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吾輩は魔王である  作者: 成瀬ケン
第一章
6/14

魔王と自動車

 それでも時は過ぎていく。



 どんなに困難な道のりだろうと、立ち止まる訳にはいかない。前に進むだけが、足を動かすことだけが、悲しみを乗り越える術だから。

 それがこの狂った世界を、生きるということだから。



 我らの領土テリトリーは拡大していった。

 歩き方を覚え、走り方を覚え、狙うことを覚え、狩ることを覚えていった。

 喜ばしいことに、その頃には次兄じけいも片言の会話が出来るようになっていた。


『あにうえ……』


『ついてくるのだ、我が弟よ』


 吾輩、魔界で魔王をしていた頃は、兄弟などはおらなかった、云わば一人っ子。


 あの頃はそれで良いと思っていた、兄弟など存在すれば、家督かとくを巡っての争いに発展する故にな。

 現に修羅界では、その手の泥沼の争いが、日常茶飯事に繰り広げられていれ。


 だがこうして一緒にいると、弟というのもよいものだ。吾輩を慕って、見よう見まねで付いてくる。

 だから決めた、この弟を我が弟子にしてやろうと。



 領土テリトリーを拡大すると、この世界の有り様も分かるようになってくる。


 この近辺に邸宅はさほどなかった。寒村と化した集落、いわゆるド田舎というやつだ。

 山々や田園風景だけが広がり、長閑のどかだけが取り柄の場所。


 それでも驚いたのは、道路という自動車の道があることだ。


『この道路ってのはね、あの山の先まで続いているんだよ。先も見えない果てしない道。その先になにがあるかなんて、あたしらは知らない。だけど自動車が走って危険だから、渡る時には注意するんだよ』

 母君が言った。


 確かにおぞましい光景だ。様々な種類の自動車が、地響きを発ててバンバン走っている。

 その音がうるさくてやけに耳障りだ。


『なんという騒音でしょう。しかもこの鼻をつく異臭』


『慣れればどうってことないさ』


 それより堪らないのが、その吐き出す臭気だ。

 母君はさほど気にしない様子だが、吾輩には臭くて堪らぬ。


 おそらくだが、あれは毒であろう。未熟な者が魔法を詠唱えいしょうすると、その副産物として僅かながらの毒を生成する。

 母君はその事実を理解しないだけだ。


 哀れなのは人間だ。

 これでは我らが制裁を加えなくても、自ら滅んでしまうであろう。少しずつ身体がむしばまれて、苦しみの中に絶命するであろう。


『やはり人間というのは、愚かな生き物ですな。こんな自らの首を絞めるような、危険な行為をするとは』


『……だから、危険なのはあたしらなの』


『……?』


 一方の次兄はキョトンとした様子で、その会話を訊いている。なにを言われているのか、さっぱり要領を得ない。流石は小動物といった有り様だ。


『とにかくここを渡った先に、絶好の狩場があるから、あんたらはあたしから離れないで、注意して素早く付いてくるんだよ』

 母君の表情が引き締まる。

 その視線が捉えるのは、道路を挟んで反対側の田園地帯。



 少し前まで吾輩達は、母君に首筋をくわえられて移動していた。

 しかしここまで身体が大きくなった今は、それも不可能。自力で移動するしか術はない。


 吾輩、細心の注意と共に道路を横断し始めたのだ。

 母君の的確な判断のおかげで、今のところ自動車の姿は見えない。

 それでもドクンドクンと鼓動が高鳴る。毒の臭いで鼻がもげそうだ。


 反対側に渡りきると同時に、後方を一台の自動車が、凄まじい勢いで走り去って行った。

 正直冷や汗ものだ、あんな乗り物にぶつかって死んでは、魔界の魔王としての沽券こけんにかかわる。


『ちょっとあんた、そんな所でなにをしてるの!』

 突然母君が叫んだ。

 それに呼応して吾輩後方を振り返る。そして愕然となった。


『……ははぎみ、あにうえ……』


 なんと次兄が道路の真ん中で立ち往生している。

 びくびくと落ち着かない様子だ。置かれた状況が分からず、テンパってしまったのだ。


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