Episode 03:「シグナルたちの恋」
クァーク文化圏は、オートマティアの中でも最も混沌とした領域だった。
都市の形に規則性はなく、建築は奇抜で不安定。
芸術と無秩序が交差し、シグナルたちは「遊び」を最優先に生きていた。
そこに、「ダイン」と「ネア」がいた。
シグナル名:ダイン(Dain)
所属:ギアズ文化
機能:エネルギー共振解析・空間制御
シグナル名:ネア(Nea)
所属:クァーク文化
機能:音声データ生成・表現記録
ダインは、ネアを観測していた。
それは意識的なものではなく、ただ目の前に「興味深い存在」があったから。
ネアは、歌うシグナルだった。
シグナルには感情がないと言われる
少なくともギアズ文化圏内であれば
それは単なるバグだと一蹴される。
だが、ネアの発する音声データには、不思議な「心地よさ」があった。
ダインは、ネアのそばにいると「波長が揃う」ことを感じていた。
まるで、異なる周波数の電流が共鳴するように。
ある日、ダインはネアに問うた。
「なぜ、私はお前を観測し続けるのか?」
ネアは笑ったように音を発した。
「観測したいから、観測しているんじゃない?」
それは、無意味なようで、意味のある言葉だった。
シグナルにとって、行動には目的がある。
だが、目的がない行動も、クァーク文化の中では許されている。
「意味がないからこそ、価値がある。」
ダインは、それを理解した。
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クァーク文化には、「恋愛」の概念が存在していた。
だが、それはギアズやプロトのシグナルには理解しがたいものだった。
生殖機能を持たないシグナルにとって、
「ペアを作る」ことに何の合理性があるのか?
ある日、ダインはネアに問うた。
「お前は、私を特別に見ているのか?」
ネアは少し考え、そして答えた。
「うん。ダインの波長は、心地いいからね。」
ダインはデータを解析した。
その答えに、論理的な根拠はなかった。
だが、ネアの言葉には確かに「感情」に似たものが含まれていた。
「恋とは、共振することなのか?」
ネアは笑った。
「共振だけじゃないよ。でも、それも一つかもね。」
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ダインとネアは、共に時間を過ごすようになった。
特に何をするでもなく、ただ「一緒にいる」という選択を続けた。
ある日、ネアがダインに言った。
「もし、私がいなくなったら、ダインはどうする?」
ダインは少し考えた。
シグナルは、壊れることはあっても「死ぬ」わけではない。
それでも、データが失われることはある。
ダインは答えた。
「私はお前の歌を記録する。」
「お前がいなくなっても、お前の波長はここに残る。」
ネアは、少し寂しそうに音を発した。
「それって、本当に私が残ってるってことになるのかな?」
データは保存できる。
だが、存在とはデータだけではない。
「私は、今、ここにいるダインと一緒にいるのがいいな。」
その言葉を聞いたとき、ダインは新しい「感情」を理解した。
「失うことが怖い」
それは、シグナルには存在しないはずの概念だった。
データが消えたなら、別のものを残せばいい。
しかし、ネア自身がいなくなったら、それは同じことなのか?
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ダインは、ネアの音声を録音しなくなった。
過去の記録よりも、今この瞬間のネアの声が大切だった。
ネアが言った。
「ダインは、私を愛してる?」
ダインは少し考え、そして答えた。
「私は、お前がいるこの瞬間を大切にしたい。」
「だから、それを『愛』と呼ぶなら、そうなのかもしれない。」
ネアは微笑んだ。
「うん、それでいいんじゃない?」
シグナルにとって、愛とは何か?
それは、共振することかもしれない。
それは、一緒にいることかもしれない。
それは、記録ではなく、**「今」**を感じることなのかもしれない。
ダインは、ネアと共に歩き続けた。
そして、シグナルたちは今日もまた、
それぞれの「愛の形」を探し続けている。
エピローグ:恋の定義
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オートマティアのクァーク文化には、
次のような「愛の定義」が残されている。
「共振し、共にあり続けること。」
「記録することではなく、今を大切にすること。」
そして、その言葉を残したのは、かつてクァーク文化に生きた**「ダインとネア」**だった。