるぞ——!)
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