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吾輩は魔王である  作者: 成瀬ケン
第二章
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魔王と桜




 結局、魔力の源は崩壊した。聖霊が逃げ出したのだ。




 風にのって魔力が降り注ぐとか、大地が死滅するとか、水が腐るとか、テレビの中ではてんやわんやの大騒ぎだ。

 これで人間たちは、当分は魔力に頼ることを諦めて、人間らしい生き方を求めるそうだ。



 しかしそこは愚かな人間のこと、その教訓を生かすことなく、再び破滅への道を突き進むだろう。



 勿論そんなこと、吾輩には関係ない。


 人間はおかしく騒ぎ立てるが、目の前に広がるのは普段通りの何気ない光景だからだ。


 空は青いし、風も爽やか。陽射しも穏やかだし、鳥達のさえずる音も響いている。骨組みだった木々にも緑が芽吹き、新しき命で溢れている。



 それはテレビなどに頼らず、己の身で感じれば理解するところ。

 それより危険なものがこの人間界には溢れているのだから。



 かくいう吾輩も、あの老婆のことだけは誤解しておった。



『兄貴、すまねーな、遅くなった』

 それは吾輩の眼前にいるトラ模様のネコのこと。吾輩の末弟である。



 老婆はこの者を殺してはおらんかった。近所の人間に預けて、その世話をしていたのだ。


 こうして大きくなって、吾輩を訪ねてきたのだ。



『兄貴は全然変わらねーよな。まだ意味不明なこと言ってんのかよ』


 しかもその飼い主は、ヤンキーとかいう種族らしい。あれ程可愛かった者が、ここまで悪の道に染まるとは……



『母君の御前であるぞ』

 吾輩内なる感情を圧し殺し、眼前を見つめる。


 そこにあるのは土盛りされた二つの土まんじゅう。我が母君と次兄の墓標だ。

 これもあの老婆が建立したそうだ。



 辺りは優しい匂いに包まれている。はらはらと空から薄紅色のなにか舞い降りていた。



『あの赤いの、あれはなんだ? うまいのか?』


『あれは桜である』


 墓標の脇には、一本の大樹が根を張っている。天を覆い尽くさんと伸びる枝には、薄紅色の花が溢れんばかりに咲き誇っている。


 これを末弟に見せたかったのだ。



『しかし綺麗だな。気持ちも安らぐ』


『そうであろう。母君達の命が宿っておるからな』



 それが吾輩には母君の魂に思えた。


 寒い冬を堪え、命に狂い咲き、生き急ぐように散っていく様は、実にいさぎよい。




 吾輩その野望を諦めた訳ではない。いずれは暗黒世界を構築して、人間達を懲らしめてやる。

 いや、人間達を再教育して、その性根を鍛えるのもありかも知れぬわ。


 どうせ吾輩、当分はネコ暮らし。先のことは追々考えることにしたのだ。



 ただ今だけは、こうして母君の傍に寄り添っていたかった。

 今は茶色い、土くれだけの墓標ではあるが、やがて幾多の草花が芽吹き、命に溢れることであろう。




 人が思うより世界は強い。それがこの世の摂理なのだから__


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