魔王とバベルの塔
「ひでー地震だったな。小名浜とか相馬は津波で酷い有り様だってよ」
「姉さんの住む須賀川も酷いらしいよ。近所の家も全壊だって」
その夜、吾輩は初めて人間の邸宅に招待された。
ポカポカと暖かい空間だ。
夜だというのに昼間みたいな明るさ。
不思議な箱の中では、平べったい人間がお喋りをしている。
勿論魔界にも、夜を明るく照らす魔法や、離れたビジョンを飛ばす魔法はある。
人間がこれ程、魔法に精通してるとは思わなかっただけだ。
魔法の箱、通称テレビによれば、これは地震という自然現象らしい。
地面が動いて起こる事象だそうだ。
「おとーちゃん、おっかねーよ」
時折余震なるものが襲ってきて、室内が騒然となる。
その都度、愛実殿が身を丸くして震える。
先程のそれとは規模が違うが、こうも幾度となく連発すると、生きた心地もしないであろう。
「あんた、どうすんだいこのネコっ子」
「愛実が落ち着く、当分おいとくべ」
この家族は四人暮らしのようだ。この男女は愛実殿の父と母。
あの老婆は驚いた拍子に腰を痛めて、医師の手当てを受けているらしい。当分は他の場所で治療に専念するそうだ。
でなければ吾輩が、ここに招待される筈もない。
彼らはずっとテレビに釘付けだ。
なんでも原発とやらが、大変な状況になっているそうだ。
よくよく話を訊くと、人間達はその原発でテレビや灯りを操っているそうだ。
つまりは魔法の原動力ということだな。
そして今回の地震で、その原動力が制御不能に陥ったそうだ。
このままでは暴走して、魔力が解き放たれてしまう。
それがどんな災いとなるか、それを恐れているらしい。
それで合点がいった。原発とは聖霊を捕らえて、閉じ込めておく装置のことだろう。その魔力に頼って、様々な恩恵を受けている。
つまり人間は魔法は使えないのだ。
だから今回のように、逃げ出した聖霊を畏れている。
確か今回のような逸話、太古の昔に訊いたことがある。
神に台頭しようと、巨大な塔を建築して、最後には神の怒りをかって、滅亡寸前まで追い込まれた。
まさに愚かだ、その過ちを再び侵すとは。
そもそも下等な種族に、聖霊の力を使いこなせる訳もないのだ。
最後にはその魔力に焼かれて、自滅するだけなのに。
「とにかく今夜は寝るべ」
「だったら、マオちゃんも一緒に」
「……マオってのは、このネコの名前か? 井上真央のマオ?」
「うん、マオちゃん」
その会話は吾輩にはさっぱり理解不能だ。
それでも吾輩を魔王と知って、敬意を払って吾輩にマオとつけたのだろう。