15.身代わり
烏帽子を被り、白い狩衣と紫の差袴を着用し、黒い浅沓を履いて立つ。それは凛とした姿、昔ながらの陰陽道の正装だ。
白川貴仁は踊るかのように、人型への身代わりの儀を静かに終わらせた。それは、神社の恒例の儀式の如く、滞りもなく、何事も起こらなかった。
それを見届けるのは数人。後藤晴とその父、ハク、祐理、公平だった。晴は以前よりだいぶ落ち着き、今回はお祓いということで立ち会った。心なしか、だいぶスッキリした顔をしている。
「何はともあれ、本人の気持ちが楽になるならいいことだな」
公平は祐理に呟いた。
祐理は目の前の親子をよく観察する。親子仲はかなり良いようだ。人柄的にも良い人達に思われる。家門もわりと新しいようだ。
(もし、この息子を亡くしたら、この父は悲しみで自分を失うかもしれない)
それほど、優しげな父親だった。なぜ、この人達が呪われるのか?当事者と直接会うと、その思いは強くなる。そして、気になることもある。
「公平、何百年前の敵と今出会える確率は何%だと思う?」
公平はキッパリと口を開く。
「ゼロだろう」
「やはり、そうだよね」
「お前がそれを言っていいのか?そっち系の人間だろ?」
「そうだけど、そうでもない」
「曖昧だな」
「彼が狙われた理由はなんだろう?」
「何が言いたいんだ?」
「内藤君はそうだとして、中原君と後藤君は同じとは限らないよね?」
公平は祐理をジッと見つめる。その言葉の意味に思考を巡らせる。ふと、後藤父に目をやった。
「あ……」
公平の脳裏に軽く電気が走った。あることに思い至った。
「そうだな…確かにそうだ……ちょっと電話」
公平はいそいそとその場を離れた。祐理はその姿を黙って見つめた。もし、自分の違和感が正しいのなら、公平は簡単にその答えを探し出すだろう。そして、自分にもすべきことがある。
入れ替わりに、貴仁とハクが祐理の元にやってきた。後藤親子の挨拶と見送りを済ませた後だ。
「祐理、終わった。帰ろう」
ハクは祐理の手を引っ張る。そのやり取りを貴仁は呆れた目で見ている。
「だからさ、お前はオレの式神だよな?」
麗しい陰陽師に目もくれず、宮廷の雑用係に擦り寄る。時が時なら、屈辱は半端ない。
「貴仁、ちゃっかり別料金貰ってた」
ハクは冷たい目で主人を見ている。祐理は無表情で同じように見つめる。
「手は抜いてない。謝礼はありがたく貰う」
「プロってやつだね」
「そうだ」
「人型に呪いを移したら、もっと大災になると思っていたけど、静かだったね」
貴仁は苦笑いをする。
「痛いとこつくな……何か弱かった。いや、弱まったともいえる」
「人を殺すほどの呪いはそういうもの?」
貴仁は少し考えると、その口からパッと出てきた。
「術者の力が弱まったとか、ターゲットの方に手違いがあったとか?」
そして、あぁ!と声を上げる。
「俺が凄い術者だってことがあるな」
「……なるほどね」
ふと思い出し、祐理はポケットから一枚の紙を取り出す。それを貴仁に手渡した。貴仁はそれを受け取ると、目で何度か追った。
「こりゃ、大した呪詛だな。呪う相手を指定してなさそうだけど、散りばめてチャッカリ入ってるな」
「え?」
「さっきのあの子の名前が入ってる。あと、中原って子も……あと、あぁ?こいつもか?」
「やっぱり、最初から決まってたのね」
祐理の中でやっと答えが見えたような気がした。しかし、実際に確認してみないと確かなことは言えない。
「貴仁、その力もうちょっと貸してほしい」
「え?お前の頼みは金にならないしな……」
キッ!とハクが主人を睨む。それに主人はゲンナリする。
「お父さんとの食事に呼んであげるから」
「しゃ……しゃあないな」
貴仁は照れ臭そうに顔を赤らめた。
「ハクも数日貸してほしい。手伝って欲しいことがあるの」
ハクは嬉しそうに首を縦に振っている。貴仁はそれには手を振って答えた。好きにしろよ、と。
それから、電話から戻った公平は、調査結果を3人に共有する。
それは、祐理が予想した内容そのものだった。