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第10話「欲まみれの夜 魅了される魅了」

 貴重な遺跡こそ失ってしまったが、魔族が欲している物が無くなったことでこの辺境の小さい島が危険に晒される心配はなくなったようだ。

「なるほどな、そうだったのか……昨日の男が魔族の連中を……」

 ビブルスは顎に手を当てながら考え込む。

「しかし、とにかくファブリス殿を始め、みなさんが無事で本当に良かった。逃げられたのはワカヤ殿の奇跡的な力のおかげでしょうな」

 その言葉にファブリスも頷く。

「あぁ……本当に運が良かったぜ」

 その意見に他のみんなも同意する。

 本当は若矢ではなくラムルのおかげなのだが、彼の姿や声は若矢以外には認識できないため、若矢が奇跡を起こしたということになっているのだ。


「あの遺跡やこの島の今後の守りについては、我々が責任を持って本国に報告します。具体的な対応については、後日、帝国とモルディオであらためて協議されるでしょう」

 ビブルスはその場にいる全員に通達すると、表情を少し緩める。

「さて、いろいろとありましたが魔族の脅威もとりあえずは去りました。まずはそのことを喜び、みんなで祝杯をあげましょう」

 ビブルスの言葉に、その場にいた全員から喜びの声が上がる。

 若矢も戦いが終わったことにほっと胸を撫で下ろし、仲間の無事を喜んだのだった……。



 その日は昨日にも増して、盛大なお祭り騒ぎだった。

「いやーしかし、さすがワカヤだぜ。本当によくやったよ」

 ファブリスに肩を組まれる若矢だったが、助けられたあの男のことについて考えていた。無事に助かったのは、彼のおかげだと。

「でもファブリスさんたちも、魔物の大群を4人だけでほとんど倒しちゃったじゃないですか!」

「ふふっ! まぁね♪」

 5人は互いに健闘を称え合う。そこに帝国兵や町の人たちも混ざり、豪華な料理やお酒が振る舞われていた。


「ワカヤくん、これ美味しいよ! 食べてみて!」

 昨日と同じように大勢の町娘たちが、若矢を取り囲んでいる。

「ワカヤくん、はい、あ~ん!おいしい?」

「う、うん! すっごく美味しいよ!」

 そんな若矢の姿をファブリスは苦笑しながら見ている。

「やれやれ、主役はやっぱりアイツだな~」

「ワカヤさん、モテモテですね」

 リズもファブリスと一緒に若矢を見ながら言う。

「もう、私が先に狙ってたのに……」

 カルロッテが不満げに呟くと、ファブリスとリズは同時に驚いたような声を上げる。

「そ、そうなのか!?」

「ええっ! そうなんですか!?」


「ちょっ! ちょっと! 若矢が困ってるでしょ!? そんなにベタベタしないでよ!」

 エレーナは町娘たちを若矢から引きはがそうとするが、あまりの人数にその声も掻き消されてしまっている。

「あいつはわかりやすいな」

 ファブリスがフッと笑うと、リズとカルロッテも微笑ましそうにエレーナを見つめるのだった。

 当の若矢はというと、娘たちに纏わりつかれて困惑していた。

 (い、いい香りだなぁ……って、そうじゃなくて。良くないよな )

「み、みなさん……ちょ、ちょっと近いです……」

 若矢が照れながら言うと、彼女たちはクスクス笑う。

「ワカヤくんって本当に可愛いんだから♪」

「強いのに照屋さんなのね!」

 


 まだまだ宴が盛り上がる中、若矢はふと尿意を感じてトイレに向かった。トイレから出て酒場へ戻ろうとすると、少し離れた小高い丘に女性が立っているのが見えた。

 女性は長髪で、その美しい顔立ちに思わず見とれてしまう。彼女の美しさに息を呑み、若矢はしばらく彼女に見惚れていた。

 (綺麗な人だなぁ……。何をしてるんだろう? ちょっとだけ声を掛けてみようかな?)

 お酒が入っていたことと、その女性の不思議な雰囲気に惹かれたこともあって、普段はそんなことをしない若矢は彼女に近づいていき、声を掛けるのだった。


「あの~、何をされているんですか?」

 女性が振り向くと、その美しい顔立ちにドキッとさせられる。若矢は頰を染めながら言う。

「あの……こんばんは」

 女性はクスッと笑い、若矢に言う。

「こんばんは。月が綺麗な夜ね……。あなたはこんなところで何してるの?」

 若矢はドギマギしながら答える。

「じ、自分は今宴に参加していて……。ちょっと気分転換に涼みに来たんです」

 すると女性は微笑む。

「そうなの? 私と同じね」

 そして、また月を眺める。そんな姿に若矢はさらに胸が高鳴るのを感じた。


「お名前を教えてもらえませんか? あ、自分は若矢って言います」

 そんな若矢の言葉に彼女は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑い出す。

「そう。あなたが魔王ムレクを倒したっていう? 世間は今その話題で持ちきりよ。噂の英雄に会えるなんて光栄ね」

 若矢は照れ笑いをしながら言う。

「い、いやぁそんな……。でも自分でもまだ信じられないんですよ? 本当に魔王を倒せたなんて……」

 いつもと違って饒舌になっている自分に驚く若矢。

「さぞ、おモテになるんでしょう?」

「い、いや……そんなことはないですよっ!」

 若矢は慌てて否定すると、彼女は優しく微笑む。

「世の女性は、みんなあなたに夢中でしょうね?」


「あなたは……あなたはどうですか? 俺のこと、少しでも気になってくれたりしますか? ……はっ!? お、俺は何を言ってるんだ?」

 若矢は自分から無意識に発せられた言葉に驚きを隠せない。若矢の言葉に彼女は少し驚きを見せたが、やがてまた微笑む。

「えぇ、そうね。気にはなるわ。素敵な男の子だもの」

 (あれ? でも……なんで俺こんなに……)

「あなたが今なにを考えているのか、当ててあげましょうか? どうしてこんなに、この女性に惹かれるのか、でしょう?」

 若矢はギクリとする。

「ねぇ、私と"したいの”? あんなことやこんなこと……」

 若矢は赤面しながらも、その言葉を否定することができなかった。

 (な、なんだ……。こんなに、この人に惹かれているのはなんでだ……? この人になら何をされても……全てを奪われて……殺されても……)


「そ、それは……その……はい」

 すると彼女はクスッと笑う。

「ふふ、正直なのね。どう? 逆に魅了される気分は? 気持ちがいいかしら?」

「あ、あの……あなたは一体……?」

 若矢が恐る恐る尋ねると、彼女は若矢の瞳をじっと見つめる。目を逸らすことができない若矢も、彼女を見つめる。

 彼女の容姿は美しいが、よく見ると肌は血が通っていないかのように白く、微笑んだ口元からは鋭い牙が覗いている。瞳は夜の闇の中で不自然なほどに赤く光っている。


「ムレクを殺してくれてありがとう……。私の名前は()()()()()

 彼女はそう名乗って、若矢に微笑みかけるのだった……。クレフィラ……ムレク亡き後、最も魔王に近い魔族の1人……。まさか目の前に現れるなんて……。

 距離を取らないと、と思うが若矢の体は動かない。

「そんなに怖がらないで? 今日はあなたにお礼を言いに来ただけ」

 彼女はそう言って若矢に近づいてくる。

 

 若矢はなんとか声を振り絞る。

「お、お礼……って?」

 クレフィラはクスッと笑う。

「決まってるでしょ? いつまでも魔王気取りの邪魔なムレクを始末してくれたお礼よ」

 彼女は若矢の頰に手を当て、囁く。

「私は……あなたを歓迎するわ。どう? 私と……」

 クレフィラは、妖艶な笑みを浮かべている。

「さぁ……決めて?」

 (これはまずい……!)

 


 その瞬間だった。

「クレフィラ! 若矢から離れなさいっ!」

 声を荒げながら駆け付けたのはエレーナだった。彼女の声が聞こえた瞬間、金縛りが解けたように動けるようになった若矢は、クレフィラを突き飛ばして後ろに下がる。

「あらら……誰かと思えば勇者一行の魔女さん。いいところを邪魔をしてくれたわね。ああ残念、もう少しでこの子を下僕にできると思ったのに……」

 クレフィラはクスリと笑うと、まるで影のように溶けて居なくなるのだった。


「若矢! 大丈夫!?」

 エレーナは心配そうに若矢を覗き込む。若矢は彼女を見て、ようやく張りつめていた緊張が緩んだようにふぅ、と一息つく。

「ありがとう、エレーナ。危ないところだった」

「クレフィラの奴、若矢を魅了しようとしたのね……」

 エレーナに続いてラムルも駆けつける。ラムルは若矢にだけ聞こえる声で話し出す。

「エレーナがいてくれてよかった……。どうやら彼女は強大な魔族、クレフィラだったみたいだね。そしてあの感じ……恐らく"魅了"の力を持っている。それも若矢くんよりもずっと強力な」


「そ、そんな……。じゃあ……」

 若矢はクレフィラの魅了の力によって、思わず彼女に心を許しそうになっていたのだった。もしあのまま彼女の手中に落ちていたら……と思うとゾッとする。

「とにかく君が無事でよかったよ。昼間のディドロスといい、さっきのクレフィラといい、魔王ムレクが倒されたことで魔族たちが権力争いを本格化させたのかもね。でもまぁ、せっかくだから今は楽しもうよ? みんな、若矢くんが戻って来るの待ってるだろうし」

「あ、ああ……確かにそうだね」

 若矢はラムルの言葉に従い、エレーナと共に宴の会場へ戻ることにした。


「あのさ、若矢……」

 歩き出した若矢にエレーナが何か言いたそうに声をかける。振り返った若矢だったが、彼女はゆっくりと首を振った。

「ううん、やっぱりなんでもない! ごめんね。さぁ、戻って飲みましょ?」

 そんな彼女の様子に首を傾げる若矢だった。



「ワカヤくん遅いよ~!」

「こっちこっち!」

「ワカヤさん、一緒に飲みましょうよ~」

 酒場に戻った若矢に、町の娘たちのみならず奥様たちも口々に声をかけてくる。

「若矢くん、モテモテだね~! でもあんまり遊びすぎると後が怖いかもよ~?」

 ラムルはいたずらっぽく笑う。

「い、いや……そ、そんなことは……」

 そんなやり取りをしながらも若矢は周りの女性から次々にお酌され、すっかり酔ってしまっていた。


 女性たちの勢いに圧倒される若矢だったが、そこにエレーナが割って入る。

「はいはい! お水です! 若矢ってば、飲み過ぎよ」

 彼女はふくれっ面だ。

 一方、酔いが回って一段と煽情的になったカルロッテは、隣に座って飲んでいるビブルスに視線を移し、

「素敵な帝国軍海兵隊第二部隊副隊長さん。もっといろいろと話を聞かせてくれないかしら? 私は2人きりでも構わないわよ」

 と声を掛ける。

 ビブルスはそんな彼女の挑発のような冗談を受け、顔を赤くする。

「い、いやいやカルロッテ殿……。じょ、冗談を言うものではありませんぞ?」

 カルロッテがフフッ、とセクシーな笑みを浮かべるとビブルスはますます赤くなり、鼻の下を伸ばすのだった。



「あ~ん! 私も若矢くんの隣がい~い!!」

「交代して~! 次は私の番なんだから~!」

 町の女性たちは、尚も若矢を囲うように押し寄せてきた。

「わ~! た、助けて~!」

 酒や食べ物で気分がよくなった女性たちに揉みくちゃにされながらも、若矢はまんざらでもない顔をしていた……。そんな彼に、ファブリスも心底楽しそうに叫ぶ。

「よし、若矢! いいぞいいぞ~! この町中の女の子を幸せにしてやれ~! それが真の英雄ってもんだろ~!?」

「そ、そんなぁ~」

 そんなやり取りを見て、町の女性たちは大笑いするのだった。

「まったくも~! 祝杯とはいえ、みんな飲み過ぎよ~!」

 エレーナの困り果てた大声が、酒場に響き渡るのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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