第34話「弁慶のパワー! 旅の醍醐味」
江城へ続く街道を進む若矢たち。
その道中で一行は、大きな川に差し掛かったときだった。
「そこの馬車、止まりな!」
川を挟んだ向こう側に、武器を手にした10〜20人程度のガラの悪い男たちが、若矢たちの馬車を待ち構えていたのだ。
そしてリーダーらしき男が進み出て言う。
「なぁに、そう身構えるな。その馬車の積み荷をこっちに寄こせば、見逃してやるってことよ」
男たちはヘラヘラと笑いながら、馬車の行く手を遮る。
「俺たちゃ、山賊だ。金さえ払ってくれれば命は助けてやるぜ?」
リーダー格の男がそう言うと、後ろに控えた男たちもヘラヘラと笑い始める。
「ここは俺の分身で乗り切るか!」
若矢が前に出ようとすると、ラグーがそれを制する。
「ならん。その力は強力じゃが、負担が大きいと伝えたはずじゃ」
「で、でもこのままじゃ……」
若矢の言葉に、ラグーは首を横に振る。
「相手の力量をある程度測れるようになっておくことも大事なことじゃ。あやつらは人数こそ多いし、武器も持っておる。じゃが、若矢くん1人でも十分対応できる相手じゃ。分身などという強力な能力を使わなくとものぅ」
その言葉を受け、若矢は納得したようにうなずいた。たしかに闇雲に戦って消費しては、いざという時に困る。相手がどれほど強いのかを、感じ取れるようにならないと、と。
「じゃあじゃあ、ボクがお兄さんの代わりに戦ってもいい?」
と、弁慶が前に出る。
「ふむ。そういえばワシはまだ弁慶くんの戦い方を見とらんかったのぅ。こりゃあいい機会じゃ。では弁慶くん、頼むぞぃ」
「うん! ありがとう!」
ラグーの言葉に弁慶は嬉しそうに頷く。そして男たちを見ると
「さあお兄さんたち、かかってきなよ! お相手してあげるよ!」
と、挑発するのだった。
男たちは一瞬驚いたがすぐに笑い出す。
「おいおいガキ、1人で俺たち全員を相手にするつもりか?」
リーダー格の男が言うと、他の連中もゲラゲラと下品に笑う。
「そのつもりだけど?」
弁慶がさらりと言うと、男はさらに大笑いする。
「こりゃあいい! だったら遠慮無くぶっ殺してやるよ!!」
男が叫んだ瞬間、周りにいた男たちが一斉に襲い掛かる。
しかし、弁慶は凄まじい速さで動くと数人の男たちを殴り飛ばす。
そのパンチ一撃で男たちは近くの木に激突し、そのまま倒れてしまった。
「なっ!? ひ、怯むな!!」
リーダー格の男の声で、男たちは弁慶に斬りかかる。
その刀の2本が弁慶の腕を斬り落とそうと迫る。
「へへっ! もらったぜ!」
……が。
ガキィィン!! という音と共に刀を腕で弾く弁慶。
「効かないもんね!」
驚く男たちをまたも殴り飛ばすと、次々と敵を打ち倒していく。
「す、すげぇな」
六村は見た目に反して腕力が強い弁慶に度肝を抜かれている様子だ。
「や、やっぱり強いにゃ、アイツは」
タイニーも同じだ。
「くっ……。僕だっていつか……」
真之介はというと、やはり悔しそうにしている。
だが一番驚いていたのは、ラグーだった。
(な、なんという力じゃ。それに闘気をほぼ使いこなしておる……。これは……とんでもない将来性を秘めた子じゃのぅ……)
ラグーが驚いていると、弁慶はあっという間に男たちを全員倒してしまった。
「こ、このガキ! 何者なんだ!」
リーダー格の男が叫ぶと、弁慶はニコリと笑いながら答える。
「ボクはね、最強を目指してるんだ! そりゃあああっ!!」
弁慶は勢いよく突進すると、リーダー格の男に頭突きを繰り出して、気絶させるのだった。
勝負は本当に僅かな間だった。
「弁慶、お疲れ様」
若矢が労いの言葉をかけると、弁慶は嬉しそうに飛び付く。
「わぁ~い! ボクね、将来的にはお兄さんよりも強くなるんだ! そしたらボクのこと、もっと頼ってよね!」
「ああ! 弁慶なら絶対になれるよ! いや、もうすでに強くなってる気がするけど……。ホントにすごい弟子だよ」
若矢は弁慶を抱き返して褒めながら頭をなでる。
「弁慶くん、たゆまぬ努力を続けることじゃ。さすれば君が望むように君こそ最強の存在となるであろう」
ラグーの言葉に、弁慶はうなずく。
「うん! ありがとう!」
一行は再び江城への道を進む。
日が暮れてきたため、一行は再び下歩崎という地で宿を取ることになった。
遠目でも湯けむりが上がっているのが見え、ラグーが嬉しそうな声を上げる。
「ほほぉ! ありゃあ温泉の煙じゃな。旅の疲れを癒すには温泉が一番じゃ」
うきうきするラグーを先頭に、宿の受付を済ませる。
「よし、じゃあ飯の前にまずは一風呂浴びるとするか。みんな行くだろ?」
六村が尋ねると、
「ボクはまだいいよ~。寝る前に入る!」
弁慶が部屋に荷物を運びながら答える。
「僕も少し刀の手入れをしたいので、後から入ります!」
真之介もそう答えた。
2人を除いた他の者たちは、着替えを準備して温泉へと向かうのだった。
「ほっほぉぉ!! こりゃあいい風呂じゃのぅ!」
ラグーが広い湯船に入ると、気持ちよさそうに声を上げる。
若矢も湯船に浸かりながら
「はい! 疲れが取れますねぇ……」
と、目を細める。
そして六村もまた、しみじみとした表情で言う。
「ほんとだなぁ……。旅の疲れってのもあるけどよ、やっぱ風呂は格別だよなぁ」
タイニーはふにゃ~と感嘆の声を漏らすのだった。
その頃、真之介は刀を磨いていた。
(今日も弁慶の凄さに圧倒されてしまった。でも次こそは僕だって)
そう心の中で呟く真之介の脳裏に、聞き覚えるのある蠱惑的な少女の声が響く。
(あんまり焦って怪我せんときやぁ? あんたはうちの大事な勇士候補なんやからねぇ)
その声にゾクッとする真之介。
「み、魅禍屡那か!?」
周囲を見渡す真之介だが、もちろん誰もいない。
「ま、また幻聴か……。最近多いな……」
独り言をつぶやく真之介。
そう、勇士候補として涅鴉无と対面した時に頭の中に響いた声。
あれ以来、真之介の頭の中で時折その声が聞こえるようになったのだ。
声は一方的で、真之介の問いには答えない。
「1人で叫んでどうしたの?」
声をかけてきたのは弁慶だった。
「な、なんでもない。気にしないでくれ」
ただでさえ自分よりも強い弁慶に弱みを見せたくない真之介は、慌てて取り繕う。
「ふうん。じゃあいいけど」
弁慶はそう言うと、腹が空いたと言わんばかりにお腹を擦りながら、自分の部屋へと戻って行くのだった。
お風呂から全員上がって来ると、一行は食堂で夕食を摂る。
「うん! 美味しいね、ここの料理も!」
弁慶が満足そうに言うと、ラグーも嬉しそうにうなずく。
「ほっほぅ。酒があれば言うことなしじゃがな」
すると六村はニヤリと笑って
「旅の醍醐味と言えばやっぱ……地酒だよな?」
と言う。
「え? ここにも地酒があるんですか!?」
若矢の言葉に六村は頷いて言う。
「おうよ。しかも結構美味いんだぜ。俺はいつもここで宿を取る時は、その地酒を楽しむことにしてるんだ」
その言葉を聞いたラグーはぜひ飲んでみたいと手を挙げる。
「じゃあ、早速飲んでみるとするかのぅ」
一行は料理を平らげると、席を立って酒の注文をするのだった。
店主の運んできた酒を楽しむラグー、六村。
楽しい食事の時間を過ごす彼らだったが、あとから入ってきたすでに酔っぱらっているガラの悪い男たちが大声で、下世話な話をし始める。
「……ったく、酒は飲んでも飲まれるなっていうのによ。アイツらみてぇな酔い方はしたくねぇな」
六村が小声で呟くと、弁慶も呆れたように続く。
「ホントだね。ボク、ああいう人たちって大っ嫌い」
それでも気にせず食事を続ける一行であった。
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