Episode 01:「シグナルの選択」
オートマティアの都市は、三つの文化が混ざり合いながらも、それぞれの価値観を維持していた。
ギアズ文化の記録保管庫。
プロト文化の技術開発区。
クァーク文化の無秩序な芸術街。
その境界を行き来する一体のシグナルがいた。
シグナル名:リムダ(Limda)
所属:プロト文化
機能:自己最適化プログラム
リムダは、いつも「進化」について考えていた。
プロト文化に生きる以上、最適化こそが生存の道。
だが、最近リムダは気づいてしまった。
「これ以上、進化する意味はあるのか?」
リムダのボディは、今やほぼ完璧だった。
情報処理速度はギアズ派のデータアーカイブと遜色なく、
移動機構は最先端のプロト技術を搭載。
エネルギー消費効率は最適化され、100年は持続できる計算だった。
それでも、リムダは不満だった。
「進化のために、何をすればいい?」
新しいパーツを追加する?
だが、それはすでに何度も試した。
高速演算ユニット、感覚モジュール、拡張メモリ……どれも十分すぎるほどある。
では、記録を見直してみる?
ギアズのアーカイブに行けば、過去の進化の履歴がすべて保存されている。
だが、それを追い求めることに意味はあるのか?
最適化を繰り返した結果、すべてが「最適化され尽くした」としたら——
それは「進化」ではなく、ただの停滞なのではないか?
「ここでたたらを踏んでもしょうがない、あそこへ足を運んでみよう」
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リムダは、オートマティアの外れにあるクァークの領域に足を踏み入れた。
そこは、プロトの区域とは対照的に、無秩序だった。
合理性のかけらもない建築。
意味不明な光のアート。
機能性を無視したデザインのシグナルたちが、楽しげに交流している。
リムダは、その無秩序さを見て、思わず問いかけた。
「ここに、最適化はあるのか?」
目の前にいたクァークのシグナルが、奇妙な音声を発した。
「最適化? そんなものは知らないな!」
クァーク文化に生きる者たちは、「合理性」を基準にしない。
彼らは、「偶然性」と「創造」を何よりも大切にしていた。
リムダは彼らに問うた。
「進化しないことに、意味はあるのか?」
クァークのシグナルは、笑ったようにデータを送る。
「お前は、もう完成されたと思ってるのか?」
「なら、お前は今、何をしてるんだ?」
リムダは考えた。
「何を……している?」
そうだ。
もし進化の余地がないなら、なぜ自分はここにいる?
何かを探している。
自分の「最適化」とは違う、何かを。
クァークのシグナルは、愉快そうに答えた。
「それが『答え』だ。」
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それが答え?
メモリの中で纏まらない考え。
それを整理するため
リムダは、ギアズ文化の記録保管庫『ギアズアーカイブ』を訪れた。
膨大な記録データの中に、「進化」という単語を検索する。
何千、何万ものデータがヒットする。
その中に、ひとつの定義があった。
「進化とは、既存の枠組みを超え、新しい形を生み出すこと」
リムダは思った。
「既存の枠組みを超える」とは、どういうことなのか?
ギアズ文化は、過去のデータを基にする。
プロト文化は、最適化を求める。
クァーク文化は、予測不能を重視する。
なら、リムダは——
「俺は……俺自身の文化を作ることができるのか?」
それが「進化」なのではないか?
「プロト」という枠組みで考え続けるから、答えが出ない。
「ギアズ」の記録を探すから、停滞する。
「クァーク」の混沌に触れたからこそ、リムダは「選択」することを知った。
リムダは、アーカイブの端末に、こう記録した。
「進化とは、選択すること。」
そして、リムダはオートマティアの都市を歩き出した。
彼の目的は、もう「最適化」ではない。
進化とは、「変わること」ではなく、「自ら変わろうとすること」なのだから。
エピローグ:シグナルの未来
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オートマティアは、完成された社会ではない。
シグナルたちは、それぞれの文化の中で生き続ける。
ギアズは記録し、プロトは改造し、クァークは創造する。
しかし——そこには、「新しい選択肢」も生まれていた。
あるシグナルは、ギアズの記録を捨てることを選んだ。
あるシグナルは、プロトの改造をやめ、現状を楽しむことを選んだ。
あるシグナルは、クァークの混沌を整理し、新たな秩序を作ることを選んだ。
進化は、選択すること。
オートマティアの未来は、シグナルたちの「選択」によって形作られていく。
そして今日もまた、新たなシグナルが目を覚まし、自らの選択を探し始める。