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吾輩は魔王である  作者: 成瀬ケン
第一章
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魔王降臨



「ミャァ、ミャァ」





 吾輩は長兄ちょうけいとして、この世界に誕生した。


 見事であろう。黒い毛並みに、まあるいマナコ。ぴょんと突き立つ尻尾に、華奢ずんぐりむっくりな手足……




『ふぇっ、ネコ?』

 あり得なかった、吾輩ネコとしてこの世に転生したのだ。


 続けざまに白い毛並みの次兄じけい、トラ模様の末弟まっていと産み落とされていく。

 ガクガクと震えて、大きなネコの乳房にしゃぶりついた。

 察するに吾輩の兄弟と母君らしい。



『……ほら、あなたも早く』

 その様子を愕然と見つめる吾輩に、母君が言った。

 痩せこけた貧相な姿だ。トラ模様と白のつぎはぎで、毛並みもよい方ではない。お世辞にも、気品の欠片も感じられない。

 いわゆるノラネコの類いだ。


 それでもその瞳の奥底に宿る、力強さは健在だ。母親という種族だけが持ちえる強さであろう。


『吾輩は魔王であるぞ』

 それでも吾輩は通達した。

 どんな小動物に生まれ落ちようと、その崇高すうこうなる魂だけは譲れない。


 その台詞に母君の表情がはっとなる。


『あんた、眼が見えるのかい? しかも話まで出来るなんて』


 ありえない、そんな表情だ。そう感じるのは当たり前だろう。生まれて間もない乳呑ちのみ子が、自己感情を持って意志疎通出来る筈もないから。


 それこそが、他の存在とは違うところ。

 吾輩前世での記憶を持ち、大人顔負けの頭脳を持っている。


 神々の御告げを訊くことはもちろん、ゲスなる人間の言葉まで、訊き分けるのも可能だ。

 どうだおそれ入ったか。


『……まぁ、どうでもいいけどね』

 しかし母君の反応は薄かった。

 生まれたての弟たちを、舌を使ってペロペロと舐めて、濡れた毛並みを綺麗に拭き取っている。


 その覚めたような淡白な受け答えには、吾輩も流石に怒りが込み上げた。

 吾輩は魔王であるぞ。この世の創造主である神とも肩を並べる存在。いずれは世界を統一して、暗黒世界を構築する最強君主。



「グシャッ!」


『ほら、くしゃみした、鼻水も垂れてる。そのままじゃ風邪をひくよ』


『……』

 しかし実際、今はどうでもよかった。

 生まれたてのビシャビシャで、流石に寒気を感じる。乳でも飲まなければ、どうにも生きる気力が沸いてこない。


 いそいそと母君の懐に潜り込み、両手で乳房をまさぐったのだ。



 もちろん吾輩、世界統一や暗黒世界の野望をなくした訳ではない。

 今は腹一杯の乳を飲み干して、ゆっくり寝ることだけが、吾輩の野望であるから__

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