第30話「白き使命 ~異世界で手が足りないから、増殖しちゃえ!~」
次の手を考えていると、なんとも恐ろしいことが起きた。
なんと児赤が互いに互いを攻撃し始めたのだ。
一瞬何が起きたのか、その場にいた者たちは理解できずに固唾を飲む。
だが、落ちた肉片や肉体の一部から新たな児赤が誕生し、その数を次々と増やしていく。
「ま、まさか……。自分で自分を攻撃して、数を増やしているのか? ……なんてヤツらだ」
若矢は絶望に目を見開く。
「まずいな……」
涅鴉无が呟くと、重企はニヤリと笑う。
「ああ、そうだな。このままじゃ桜京の町が全滅しちまうぜ? みんな児赤に食い荒らされるのさ! クハハハハ!」
重企は高らかな笑い声を上げる。
若矢たちは自分たちの横を通り抜ける児赤に攻撃するが、その勢いと数を止めることができない。
まるで雪崩のように山を下っていく児赤。
「ギェヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ! ゲギャアアアアアアアアアアアッ!!」
不気味な笑い声と共に、桜京の町を目指す児赤の群れ。まるで地獄絵図のようであった。
「そ、そんな……」
若矢は思わず言葉を失ってしまう。
「う~ん、お兄さん……どうしようね」
弁慶も困ったと言ったように、両手を上げて首を振る。
若矢の脳裏に自分に向かって手を伸ばす人たちの映像が浮かぶ。
『助けて!』
『助けて!』
『お願い……助けて……』
『お願い……殺して……』
(あの時と同じ。俺はまた、助けることができないのか!? いいや違う!!)
若矢の体をまたしても黒いオーラが包み始める。
「ほほぅ。これが児赤を圧倒したという……」
ベルフェゴールは興味深そうに若矢に視線を向ける。彼の瞳は照準レンズのように自動で動いている。
(児赤を全滅させるんだ! そうしないと大勢の人が!!)
黒いオーラが若矢を支配しかけた時だった。
「ダメだよ、お兄さん!! その力は使っちゃダメ!!」
弁慶が若矢の腕を掴んで叫ぶ。
その声にハッと我に返った若矢は、ラムルが最後に伝えてくれた言葉を思い出す。
『あの黒い闘気は本当にピンチの時しか使っちゃダメだ。僕もあんなのは初めて見たんだけど、恐らく君の肉体や精神の限界を超えた危険なものだと思う。使い続けると本当に自我を失って、もう二度と元に戻れないかもしれない。だからその力はできるだけ使っちゃダメだよ』
そしてもう1つの言葉も。
『君には強く願ったことを叶えるために、自らを強化する力が備わっているんだ。本来の闘気はその人が持つ力や武器を強化することしかできないんだけど、君の場合は違う。君が願えば君自身の性質はもちろん、姿だって変化させることができるんだ』
(俺の闘気は、俺自身が強く願った形に俺を変えるのか……よし!)
若矢は山を下っていく児赤を睨みながら、考える。
(この状況を打開するにはどうすればいいか考えるんだ……。あの鬼どもが桜京の町を蹂躙していく……。それは絶対にダメだ!)
彼は両拳を強く握り締める。
(力だ。もっと強い力がいる……! 俺の願いに答えてくれるような、そんな力が!!)
全てを圧倒する破壊力を持つこと=助けるべき町の人たちを巻き込んでしまう。
全てを守る防御力を持つこと=守っていても児赤は倒せない。
児赤を一撃で倒すことのできる能力=確実に児赤を倒すことができるけど、その間に犠牲者は出てしまうだろう。
(クソ、どうするのが一番いいんだ? 俺が児赤みたいに巨大化する? いやいや、動きが遅くなってその間にたくさんの児赤によって大勢の人が犠牲になるだけだ……)
若矢は頭を抱え始める。
(いや、そもそも児赤を倒すことが最大の目的じゃない。児赤から人々を守ることが目的のはずだ……。じゃあ必要なのはなんだ。早く考えろ、俺!)
と、その時だった。
何度も若矢の脳裏に浮かぶ光景が、再び若矢の脳裏に広がっていく。
(このままだとあの時と同じだ。本来なら助けられたはずの命も、俺1人しか動けなかったから……。もっと多くの人がいれば……。……!!)
「そうか、わかったぞ!!」
若矢は叫ぶと、拳を構える。
「お兄さん?」
弁慶は不思議そうに首を傾げる。
「ああ、わかったんだ! どうすればあの児赤の大群を止められるのか!」
若矢は自信満々に言う。
しかし他の者たちは不安そうな表情を浮かべている。
「ほ、本当か!?」
「だがあの数の児赤を止めることなんて……」
若矢は不安そうな者たちを見ると、力強くうなずいた。
「1人じゃできない。でも児赤と同じくらい、いやそれ以上の数なら……!!」
若矢がそう叫ぶと同時に、彼の体を緑色の闘気が包み込んでいく。そして、その色が緑から白色へと変わっていく。
完全に白色に変わった若矢は、目を開く。
見た目には特に変わったところがなく、人々は不安を隠せない。
だが、その身にまとう闘気は先ほどまでの比ではなく、まるで大きな渦のように螺旋を描きながら彼の体の周りを循環している。
「な、なんかわからないけど、お兄さんが白くなった! すごいよ!」
弁慶は嬉しそうに笑い、ベルフェゴールは興味深そうに若矢を見つめる。
「よっしゃ! いくぞ、児赤!!」
若矢は児赤を追って走っていく。その速度は普段の若矢の数倍は早く、あっという間に児赤に追いつく。
児赤の1体が若矢を喰い殺そうと口を開ける。
「おい人間、避けろ!!」
涅鴉无が若矢に向かって叫ぶ。
だが、若矢はそのまま児赤に飲み込まれてしまうのだった。
「お、お兄……さん……!?」
弁慶は若矢が飲み込まれてしまったことに、茫然としていた。
人々や協力関係にある鬼たちも同様だ。
「クハハハハハ! バカなガキだ! 何をするかと思えば、ただ喰われただけじゃないか!! こりゃあ滑稽だぜ!」
重企が腹を抱えて大笑いする。
しかし、急に静かになったと思うと、重企は首を傾げる。
児赤が苦しそうにのたうち回っているからだ。
若矢の声が児赤の中から聞こえてくると、その場にいた者たちはギョッとした表情を浮かべた。
児赤の中から聞こえる若矢の声は、なぜか反響したように複数聞こえてくる。
「な!? まさか……!?」
そのまさかであった。
児赤の体が内側からどんどん膨れ上がっていく。
そしてついに限界を迎えたのか、児赤の肉体が爆発して中から無傷の若矢が飛び出してきた。
その場にいた者たちは目を疑った。若矢が10人に増えていたからだ。
「こ、これは……!!」
「何が起きたんだ!?」
敵味方関係なく、若矢の姿を見て驚愕する。
「な、なんだ? この数は……」
涅鴉无も驚きのあまり言葉を失ってしまう。
若矢は、別の若矢とハイタッチすると
「じゃあ俺はあっちの児赤を倒すよ」
「それじゃあ俺はこっち!」
「俺は一足先に先頭の方に向かって戦うよ」
「町に行って人々を守る奴も必要だよな? 俺が行くよ」
などと若矢が分身した若矢と会話を始める。
「よし! それじゃあみんな頼んだぞ!!」
「おう!!」
若矢たちは散り散りになっていく。そしてなんと、若矢の分身からまた新たなに若矢の分身が出現する。その時点ですでに50人は超えている。
「えぇっ!? な、なにこれお兄さんっ!!」
弁慶は目を白黒させている。
「ごめん! 説明はあとでするよ弁慶! これは結構神経を使うからな!」
若矢の言葉に、弁慶は大きくうなずく。
「……ハッ、ハハッ! 何かと思えばただの猿真似分身じゃないか! そんなもんであの数の児赤を止められるかってんだ!」
重企は一瞬驚いたようだが、すぐに冷静さを取り戻す。
「重企。お前はやはり知能はあまり高くないな」
涅鴉无が重企に向かって言う。
「ああ!? なんだとこの野郎!! もういっぺん言ってみやがれ!!」
重企が顔を真っ赤にして叫ぶ様を見て、それを鼻で笑う涅鴉无。
「あれはただの分身じゃない……。1人1人が実体を持ち、コミュニケーションを取りながら連携している。児赤のようにただ頭数が増えたわけではない。……あいつは、あいつ1人で大軍団を形成しているのと同じなんだよ」
「な、なんだと……!?」
重企は驚きのあまり言葉を失う。
若矢たちは巧みに連携を取りながら、児赤を攻撃していく。
拳や蹴りと同時に闘気で爆発エネルギーを放出することができるようになっているらしく、その爆発により、児赤を跡形もなく消し飛ばすことで、増殖再生を防いでいる。
大きさで勝る児赤だが、若矢に比べて動きは鈍重であり、彼の動きを全く捉えられずに一方的に数を減らされていく。
「くっ、お前ら! 児赤を援護しろ!!」
重企が叫ぶと、涅鴉无と向かっていた鬼たちが児赤の元へ向かおうとする……が。
「行かせると思うかい?」
当然のことだが涅鴉无が行く手を阻む。
「くっ、ちくしょう!!」
血管が浮き出るほど悔しがる重企に、ベルフェゴールが声をかける。
「落ち着け。ワタシの連れてきた魔物たちに加勢させようではないか、ククク」
ベルフェゴールが手を翳すと、彼の傍に控えていたインプやレッサーデーモンといった魔物たちが児赤と若矢のところへ向かう。
「おい、魔族も来るみたいだぞ!」
「児赤はだいぶ減って来たな! もうひと踏ん張りだ!」
「数ちょっと増やすか?」
若矢は若矢同士で会話をしながら戦っている。
そして魔族を迎え撃つためにさらにその数を増やす。その数はすでに100近い。
「……な、なんということだ。これは想像以上だな……。素晴らしいではないかっ!!」
ベルフェゴールは若矢の能力に驚愕しつつも、科学者としての興奮を隠しきれない様子だ。
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