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12.実体のないもの

 黒髪が腰まである美しい髪は夕焼けに照らされ温かみのある色を帯びていた。


 紺のセーラー服と赤いスカーフ、今の流れはブレザー系であることを考えると、彼女の制服はひと昔の姿に見える。しかし、長い手足、均等が取れたスタイルは現代の若い女子の傾向に一致し、昔の面影は全く思い起こさせない。二重の目とピンク色の唇、きめが細かい色白な肌、それは見るものを惹きつける。十分に妖艶であった。


 紫色の桜が咲き誇る、その木は廃村になった村の神社にあった。


 花びらが風に舞う。


 とても古い木であり、まだ花を咲かせることが不思議なくらいだ。とうに木の寿命を過ぎているといのに。


「ねぇ、私の声が聞こえてるか?」


 少女は木の幹に口づけをする。それに応えてか、妖艶に(つびみ)を開いていく。


「これが最期の機会だ。お前の無念をアイツらにも味合わせてやる」


 少女は愛おしそうに桜の幹を撫ぜた。優しく優しく撫ぜる。


「そうだな、まさか陰陽師がまだ生き残っているとは思わなかった。それに……もっと厄介な奴もいる」


 あの男を仕留めるときに作ってしまった傷を撫ぜる。まさか、幹に刃物が達するとは思わなかった。幹には、まだ血の匂いがする気がした。


 張られた規制線が少女の視野に入った。その黄色と黒のコントラストは不快にさせる。


 自分達と外界を遮断しているように思えた。


「忌々しい奴らめ、また囲い閉じ込めるつもりか」


 少女は規制線を睨むと、手をかざした。


 パチパチパチパチ


 桜を囲んでいた黄色いその帯は、赤い炎で焼かれていく……。


 焼け落ちるのを見届けると、少女はもう一度、桜の幹を撫ぜた。名残り惜しそうに見つめ……ゆっくりと離れる。


 焼け落ちた規制線を踏みつけると、幻影が佇んでいた。


「大したもんだな」


 少女は嘲笑を浮かべる。


 視線を向けた先には、幻の存在がいた。


 立烏帽子を被り、薄紅色の単、薄黄色の水干と緋袴、白鞘巻を帯刀した白拍子。


 その女は社殿の前に立っている。


 赤紫の袖括りの紐は目にも鮮やかで、その立ち姿は()()()が愛した者を思い起こさせる。


 少女はそれが腹立たしかった。


「氏神の力も絶えようとしていうのに、お前はまだ我が君を抑え込むつもりか」


 力が弱まった白拍子など、相手にもならない。少女はフン!と笑い飛ばした。


(そこで死に絶えた男も守れなかったではないか)


 この地に残る記憶の残存に過ぎない。過去の遺物だ。


 氏神の遣いであったが。少女の認識の中では、白拍子の存在は無いものに成り下がっていた。


 もう、既にそこには存在しないものだ。


 今や神社を守る氏子もいない。


 張り巡らされた結界にも綻びが出ている。


 少女は難なく鳥居をくぐり抜けた。


 以前にはできなかったことだが、今は易々とできる。護りの力は益々失われていく。白拍子はまだ姿を見せてはいるが、そのうち消えてなくなるだろう。


「たわいもないことだ」


 崩れかけている石階段を駆け降りた。


 それは極めて人間がする行動だ。本来なら一瞬で済む。


 移動など時空の点を踏んで飛び越えればいい。そうすれば、この世の果てまで瞬時に行き着く。


 そう、呪縛が取れた今ではどこにでも跳べるが、今は人の真似事が必要な時代のようだ。


「どうだった?」


 男は石段の1番下で腰を下ろしていた。


「上手く行ったようだが、この地に呼び寄せたのは失敗だったな。あの方に傷を負わせた」


 石川和磨(かずま)、それがその男の名前だ。彼女と繋がっているのは、彼女の霊力に興味があるからだ。


「でも、アイツが君の探してた奴なんだろ?みことが望んだ通りになったじゃない?」


 和磨は立ち上がると、少女と並んで歩き出す。少女はこの男が勝手に名付けた、その名に嫌悪感を覚えるが特に取り合わなかった。


「今は変わった術があるんだな。この世に張り巡らせ、誰でもそれを施すことができるとは」


「ネットのこと?術ねぇ、ツールに過ぎないよ。それより、みことの力の方が俺は凄いと思うけどね」


 和磨は美しい少女に目を向けた。


 自分は、ネット上で怪奇現象、呪い、超能力に興味を持つ住人達とコミュニティを作っていた。その中から信憑性があるものと交流を持ち、ここに行き着いたのだ。


【代々、桜の悪夢に脅かされる。血筋の長男は必ず若くして命を絶たれる】


 その少年は本物だった。


「お前が仕掛けた術で終わったのは、2人だけだったな」


 みことの言葉に、和磨は苦笑いを浮かべる。対象者を術に取り込むことには成功しているが。邪魔する者が現れたのだ。


「陰陽師が出てきたぞ」


「え?陰陽師だって!」


 和磨は心の中で小さく飛び跳ねた。言い伝えの中だけであった陰陽師が、現在にいると言うのだ。


(これは面白くなってきた)


「みこと、約束を覚えているよね?」


 少女は面倒臭そうに、その男に目を向けた。


 今に生きる人間、この世の者達を操る術の方法を知る人間。駒としては使える奴だ。その望みを叶えてやらないこともない。


「僕をそっち側の存在にしてくれるんだよね?」


 少女は冷たく微笑んだ。


 物好きな人間もいるものだ。忌み嫌われるこちら側に来たいなどと。それほど今の世は終わっているのだろうか?


「望みのままにしてやろう。術を終えることができるのならばな」


 この世の狭間で、そのモノはほくそ笑んだ。



 


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