表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

うちの店には時々、仲の良いカップルが『夫婦割』を利用しにやってくる。


【夫婦割】という制度がうちの店にはある。


 夫婦で同じラーメンを頼むと100円引き、からに餃子一皿ついてくるというものだ。

 それを時々、あるカップルが夫婦割を使ってラーメンを食べにくる。

 カウンターで食っちゃべるものだから嫌でも会話が聞こえてきて、彼らが夫婦ではないことはわかっている。

 自己申告だから別にいいし、なんなら夫婦じゃなくてもいい。

 だが彼女のほうはわずかな罪悪感があるようで、会計の時に軽く頭を下げて「すみません」と言ってくる。


 別にいいんだけど。

 いつか夫婦になればいいな、なんて思っていた。



* * *



 その日もいつも通りの来店、二人並んでカウンター席に座る。

 どのラーメンにするか話し合い、彼氏が顔を上げていつも通り、


「夫婦割って、婚約中でもオーケーですか?」

「はいはい夫婦割ね、ラーメンの種類は……婚約中?」


 思わず顔を上げる、真面目な顔の彼氏と目が合った。

 あぁ、プロポーズしたのか、おめでとう。おめでとうって言えばいいのか?

 え、どうしようこれ、おめでとう。


「あー、はい、大丈夫で……」

「ちょっと、どういうこと?」


 俺の声を遮り、彼女の方が言った。

 不審と怒りが混じったような表情を彼氏に向けていて、空気が緊張感に包まれる。

 え? ちょっと、どういうこと?


 彼氏は答えず、黙ったままポケットから小さな箱を取り出してテーブルに置いた。

 コトリと、彼女の前に。


「受け取ってくれたら今日餃子が食べれるんだけど、どうかな?」


 パカッと開かれた箱の中には指輪が入っていた。

 ダイヤモンドらしき石がついた、ピカピカの指輪。


「え……?」


 驚きを隠さず、口元を手で覆う彼女。

 俺も同じ仕草をしてしまったが、そういえば別の客が注文した麺どうなった……バイトの子がやってくれてる、

 よし任せよう。


「ぴったりだ、よかった」


 カップルに目線を戻すと、薬指に指輪をはめた彼女を彼氏が慈しそうに見つめていた。

「ありがとう」という彼氏の言葉を彼女も同じ言葉でお礼を返し、


「ここの餃子好きだもん、今日も食べたいよ」と言葉を付け加えた。


「「ネギラーメン二つお願いします、夫婦割で」」


 二人の声が重なり、注文が入った。

 いま、俺の目の前で、恋人から婚約者に関係性を変えた二人が。


「あいよっ、ネギラーメン夫婦割!」


 厨房に向かって叫ぶと、スタッフの「あいよー」という声が返ってきた。

 その中の一人と目があって、アイコンタクトで訴える。


 なぁ、これ、どうする?

 チャーシューでも乗っけときます?

 ネギの上に乗らなくないか? 下に入れる?

 それかネギ増し増しにします?

 それいいな、マシマシで。


 パッと顔を背けたスタッフの一人が、おもむろにネギのタッパーを冷蔵庫から取り出した。

 客席に視線を戻すと、メニューを見つめて次に食べるラーメンを選んでいるカップル……

 いや、もうすぐ夫婦になる男女が談笑していた。

 もし本当の夫婦になったら、

 二人で結婚指輪をはめて来た日には、間違えて餃子一つ多めに入れておこうかな。

 そんなことを考えて、

 その日が待ち遠しくてふっと、笑みが溢れた。



 うちの店には昔、仲の良いカップルが夫婦割を利用しにやって来ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ