8.呪われた血筋
黄色とピンクのメッシュの髪を揺らしながら、待ち人来たり。裸足の爪は、マニュキアで真っ青だった。その奇抜なファッションは、公平の常識から外れたものだったが、この親子には別に映るようだ。まるで、スターでも迎えるかのような歓迎ぶりだった。
いそいそと座卓が用意され、目の前には紅茶とケーキが並ぶ。そのケーキは大きく、見ただけで有名どころのケーキだとわかる。飾り付けが凝っており、クリームの艶が半端ない。紅茶の器はロイアルコペンハーゲン、淹れられた紅茶の香りの高さから一級茶葉だとわかる。自分だけがいた時とは格段の違いだ。
(何だか気に食わないな……)
捜査官として輝かしい道を歩んできた公平は、内心、面白くはない。今日は、小娘に何度もしてやられた感さえある。
「招いてくれて、サンキュウな」
祐理は弟に笑いかける。弟は嬉しそうな反応をする。横で母親が、あらまぁと微笑む。
(おいおい……どういうキャラ設定だよ)
「これ、お兄さんへ持ってきた」
祐理は菓子箱を差し出す。それを受け取った親子は顔を見合わせる。
「順和堂の芋きんつば……兄さんの好物だね」
母親は顔を大きく歪めた。歯を食いしばり涙を堪えている。
「墓前に供えてもらえると嬉しい」
祐理は控えめに、そっと話す。弟は小さく頷いた。
「KAMI、兄の部屋を見てくれないか……」
弟はおもむろに立ち上げった。祐理はその声に従い、立ち上がる。公平もそれに続いた。
「母さん、後は僕に任せて?」
母親は目頭を押さえながら、黙って頷く。それを確認すると、弟は廊下に向かう、その廊下は奥まで真っすぐに伸びている。気のせいか、奥に行くほど気味が悪い空気が渦巻いている……。
「話しながら向かいましょう。KAMIは既にご存じですが、この家は呪われています」
「呪い……」
公平は絶句する。突然、ぶっこまれた。信じない世界だが、何でもと言った手前、いったん受け入れなければならないだろう……。
「必ずそれは長男に現れます。ちなみに、父は次男です。長男の叔父は子供の頃に亡くなっています。病死でした」
「病死が必ずしも障りが出た結果とは言えないだろう」
「そうかもしれませんが。100年以上も、必ず長男に問題が起き、早死にすることは確率的にどうでしょうか?」
「確かに、疑われるな……」
祐理は静かに答えた。三人は板張りの長い廊下を奥の闇の方へと歩いていく。奥に進むにつれ、窓が少なく、庭の木が生い茂り、明るさが絞れていく。弟はスイッチに手を伸ばし、廊下に明かりを灯していく。
「3代前になってからは、屋敷で何かが動くようになりました。人間でない何かが悪さをするのです。今では恐れて使用人もなかなか見つかりません」
祐理は時折、廊下の端に目をやる。その仕草に、公平は肌寒さを感じる。
(おいおい、何を見てるんだ………)
もちろん、公平には何も見えない。
「三代目は両替商を行っていた?」
「はい、そうですが……」
祐理は隙間から覗いている目を睨みつける。その目の主は、しずしずと奥に身を潜めた。
「三代目はかなり強鞭に商売を進めたようだね。その分、大きく飛躍もしたようだけど。神社の加護も願い出たのかな?」
一瞬、弟は歩みを止める。そして、祐理をまじまじと見つめる。
「KAMIはよくご存じですね」
「感心することはないよ、その土地の歴史を調べればわかることだし」
祐理が微笑むと、弟は納得したようでさらに歩みを進めた。
「兄は長男としては長く生きた方です。持病は持っていましたが、18歳まで生きたのは最長かもしれません」
「なぜだと思う?」
「……まじないにハマっていたからかもしれません」
弟は言いにくそうに言葉を吐き出した。それは家族の負の部分だった。ただでさえ、祟りだと言われている家の中で、まじないを行うとは。
「呪返しを行おうとしたとか?」
「はい、兄は黙って負けている性格ではありませんでした」
そう言い終えると、弟は部屋の前で歩みを止めた。その扉にはお札が貼られている。
「結界らしきものを作りたかったのか……」
祐理の言葉に頷くと、弟は部屋の扉を開けた。部屋の中から漏れた空気を吸い込むと、祐理は表情を崩した。他の2人には全く異変はなかったが。
パチン
部屋の明かりのスイッチを入れると、部屋の中が一気に明るくなる。その部屋を見渡すと、実に意外だった。オカルトチックなアイテムやら、写真やら、恐ろしいものがあるかと思われたが。ごく、普通の部屋だった。ベットと勉強机、本棚とテレビ。綺麗に掃除がされ、ごく普通の18歳の男子の部屋である。
「この部屋のどこがおかしいのです?」
ずっと黙っていた公平は、思わず口を出してしまった。弟はその言葉に、絶望的な表情になった。
(やはり……この人達でも無理なのか……)
弟の表情は曇っていく。希望を見出しただけに、その落差は激しい。
「この部屋はいつからこんなに穢れているの?」
祐理は顔を歪めていた。臭気が酷かった。
「わかりますか?」
こくり、と祐理は頷く。公平はキョロキョロする。言葉の意味が分からなかった。
「兄が机のPCを指さしてる」
「え?兄が見えるのですか……僕はそこまでは見えないですが」
ゾゾゾゾゾゾッ
公平はわけもなく、寒気が走る。自分には全く何も見えないが、見えないからこそ、見えると言われると恐ろしいものだ。それも、亡くなった人がそこに居るという。
「失礼する」
祐理は机に座ると、PCの電源を立ち上げた。そして、頷きながらパスワードを入力する。OSの中を探し、目的のファイルを表示させ、ある記録を表示させた。
「おい、お前、なんで人のパソコンの中身がわかるんだ?」
表示された内容を確認すると、公平は信じられないと呟いた。祐理は誰もいない宙に視線を向け、軽く頭を下げた。
(おい…誰に頭下げた?パスワード知っていたわけではないよな?)
公平は頭を軽く振ると、画面を覗き込む。それは、メールのやり取りを保存したものだった。
「兄さんが、誰かと祟りの話をしてたなんて……」
「幼い頃から桜の夢を見たと書いてあるが、聞いたことある?」
「はい。この家の長男は必ずその悪夢に悩まされるそうです」
「どんな内容か聞いたことある?」
「はい、桜に呼ばれるそうです。そして、【決して許さぬその命がついえても】と言われるそうです」
祐理は空中を見上げると、軽く頭を傾げ、再びメールを見る。
「このメールの相手、お兄さんのことよく知ってるみたいだね?なおかつ、桜の場所まで教えてる」
「え?あっ、本当だ」
そして、次に開いたメールのデータを見て、祐理と公平は顔を見合わせた。
「これは………」
あの梵字だった。公平には内容まではわからないが、祐理の表情から同じものだと悟った。
「この気持ち悪い文字はなんでしょうか?」
弟の緊張は最高潮に達している。この兄の部屋は弟にとっては、恐ろしい場所でしかない。全ての物が歪んで見えるのだ。空間が歪んでいる。
最初は自分の頭がおかしいのだと思った。見えない何かに怯えるうちに壊れてしまったのかもと。しかし、母も同じように歪んだ空間を見ていた。
それに、人の気配が常にする。その気配はこの中を動き回っている。
「お兄さんは誰かに桜へと誘導され、この梵語といういう文字をSNSに載せるように言われた。そうすれば、この家の呪いが消えると言われた」
祐理は残りのメールに目を通し終えると、軽く息を吐いた。
「お兄さんは頑張った。このPCには術がかけられている。彼の遺志が消されないように保護されてる」
「はい?」
「結果は負けてしまったが。万が一に備え、君に宛てて、彼の真実を残したのだと思う」
「このメールの相手が兄を殺したのでしょうか?」
「死亡の原因は、交通事故死だ。それは変わらない」
公平はそれには口をはさむ。事実は事実として受け止めなけばならない。そして、さらに言葉を続ける。
「しかし、何らかの誘因がなかったかは調べる。責任をもって」
弟は小さく頷くと、深々と頭を下げる。
「この家の心配事は私に任せて、専門家に祓わせるから」
それはこの弟に言ったのか、それとも他の誰かに向って言ったのか。
公平は祐理の見つめる先が気になって仕方なかった。