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ブサイクだから、と勇者ギルドを追い出された俺は、異世界の美少女と魔王を目指す

作者: ねやさい

 ──私は騙されたのだ──あの醜い人間たちに──。

 陥れられ、嘲笑われ、踏みにじられた──。

 あの悪魔のような表情を思い出すだけで──気持ち悪い、憎い、奴らが憎い──!

 醜い人間、それ即ち──悪なのだ──!


***


 ボーベル王国、勇者ギルド。

 そこで俺──チガヤは、憧れていた勇者への第一歩を踏み出そうとしていた。

 俺の愛読書である、この世界の誕生が記された聖書。

 要約すれば、神が創り出したこの世界を魔族が侵略し、その王たる魔王と神との戦いの末、「魔王は善良な人々の目に触れない魔族の巣窟──ダンジョン──に隠れ住み、人に危害を加えないならばこの世界での生活を赦す」と約束を交わしたことにより、この世界には今、隠れたところに魔族が大量に潜むダンジョンが生まれたそうだ。

 だが、魔族は人々への加害を止めることはなく……今でも魔族からの被害報告は後を絶たない。

 そのために作られたのが勇者ギルドだ。

 人々は魔王を倒すものを勇者と崇め、魔族の滅亡を願った。

 だがしかし……今でも魔王を倒す者は現れていない。

 俺は勇者になりたかった。人に危害を加える魔族を許すことができなかった。魔王を倒し、魔族を滅ぼしたい。

 その一心で鍛えに鍛え、武具を購入するために働き、そうしてこの日、俺はようやく、勇者ギルドに足を踏み入れたのだ。


「悪いが、君をギルドに入れることはできない」


 しかし、ギルドマスターから言われたのはこの一言だった。


「君は……見たところ【美貌力】10にも届いていないんじゃないか?美貌力の平均は300も超えているこの時代に、君のようなブサイクが勇者になろうなんて……」


 もう一つ。聖書にはこのようなことも書かれていた。

 神は醜い人間に裏切られ、虐められ、それ以降醜い者ほど弱く、美しい者ほど強く、人間を作り替えた、と。

 その目安となるのが【美貌力】であり、これが低い人間──即ち俺のようなブサイクは、弱いのだ。


「……っ、ですが!一度だけ、一度だけでも入団テストを受けさせていただけませんか……!お願いします!」


 俺はギルドマスターに懸命に頭を下げた。

 だが、マスターの反応は同じだった。


「帰ってくれ」


 どうやら、昆虫の足が六本であることなど見なくともわかる、というのと同じらしい。

 この世界では、醜い人間それ即ち弱い、ということが常識なのだ。

 ギルドで楽しそうに食事をしていた勇者パーティの笑い声を耳にしながら、俺はギルドを後にした。


「──クソッ、クソッ、クソッ──!!」


 己の醜さなど、言われずともわかっていた。それでも勇者になる夢を諦められなくて、俺は毎日毎日鍛錬していたのだ。

 ──それでも、勇者には届かないと言うのか──。

 血のにじむような悔しさを込めながら、自宅の庭に特訓用に積んである岩を殴りつける。

 二度、三度と殴っているうちに岩にはヒビが入り、やがて砕け散った。

 はぁ、はぁ、と肩で息をしながら、その光景を見て少し息を整える。

 鍛錬として岩を拳で砕き、その砕けた岩の破片で武器を作る──。これが俺の、もう十五年は続けている日課だ。

 こうしていると、少し気持ちが落ち着いてくる。

 さて砕けた岩を武器に加工しようと岩を持ち上げ、家の作業場に運ぼうとした──その時だった。


「きゃああぁぁ!!!」


「グオオオォォォ……!!」


 静かだった庭を切り裂くように、女性の叫び声。そしてそれに、魔族の唸り声が呼応する。


 ──まずい、人が襲われている……!


 俺は岩を担いだまま叫び声の聞こえた方へと駆けていく。

 木々の間をぬって進み、枝葉をかき分け、三分も経たないうちに魔狼──ワーグの後ろ足が見えた。

 その前方──ワーグの目の前には、黒髪の女性。


「待て!お前の相手は俺だ!」


 俺はワーグの気をこちらへ逸らすため、一心不乱に叫びながら担いでいた岩をワーグの尻へ投げつける。


「ギャンッ!」


 ワーグは悲鳴をあげフラフラとよろけたが、やがてこちらを睨みつけ、瞬く間にこちらへ走ってくる。


 「オッ……ラァ!!!」


 それを見て俺はワーグの頭上まで飛び上がり、その眉間目掛けて拳を叩きつけた。


 「ギャフッ!!」


 ワーグの二度目の悲鳴と共にメキメキと鈍い音がして、やがてワーグは倒れて動かなくなった。


「はぁ、はぁ……そこの人!大丈夫ですか!」


 俺はワーグが動かなくなったことを確認すると、先程襲われていた女性の元へ駆けつける。


「はぁっ、はぁっ……あれは……なんなの……私、私は……!」


 女性はひどく混乱している様子だが、ひとまず怪我は無いようだ。


「大丈夫、ワーグはもう暫くは動きません。一先ずここを離れましょう。北へ向かえばすぐ俺の家があります」


「あ、ありがとう……ございます……」


 俺は女性の手を取って立ち上がらせると、踵を返して家へと向かった。

 ──と、女性の様子を見て、ふと気にかかったことがあった。

 ぱちりと大きい目、くるんと美しく外向きにカーブを描く睫毛、高い鼻に丸く小さい輪郭。

 この人は、かなり【強そう】なのだ。見ただけでも美貌力1000はある。

 近年であれば、それこそワーグなど魔法や体術でひとひねりできてしまいそうなほど……。

 それに、「あれはなんなの」と言っていた……新聞を読めば一ヶ月に一度は人里に現れたと報道されているワーグを知らないのだろうか……?

 ──いや、いくら美貌力が高いとはいえ、勇者パーティでもなければ突然魔族が襲ってくれば混乱するのも無理はないか……。

 俺は胸に抱いた違和感を一旦押さえ込み、自宅に女性を迎え入れる。


「どうぞかけてください。今お茶を入れますね」


「……すみません……ありがとうございます……」


 女性をソファに座らせ、お湯を沸かしつつ茶葉の準備をする。

 彼女はまだ落ち着かないようで、肩を縮こまらせて俺の部屋をキョロキョロと見渡していた。


「あの、砂糖とミルクは……」

「すみません、聞きたいことが……」


 俺と女性が同時に声を発する。

 彼女は軽く口を押さえると、「お願いします」と頭を下げた。

 俺も軽く頷くとそれらを入れて紅茶を差し出し、テーブルを挟んで彼女の向かいに座る。


「お待たせしました。それで、聞きたいこととはなんでしょうか?」


 揺れる紅茶の水面をじっと見つめる彼女に質問する。


「あ、はい、えっと……うーん、聞きたいことが山ほどあって……まず、ここはどこなんでしょうか……?」


「ここはボーベル王国辺境の【恐れ森】と呼ばれる森です。魔族が頻繁に出没するので、勇者パーティでない方はあまり近寄らないのですが……」


 迷い込んでしまいましたか、と聞く前に、女性が頭を押さえながら片手を挙げる。


「あー、えっと、すみません。ぼーべる……ボーベル……王国……?私、コンビニに行こうとしてて……」


 こんびに。

 聞き慣れない言葉に、俺はたった今の彼女と同じようにその言葉を反芻した。


「えっと、それはどこかダンジョンの名前ですか?」


「だ、ダンジョン……?って、ゲームによく出てくる……?」


 俺と彼女のいるこの部屋が疑問符で埋め尽くされる。

 だが、俺は聖書に載っている一つの章にこれと同じようなことが書かれていたことを思い出した。

 神は【異世界】から千年に一度の美男美女を選りすぐり、この世界へ【転移】させている──と。

 それならこの女性がワーグを知らない様子であることも、美貌力が高いながらも戦わなかったことにも……全てに合点がいく。

 しかし、こんなことが現実に起こるとは。同じ聖書に書かれていることでも、この世の常識である魔族や美貌力とは違い、転移者など小説や絵本でしか読んだことがない。

 俺は状況が飲み込めないながらも、荒唐無稽な推測を彼女に伝えた。


「えっと、落ち着いて聞いてください。貴方は……異世界からこの世界へ転移したのかもしれません」


「え……?」


 彼女は大きい目を更に丸くして、ぽかんと口を半開きにしたまま固まってしまう。

 そりゃそうだ。こんな状況、誰だって信じられるはずがない。今それを伝えた俺ですらそうなのだから。


「転移……?そんなの、小説とかでしか見たことが……」


「ええ、俺も同じことを思いました。この状況に当てはまることは、もうそれしか考えられないんです」


「嘘でしょう」


 女性は額を押さえ、背もたれに倒れ込むようにして天井を仰ぐ。


 数分ほどそうした後、彼女は一度ふぅ、と息をつき、俺に向き直る。


「あの、帰る方法とかって、わかります……?」


「……すみません、それは俺にも……」


 そう言うと、彼女はうぅ、と呻き声をあげ、今度は机に突っ伏してしまった。


「で、ですが!この世界に異世界の人を転移させるのは神だと言われています!ですから、神に直接出会いさえすれば、なにかがわかるはず……!」


 俺は彼女を励ますためなんとか解決策を絞り出すが、正直なところ微妙だ。神なんて魔族と違い現実にいるのかどうかすらわからない。

 しかし、こうして異世界から転移してきた(と思われる)人物が目の前にいる以上、文字通り神に縋る方法しか俺にもわからなかった。


「……本当、ですか」


 しかし、俺の内心と反して彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。


「……わかりました。この夢が覚めるまでは、その神様を探すことにします」


 彼女の言葉は、覚悟か……はたまた諦めか……ひとまず、彼女なりの受け止め方をしたようだ。


「俺も協力します。貴方が、その『こんびに』というのに辿り着けるまで!」


「あ……ありがとうございます……本当に、何から何まで……どちらかと言うと、コンビニよりは家に帰りたいですが……」


「そ、そうでしたか!そうですよね!ははは……」


「ふふ……」


 女性は口元に手を当て、静かに笑みをこぼす。

 俺は彼女に笑う余裕ができたことに安心すると同時に、ふと忘れていたことを思い出した。


「そういえば、自己紹介ができていませんでしたね。俺はチガヤです」


「あ、そうでしたね。私は嶺花と言います。よろしくお願いします、チガヤさん」


 レイカさんはふわりと微笑むと、深々と頭を下げてそう言った。


「それで……その、神様には、お会いする方法はあるのでしょうか?」


 レイカさんは頭を上げると、少し身を乗り出し、俺を真っ直ぐ見つめる。

 彼女の丸く澄んだ瞳が水晶玉のように俺を映し、つい魂ごと吸い込まれそうになる。


「そ、そう、ですね……」


 顔を背けて視線を本棚に向けたのは、彼女に見つめられてドキドキしたから、というのもあるが……俺の愛読書を探すためでもあった。

 立ち上がって本棚へ向かい、並べられた本の中で唯一埃を被っていないその本を迷いなく取り出す。


「これは、この世界の成り立ちが書かれた聖書です。第三章の……ここです」


 聖書をペラペラと捲り、魔王と神の戦いについて記されたページを開いてレイカさんに見せる。

 この世界を侵略した魔王と神との戦いは、一千万年にも及んだ。神は自分の創ったこの世界を守るため、引き下がることなどまず選択肢にない。とはいえ魔王の方も、ここで撤退すれば一万年に渡って大量に犠牲となった魔族の兵や自らの労力を無駄にしてしまう。

 そこで、魔王は折衷案を出したのだ。

 ──この地の遥か深くを渡せば、我ら魔族は巣を作り人間の元へは姿を見せない──と。

 神は躊躇ったが、戦いで生まれるこの世界の住民達への被害を懸念し、渋々その提案を飲み込んだ。

 しかし、その戦いほど大規模な被害は出ないにしろ、今でも魔族は人を襲い続けている。

 しからば、魔王を倒す者がいれば、神はその者に絶大な恩義を示すであろう……と。


「えーと……つまり、魔王を倒せば神様に会える……?」


「……と、言われています。実際、多くの勇者ギルドでもこれを看板に勇者を集める所は多いですから」


「なるほど……では、これから魔王を倒しに行くわけですね!」


「それが……一つ問題が……」


 魔王を倒す……しかし、魔王の居場所は地中の奥深くにあるダンジョンの更に最下層、と言われている。

 そのダンジョンに入るには、そのための資格を得る必要がある。

 ダンジョンに入る資格……即ち、勇者ギルドに入らないと行けないのだ。


「……ですが俺は、勇者ギルドに門前払いされてしまって……」


「どうしてですか!?チガヤさん、あんなに大きな狼をワンパンできるほど強いのに……!」


「それが、見るからに美貌力が無い、と……まぁ、仕方ないんです……俺だってギルドの立場だったら、こんな見るからに弱そうな奴は入れたくありませんから」


「ち、ちょっと待ってください……美貌力……?って……?」


 彼女の言葉に面食らう。

 驚いた。魔族だけでなく、美貌力すらそちらの世界にはない概念なのか?神の存在は知っているのに?

 最早何が伝わって何が伝わらないのか分からなくなってきて、一抹の不安が俺を襲う。


「えーっと……美貌力というのは、顔の美しさで……『美しい』はわかります?」 


 ……などと、美貌力についてや果てはその発祥についてを──三十分ほどかけたグダグダな説明の末──ようやくレイカさんに伝えることができた。


「つまりこの世界では、美人であればあるほど比例して物理的にも強くなる、と……。なんですかそれ!それを決めた神様、酷くないですか!?」


「え……酷い、でしょうか」


「そうですよ!顔なんて生まれつき持っててどうしようもないものなのに……!それで勝手に良い人悪い人って決めつけて、優劣をつけるなんて……!自分ん家に帰るついでに一言言ってやらないと!」


 彼女のあまりの怒りっぷりに俺はまた面食らう。

 美貌力で強さが決まるなど当たり前のことだ。人間が呼吸ができない水中には住まないのと同じで、人間社会とはそれを前提に作られてきたのだから。

 ……だが。

 自分は水中で暮らしたいのだと怒るような彼女の気持ちは、俺にもあるのだ。

 水面は青く澄んでいて美しい。水中に潜れば一面を覆い尽くす深い青の中、色とりどりの魚が泳いでいて一度潜れば未知の世界が、深く深く続いている。

 そんな水中で、陸上生物でありながらも暮らしてみたい……子供の頃に何度も夢見た覚えがある。

 そしてそれは……さっきまで勇者ギルドに入れなかった悔しさを、岩にぶつけていた俺の姿そのものなのだ。

 神への怒りを吐露するレイカさんを見て、高揚感が胸を込み上げてくる。


「……俺も」


 それは胸から喉へと這い上がり、気づけば俺の口から漏れ出していた。


「俺も……勇者ギルドに入りたい……!」


「入りましょう……!チガヤさん……!」


 レイカさんは俺の手を取り、固く強く握りしめる。

 こんな状況で、自分のことで精一杯だろうに俺のことを想ってくれるその真剣な手を、俺は涙を滲ませて握り返す。


 待っていろダンジョン、そして魔王。

 俺はお前を打ち倒し、この世界の人々に安寧を届ける。

 そして待っていろ、神!

 人は水中にだって、宇宙にだって家を建てられる……そして、ブサイクだって勇者になれると、その目に見せてやる……!!

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