4.掴みドコロがない2人
東北新幹線はやぶさに乗り込み、岩手に向かっている。2号車の1Dと1E、公平と祐理は横並びに座りながら、無言でそれぞれの時間を過ごしている。
カチャカチャカチャ
窓側に体重を寄せながら、公平はノートPCを操作する。SNSのアカウントを触っていた。許可は得ている。最初に桜の木をバズられた少年、内藤侑のものだ。ざっと目を通したが、桜の木の他は特に目立った投稿はなく。むしろフォローが皆無だった。
「なぜ、これだけがバズったのか??」
急に桜の木を載せたことにも違和感を感じる。それまでは日常的なちょっとした出来事を載せたに過ぎない。食べたご飯とか、ゲームの進行状況とか………。
ぐうっ
公平の腹の音だった。その音で昼が近いことに気がついた。
(昼飯買って来なかったな……社内販売は無かったよな……現地着いてからだな)
公平は気を取り直し、PCに向き合おうとすると、祐理が手持ちのエコバッグから弁当を取り出した。
「弁当ですよね?用意してあるよ。あと、こっちはお茶でブレンド茶。熱いので気をつけて」
「え?」
公平はビニール袋とタンブラーを受け取った。
(頼んでないが??)
呆然とする公平に、祐理は事務的な報告をする。
「協力者に橘を指名して頂くということは、食事はもちろん、細々とした手配は全てコチラが行う」
「え?どういうこと?」
「我が家の仕事は、菅原様が捜査に集中し、恙がなく解決されるお助けをするというもの。朝食は召し上がらず、事前に買い物をさせる方ではないと伺っていましたので、念のためにお弁当を用意しました」
「それはどうも……」
「費用は後で長谷川のおっちゃんに請求するから、いい」
公平はPCをたたむと、カバンに入れる。そして、貰った弁当を開いてみた。弁当には期待しないが、その中身を目にして驚いた。
「何だか、とても美味しそうだな……」
野菜と魚と肉のバランスが抜群で、彩といい盛り付けといい、実にお洒落な内容だった。見るだけで、大量生産の揚げ物主流の弁当とは一線を画している。
「栄養バランス、見た目、味は問題ないと思う。また、菅原様の好みにも合わせた。信頼できるお店で購入したから安心して」
(なんと……まぁ、至りに尽せりだな…)
「君のお父さんは、いつもこんなことをするのか?」
祐理はスマホから顔を上げると、真顔で答えた。
「そうだよ。これがウチの家業なんで。ご先祖様は雑用と言われる仕事を丁寧に積み重ね、いつの世も渡りあって生きてきたらしいよ」
「なるぼどね……」
公平はブロッコリーをひと口放り込んだ。アーモンドとクリームの風味が広がった。
「美味いな……」
自然と口から言葉が溢れた。食にこだわりがないから、あり合わせのものを体に放り込んできたが。こんなに美味しいと感じたのは、いつぶりだろうか?
パカッ
タンブラーの蓋を開け、口をつける。それを傾けると奥から温かいお茶が流れてきた。口に含むと、なんとも言えない落ち着いた気持ちになる。茶の風味が実にいい。喉を通った後に爽快感がある。
「このお茶もちょっと違うようだね?」
祐理はもう一度スマホから顔を上げた。やはり今回も真顔だ。
「菅原様の体質に合わせたものに、ウチがブレンドした」
「そんなことまで?」
「父が普通にやってることなので気にしないで。ウチでは普通なので」
「へぇ……そうか」
祐理は再びスマホに目を落とす。
「君は食べなくていいのか?」
祐理はもう一度スマホから目を離す。今度は何となく面倒臭そうな顔をしている。ポケットから個包装の食べ物を出すと、公平に見せた。
「ウチはプロティンバーを食べれば十分なので、お気になさらず」
そう言うと、袋から取り出し、口に咥えた。
ガツガツガツガツ
スマホの画面を見ながら、小動物のようにプロティンバーをかじっている。その様子に公平は呆気に取られたが、目の前の弁当の続きを食べることにした。
(変わった子だな……。しかし、仕事はちゃんとやるようだ)
雑用の名門?ただ単に自分の身の回りの世話をさせるために、この協力者を雇ったのだろうか?長谷川部長の意図が全くわからなかった。協力者を得る目的は、事件解決のための必要な情報や才能の提供ではないか。
公平は弁当を頬張りながら、傍の少女に目をやる。さっきからスマホを触っているが、SNS?ゲーム?学校のこと?なにをしてるんだろうか……。
(そういえば、内藤侑はこの子と同じ年頃だったな。こんな感じでSNSに投稿していたのだろうか?)
彼が投稿していた内容を思い浮かべる。多くはその日食べたモノの写真とコメント。写真のすぐに下に簡単に書かれていた。しかし、最後の桜の投稿は他とは違っていた。違和感を感じたのはネタの方だが、コメントがかなり下に書かれていたことも思い返せば変だ。
【ここはどこでしょうか?】
その一言のコメントは、下にスクロールするとやっと現れる。なぜ離れた位置にしたのだろうか?それにあの画面を見続けていると嫌な感じがした。なにか隠されたメッセージがあるような気にさせられる……。
(隠されたメッセージ……)
公平の脳裏にある可能性が閃めいた……。