魔王、我が身を呪う
我ら兄弟は日増しに大きくなっていった。
母君に乳を貰い、捕らえたネズミを使って狩りの練習などもした。
『どうした弟よ。ネズミは捕まえられたか?』
『……にゃ……にゃ』
『そうか。巧く行かぬか』
『……にゃ……にゃ?』
『それはあれだ。己を無として、空気とするのだ。そうすれば奴は、我等の存在を空気と感じて見失う。そうすれば簡単だ。速やかに走りだし、一気に食らう』
吾輩伝授するが、末弟はキョトンとした表情。
『ミャァ、ミャァ』
遂には練習そっちのけで、無邪気に辺りを駆け回る始末。
『…………』
どうやら吾輩の知能、この者達には馬の耳に念仏らしい。
とはいえ吾輩は、狩りの練習などしなくても大丈夫だった。前世で培った知識にて、狩りなどお手のものだからだ。
それ故に魔法の練習のみを繰り返していたのだ。
しかしそれは困難を極めた。
やはりこの口では呪文を詠唱するのは難しいようだ。「ミャア、ミャア」と可愛らしい響きにしかならぬ。
しかもこのプニプニした肉球では印すら結べぬ。
どうしたものかと、思考にくれていたその時だった。
「捕めだぞ!」
突然、人間の言葉が響いた。
『隠れるんだよ!』
咄嗟に母君が言った。
呼応して吾輩と次兄が物陰に隠れる。
そして意識を集中させて、辺りの様子を窺ったのだ。
「ミャア、ミャア」
響き渡る物悲しき鳴き声。
あろうことか末弟が、老婆に首を捕まれていたのだ。
『弟よ!』
沸々と沸き上がる憤怒の感情。仮にも兄弟として生まれた存在だ。流石にそれは衝撃的な光景だった。
「やれやれ一匹だげがい」
ぼそりと呟く老婆。末弟だけでは飽き足らず、強欲な台詞だ。
「フニャーー!」
それに向かって母君が吠えた。
老婆の前に身を晒し『その子を返せ』と捲し立てる。危険とは理解しても、母性本能がそうさせるのだろう。
「このやろ、家ん中さ上がり込んで、泥だらげにして!」
すかさず腕を伸ばして、捕らえようとする老婆。
しかし母君は俊敏だ、その攻撃はかすることさえない。
暫くその必死の攻防戦が続いた。
「老婆だと思って、ナメてけつかって……」
やがて老婆も諦めたか、ぶつぶつと怨みの念を吐き捨てながら、邸宅内に姿を消して行ったのだ。
こうして場は、元の沈黙に包まれる。
『……弟はどうなるのでしょうか母君?』
吾輩は訊ねた。流石に気がかりだった。
『悔しいね、あのまま殺されちまうんだよ。人間に捕まったっていうのは、それを意味するのさ』
虚しい響きだ。
吾輩それ以上、なにも訊けなかった。小動物に生まれ堕ちた、我が身を呪った。
そして母君の憂いを如実に表すように、それ以来、末弟は姿を現さなかったのだ__