第1話「いきなり魔王戦!?」
「ん? 俺は死んで……それから神様に会って……あれ……ここは? ——ってうわぁっ!」
意識を取り戻した1人の少年、「牛方若矢」は、思わず間の抜けた大きな声を上げる。
彼の視線の先には、空一面に稲妻を轟かせる黒雲が広がっていた。
そして、その黒雲を背に、巨大な翼を持つ15mはありそうな悪魔のような怪物が立ちはだかっていたのだ。
(自分はいったいどこに送られたんだろうか? いや、これは夢なのだろうか? さっきのエルという神との会話も、全て夢だったのだろうか?)
と、そんなことを考えている間もなく、後ろから声を掛けられる。
「キミ! ただの町人がどうしてここに!? 今すぐに逃げるんだ!」
振り返った若矢の目に1人の男性と3人の女性の姿が飛び込んで来る。彼らは「勇者とそのパーティー」と一目でわかる姿をしていた。
その内の1人、魔法使いのような姿をした女性は驚いたように目を見開き、若矢に話し掛ける。
「ここは魔王城。どうやってここに? ……って……そんなことよりも早く逃げて! あなたを守りながらじゃ魔王と戦えない!」
彼女の言葉を聞いて、若矢は自分が本当に別の世界に飛ばされたことを確信した。
そして、巨大な怪物を呆然と見つめながら、心の中でつぶやく。
(俺……本当に異世界に来たんだ……)
だが、そんなことをぼんやり考えている場合ではなかった。
魔王が突然乱入してきた若矢を、恐ろしい目で見下ろしていたのだ。その恐ろしい目に本能的に恐怖を感じた若矢は、すぐに立ち上がると魔王に背を向けて走り出した。
「よし! そのまま走って逃げるんだ!」
「振り返ってはダメよ! 急いでここから離れて!!」
勇者とその仲間たちは、逃げる若矢に叫んでいた。
(に、逃げないとッ——! あんな大きな化け物にちょっと剣道ができるくらいの俺が……勝てるわけない)
若矢は、自分の力では魔王に到底敵わないことを本能的に悟っていた。必死に逃げながら少し振り返ると、勇者パーティーと魔王が戦っているところだった。
魔王は初めから若矢のことなど眼中になかったようだ。
逃げる彼の頭の中に、突然声が響いてきた。
「若矢くん! 転送地点を間違えてしまって——! 本当にごめん!」
(え? さっきの神様?)
若矢が思った次の瞬間、彼の胸元が光り出した。
そして光が晴れると、そこから天使の羽が生えた小さい赤ん坊が姿を現した。驚いて声も出ない彼に、その天使のような赤ん坊は自ら名乗りだした。
「やぁ若矢くん。この子はラムルっていうんだ。 僕ら神様は世界に直接干渉することを禁じられているんだけど、使い魔や眷属、またはこうして思念体を使うことで世界に干渉することができるんだ」
とつぜん流暢に語りだした、ラムルなる赤ん坊の言葉に理解が追い付かない若矢。
「あ……ごめんごめん。理解するのが難しいよね? つまりこのラムルは、僕の思念体だ。僕のミスで間違って過酷な地に送ってしまった君をサポートするために、急遽送り込んだんだ」
ラムルを介したエルの説明をうなずきながら聞いていた若矢だったが、彼らの背後の方で激しい音が鳴り響く。どうやら勇者たちと魔王の戦いが苛烈さを増しているようだった。
「まずいね……。聞きたいことは山ほどあると思うけど、今はすぐにここを離れよう。ラムルを通して僕が君をサポートするから、安心して」
若矢はエルの言葉にうなずき、ラムルを抱きかかえると再び走り始めた。
しばらく走って城の出口までもう少しという時だった。後ろから魔王の勝ち誇ったような、低く恐ろしい笑い声が響いてきた。
「ワハハハハハッ! 口ほどにもないなぁ、勇者どもよ! この魔王ムレクにその命を差し出すのだ!」
その声を聞いた若矢は恐怖に震え上がった。
ラムルが慌てて叫ぶ。
「急いで!! 今殺されてしまうのはマズイ! 君はすぐにここから離れなければならないんだ!!」
若矢は、ラムルを抱く手に力を込めると再び出口へと走り出す。
——が、しかし。
彼の走る速度は次第にゆっくりになり、その場で足を止めた。その行動に驚き、再度逃げるよう促すラムルだったが、彼の瞳は力強いものへと変わっていた。
(俺の使命……)
そして振り返ると、元来た道を駆け出していく。
次第に彼の走るスピードは常人離れしたものになっていき、あっという間に魔王と魔王に敗北寸前の勇者パーティーの元へと戻って来たのだった。
「な、なにを……してるんだ……!? は、早く……逃げ……ろ……」
勇者は魔王にその体を握りつぶされそうになりながら、若矢に向かって必死に叫んだ。若矢は魔王の前で仁王立ちしたまま、睨みつけている。
「あわわわわっ! わわわ、若矢くん! にに逃げないとっ!!」
若矢の腕に抱かれながらラムルは、顔を青くして震えている。
「ごめん、エルさん……ラムル……。せっかく転生させてくれたのに……。でもやっぱりここで逃げるなんてできない。今度こそ助けるんだ、俺が!!」
若矢はラムルを優しく地面に降ろすと、魔王ムレクを睨みつけた。
そして拳向けて突きつける。
「第二の人生、俺は俺のやりたいこと全部やるんだ。とりあえずこの人たちを助けて、魔王をぶっ飛ばす!!」
覚悟を決めたように言い放った若矢の瞳にはすでに怯えは映っておらず、その口元にはわずかに笑みすら浮かんでいた。
終始虫けらを見るような目で興味なさそうに話を聞いていた魔王だったが、若矢の最後の一言を聞いて侮辱されたと捉えたようだ。その手で掴んでいた勇者を放り出すと、彼を睨み返した。
「勇者でもなんでもない、ただのヒューマン種がこの魔王ムレクをぶっ飛ばす、だと? 大口を叩いたことを後悔させてやろう!」
魔王はそう叫ぶと、その巨体からは想像できないような猛スピードで若矢に拳を振るってきた。
「くっ!? 逃げるんだッ!!」
「危ないっ!! 逃げてぇっ!」
勇者パーティーの面々が叫ぶ中、魔王の巨大な拳が若矢に襲い掛かる。だがその拳が当たる前に、彼の姿はその場から消え去っていた。
ドゴォォォォォンッ!! と激しい音が鳴り響いた。
空振りした魔王の拳が、地面を大きく抉る。どこへ行ったのかと魔王が探していると、彼の頭の上の方で声がした。
「うおぉぉぉっっ!! た、高っ!!」
なんと若矢が魔王の頭より高い位置、20メートルほどまで飛び上がっていたのだ。そして降りてくるその勢いのまま、若矢は魔王を殴りつける。
彼の拳に対して自分も拳で対抗する魔王……が、その巨体ごと彼の拳に押されて突き飛ばされてしまう。
驚く魔王を尻目に、若矢は地面に着地すると再び向かっていく。
「なっ!? なんだというのだ? その馬鹿力は……!? い、いや……まぐれに過ぎん。この魔王ムレクが、ヒューマン種に負けるはずがない!」
「うおぉぉっっっ!! たりゃあ!!」
若矢は、再び魔王の拳を避けながら彼の体を殴りつける。その攻撃に堪らず後ずさった時、彼の背後に巨大な岩壁があることに気付いた。
「しまっ……!?」
「うおぉぉっっっ!! おりゃああっ!!」
若矢はその岩壁に彼の体を押し付けると、その拳に力を込めた。
「伝え忘れていたんだけど、別世界からこの世界に来ると身体能力が飛躍的に向上するんだ……。でも若矢くん。——君は想像以上だよ! 魔王なんて絶対ムリだと思ってたけど、これならイケるよ! 頑張れ若矢くん!!」
先ほどまで最悪の事態を想像し震えていたラムルだったが、拳を突き上げて応援に転じている。
「ま、待て! わ……わかった! お前の強さは本物だ! もうこれ以上人間たちに悪事を働かないと約束しよう!」
魔王は予想外の相手からの予想外の反撃に、たまらず降伏宣言をする。
しかし、若矢は手を休めない。
次第に彼の体の周りに緑色のオーラが溢れ出てくる。
「まさか、もうそこまで!?」
ラムルは若矢を見て、驚嘆の声を上げる。
勢い増した拳で、岩壁に押し付けた魔王に目にも留まらないスピードの連撃を叩きこんでいく若矢。岩壁が崩れ、舞い上がった土煙が晴れると魔王は息も絶え絶えになっていた。
「——な、なんて奴だ!? 素手で魔王を……? お、おい君……。そいつを倒すには勇者の力が必要だ! あとは俺に任せるんだ!」
勇者が若矢に声を掛けるが、戦闘で発生している音のせいで聞こえていないのか、彼はそのまま攻撃を続けている。
「トドメだぁっ!!」
若矢はそう叫ぶと、魔王に向かって飛んでいく。
緑色のオーラに包まれた若矢の体はまるで流星のようで、その速度はもはや勇者たちの目では負うことができないようだった。
彼らはそのあまりの光景に圧倒され、声も出ない。
やがて若矢は拳を突き出すと、全力で魔王の顔面を殴りつけた。
「お、おのれ……。ただの人間ごとに……この魔王ムレクが……敗れるとは……!? グフッ——!」
血反吐を吐いた魔王ムレクの体は、形を留めることができずに霧散していくのだった。
「す、すごいよ!若矢くんっ!!」
「——あ、あれ? もう終わり?」
少しの間があった後、ラムルが発した喜びの声に我に返った若矢は、自分が魔王を倒したことにようやく気付いた。
そして彼はその場にへたり込むと、大きく息を吐き出したのだった。
「やった……やったよばあちゃん……俺……」
勇者と彼の仲間たちは若矢の元へと駆け寄ると、彼に深く頭を下げる。
「ありがとう……。君がいなかったら、この世界は魔王の物となっていただろう」
「あなたがいなければ、あたしたちも殺されていたかもしれない。本当に感謝するわ」
勇者の言葉に魔法使いも続けた。
武闘家のような姿をした女性と僧侶のような姿をした女性も、戦いが終わった安堵と若矢に対する尊敬が混じった眼差しでうなずいている。
そして、ラムルも嬉しそうに飛び跳ねていた。
「それにしても……勇者の力無しで魔王を倒すなんて……本当に物凄い偉業だな」
勇者は、再度感心したように若矢を見つめていた。
「そうね。でも、こんなところで立ち話もなんだし城に戻って王様やみんなに報告しましょう? 彼のことも報告しないと」
武闘家の女性は勇者の肩に手を置いて、城に戻ろうと促した。
「ああ。そうだな、そうしよう」
勇者たちは城に向かって歩き出したが、若矢はまだ座り込んだままだった。彼の体力は限界に達しており、動くことができなかったのである。
そんな彼にラムルが声を掛けた。
「お疲れ様! 若矢くん!」
「あはは……俺……もう動けないや……」
ラムルの顔を見て笑っていると僧侶の女性が近づいてきて、彼の足に触れた。
そして何やら呪文のようなものを口ずさんでいたが、少しするとニッコリと微笑んだ。
「はい、これで大丈夫。もう歩けるようになっていると思いますよ? せっかくだからあなたも一緒に城へ行きましょう」
若矢は立ち上がり、体を動かしてみる。すると、先ほどまでの疲労感が嘘のように消えていた。
「す、すごい!! 本当に体が軽い! あ、ありがとうございます!」
若矢は僧侶の女性にお礼を言うと、勇者たちを追って歩き出したのだった。
(ばあちゃん、俺……ようやく自分の使命を見つけたかもしれない!)
ここまでお読みいただきありがとうございました。
制作途中でまだまだ製作が進んでいませんが、かなり長い作品になる予定です。
文章や内容は、少しずつブラッシュアップしていきたいと思います。