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第2話「牛方若矢の転生」

 「よぉ、ちゃんと金持ってきたよなぁ?」

 学校の廊下で男子生徒の胸ぐらをつかんでいる大柄で目つきの悪い男、藤原泰次郎(ふじわらたいじろう)

 彼はいつも、年上年下関係なく気弱な生徒をいじめている、この学校の不良のリーダーだった。

 「………………」

 「何とか言えよ平之!! ああっ?」

 その横を通り過ぎ、足を止めて振り返った牛方若矢も、彼に目を付けられている生徒の1人だった。

 しかし、剣道で中学時代に全国大会に出場した実力を持つためか、若矢は直接的にいじめを受けてはいない。

  

 「チッ、何見てんだよ牛方……」

 「……藤原、いじめなんてダサいことやめた方がいいよ……」

 若矢は藤原に対し、物おじせずに強い視線を向けた。

 「……おい調子に乗んなよ、クソ」

 藤原もその大柄な体を誇示するように胸を張りながら、凄んでみせた。

 しばらく睨み合っていたが、ほどなくして藤原の方がめんどくさそうに頭を振って視線を反らす。

 「……おい平之、金は今日はいいわ。その代わり放課後、屋上に来いよ?」

 先ほどまで胸ぐらをつかんでいた生徒、平之経矢(ひらのきょうや)にそれだけ言い残すと、彼は若矢の肩にわざと体をぶつけ、そのまま教室に戻っていった。

 若矢の方も結果的に助ける形になった平之の方に視線を向けることもなく、教室に向かって歩き出した。



 放課後のホームルームを終えると、若矢はいつものように図書室で読書をしていた。

 窓から差し込んでくる西日を少し眩しく感じながらも、カーテンを閉めるために本を読む手を止めるのも煩わしいな、とページをめくる。

 「俺の使()()を果たす時だ」

 その一文が目に入った若矢は文字を目で追うのを止め、窓の外に顔を向けた。

 強い陽の光に目を細めながら、 若矢はポツリとつぶやいていた。

 「ばあちゃん……。俺の生まれ持った使命ってなんなんだろうね……」 


 若矢が4歳の頃、彼の両親はこの世を去った。

 その時点で、彼に残された唯一の肉親は祖母だけだった。

 彼の祖母は定年後も働き続け、中学卒業まで彼を育てた。彼にとっては親同然の祖母であり、彼は祖母のことが大好きだった。

 だがその祖母も、彼の高校受験の合格発表の前日に亡くなってしまう。

 唯一の肉親であり、また1人の人間としても尊敬していた祖母の死をきっかけに、若矢は塞ぎ込みがちになった。

 現在は生活支援を受けながら、1人で暮らしている。大切な人が次々と亡くなっていく経験を繰り返し、彼自身生きている理由がわからずにいた。

 

 しかし、彼が全てを投げ出さなかったのは祖母との約束があったからだった。

 「人には生まれ持った使命がある。その使命に気付いたとき、人生は豊かなものになる。だから若矢、その使命に気付いて豊かな人生を歩んで欲しい。私と約束してくれるね?」

 祖母との約束である自分の使命に気付くこと、そのために若矢は生きている。

 

 「生まれ持った使命……か……」

 祖母の言葉を思い出しながら窓の外に目を向けると、夕日が沈み始めていた。彼は本を元あった場所に戻すと、図書室をあとにした。

 帰り支度を済ませた若矢が校舎から出て、何の気なしにふと屋上の方を見ると、藤原が今日廊下で絡んでいた平之の首を押さえ、屋上から身を乗り出させていた。

 

 

 「あいつっ――! 」

 若矢は考えるより先に走り出した。

 階段を夢中で駆け上がり屋上へとたどり着くと、平之を屋上から落とすような体制にしてニヤけている藤原の肩を掴んだ。

 「悪ふざけにしても限度ってものがあるだろ!」

 若矢は叫ぶ。

 「なんだよ牛方か。へっ、こいつが死にたいって言ったんだぜ?」

 藤原はヘラヘラと笑いながら、なおも平之を押さえつける。

 「やめろっ!」

 若矢がさらに強い口調で叫ぶと、やっと手を放した藤原は今度は若矢に鋭い視線を向けた。

 

 「牛方……おめぇいい加減にしろよ? ちょっと見逃してやってりゃいい気になりやがって!」

 「……………………」

 若矢も無言で睨み返す。と、同時に藤原が彼に掴みかかる。彼の方も掴み返し、2人は揉み合いになった。

 体格で勝る藤原は、若矢を先ほどの平之と同じく屋上から身を乗り出させるように押さえつけようとするが、彼はその手を振り払って逃れる。

 藤原は素早い彼の動きを捉えることができずにいる。

 「チョロチョロとネズミみてぇに動きやがって!!」

 苛立った藤原は彼を目掛けて、勢いよく突進する。それを身軽な動きで容易く躱した若矢。

 その時だった——。

 

 「は……はははは……なんだよ、藤原もやっぱり殺してくれないのか……」

 突然笑い出したのは、さっきまで藤原に押さえつけられていた平之だった。

 彼は相変わらず、死んだような目をしている。

 「まぁいいか。自分で死ぬからさ。……やっぱりどこの世界も変わらない」

 独り言のように呟くと、彼は自ら屋上の縁の上に立った。

 「な、何やってんだよ、お前!!」

 若矢が駆け出し、その足を掴んだ時にはすでに彼は逆さまに地面に落ちるところだった。

 必死に彼の足を掴んでいたがなかなか力が入らない体制になってしまい、若矢自身も重力に引っ張られ、屋上の縁から徐々に乗り出していく。

 

 「離せよっ! 俺は、ここで死んでも構わないんだ! このままだとお前もこの世界から消えちまうんだぞ?」

 彼は怒鳴り声を上げるが、若矢はそれでも絶対に離さないと叫ぶ。だが、その体力にも限界が近づいていた。

 すると、藤原が若矢の腰を掴んだ。

 「藤原……なんで……!」

 「なんでもクソもねぇよ! 俺のせいで2人も死人が出たら、この先生きてけねぇよ!」



 が、次の瞬間——。

 若矢の体は宙に浮き、屋上の縁から完全に身を乗り出した。そしてそのまま若矢の目には、学校の地面が写った。

 掴んでいる平之の右足越しに、だんだん地面が近づいてくる。

 腰には藤原の手が巻き付いている……ということは、3人とも落ちたのか。

 藤原は大きな声で叫んでいるが、若矢は突然のことに声も出なかった。平之は相変わらず無表情だ。

 

 (あ、俺死ぬのか……。なんか、意外と冷静だな……。けっきょく、平之のことも助けられなかったし、俺はただただ死ぬんだな。藤原のことも巻き込んじまった。ばあちゃん、俺の生まれ持った使命とやら、果たせなかったよ……ごめん……。目を開けてると長く感じるな……)

 最後にその瞳に映したのは、少し遠くで風に靡くチューリップだった。

 遠い記憶、異国の地で1人の少女と見たチューリップ畑が走馬灯のように頭に浮かぶ若矢。

 彼は思い出に浸り、恐怖を少しでも感じないようにゆっくりとその目を閉じた。

 自分か平之か、はたまた藤原なのか、誰から出たのかわからない大きな音と共に強い衝撃を感じ、牛方若矢はその生涯を閉じた。



 それは普段と同じように朝起きるのと、なんら変わらない目覚めだった。むしろ普段よりも脳がスッキリとしている感じがする。

 「ここは……地獄……なのか?」

 若矢は辺りを見回しながら、その場にいない誰かに尋ねるようにつぶやく。辺りは真っ暗で何も見えないし、音も聞こえない。

 すると――。

 

 「自分がもう死んでいることを理解するのが早いね! でも惜しい、ここは地獄じゃないよ」

 若矢の少し、後ろの方で男性の優しい声がした。

 と、同時に辺りが急に明るくなった。そこは青い空が広がり、地面は雲、という絵に描いたような神の世界といった感じだった。

 後ろを振り返ると、そこには優しく笑みを浮かべる男性の姿があった。

 その男性はよく神様の姿として描かれる、ギリシャ風の服を着ている。

 しかし、ギリシャ神話の最高神ゼウスのような険しい表情の老人ではなく、ぽかぽかとした陽だまりのような柔和な30代くらいの男性の姿をしている。

 若矢はその笑顔に今まで感じたことのない安心感を覚えた。

 そして確信した。彼は本物の神様だ。

 

 今ここがどこかだとか、自分はなぜ死んだのにこうして息をしているのかとか、そんな全ての疑問や不安がスッと消えていくのを感じた。

 この笑顔を初めて会う人に向けられる存在なら、必ず自分を救ってくれると。この絶対の安心感こそが神が神たる所以だ……。

 若矢は男性の笑顔を、ぼんやりとそんなことを思いながら見ているのだった。

 なるほど……。この笑顔によって人は自らの死を受け入れ、あの世へと旅立つのかもしれない。

 

 「僕は確かに君たちが言うところの神ってやつになるね」

 男性は若矢の考えを見透かしているのか、優しい口調のままそう言った。

 「君はまだ死ぬべきじゃない。君自信もそう思っているんじゃないかな? どうだろう、新しい世界で人生をやり直してみるというのは」

 続けて思いがけないことを口にする神様。

 

 「――えっ!?」

 若矢は男性の言葉に耳を疑った。彼の口ぶりだと自分の意思次第で、新しい人生を歩めると言っているようだ。

 「つ、つまりそれって……転生……?」

 若矢は思わずそう口にする。自分ではあまり読んだことはなかったが、異世界転生ものの作品の展開にそっくりだと思ったからだ。

 「フフ……そういうことになるかな。そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前は、エル。一応神様ってやつでね! いろいろとできるのさ」

 エルと名乗った男性は自らを神だと言い、再び優しく微笑んだ。彼の雰囲気などから、その言葉に偽りがないことを若矢は感じ取っていた。

 

 しかし――。自分を生き返らせることになんのメリットがあるのだろうか? いや……神にとってメリットデメリットなんて関係ないのかもしれないが……。

 「もしかして、俺に何かして欲しいんですか?」

 やはり自分を生き返らせる理由が気になった若矢は、思い切ってエルに尋ねた。

 すると彼は間を置かず、その問いに答えた。

 「いいや何もないよ! ただ君のような優しい青年が無意味に命を落としたことが、もったいないと思ってさ。君には志もあったのだろうからね」

 

 (志……。確かに俺はまだ自分の生まれ持った使命を見つけていない、ばあちゃんとの約束を破りたくない!)

 志という言葉を聞いて、 改めて若矢は死にたくないと強く思った。

 「俺は……俺は生きたい! !」

 若矢は拳を握って、力強く叫んだ。

 「うん、いい答えだ。では早速準備にかかろう」

 エルは若矢の決意を聞くと、微笑みながら何やら地図のようなものを取り出した。

 


 「ところで君と一緒に転落した彼らだけど……1人は生前の行いがよくなかったし、もう1人は自殺だった。……僕にも救えるものと救えないものがあってね、すまない」

 地図を広げる手を止め、彼は申し訳なさそうにうつむいた。

 「そうですか……平之と藤原は……」

 若矢は平之と藤原の死に心が痛んだ。

 いや、正確には平之を助けられなかった不甲斐なさ、彼自身の判断とはいえど巻き込んでしまった藤原に対する申し訳なさが消えなかったのだ。

 エルは若矢の心中を察してか、時折視線を彼に向けつつ地図を捲っていたが、これだこれだ、とうなずき手を止めた。

 

 「さて、それじゃあいよいよ君をとある世界に送りたいと思うんだけど、今の君のまま別世界に送られるのと、今の記憶を持ったままあちらの世界で新しい人間として生まれ変わるのと、どちらがいいかな? 言うなれば転生か転移か……」

  若矢を優しくも真剣な目で見つめ、エルは問う。彼の答えは最初から決まっていた。

 「俺は今の俺のまま、別の世界で生きたい。だって俺は俺としての生を全うしたいから……」

 エルは若矢の返答を聞くと

 「うん! 君らしい答えだね! 」

 と、にっこりと微笑んだ。



 「さて……新しい世界で君はどんな物語を紡ぐのかな」

 エルがそう言うと同時に若矢の体は白い光に包まれる。そして先ほどまで捲っていた地図を掲げると、見たこともない文字で装飾された白い大きな扉が出現した。

 「――!!」

 若矢はアニメや映画でしか目にしたことがない光景に、思わず息を飲んだ。


 「さて、最後に何か聞きたいことはあるかな?」

 エルのその問いに若矢は、ゆっくりと首を横に振った。

 「いいえ、大丈夫です……! すべて自分の目で確かめたいから――!」

 若矢は力強くそう告げた。

 「いい答えだね! 君ならきっと素晴らしい第二の人生を送れるよ。では、お別れだね。あちらの世界でも僕は存在しているけど、こうして直接会うことができるのは最後かもしれない。君にたくさんの幸せがありますように」

 エルが言い終えると、若矢を包む光はいっそう明るさを増し、若矢の視界を遮った。

 「ま、待って……まだお礼を……!」

 若矢がエルの方に手を伸ばすと同時に、彼の意識はまたしてもそこで途切れるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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