魔王憤怒する
『愚か者、早くこちらに来るのだ!』
『渡れないなら、元の場所に 戻るんです!』
我らが捲し立てるが、次兄は一向に動く気配はない。完全にテンパってる。その脳ミソは次元の彼方に吹き飛んでいた。
パーパー! 耳障りな雑音が響いた。
道路を一台の自動車が走ってくる。もくもくと撒き散らす黒煙、山のようにそそりたつ、一回りは巨大な自動車だ。
あろうことか、それと同時に次兄が走り出した。
『嘘でしょあんた!』
『何故このタイミングなのだ?』
響き渡る、ズドン! という衝撃音。
それはあっという間の出来事だった。
あまりもの惨劇に我が目をも疑った、言葉にも出来ぬとはまさにこのことだ。
次兄は自動車に吹き飛ばされて、無惨にも道路に転がっていた。
助けに行きたくとも、吾輩身体が硬直して動けない。
例え助けに行けたとしても、ネコの我が身でなにが出来ようか?
『あに……うえ……』
途切れ途切れに響く声。
ゆっくりと形成される、どす黒い血溜まり、その瞳が徐々に光を失っていく。
ピクピクと痙攣していた手足は、やがて微動だにしなくなった。
命の輝きが、消え去ったのだ。
『馬鹿だねあの子は。だから注意しなさいって言ったのに』
母君が言った。抑揚ない、さばさばした響き。
おそらくだが母君は、幾多の子供や仲間の命を、自動車に奪われてきたのだろう。
投げやりな台詞の中にも、悔しさや憎しみが籠められていた。
『これが、これが人間のやり方なのですか!』
その母君の感情は、吾輩の中にも染み入ってくる。
末弟に続き、次兄の命まで、人間の手で奪われたのだ、込み上げるのは憎悪の感情だけ。
眼前では自動車がバンバン通過して、骸と化した次兄を、慈悲なくグチャグチャにしていく。
その次兄の姿は、まるでボロクズ、薄っぺらい紙切れだ。
人間という生き物は、死者に対しての哀悼の念を持たないのか?
獰猛な巨人族、慈悲なき修羅達とて、死者は足蹴にせぬぞ。
魔界での戦争も酷いものだが、流石にここまで酷いものは見たこともない。
……いやそうか、吾輩理解した。
ここまでするのが人間なのだ。
所詮神に創られし、木偶人形。その身に心など、吹き込まれておらんのだ……
だったら話は簡単だ。奴らを同じように無慈悲に滅ぼせばいいだけ。
泣こうが喚こうが、容赦せずに攻めいるだけ。奴らは単なる木偶人形。あの自動車と同じ、心なき道具だ。
悲しむ心など、他を労る心などないのだから。必死に生きる我等の想いなど、汲み入る素振りもないのだから。
吾輩、魔王としての生き方を取り戻した暁には、人間と自動車は、必ず滅ぼしてやると心に誓ったのだ__