9.繋がっていく縁
その桜には何故か心が奪われた。クラスメイトの一人がみんなに共有した写真だ。どこかにある、赤紫の綺麗な桜だ。
他の子達は一瞬だけの興味で終わったが、自分は何か違う。その画面を見る度に、何度も見たくなる。自分がこんなに花好きだったとは意外だった。学校にも桜の木はあるが、この桜ほど惹きつけるものはない。
「後藤、どうした?気分が悪いのか?」
クラスの中心人物の男子が3人。そのうちの1人、サッカー部のエースの矢野が声を掛けている。僕はいつもでないその様子が気になった。
後藤の顔色は異様に悪かった。
「なかなか眠れなくて……悪夢で」
「悪夢?どんなだよ」
後藤は力のない目で、周りをキョロキョロと見渡す。その瞳はなぜか、僕と合った……。そもそも、そんなに仲がいいわけでない。話すのだって、用事がある時ぐらいだ。
「あの桜だよ。あの桜が俺を呼ぶんだ」
「はぁ?たかが桜だろ?」
「お前にはわかるよな?」
後藤は僕に話しているのか?僕はそっと周りを見てみる。
皆、それぞれに話を楽しんでいる。当たり前だ、休み時間なのだから。僕はそっと目を逸らしてみる。関わりになるのは面倒だ。
「おい、白崎に話しをふるなよ、意味わかんないじゃん」
矢野は後藤の顔を覗き込む。
「マジやばそうじゃん。保健室連れてこうか?」
「あ?あぁ、そうしようかな」
ふらりと立ち上がると、後藤はゆっくりと歩きだした。矢野はその横に付き添う。
フワリ
後藤が通り過ぎる瞬間、僕はその香りに気付いた。
桜の甘い香りがした。
僕はゆっくりと彼らが歩いて行った方を振り向いた。
「え!?」
僕は自分の目を疑った。後藤の首に人間の手が絡んでいる。目をつぶり、もう一度確認する。
「あ」
再び目を開けた時には、その手は見えなかった。何だったのか?気のせい?
「後藤君、なんかやばかったよね?」
隣の女子が不意に話しかけてきた。僕は軽く頷く。極力、平静を装う。幻影を見たなど言えるわけもない。
「後藤君ちってさ、大きな病院だし。いろいろあるのかもね?」
「え?そうかな……」
そんなことは知らないけど、なんて言えなかった。空気を読まなければ、それとなく話をして終わらせよう。
「医学部目指さないといけないし、ストレスも半端ないのかも。寝れないなんて、ストレスでしょ」
そうかもしれない、自分と違い、後藤の家は大きな家だ。総合病院を経営し、親戚には政治家や教授などのハイクラスの人種がわんさかいるらしい。それも京都の公家の出だったという噂すらある。
「そうだな、医学部はきついよな……」
この返しは正解だったようだ。彼女は満足げに頷くと、傍らの女子と別の話を始めた。次の瞬間には後藤の話は過去のものになっていた。
(切り替え早いな)
多少の尊敬と多少の呆れを混じえながら、後藤達がいた席に、自然と目が向いた。違和感を感じる。
後藤と矢野と西野、いつも3人はつるんでいる。そう言えば、西野を見かけない。
「ねーねー!!」
女子2名が騒ぎながら教室に入って来た。何事かと皆の視線が集まる。
「西野がさ、こっち戻ってくるんだけど!なんか変だよ!」
「え?なになに??」
「目つきがおかしいし、話しかけても答えないんだよ!」
もっと言おうとして、その子は口ごもる。なぜなら、当の本人が入って来たからだ。
「…………」
クラス内が一気に静まり返る。教室を覗く西野は、確かに何か変な感じがした。
ギロリと教室内を見渡した。その目の鋭さは恐ろしく、人が変わったという表現が適切だ。口からは少し唾の泡が出ている。何か変な薬でも飲んだかのようだ。
「後藤はどこだ」
その言葉に僕は嫌な予感がした。全身の毛穴から、何かが出るくらい震えが起こってきた。それに、この臭気は何だろうか。とても嫌な匂いがする。
「体調崩して、保健室行ったけど」
他の生徒が答えた瞬間、だめだ!と声が出そうになった。それを慌てて飲み込んだ。
(西野を後藤に会わせてはいけない。とりあえず、後藤に知らせなきゃ)
気のせいかもしれないが、自分の本能が警鐘を鳴らしている。それに抗うことが困難だった。そっと教室を抜け出すと、保健室に向けて走り出す。
3階から1階へと階段を一気に駆け下り、保健室がある職員室玄関へと向かう。不思議と息は乱れない。
「おい、白崎!どこいくの?」
保健室からの帰りであろう、矢野が向こうからやってくる。
「あのさ、西野が後藤を探してるんだけど……様子がおかしくて」
その言葉を聞くと、矢野の表情は曇った。何か思い当たる節でもあるのだろうか?
「まじか、それはまずいな」
「なんかあったの?」
「西野が妙に後藤に突っかかるんだよ、ここ数日」
矢野は複雑な表情をしている。
「とりま、保健室いこぜ。お前も来いよ」
矢野が誘うので、付き合うことにした。今、教室に戻るのは怖い。
それに、後藤のことも気になった。