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高野彩花と数多の駄作  作者: 東風祐久
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全てを見失った少女

知識も何も無い人間が書いた小説です。

それでもよろしい方はぜひ、僕の書く世界をお楽しみ下さい。












「もし君の生き様が小説となって綴られることがあるなら、きっとその原稿は真っ白なのだろうね」




私の目の前に座る老紳士は、どこか悲しそうに目を伏せてそう言った。

生きる意味や目的、将来の夢さえも見失った今の私の生き様は、人から見ると随分つまらないものらしい。




「....そんなにつまらなかったですか?先生」




私の声を聞いた老紳士、もとい私が趣味で書いている小説の先生、坂本裕二は、私が書いた小説の原稿を優しく撫でていた。




「空白と見間違うほど、高野彩花の物語は、つまらないものでしたか?」


「...僕の目には、そう見えてしまったよ」




先生は、一度読んだであろう原稿を未だ優しく撫でながら、すまないね、と小さく付け足した。


また、私の作品は駄作止まりだったらしい。これでいくつ目になるだろうか。もう五つは超えているのは確かである。





先生は、私が気まぐれで書き始めた小説の指導をしてくれている優しい人だ。初めは変なおじいさんだなとも思ったが、誤字脱字の指摘から、正しい文法や表現方法などの、様々な知識を私に与えてくれた。



ここ数ヶ月は、ようやくひとつのテーマから連想させて書き上げることが出来るようになったため、先生からお題を出してもらい、お題に沿ってジャンルを問わずに文章を書き上げて、先生に読んでもらっている。



だが、それで一度も先生からお褒めの言葉を頂いたことが無い。


書き上げれば書き上げるほど、私の駄作が増えていく。

そんな日々にいい加減、嫌気が差し始めてきた頃だった。






外はもう日が落ちかけており、橙色の光が、先生の机の後ろにある大きなガラス窓から差し込んできて眩しい。

黄昏時と言うやつだ。実に美しい。


すると先生は席を立ち、私に背を向け語り出す。




「彩花さん。この世から消えてしまえと、いっそ死んでしまえと言われたことはあるかい?」


「いいえ。ありません」


「では、そう思ったことは?」


「...ある、かもしれません」




唐突な先生からの問いに、程よく頭を回転させ答えていく。



先生は一体、何を思っているのだろう。


先生は私に背を向け、ガラス窓の向こうに広がった黄金色に輝く景色を眺めながら言葉を発しているため、表情を見ることが出来ず質問の意図を汲み取ることが難しい。




「君は、きっと囚われているのだろう」


「囚われ....?先生、一体なにを言い出すのですか?」




囚われている?

私が?

いったい何に?


困惑し、頭にいくつもの疑問を浮かべる私に構いもせず、先生は私に語り続ける。





「過去だよ。君の。他でもない君自身の過去だ」


「....私には、囚われるほどの過去はありません」


「いいや、君が書くものには、いつもどこかに鎖がある。君は自分で自分を鎖に繋げてしまっているんだよ。おそらく、無意識のうちに、ね」


「鎖....?」





先生は何を言っているんだ?

私の作品に鎖?


先生はまだ景色を眺めている。先生はあの黄金色の景色に何を見出しているのだろうか。

きっと私の頭では理解出来ないだろう。


そうして先生はまた口を開く。




「僕がこれまで出会ってきた子の中で、君ほど才能に溢れていて、ここまで全てを諦めている子は見た事ないよ」


「....確かに、私は人様に語れる程の夢も、この世を生きる意味も見失いました。ですが、それは作品にプラスの影響を与えると教えてくださったのは先生です」


「....そうだね。壮絶な過去ほど、実体験ほど作品に繋げやすものは無いと、僕は教えた。」




...。


そう。先生は、全てを見失った私に手を差し伸べてくれた。

小説の書き方を教える、という形で。


...私に語れる夢や過去が無いのは、今から2年ほど前に起きた交通事故で、それまでの記憶を失ってしまったからだ。


幸い怪我はそこそこで済んだものの、怪我が完治してからも昏睡状態が続き、目覚めれば記憶が無くなっていた、という訳だ。



今の私には、過去の記憶がほとんど無い。年齢は今年で17になるらしい。


両親と弟が居るが、初めに病院で目を覚ました時は名前も顔も知らない人が泣きながら私の名前を呼ぶものだから、心底驚いたのを覚えている。

まぁ、目覚めた直後は自分の名前すらも分からず困惑していたのだが。


そんな経験があるため、私が書き上げた多くの作品の主人公は、私と同じように記憶を無くしている人物が多いのだ。



自身がこれまで経験してきたことは、作品に繋げる近道だと教えてくれたのは、他でもない先生。


私はその教えに則っただけだ。

ただそれだけだというのに....




何故か心臓がバクバクしている。

耳のすぐ近くで、心臓が激しく鳴っている。






「僕の教えに則っただけだと言いたげだね。」


「...実際そうですから。」


「そうだね....これは僕が教え方を間違えてしまったな。」




そう言いながら先生は、ようやく私に向き直った。

先生は、その全て見透かしてしまいそうな両の目で、


酷く真剣に

そしてどこか寂しげに


私の目を見つめる。



距離は机を挟んで1mほど離れているはずなのに、かなり近くでその目に魅入られている気がする。


身体が動かず、声も出ない。

ただ先生の目を見つめ返すことしか出来ない。



.....蛇に睨まれた蛙は、このような感覚なのだろうか?

先生は睨んでいないのに、そのような戯言が頭の中から湧き出てくる。




「....なんて顔をしているんだい」




少しの沈黙を破ったのは先生だった。

そう言われ、咄嗟に手を自分の頬に当てる。


いつの間にか、私は泣いていたらしい。

自分の手で触れた頬は、涙で濡れており酷く冷たかった。


まるで死人のようだ。

驚くほど冷たい。


自分の頬に手を当て、声もあげず静かに涙を流し続ける私に、先生はこちらに歩み寄りながら、




「君にとって、一番触れられたくないものを、僕は素手で触ってしまったようだね。......すまない」




と、至極穏やかな声で言葉を紡ぎ、

それは優しく、まるで割れ物を扱うように、ゆっくりと私の頭を撫でた。

私は、なぜ自分から涙が出てくるのか分からないまま、ただひたすらに泣いていた。




「囚われるな、と僕が言っても....きっと君は今まで通り、見て見ぬふりを続けるのだろう」


「いくら逃げたって構わない。でも、自分の限界からは目を背けてはいけないよ」




先生は、私の頭を撫でながら、幼子に言い聞かせるように言葉を発する。

その言葉が今の私に正しく伝わることは、きっと無いのだろう。





...私、高野彩花という人間は、

私が書き出す物語よりも、出来が悪く、価値が乏しい存在なのかもしれない。







ここまで読んでくれてありがとうございます。

物語が進む事に視点を変えていく予定です。嫌でなければ、次回もどうぞよろしくお願いします。

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