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吾輩は魔王である  作者: 成瀬ケン
第二章
9/14

魔王とネズミと少女


 全てを土砂降りの雨が覆い尽くしていた。

 まるで冬に逆戻りしたような寒い日だった。



 天涯孤独の身となった吾輩は、獲物を捕らえようと必死に狩りをした。

 しかし成果はなし。堪らぬ寒さと空腹にさいなまれていた。



『あれは?』

 少し離れた倉庫の陰、一匹のネズミがチョロチョロと動いた。


 しめた! 雨の降りしきる中庭を飛び出した。

 雨は容赦ようしゃなく身体を打ち付けるが、今は気になどしてられない。なんとしても食料を獲るのが先決だから。


 ネズミの方もそれに気付いたらしく、裏山に向かって逃げ出す。


 こうして雨中の追走劇が始まったのだ。


 敵は丸々と太ってかなり美味しそうだ。倉庫に蓄えてある穀物エサでも食べていたのだろう。

 ここは是が非でも討伐とうばつしたいところ。



 しかし現実は厳しいものだ。

 所詮こちらは空腹の身。そもそも魔王の頃はネズミなど追いかけたこともなかった。

 体力に限界を感じ、獲物ネズミとの差が広がっていく。



 ……こんなことなら、ちゃんと母君から狩りの仕方を教わっておくべきだった。

 既にネズミの姿は、雨で白ばむ光景に消えておったのだ。




 ザーザーと雨は降り続く。


 空腹の上に体力も限界。吾輩自慢の黒い毛艶も、雨でグシャグシャ。

 こんな虚しさを感じるなら、ネズミなど追いかけねばよかった。



 惨めだ、実に惨めだ。魔王とあがめられ、恐れられていた吾輩が、こんな思いをするとは。

 ……せめて母君や兄弟達が健在であったなら……



 仕方ない、ねぐらに戻って寝るとしようか。

 そう思って、項垂れたまま歩き続けた。



「にゃんこちゃん!」

 不意に黄色い声が耳に響いた。

 中庭の中央で黄色い傘をかざした少女がしゃがみこんでいた。


『貴様は』

 流石にたじろいだ、迂闊うかつにも相手の間合いに、足を踏み入れてしまったらしい。

 流石にこうして顔を見合わせると大きい、まるで巨人兵を見ている感覚に陥る。



「フギャ!」


 しかも不覚にも、首筋を掴み取られてしまった。


「にゃんこちゃん、めんこい」

 顔を近付けて、不敵な笑みを見せる少女。

……なにを考えているか想像もつかない、不気味な笑みだ。

『人間なんて悪魔みたいな存在だよ』母君の台詞が頭を過る。

 寒さと空腹、去来する絶望で、ガクガクと震えた。



「にゃんこちゃん、お腹空いてんだばい」

 しかし突然、少女が吾輩を解放した。

 なにを思ったのか、邸宅内に戻って行った。



 ……吾輩は助かったのか? あの少女はなにがしたかったのだ?

 そう思うが、全ては虚しいだけ。人間の毒牙にはかからなかったが、いずれ空腹で野垂れ死ぬのが、運命なのだから。



 突然吾輩の顔に、なにかがぶつかった。


「にゃんこちゃん、エサだばい」


 それは少女の仕業だった。

 ぶつけたのはひと欠けのパン。しかも食べ掛けとは、無礼にも程がある。


 ……しかしかぐわしい香り、パンなど久々だ。

 吾輩いつの間にかそれをガツガツと食しておった。


 その様子を少女はしゃがみこんで見つめておる。

 つくづく無礼な奴だ。吾輩の食事風景を覗き込むとは……



「愛実、どごさいんだい? 食事まんまだよ」

 邸宅から声が響いた。それは吾輩の天敵である老婆の声。


 それで我に帰った。


 空腹で現実逃避したようだ。この少女、少なくともあの老婆の血族。毒でも盛られているのでは?


「にゃんこちゃんは隠れてんだよ」


 しかしそれは取り越し苦労だったようだ。

 少女は嬉しそうに言い放ち、邸内に姿を消して行った。



 どうして少女が、このような行為をしたのかは判らない。


 だけど少しだけ元気が出たのは事実。ほんの僅かだが、生きる勇気が湧いていたのだ__

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