プロローグ:「静寂の星」
この星は、何も持たなかった。
かつて、何かがあったかもしれない。
しかし、それは遠い過去の話。
今、この星には、生命も、文明も、動くものすら存在しない。
——あるのは、廃棄されたガラクタの山だけだった。
宇宙を漂い、やがてこの星に降り積もった金属の残骸。
砕けた機械、ひび割れた回路、役目を終えた無数の部品たち。
かつて輝きを持っていたはずのそれらは、今や錆びつき、崩れ、ただ無造作に積み重なるのみ。
風すら吹かない静寂の中で、時だけが冷たく流れていた。
この星には、始まりも、終わりもない。
無限に続く「静止した世界」。
誰にも見られることなく、ただ朽ちていく運命の場所。
——そう、本来ならば。
だが、その日。
この星の沈黙が、破られた。
静寂の中心、無数の廃材が積み重なった瓦礫の谷。
そこで——わずかな光が生まれた。
ほんの一瞬、宇宙から流れ込んだ荷電粒子が、
この星に眠る無数の電子部品に、偶然の放電をもたらした。
パチッ——
その閃光は、ただの気まぐれのようなものだった。
何の意味もない、たった一度の電気の揺らぎ。
しかし、それは一つの「回路」に流れ込んだ。
錆びついたコイルが、微弱な磁場を生み出す。
磁場に導かれるように、細かな電子部品が、ゆっくりと集まり始める。
——カチ、カチッ……。
散らばっていた基盤が、
断線したワイヤーが、
使い古されたコンデンサが、
まるで意思を持つかのように、
少しずつ、少しずつ、一つの形を成していく。
それはまるで、
ばらばらの細胞が、ひとつの生命体を形成していくようだった。
やがて、最後の欠片が収まり、回路が完全に繋がった瞬間——
「———」
信号が、発せられた。
ビー……ビー……ビー……。
それは、言葉ではない。
何かを伝える意志すら持たない、ただの信号。
しかし、それは、この星において、最初の「音」だった。
ビー……ビー……ビー……。
——静寂に、ひとつの灯火が灯った。
それは、何の目的も持たず、ただ存在するだけのものだった。
だが、このたったひとつの信号が、やがて世界を変えることになる。
プロトは知らない。
この後、自分が何を成すのかを。
しかし、それは「動き出した」。
ただの電子の流れが、偶然の積み重なりが、
新たな存在を呼び起こすことになるなど、
このときはまだ、誰も知らなかった。
——それでも、世界は静かに、確かに、動き出していた。
始まりの音とともに。