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2.エリート捜査官の憂鬱

 警視庁公安部、警察のエリートが集まるその組織は謎が多い。同じ警視庁に属しながら、刑事警察は公安部の情報には触れることはできない。


 菅原公平は32歳でありながら、警視庁捜査ニ課の課長として、数々の汚職事件を捜査してきた。階級は警視正、華のキャリア組、その頭脳と品位でライバル達を大きく引き離し、一人勝ちだと思われた。


 眉目秀麗(びもくしゅうれい)、文武両道、彼を表す表現には悪いものはない。しかし、そんな彼にも欠点があった。正義感が強く、清濁を飲み合わせるということができなかった。上の方針を無視し、大物政治家の汚職を追求しようとした。また、タイミングも良くなかった。政界が荒れており、その政治家の力が必要な時だった。


「菅原君、君は実に優秀な人材だ。明日から、公安部の新部署に異動し、その課長に命じる」


 刑事部長に呼び出され、公平はあっという間に異動させられることになった。新部署というだけで、その詳細はこちらではわからないと言う。送別会をする間も無く、公平は捜査二課を後にした。


 そして、今、その新しい部署にいる。警視庁の地下にあるその部屋は、とても将来が見通せるような部署だとは思えない。窓もなく、薄暗い古びた部屋。そもそも、組織図のどこにも載っていない。いちおう、部屋のプレートには、特殊事案対策準備室と書かれてはいるが……。


「いやぁ、君のような優秀な人材がここに来てくれるとは、実にめでたい!」


 公平は笑みを浮かべながらも、心の中は無念の一言だった。上司だと思われる?その男は、公安部のイメージから大きく飛躍していた。ゆったりとした雰囲気で、日本茶を優雅に飲んでいる。一瞬、皇室関係者かと思った。雅な空気をこれでもか!と出してくる。


「長谷川部長、この準備室とはどういう部署なんですか?どうして私が呼ばれたのでしょう?」


 あっという間に決まり、さっきその名前を知った部署、その場所と上司、目の前に広がる光景に自分を合わせていくのは困難であった。


「ここはね、僕が作ったんだよ。()()()()()()()()()を捜査するところだ」


 長谷川はクスリと笑う。公平は何となくこの上司は一癖あるような気がした。たぶん、今見えている姿が全てではないだろう。


「菅原君、君は優秀で真っ直ぐ、僕はそう言うの好きだけどねぇ……。まぁ、ここではそれを思い存分発揮してくれたまえ」


 口角を上げて笑っている。何だか含みがあるような気がするが……。


(要は、俺は厄介者で放り出させたと言うことか………)


「まあ、僕はここの監督者になってはいるけど、実際に動かす室長は君だし。メンバーや機材等の選別は君の好きなようにしていい」


 そう言うと、青いファイルを公平に渡した。


 公平は、ファイルを受け取ると、パラパラとめくる。美しい桜と凄惨な事件現場の写真が目に入った。一瞬目が止まったが、さらにパラパラとめくる。


 パタン


 ページを見送ると、早々に閉じた。


「学生の痴話喧嘩の殺人事件ですか」


「へぇー、もう全部記憶したの?さすがだね。君は被疑者の供述をどう思った?」


「桜に殺せと命令されたという部分でしょうか?心神喪失を狙っているのか、自分に信じ込ませているのか。まぁ、現実的にはありえないことですね」


「他に気になることはあるかい?」


「そうですね。すぐ近くにいた友人達が、被害者の悲鳴や叫び声を聞いていないことは気になりますね。全く異変に気づかないというには有り得ない近さ」


 公平は頭を傾げる。このような事件は刑事部の仕事だろう。ここで扱う事件ではない。


「彼らはSNSでバズった桜の木を探してやって来たようだ。そして、その場所を特定したのは被害者、中原一樹だったらしい」


「SNSですか……」


「一緒に出かけた友人の柏木拓がその場所をアップしようとしたができなかった。電波の状況は問題なかった。その代わり、スマホが勝手に動き出し、【お前達はよく見ていろ】とメッセージが作られ、勝手にアップされた」


「そんなことは書かれていませんでしたが?」


 長谷川は意味深な表情を浮かべ、さらに口を開く。


「最初にこの桜をバズらせた人間を探し出した。それは17才の少年だった」


 公平は不思議に思う。その少年が彼らを誘導したとでも言うのだろうか?


「その少年は桜の木をアップした後、すぐに亡くなっていた。交通事故だそうだ」


 長谷川は手を組み替えると、さらに続ける。


「少年をひいた車の運転手は、ある声を聞いたらしい」


「声ですか?」


「1人で乗っていたらしいが、耳元で何度も囁かれたらしい」


 公平の背筋に冷たいものが伝った。


「知らない男の声で、こう言われた」


 長谷川は公平の目を真っ直ぐに見た。


「許してはいけない、あの男の首をはねろ」


「………まさか」


「その少年と今回の彼らには面識はなく。居住地は地理的にも遠く離れている。関係性は極めて薄い」


 長谷川は真剣な顔になった。


「妖の仕業、悪霊の仕業、祟り、呪い、因縁、単なる偶然、人の世が移り変わるにつれ、その言い方は変わっていく。しかし、こういうことは昔からあるのだよ」


 公平は違うとは言えなかった。事件を経験するうちに、説明がつかない違和感を感じたことがあるからだ。


「今の時代は怪奇と言うのかね?ここはそれも拾っていく部署なのだよ」


 公平は息を呑む。真剣に話してはいるが、突拍子もない話である。


「それは困りましたね……。私には経験がないですし、その分野の能力があるわけでもない。怪奇を否定はしませんが、肯定もしませんから」


 自分は事実と証拠を集め、被疑者を洗い出し、逮捕してきた。呪い師のようなことはできない。


「だからこそだよ。君はその立場で挑んでくれればいい。怪奇の部分には、優秀な協力者をつけるから」


「協力者ですか?」


「そうだ。その者の家柄は古くから続くもので、かの陰陽師、安倍晴明と共に働いていたこともあるらしい」


「陰陽師ですか……」


 公平はやれやれと思う。三文小説の流れだ。その陰陽師とやらが、事件を解決してくれるのだろうか。そもそも、今回の事件は人間が起こしたものだろうに。


「実に役に立つ男なのだが、体調を崩してね。その娘を代わりに寄越すらしい。麗しき女子高生だぞ」


 長谷川はニンマリと笑った。公平は苦笑いをする。女子高生に何ができるのか……霊感とか祈祷とかオカルトに付き合わされるのは、我慢ならない。


「協力者は必要でしょうか?」


 公平の迷惑そうな表情に、長谷川はクスクスと笑う。


(実に正直な男だ)


「ここはまだ君しかいないし、彼女を連れていくといい」


 長谷川の笑顔から圧力を感じる。外すという選択肢はないようだ。


「……わかりました。とりあえず、最初にSNSに投稿した少年の調査に向かいます。その協力者の連絡先を教えてください」


「その子の名前は、(たちばな)祐理(ゆうり)。メールアドレスは後で教えよう」


「ありがとうございます」


 長谷川は和やかに笑うと、妖艶に咲き誇る桜の写真に目をやった。


 その写真の桜は風で(なび)いたように見えた……。


 




 


 

 

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