3.相棒との出会い
東京駅、東北.上越.北陸新幹線南乗り換え口、その改札が待ち合わせ場所だ。菅原公平は、今日初めて会う「協力者」を思い浮かべていた。上司の長谷川の話によると、橘祐理という3年生になったばかりの女子高生らしい。
「陰陽師の安倍晴明と同僚だった家柄ね………」
なんとも胡散臭さ満載だが、上司の勧めを最初から拒めなかった。そもそも、こんな平日に女子高生が同行するというのはどうだろうか。普通に学校があるだろうし、高校3年生と言えば受験だろう。何を考えているのだろうか。代わりに寄越したという父親の神経も疑う………。
イライラしていると、ふわりと桜の香りが鼻についた。
ほのかに甘く青いその香りは、公平の鼻の奥で広がり、脳を覚醒させる。通路の通気口から入ってきた外気なのか、それとも和菓子の香りだろうか………。
目的地の改札口の風景の中、改札の前に立つ女子が目に入った。その姿に目を奪われる。
(あんな場所に女子高生、あの子が橘だろうか?)
紺のセーラー服と赤いスカーフ、それは由緒正しきお嬢様学校の制服のようだ。手足が長く、ひざ丈のスカートから見える足は長く、形がいい。腰まである黒髪は色つやが良く、切れ長の二重の目とピンク色の唇、色白な肌はきめが細かい。
(陰陽師の女子高生か……)
予想を大きく超え、それらしいと思った。ピンと伸びたその背中、その姿勢の良さと凛とした立ち姿。それは遥か昔、平安時代の姫のようで、彼女が繰り出すなら、その術は優雅に見えることだろう。
公平は吸い寄せられるように、彼女に向って歩みを進めた。
「………」
その女子高生は自分に向って来る男に気が付くと、怪訝な表情を浮かべた。そして、その瞳を細めた。その反応は、とても友好的なものではない。むしろ警戒するものだった。
「おはようございます。橘さんですよね?」
公平がにこやかに近づくと、その女子高生はキッと睨んだ。その口元には白く長い指が当てられ、何かを口ずさんだ。
「あああああ!!多分!人違い!橘はこっち!!」
公平に向け甲高い女子の声が掛けられた。その声に体がビクリとした。
ガラガラガラガラ!!!
騒がしいスーツケースを引く音と共に、後方から別の女子が現れた。公平は驚き、振り向いた。
「フン」
麗しい女子高生は小さな口からそんな音を漏らすと、スタスタとその場を離れていった。
なんとも名残惜しい気持ちを抱きつつ、公平は横目で見送った。
(人違い??)
「あー、菅原公平さんだよね?私が橘です」
その少女に目をやると、公平はぽかんと口を開けたままになった。その少女があまりにも奇抜な子だったからだ。
瞳は青色(多分、カラコン)、肩まである髪は黒髪だが細かく赤と黄色のメッシュが入っている。化粧をバッチリしており、オレンジ系の口紅に、右耳に3つ、左耳に5つピアスを付けている。ピンクのネイル、白いパーカーにピンクのホットパンツ、ハイカットの紺のコンバースを履いている。そして、真っピンクのスーツケースを手にしていた。
(陰陽師?女子高生?いや………これは違うだろ)
「君が橘祐理さん??」
「はい。菅原さん……やばかったよ……さっきの子に声かけるなんて、完全にやばい人」
確かに、見知らぬ男が女子高生に声をかける図は誤解を与えそうだが、他の言い方はないものだろうか………。
「君、今日は学校に行かなくていいの?」
若干、むっとしたが、公平は流して話すことにした。
「ウチの学校は通信制なので大丈夫、単位もほぼ取れてるし」
「通信制ね………大学受験の時期ではないの?」
祐理は少し口元を歪める。このエリート男は自分には好意を抱いていないようだ。さっきの女子高生とは比べものにならない。声のトーンや顔の表情から明らかだ。
「あの……多分、菅原さんの今まで歩んできた人生とウチのとは全然違うと思う。その違いって、この仕事に重要?」
「え?」
「ウチは父に託されてココに来た。父に負けない仕事をするつもり。個人的なスケジュールの調整は済ませて来たから、心配頂かなくても結構。迷惑をかけるつもりはない。それでも、気に入らないのなら外してくれてもいい」
青い瞳は公平を真っすぐ見据えている。その堂々とした姿勢に圧倒される。チャラチャラした格好だと嫌悪感を抱いたが、その内側から溢れる覇気がそれを吹き飛ばそうとしている。
公平の心は苦々しい。祐理が言うことには一理あった。気まずい、軽く頭をかいた。
「気分を害したのなら申し訳ない。学生ということ、君のその外見が気になったのは事実だ。正直、事件関係者のところに行くのだから、落ち着いた格好をしてもらいたい」
そして、軽く息を吐く。
「仕事は依頼するよ。とりあえず、今日は頼む」
祐理はまじまじと公平を見つめる。紳士的な態度に頷くと、納得した。
「わかった。これからよろしくお願いします。今日はこの格好をお許しください」
公平はその格好は引っかかるが、新幹線の時間もある。今日は諦めるしかないようだ。
「陰陽師の家柄だと聞いていたから、古風で和風な人だと勝手に思い込んでいたようだ………」
「長谷川のおっさんが言ってた?」
(おっさんって……公安の偉い方なのに、どういう間柄なのだろう……)
「誤解があるといけないから、訂正するけど。ウチの家系は陰陽師ではないですよ」
「え?でも、安倍晴明と働いたことがあるって……」
「はい、あったらしいけど、あくまで雑用係」
「雑用??」
「はい、我が一族は代々雑用をやってきた一族で、史実に刻まれるような大そうなことはしてない」
「……」
公平は頭を傾げた。長谷川がどうしてこの少女を勧めるのかが全く分からない。とても自分の役に立つとは思えない。
(これって、普通の一般人だろ?公安職員を付けてくれた方がよほどやりやすい……)
ふと、さきほどの麗しき女子高生が脳裏に浮かぶ。彼女が陰陽師で自分と一緒に活動し、事件の詳細を探る。そっちの方がそれっぽく感じた。
「ちなみに、今日のこの格好はこれでいいんです」
困惑する公平よそに、祐理は小さく呟くと面白そうに微笑んだ。
その言葉は公平の耳には届いていたが、意図的に消された。