男ってやつは皆意図せず厨二病なんだよ
ハローハロー。今年で18歳、好きな黄身の固さは固めの俺は中山将吾だ。覚えやすい名前だろ?気軽に中山と読んでくれ。
さあなんで自己紹介を始めたかといえば、自己紹介を始めるタイミングがここだと確信したためである。ほら、あんじゃん。主人公って大体物語の最初で謎に自己紹介始めるじゃん。それだよ。今言えば主人公みたいな気分が味わえると思ったから始めたの。男子高校生なんてわりかしそういうとこがあるからね。ほんとそんだけ。
ではそろそろ今の状況を説明しようじゃないか。
ダルい水曜日、5限、それに加えて英語の授業とくれば真剣に授業を聞く生徒が1割を切るのは当然の事だろう。俺だって言われた範囲のノートこそ取るけども、CDから流れる流暢な英語にまで耳を傾ける程熱心な授業信者でも無く、後ろでケラケラ馬鹿な事をしている同級生の会話に耳を傾ける位には適当な午後を送っていた。
うちの英語の担任もそこまで授業に熱心では無いため、ある程度のお巫山戯は見て見ぬふりをしてくれる。…諦めているだけとも言うかもしれない。
ともかく、100高校があったとして9割はあるあるな時間に、それは起こった。突然、クラスの中でも静かで、昼休みにいつも寝ている深沢、いや、滝沢?…ともかくソイツが不快な金属音を立てて勢いよく立ち上がった。
クラスメイトの突然の奇行に周囲は呆然としていた。隣の席の女子なんかは自分は一切関係ありませんとでも言うように、周りよりオーバーに口まで開けてポカンとしている。
先生は少し間をおくと、困惑と心配を混ぜたような、良い大人の顔で彼に訪ねた。
「どうしたんだ深山君。体調が悪い?」
「……なきゃ」
「ん?言いにくい事なら、この後別室で話す機会でも…」
「に、逃げなきゃ」
上げた顔は険しく、マスクをしているため目を細めて薄く笑っているか、言葉で感情を読み取らないといけない真顔みたいな目以外の初めての表情に俺は驚いた。先生は相変わらず困った顔で彼の周囲に助けを求めるように視線を向ける。
やめろ。こっちを見ないでくれ。波風立てない立てられたく無いが精神のにぽん人には辛い要求だそれは。というかこいつの名前深山かよ。惜しかったなあ。
「お、落ち着いて。何から逃げたいんだ。言ってくれたら先生がなんとかしてやるから」
「嫌だ、もう、いやだ。いやなんだあそこは、行きたくない!行きたくないんだよぉ!!」
「深山くん!落ち着いて…ごめん中山くん、他の先生呼んできてくれ」
「え、あ…はい」
急な指名には驚いたが、彼の人は案外ちゃんとした大人だったらしい。どこかへ走り去ろうとする深山を成人男性の力で押さえつけると、俺に救援を頼んできた。よかったー、押さえつける手伝いとか頼まれなくて。我ながら薄情な安心感でホッとして、教室を出ようとした時、床が発光し始めた。
「?」
床が発光し始めた。文字にすると改めて不思議な現象だ。大掛かりなドッキリでもしない異常事態に俺の足は自然と止まる。幻覚でも見ているのかと呆けていると、背後から「うわっ」「なにこれ?!光ってない?」「なになにドッキリ!?」と驚きの声が上がった事で幻覚は現実だった事が証明された。
俺は何が起こっているのかわからず、答えを求めるように先生の方を向くが、先生も想定していない事だったのかキョロキョロ辺りを見回しては、諌めようと声を上げようとして失敗している。人間は許容量を超えた出来事が起こると声を上げることすらできなくなるらしい。じぶんも同じ事になっているためその気持ちはよく分かる。対するようにキャーキャー悲鳴を上げられる同級生達は年齢ゆえの柔軟さなのだろうか。
…いや、そうすると悲鳴一つ上げられない自分が頭の固い男のようになってしまう。違う。俺だって少しは恐怖から声を漏らしていたはずだ。そんな気がしてきた。
先生が驚いたことで拘束が緩んだのか。深山はその隙を好機とみたのか、手足を思い切り荒ぶらせて緩んだ拘束から脱出をした。それから迷わずに俺の方…教室のドアに突っ込んでくる。避けようにも今の一瞬で色んなことが起こりすぎた俺は、身体が思考に着いていく事ができず、もはや体当たりするように走ってくる深山に、いっそのこと俺を踏み倒して出てってくれ、すまん。と辞世の句を詠み上げると静かに目を瞑った。
きっと野生の草食動物がハイエナ辺りに襲われてもう無理ダァ…と悟った時の表情も丁度こんな感じなのだろう。この後来るであろう衝撃に完全に覚悟を決めた俺は腹部に感じた太い腕の温かさや、身体が浮いたような奇妙な感覚に身を任せた。
で、そのまま後頭部から地面にGo Toダイブしたってワケ…。
ダフッみたいな想像よりも柔らかい感触を頭に感じた俺は、それでもじんわり感じる痛みにぐ…とうめき声を喉から絞り出した。いや勝手に出たと言ってもいいかもしれない。しかしそれは何も頭を打ったから出ただけではなく、むしろ大部分は今、俺の上に乗っかっている深山によるものだった。どうやら優しい深山は俺を踏み倒すでもなく、俺ごと教室の外に出ようとしたようで、腹に食い込んでいる左腕はまるで抱えるように俺を掴んでいた。
「しかし、このままだとまずいな。絵面的にも、何より状況的にも…」
クラスの一部の女子などがみたら喜びから発狂しかねない体制だ。パッと見俺が深山に覆いかぶさられているように見える。クソ、スマホの広告でしか見たこと無いBL的な構図にまさか俺がなるとは…とんだ屈辱だ!
それにしてもこの重量……どこか違和感を感じる。ただの男子高校生にしちゃ、重すぎやしないだろうか。腹への圧迫感が、友人と戯れている時に乗っかられるそれじゃ無い。
「おーい起きろー!!起きてくれよ頼むって!!
………いやさ」
「この森がどこか…深山、知らねえ…?」
吹き抜ける風にのって森特有の植物の香りが鼻を抜ける。ザザ…と風を受けてささやかな葉擦れの音が耳に届く。
森だ。
正真正銘森、疑うまでもなく、森。
草とかは短いものが点々と生えているし、葉っぱなどは太陽の光があたっているところが艶々と照って眩しいくらいだ。ちょっとした避暑地だと考えれば理想的な立地だろうが、生憎今はリゾート気分に浸れるほど余裕のある状況でもないし、むしろ観光で訪れたというより誘拐をされたような気分だ。
周りを警戒する気持ちこそあれど楽しむ余裕は一ミリも無い。
「頼む…たのむってえ……深山あ…」
「、…ん、ぐ……」
「お!!そ、その調子だっ、なるべく早く意識を…?」
突如、耳の奥にやけに残る、草を伏す音が俺の意識の全てを持っていった。そいつは重力なんて感じさせない位に軽く、細やかな音だったが、俺の脳内ではやけに鮮明に、見たことも無い程獰猛で恐ろしい怪物が迫ってきているような風景が思い浮かんだ。
普段聞かない音にも関わらず鮮明に浮かぶ映像は俺の身体をカタカタと震わせ、頭からはザァー、と一気に血の気を引かせる。
「んだ、これ…なにが」
全身が、あらゆる手段で訴えている。
ここから逃げ出せ
まずい
動け
死にたくない
十何年生きていく中で感じたことも無い恐怖が、木漏れ日が地面へと突き刺さるよりも速く俺を満たした。この感じはまずいと。俺の意識の全てで感じ取れる気配が、ここに来たらジ・エンドだと。そう叫んでいる。
「深山!!ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!マジで!!」
「お前、マジで、死ぬって!!ほんと、なんか来てる!!!!デカイのが来てるからあッ!!」
「クソッ、なんで俺の筋肉はこんな時に使えないんだよ、生きることを諦めてんのか諦めんな!!」
なんとかしてここから抜け出さねばならないと、俺の倍は重さがあるんじゃないかという重量級の気絶人の下でもがく。
背中に当たっている石が痛いとか草が潰れた臭いがきついとか……怪物がもうすぐそこまで来ているとか。色んな情報がごっちゃになって頭が痛かったが今はそんなこと言っている場合では無いと文字通り頭や身体を振って(というより捻って)肉布団からの脱出を試みた。
必死の格闘もあってか、はたまた背中に偶々挟まっていた丸い石がローラーのような役割を果たしてくれたのか。ともかく俺は、なんとか深山の思ったよりも分厚い胸筋地獄から逃れる事に成功した。
だからこそ遅れたのだ。
すぐそこに、脅威が迫ってきていると認識するのを。
茶色の体毛に覆われた巨体は、ネズミのような頭部を持っていた。小さな耳がピクリとこちらを探るように動く。両手両足は小さく、その代わり、バランスでもとるように尻尾が体よりもでかく、その先には鉄が錆びたような、赤茶色の跡があった。
一部物騒な視覚情報こそあるものの、ある動物がパッと思い浮かんだ俺は今までの恐怖心を放りだしてポツリと呟く。
「…り、リス?」
愛嬌のある顔に手元をよく見るとくるみのような物を持っている姿は写真や、テレビでよく見るリスそのものだ。なんだか急に力が抜けて腰を抜かした俺は尻を地面に打ち付ける。
と、同時に気づいてしまった
そいつが持っているくるみのような物が、木の実のように可愛いものなどではなく、何かの動物の頭部であると。よく見ればところどころに生きていたという赤い証が付いているし、歪んだくるみに見えたのはそれが原型も留めない程に握り潰されていたからだ。
ヒュッと息を飲んだのも束の間。俺が動いてしまったのが相手の何かを刺激したのか、目の前のリスもどきは愛嬌のあった目を耳のギリギリまで見開き、まるで不自然に裂けられたようにぱっかり開いた口はあと少しで180度になりそうな程開いて絶叫を始めた。
怖い怖い怖い怖い怖い。見た目がB級ホラーに出てくる誇張された殺人リスみたいだし、なんか口からよくわかんない液出てるし。
『Gya…ga,GYAAAAAAAA!!!!』
「やべ、終わったわこれ」
不気味な声を上げながらこちらへ突っ込んでくるリスもどきにせめて、深山は食べないで俺だけで満足してくれんかなこいつ。と背後にまだ突っ伏しているであろう呑気な同級生を思い、目を閉じる。
死ぬ前ってどんな感覚だろうとは思ってたけど、気持ちは諦めちゃうもんなんだな案外。もっと死にたくないって泣き喚きたくなると思ってたけど…いや身体が強張って、筋肉をなんとか凝縮しようと力を入れてるし、生きたがってはいるのか。すげーな人の身体って。でもすまんな。俺の気持ちがまだ死に際についてこねえわ。
死に際の思考加速だかで取り留めもない事を考えている脳内とは裏腹に身体は痛いほど強張り、汗は止めどなく溢れた。脳の端で鳴り響く危険信号に身を任せたい気持ちをグッと堪えて(というかここからどうしようもない)最期の時を待った。
キン、という甲高い音が、大自然溢れる森に一瞬だけ響く。
「……は?」
思わず目を開けば、一拍遅れてやっと音に時が着いてこれたとでも言うように、すぐ目の前にいたリスもどきが真ん中から縦に裂ける。某モッツァレラがふんだんに使用されたさけちゃうチーズ的なあれのように見事に割れると、断面から、まだ死に追いついてきていない心臓が送り出したらしい生の証が勢いよく吹き出した。
意図せず最悪のシャワーを浴びそうになった俺を、既の所で一歩下がらせてくれたのは、
深山こと我が同級生、深山健二に他ならなかった。
好きを詰め込んだ異世界系。
はじめまして。お手柔らかにお願いいたします。