魔王降臨
「ミャァ、ミャァ」
吾輩は長兄として、この世界に誕生した。
見事であろう。黒い毛並みに、まあるいマナコ。ぴょんと突き立つ尻尾に、華奢な手足……
『ふぇっ、ネコ?』
あり得なかった、吾輩ネコとしてこの世に転生したのだ。
続けざまに白い毛並みの次兄、トラ模様の末弟と産み落とされていく。
ガクガクと震えて、大きなネコの乳房にしゃぶりついた。
察するに吾輩の兄弟と母君らしい。
『……ほら、あなたも早く』
その様子を愕然と見つめる吾輩に、母君が言った。
痩せこけた貧相な姿だ。トラ模様と白のつぎはぎで、毛並みもよい方ではない。お世辞にも、気品の欠片も感じられない。
いわゆるノラネコの類いだ。
それでもその瞳の奥底に宿る、力強さは健在だ。母親という種族だけが持ちえる強さであろう。
『吾輩は魔王であるぞ』
それでも吾輩は通達した。
どんな小動物に生まれ落ちようと、その崇高なる魂だけは譲れない。
その台詞に母君の表情がはっとなる。
『あんた、眼が見えるのかい? しかも話まで出来るなんて』
ありえない、そんな表情だ。そう感じるのは当たり前だろう。生まれて間もない乳呑み子が、自己感情を持って意志疎通出来る筈もないから。
それこそが、他の存在とは違うところ。
吾輩前世での記憶を持ち、大人顔負けの頭脳を持っている。
神々の御告げを訊くことはもちろん、ゲスなる人間の言葉まで、訊き分けるのも可能だ。
どうだ畏れ入ったか。
『……まぁ、どうでもいいけどね』
しかし母君の反応は薄かった。
生まれたての弟たちを、舌を使ってペロペロと舐めて、濡れた毛並みを綺麗に拭き取っている。
その覚めたような淡白な受け答えには、吾輩も流石に怒りが込み上げた。
吾輩は魔王であるぞ。この世の創造主である神とも肩を並べる存在。いずれは世界を統一して、暗黒世界を構築する最強君主。
「グシャッ!」
『ほら、くしゃみした、鼻水も垂れてる。そのままじゃ風邪をひくよ』
『……』
しかし実際、今はどうでもよかった。
生まれたてのビシャビシャで、流石に寒気を感じる。乳でも飲まなければ、どうにも生きる気力が沸いてこない。
いそいそと母君の懐に潜り込み、両手で乳房をまさぐったのだ。
もちろん吾輩、世界統一や暗黒世界の野望をなくした訳ではない。
今は腹一杯の乳を飲み干して、ゆっくり寝ることだけが、吾輩の野望であるから__