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第10話 天ケ瀬真冬という完璧才女

「ちょっとセンパイ」


 不意に背中をポンと叩かれる。


「センパイさっき犬派って言いましたよね」


 ふと我に返れば。

 怪訝な視線で俺を見る葉月が。


「なに見入っちゃってるんですか」


「ああ、何というか、可愛いなと」


 俺が言うと、葉月は不満そうに口を曲げた。


「センパイ、実は猫派なんでしょ」


「だから俺は犬派だっての」


「えぇー、ホントですかー?」


 そこまで言われると自信はないが。

 俺は俺のことを犬派だと認識している。


 とはいえだ。

 天ケ瀬の猫は非常にキュートだった。

 それは紛れもない事実である。


「でもまあ、案外猫も悪かないな」


 正直に言えば、葉月はムスッと顔を顰めた。

 そして耳に響くような甲高い声で。


「てことはやっぱり猫派じゃないですか!」


 と、『猫派絶対許すマジ』的な一言を。


 一言褒めただけで猫派になるって。

 こいつの脳内CPUどうなってんだよ。


「センパイはいつも優柔不断すぎるんですよ」


「なんだよいきなり」


「さっきサーティーフォーでアイス買った時だって、二段目何にするかずっと悩んでましたし」


「仕方ねぇだろ。バニラもチョコクッキーも好きなんだからよ」


「ならその二つにすればよかったじゃないですか」


「それは無理だ。なぜならチョコミントは外せないからな」


「じゃあトリプルにすればよかったでしょ」


「え、何、あの店三段にもできんの?」


「できますよ。前に並んでたカップルがしてたでしょ」


 マジかよ……全然気づかなかった。


「てか、知ってんなら先に教えろよ」


「知りませんよそんなの」


 まるで説教されている気分だった。

 やがて葉月は、ふんっ、とそっぽを向く。


「聞かなかったセンパイが悪いです」


 え、何この子、マジムカつくんですけど?

 ちなみにさっきのアイス代出したの俺だからね?


「ふふっ」


 と、突然すぐ隣で笑い声がした。

 そちらを見れば、天ケ瀬はハッとして。


「ごめんなさい。何だか微笑ましくて」


 と、よくわからないことを。

 微笑ましい? 一体絶対どの辺りが?


「二人は凄く仲がいいんだね」


「べ、別に、んなことは」


 でもなぜだろう。

 天ケ瀬の言葉は妙にむず痒く感じられた。


 いつも通りのプロレスのつもりだったが。

 流石に天ケ瀬の前でこのノリはまずかったか。


「てかさ、なんでお前まで照れてんの」


「べ、別に照れてないです。変な勘違いやめてください」


 俺が言えば、葉月は明後日の方を向いた。

 照れてないという割には、お顔が赤いですけどね。


「もしかして二人は恋人同士だったりする?」


「こいつと俺が? いやいやないない……グホッッ!!」


 予告なしの鈍痛。

 俺のわき腹に強烈な拳がねじ込まれた。


「てめぇ……いきなり何しやがる……」


「ふんっ」


 睨めばすぐにそっぽを向いた暴力女。

 人殴っておいてなんで不機嫌なのこの人?


「だ、大丈夫……?」


「あ、ああ。いつものことだから」


 ほら、天ケ瀬が困ってるだろ。

 これでもし変な勘違いされたらどうすんだよ。


「二人は本当に仲良しなんだね」


「んなことは……」


 んなことはない、と言いかけて。

 隣から殺気を感じ、俺は即座に軌道修正する。


「……あるかもしれないです、はい」


「うんうん。なんかそんな感じする」


 すると天ケ瀬は微笑み混じりに頷いた。


「でもよかった。井口くんクラスではあまり話してるとこ見ないから」


「ま、まあ……俺ってほら、影に好かれてるってか、もはや透明人間っていうか」


 いきなり何言ってんだよ俺。

 このタイミングの自虐はキモいにも程があるだろ。


「そうですね。存在を消すのがセンパイの特技みたいなものですからね」


「そういうお前はもっと存在を自重しろ。あと口」


 他人からの悪口は許さない俺である。


「私委員長だけど力不足なところあるから」


 そう言うと天ケ瀬は、葉月にそっと微笑みかけた。


「葉月さん、これからも井口くんのことよろしくね」


「ま、まあ。一応善処はしますけど」


 流石の葉月も、天ケ瀬に頼まれては頷くしかないらしい。

 こいつのこんなしおらしい姿、初めて見たよ。


「それじゃ私はそろそろ行くね」


「お、おう。またな」


 ひらひらと手を振って店の奥へと消えていく。

 そんな天ケ瀬の去り姿を見て、葉月はポツリと呟いた。


「いい人ですね」


「ああ、そうだな」


 どっかの誰かさんと違ってね。


「センパイってああいう感じの人好きそう」


「は、何だよいきなり」


「実際のところセンパイは、天ケ瀬先輩のことをどう思ってるですか?」


 どうって、そんなの。


「ただのクラスメイトだろ」


「ホントにそれだけですか?」


 しつこいなこいつ。


「まあそうだな。強いて言うなら胸が……グゴッッ!!」


 さっきより強烈な拳が俺の溝内にヒット。

 わき腹ならともかく……溝内はダメでしょ!?


「せ、背が高くてスタイルがいいなぁーと」


「そうですよね。学校中の憧れですよ、天ケ瀬先輩は」


 痛みを堪えながら言うと、葉月はうんと頷いた。


 顔も良し、スタイルも良し、おまけに性格も人当たりも良し。バレー部では二年生ながらエースで、成績だって常に学年上位。


 まさに非の打ち所の無い完璧才女。


 俺も人生で一度くらいは、あんな女性とお近づきに……なんて思わないこともないが。


「まあハッキリ言えるのは、俺とは住む世界が違う人間ということだな」


「そりゃあセンパイと比べたらそうですよ」


 完璧すぎて隣を歩くことすらはばかられる、というのが脇役モブとしての正直な感想だった。


「こうしてみると、なんだかんだお前くらいが丁度いいのかもな」


「何ですかそれ。ぜんぜん褒められてる感じしないんですけど」


 そりゃ半分は皮肉だからね。


「ていうかセンパイ。私お腹すいちゃいました」


「そういや昼飯まだだったな。ぼちぼちどっか食い行くか」


「ちなみにわたしはラーメンが食べたいです」


 ラーメンね。

 まあ悪くない案なのではないでしょうか。


「センパイの奢りで」


「はっ!? 奢り!?」


 しれっと出たその言葉に、驚愕の俺。


「なんですかその反応」


 いやいや。

 なんですかはこっちのセリフなんだが。


「一応さっきのアイス代、俺が全部出したんだけど」


「はい、なのでその流れでお昼もご馳走してもらおうかと」


 お前の辞書に遠慮という概念は載ってないわけ?


「ラーメンなんて千円もあれば食えるだろ。そんくらい自分で払えよ」


「千円で済むなら、一人分多く払うくらい変わりませんよね?」


 んなわけあるか。

 コンビニバイトの時給舐めんな。


「俺は絶対奢らねぇからな」


「わたしだって、ぜーったい財布開いてあげませんから」


 こうして運命のじゃんけんが勃発。

 その結果、結局俺がラーメンを奢る羽目に。


 じゃんけんに勝ったのをいいことに、トッピングのバター、追加で餃子、おまけにデザートの杏仁豆腐まで注文した『たかり魔』葉月。


「あのさ、時々思うんだけど、お前ってもしかして人の心ないの?」


「敗者は黙っててください。さもなくばクリームソーダも追加しますよ」


「黙るのでこれ以上は勘弁してください」


 やはりこいつは悪魔だと確信する俺であった。

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