表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

13.飛び抜けた存在

 警視庁公安部特殊事案対策準備室、その長々とした名前とは真逆に、その事務所は机と椅子くらいで、実にシンプルな部屋だった。


 菅原公平は上司の長谷川と顔を合わせていた。先日の東北出張の結果と、依頼していた調査結果を受け取るためだ。


 長谷川が座っている、部長としては粗末な椅子に、この部署への期待度が表れているのではないかと思う。そんなことを考えながら、公平は出張の報告を終えた。


「橘が大いに役立ったようで、良かったよ」


「橘家とは何者なんです?陰陽師ではありませんでしたよ」


 長谷川はこの男の生真面目さを快く思った。適当に言ったことに過ぎなかったというのに。


「あー、そうだったか?まぁ、役に立つ一族だな」


 公平はその返事に眉をピクピクさせた。その一言で橘家の正体がわかるわけがない。


「頼まれた調査戻ってきたぞ。なかなか、ウチの組織も優秀な奴が揃ってると舌を巻いた」


 話をずらされた感があるが、とりあえず差し出されたタブレットに目を通す。


「内藤侑とやり取りをしていた人物の特定は困難を極めたらしい。頭がいい奴で捕まらないように、経由地を重ねた上、人のアカウントを乗っ取っていたようだ」


「クラッカーですね」


 調査内容に目を通しながら、頭の中を整理していく。本来はこちら側の捜査官、東北ではその才を出せなかったが。


 最後の調査官の署名を見て、公平は安堵のため息をついた。


「あぁ、彼が調べたんですね。どおりで」


 ここには優秀な人間が集まっている。そのエリート集団の中で、異色な捜査官が1名。部屋にこもり、一日中ネットの世界で生きている男。チョコパンとコーヒーとゲームがあれば、生きていける。そんな彼は緻密な頭脳と執拗な根気強さを持っている。


「そのクラッカーの名前を見た時、お前との因縁を感じたぞ」


 公平は苦笑いをする。


「石川和磨、石川議員の御子息だ」


 公平が追い詰めようとしていた議員の名前をこんなにも早く聞くことになるとは。


「参りましたね。下手に手出しできない」


 石川和磨、13歳の時、既にネット犯罪に手を染めていた。しかし、代々続く政治家の家柄はそれを簡単に揉み消している。実は、その息子が父親のロビー活動に手を貸しているのではないかと疑っていた。


「現在は25歳の院生か、大きくなったな」


 長谷川は和やかに微笑む。元少年は監視対象になっていた。


「石川の目的がわかりませんね」


 公平はもう一度調査内容に目を通す。石川と被害者達の繋がりはほとんどなく、利害関係はとくに感じられない。


「内藤侑と石川は、内藤家の障りについて何度もやり取りをしていました。その中では、時々見る夢の解明に多くの時間を費やしています。石川が例の桜に興味を持っていたのは確かです。あの桜を特定したのも石川ですから」


「障りの原因はわかったのか?」


「結論は出ていません。内藤の先祖が昔に恨みをかう罪を犯したのだろうと、それが何かの記載はないですね。根拠がいらない、もっともらしい話ですね」


 内藤は家の中で起こった数々の怪奇について、石川に伝えていた。石川はその内容に食いつき、細かいことまで質問している。デジタル思考の男だと思われる石川は、極めて非現実的な呪いというファクターに魅了されていた。


「内藤がSNSに投稿した理由は、それにより呪い返しができると信じたようです。石川の指示がありました」


 その投稿が共有され、今回の一連の事件に繋がった。もしかすると、まだ明るみになっていない事件もあるのかも知れない。


「しかし、投稿画面にマインドコントロールの手法は認められない、本当にそうか?」


 長谷川は隠された梵字のことを言っているのだろう。しかし、あの文字を読めない者の意識に植えつけたとして、何の作用があるというのか?


「内藤侑は事故死です。中原一樹は友人との私情のもつれ、後藤晴は集団ヒステリーに巻き込まれた。それが現実的な話になると思います」


 そして、公平は躊躇いがちに口を開いた。


「しかし、通常ではない行動を誘発させる何かが存在した可能性も否定できません。彼等のSNSへのアクセス回数が飛び抜けて多く、執着があったように思われます」


 長谷川は和やかに微笑む。


「そうか、引き続き宜しく頼むよ」


 公平の心中はモヤモヤしている。それぞれの因果関係をハッキリと説明できない。事実だけで語ろうとすると、上手くいかず、何かを取りこぼしているという感覚が湧いてくる。 


 だからといって、呪いのせいだという気にもなれない。


「私はここに来て良かったのでしょうか?私は怪奇の世界を信じてはいません」


 悩める部下に、上司は両手を組み替えた。そして、大きく頷く。


「信じてはいない、だが、否定もしない。君はそんな男だ。それでいい」



 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ