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プロローグ こうして青春は小悪魔に染まる

 時の流れは恐ろしく速やかだ。

 特に青春と呼ばれる瞬間は、驚くほどにあっけない。

 故に高校生である今この時を貴重に思え。


 とある独身アラサー国語教師の言葉である。

 俺は先ほど授業の余談でそれを聞かされた時。


(30手間のババアだからそう思うだけだろ)


 と、心の中でツッコミを入れた。


(人の心配してる暇があったら早く相手見つけろよ)


 とも、追加で思った。

 ちなみに口に出す勇気はなかった。


 高校生活なんてあっという間。

 だからこそ今しか出来ないことをやれ。


 周りの大人たちは、みな口を揃えてそう言うが。俺からすればそんなものは、ただの詭弁きべんにしか思えない。


 そもそも高校生なんてのは、ほとんどの人間が経験する、あるいはしたことがある立場なわけで。人が成長する過程に存在している、通過点の一つにすぎないわけだ。


 世間はそれを”青春”などと呼び、無理やり価値を見出そうとしているようだが、そんなものはまやかしであり、学生に対して滞りない教育をする上での建前だ。


 思い出のない高校生活を送る奴だっている。

 3年という時間を苦痛に感じている奴だって。


 俺はそんな人間に対して劣等感を植え付ける”青春”という言葉が大嫌いだし、それにただぶら下がっているだけの、脳内青春お花畑野郎が嫌いだ。


 故に俺は抗う。


 今を貴重だなんて認めない。


 間違っても俺の高校生活を”青春”などと呼ばせてなるものか。



 * * *



「で、何してるんですか」


「何って、見りゃわかんだろ」

 

 心地よい冷気に満たされた昼前の保健室。

 窓際のベッドに制服のまま寝転がっていた俺――井口いのぐち(ゆう)は、突如として現れ、そして流れるように向けられた怪訝な視線に、反撃する意味も込めて言った。


「体調悪いから休んでんの」


「体調悪い?」


 というのは真っ赤な嘘で。

 本当は4時間目の体育をサボりたいだけ。


「保健の先生の許可取りました?」


「俺がここに来た時にはいなかった」


「つまり勝手にベッドを使っていると」


「体調悪いもんは仕方がない」


「その割には普通に元気そうですけど」


 この快適な部屋でお昼寝タイム。とか思っていた俺の心を見透かしてか、視界の中のそいつは、より怪訝さを増した細い目で俺を睨んだ。


「絶対仮病ですよね」


 そう断言してしまうあたり、おそらくこいつは超能力者か何かなのだろう。


「まさかとは思いますけどサボりですか?」


「だったらなんだよ」


「いや、普通にクズだなと思って」


 相変わらずの物言いにため息が漏れる。

 俺に対して遠慮も配慮も一切ないこいつこそ、中学からの後輩であり、俺の平凡な日常にとり憑いている厄介者――葉月はづき結愛(ゆあ)という女である。


「いいんですかねー、こんなことして」


 続けて葉月は小首を傾げて言った。

 その時ゆらりと動いた茶色掛かった短い髪も、無駄に整ったその顔立ちも、引き締まったスタイルも。残念な中身を隠すために繕われた仮面にしか思えない。


「サボってるのバレたら怒られちゃいますよ?」


「バレるも何も、今の俺はすこぶる体調が悪い」


 ということになっている。


「お前こそなんでここにいんだよ」


「わたしはれっきとした仕事です」


 そう言うと葉月は、『健康管理表』と書かれたファイルをチラつかせた。


「これでも一応保健委員なので」


「それ朝一で提出する書類だろ。なんで今」


「それは……ご想像にお任せします」


 絶対出し忘れてたパターンだよね、それ。


「それよりあれ、センパイのクラスじゃないですか?」


 葉月が窓の外を指したので、俺もそちらを見た。

 ぞろぞろ歩いているのは、確かにうちのクラスの野郎共だ。


「見た感じテニスっぽいですね」


「だったらなおさらやりたくねぇ」


 この暑さでテニスなんてやったら間違いなく死ぬ。


「俺一人いなくたって変わらんだろ」


「そりゃ変わらないと思いますけど」


 ねぇ、ちょっと。

 そこは「そんなことないですよ」って言うとこでしょ。


「でも、センパイがいないとペアの人が困ります」


「そんなもん、適当に代役立てて何とかするだろ」


「きっとそうなるでしょうね。でも――」


 すると葉月はおもむろに窓の傍へと歩み寄る。

 神妙な面持ちで外を見やると、ポツリと呟いた。


「代役は代役ですよ」


 それは妙に重みのある一言だった。

 浮ついていたはずの空気が、一気に引き締まった感じがする。


「わたし思うんです。センパイじゃなきゃダメだって」


 やがて振り返った葉月は小さく微笑んだ。

 その瞬間、冷房の風が当たり、葉月の短い髪がふわりと揺れた。怪訝さに満ちていた表情が、ようやく緩んだ今の彼女は、まがいなりにも美しく映った。


「わたしはセンパイのプレーが見たいんです」


 まるで別人のようだった。

 ここから俺の青春が始まるのかもしれない。そんなありもしない、でもちょっと期待しちゃうような妄想に、俺の堕落した心はこれでもかと揺さぶられる。


 そのくらい今の葉月は――






「センパイのへっぽこプレーが」


「ぶっ飛ばすよ?」


 突然の急降下。

 上げるだけ上げてこれって……。


 やっぱ可愛くないわこいつ!


「空振りからのズッコケ―とか、もはやセンパイの特技でしょ!?」


「んなバラエティーの定番ボケみたいなやらせ芸しねぇわ!」


 次いで俺は奴に人差し指を突き立てる。


「てかその顔やめろ! ムカつくから!」


 にししっと悪戯に笑った葉月は、手にしていた健康管理表を所定の位置へ。そのまま逃げるようなステップで、廊下へと飛び出した。


「そういえばセンパイ、体調悪いんでしたよね?」


「……っっ!!」


「その割には随分といい声出てますけどー」


 わざとらしく首を傾げる葉月。

 これには俺も返す言葉もなく歯ぎしりする。


「もー、サボりはダメですよー、セーンパイ」


 本当にこいつは……

 どこまで俺をおちょくれば気が済むんだ。


「サボったら立花先生に言いつけますからねー」


「今すぐ行くのでそれだけは勘弁してください」


 ニヤリと笑った葉月は去っていった。


 軽快に走るその足音が徐々に遠くなっていく。やがてそれすらも聞こえなくなった保健室は、まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。


「はぁ……マジ何なんだよ、あいつ……」


 男子ウケのいい見てくれのくせに、蓋を開ければ中身は最悪。絡めば当然のように会話のペースは乱され、人が苦しむツボを容赦なく突っついてきやがる。


 まさに美少女の皮を被った”悪魔”。


「これだから青春は嫌いなんだ……」


 こうしてまた、俺の日常はかき乱される。

 葉月はづき結愛(ゆあ)というクソ生意気な小悪魔によって。

 読んでいただきありがとうございました。

 作者です。


 現在こちらの作品は第2章40話(約13万文字)まで執筆済みです。第1章の修学旅行編、全23話(約7万文字)は一週間で一気に駆け抜けます。1日3話投稿です。


 第2章からは1日1話投稿になります。


 カクヨム様での先行連載もしております。

 先が気になられる方はカクヨム様の方で続きを読んでいただければ幸いです。


 少しでも続きが気になる、面白いと思った際には、当作品をブックマーク、そして最新話のページ下にあります☆マークでの評価の方をどうかよろしくお願いいたします。


 作者でした。

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