急病の姉の代わって同人誌即売会の売り子をやりましたが、学校で一番可愛い美少女は来るし、そしてこの本ドラゴンカーセッ〇クス純文学とか聞いてないんですが。
──コン、コン
「……い゛る?」
マスク姿で咳き込む姉。顔は赤く、どう見ても風邪をひいているようだった。
「大丈夫? 風邪?」
「あ゛、う゛ん……」
声もガラガラで、某プロレスラー並に声が聞き取りづらい。
「ごめ゛ん、お゛願いしても良い゛かな?」
──ピピピピ
姉が腋から体温計を取り出し、俺に見せてきた。39.1℃は中々に重症だろう。
「良いけど、何を?」
「即売会の売り子」
「……は?」
と、言うわけで。
俺は今同人誌即売会の売り子をやっている。
「話の内容を聞いてから承諾するべきだった……」
先方に話は通してあるからと言われ、段ボールを抱えて向かった小さなフロア。他にも本を出している人が十人くらい居て、お客さんもそれなりに多い。
「これが一冊400円、か」
小さな薄い本が全部で250冊。全部売れば……えっ、十万円!?
「元手幾らなんだ、これは……?」
本の原価なんか知るわけも無く、結局利益としてはほぼ無さそうだと思うと、売り子のバイト代は期待できそうになかった。
最近夜遅くまでコソコソと何かやってると思ったら、コレだったのか。
中身が気になるが、見たら〇すと言われてるし……うーん。
「あ、あの……」
「あ、はいっ!」
丸眼鏡のおさげ女子に声を掛けられた。
初めてのお客さんで思わず声が上ずってしまう。
「ドラゴンカーセッ〇ス姉貴ですか!?」
……ん?
ごめん、もう一回いいかな?
「私、大ファンなんです!!」
「え、あ」
「二冊下さい」
「え、あ、八百……」
「今作も楽しみにしてました! ドラゴンカー〇ックス姉貴さんの事、応援してますね!」
「え、あ、え?」
おさげ女子はお辞儀をすると、行ってしまった。すんごい謎だけを残して……。
「すみません、一冊いいですか?」
「え、あ、はい」
別な女子に声を掛けられた。
よく見ればフロア全体は女子オンリーで、もしかしたら今回のイベントは女子向けなのかもしれない。そう思うと俺って場違い?
「ドラゴンカーセック〇姉貴さんって、男性だったんですね」
「えっ!? あ、あ、いえいえ代理ですバイトです急病につき代わりのスタッフです!」
「えっ、なーんだ。そうなんですか。濃厚な黒竜×デコトラだったので、つい」
「いえいえ」
「では」
よし、誤解は解けたぞ──って何も解決してねぇ!! 寧ろ謎が増えたぞ!! なんだ濃厚な黒竜×デコトラって!!!!
「ダメだ、本を読もう。そうすれば解決する」
おもむろに一冊を手にした。
何が現れても良いように息を整え、最初のページをめくる。
『吾輩は黒竜である。名前はまだない──』
……小説かよ。しかもめっちゃ聞き覚えのある文豪の書き出しパロディかよ。そして活字読むと眠くな、る……んだ。ふあぁ……。
ヤバ、寝たら洒落にならん。せめて終わってから読むとしよう。
「あら? もしかして園先君?」
「えっ!? あ、國枝さん!?」
世界で一番可愛いと名高い國枝さんが、何故か俺の目の前に!?
「ど、どうして國枝さんがココに!?」
「勿論ドラゴンカー〇ックスがお目当てでしてよ?」
知らなかった……ドラゴンカー〇ックスって義務教育だったんだ……。
「園先君は?」
「代理です。あ、この後一緒にお茶でもしませんか?」
「拒否しますわ」
ドラゴンに食われちまえ、アバズレが。
「ありがとうございましたー」
完売した。
「俺の読む分が……」
結局本の中身は分からずじまい。
他の人も終わりだしたので、後片付けを手伝う。売り子さんのお姉さんが可愛かったので致し方なかろう?
「知り合いが急病で代理でして……ハハ」
「そうでしたか。緊張しませんでしたか? 私も初めての時はガチガチで」
ある程度打ち解けたところで、そろそろ最大の疑問を晴らさせてほしい。お姉さんの初めてはその後で頂きたい。ガチガチでも構わないから。
「あ、あの……」
「はい」
「ド、ドラゴンカーセ〇クスって……なんですか?」
お姉さんが戸惑う。
セッ〇スの名前からしてアレだろうが、ドラゴンカーが謎なので致し方なし。
「あ、あの……」
お姉さんが手招き。どうやら声を大にして言う内容ではないらしい。セック〇の名前からしてアレだしな。
「ドラゴンと──」
「ドラゴンカーセッ〇ス姉貴野郎ぉぉぉぉ!!!!」
「ふぁっ!? 帰ってきてたのか、おかえり」
「よくも俺に変な小説を売らせたなゴルァァァァ!!!!」
「や、止めてよ、私風邪引いてるのに」
「今机で変な小説を書いていただろがぁ!!」
「じ、次回作を閃いたから、つい」
「だいたいなんでドラゴンカー〇ックスなんだよ!! 他にもジャンルあるじゃねぇかよ!!」
「す、好きなんだもん」
「んなもん好きになるなよ、ヴァーカ!!」
「良いから早くバイト代をよこせ!!」
「ほ、ほら」
姉からバイト代をふんだくる。
これでお目当てのブツを買えるぜ。
「ちょっくら買い物してくる」
「何買って゛くるの?」
「今日発売の『エジプト発掘女調査隊VS蘇る金箔ぽっちゃりファラオ女』だよ! エクストリームピラミッド〇ァックが見所!」
「なにそれ゛……」
「うるせぇな! 好きなんだよ!! ほっとけ!」
「えー……」
「帰りにゼリー買ってきてやるから大人しくしてろよ!」
「蜜柑入ってるやつね」
「あいよ!」
自転車に跨がり走り出す。吹き抜ける風がとても心地よかった。