墓守少女は驚かせたい
某所某日。不死身で墓守で探偵で白髪美少女な永墓瑠璃は、いつも通りに依頼のやって来ない探偵事務所で、ここ数日続いている猛暑にやられながらもコンビニでアイスを買ってきていた。
「外暑ーい!」
「そうね」
超能力者で異能使いで魔術師で呪術師で探偵助手で黒髪美少女な御園真由美は、暑さでうるさくなっている瑠璃を無視して最近読み進めている小説のシリーズを読み切ることを優先していた。
「はー!エアコン最高!神!涼しい!」
「そうね」
「ちょっと、真由美ちゃん反応薄いよ!アイス食べな──」
「──よこしなさい」
ブォンと一振り。アイスの入ったレジ袋を持った瑠璃の頬を掠めたのは、真由美の側に立てかけて置いてあった物干し竿。瑠璃では目視する事の出来ないスピードで、まるで一本の槍のように物干し竿を振るう真由美。その目は、どう考えても修羅だった。
「うえっ?!あっぶな!やめっ、やめろー!私の事を殺してでも奪おうとするなー!」
「早くよこしなさい」
あれはやばいと瑠璃は本能的にそう悟った。
「今渡すからやめろー!暴力はんたーい!」
瑠璃は真由美にアイス(棒タイプのバニラアイス。12本入り、当たり付き)を手渡すためにレジ袋を持っている右手を差し出すと、真由美はレジ袋を目にも止まらぬスピードで瑠璃の手から奪い去る。
「むー………真由美ちゃん、アイス好きだよねー」
「ええ、大好きよ」
「くっ、その言葉を私に言ってくれれば嬉しいのに………!!」
真由美は瑠璃の尊さで死んだ。瑠璃のそういう反応が真由美のむっつりメーターを加速させるという事を、瑠璃は自覚した方がよいだろう。………多分、真由美が何かしなければ、今後一生知らない可能性が高いが。
「そういえば。瑠璃、一つ良いニュースよ」
「え?良いニュース?消費税撤廃でもされた?」
「消費税はそのまま。でも依頼よ」
その単語を聞いた瞬間、瑠璃は跳ね上がった。文字通りジャンプした。
「依頼?!うおっしゃー!!どんな依頼?!どんな事件解決?!なんでもばっちこいだよ!!」
「猫探し」
「………へ?」
「だから、猫探し」
「………猫探し………?」
「そう」
瑠璃はちょっとだけ、その心が折れかけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「たまもちゃーん、何処で惰眠を貪っているのかなー?」
瑠璃は猛暑の中、1人で猫を探していた。猫の名前はたまも。黒猫で首には真っ白な首輪と金色の鈴。"たまもちゃん"と呼ぶと反応する………くらいしか情報がないが、頑張って探していた。
ちなみに真由美は涼しい室内で猫探しの為のポスターを作っているのでここには居ない。パソコンを使えない瑠璃では絶対に出来ない事なので、瑠璃は隙間時間で外に出ていたのだった。めっちゃ暑いけど。
「こんなクソ暑い中何処ほっつき歩いてやがるのかなー?」
瑠璃は暑さのせいか若干機嫌が悪かった。何せ、猛暑も猛暑だ。クソ程暑いのだ。機嫌も悪くなるというものである。
瑠璃は不死だ。不死身だ。しかし、瑠璃の身体は普通の人間。どれだけ再生能力があろうとも、どれだけ蘇生しようとも、夏の猛暑には弱かった。当たり前である。日焼けは肌が火傷しているのと同じなので即座に再生して日焼けはしないものの、暑さ自体は再生しても蘇生しても避けられる訳でもなければ防げるようなものでもないのだから。
「んー………一回墓地まで戻ろうかな………汗だくだし。黒パーカー脱いで白ワンピだけになろうかな………」
暑さに耐えつつ瑠璃は歩く。不死だからと言って熱中症は危険なのでこまめな水分補給はしつつ、いや最悪の場合一回死んで生き返れば水分も万全なのだが、それはそれとしてしっかりと水分補給は忘れないようにする。
「なんか、川遊びとかしたいなー………涼しそう」
しかしこの辺りは比較的都会。川遊びが出来るような場所などあるはずもなく。いやある所にはあるのだろうが、瑠璃と真由美の過ごす街にはそういった場所は存在しなかった。ついでに言うなら海も少し遠い。無理矢理その辺の川に入ろうとしても、そもそも河川の中に入ったら出るの大変な構造になってるので、わざわざ入りたくはない。
「海かー………真由美ちゃん………水着………最高じゃん!見たい!」
瑠璃は黒髪ロングストレートな美少女のビキニを想像して、思わず叫んでしまった。だってしょうがないだろう。あまりにも美しくて可愛いものをイメージしてしまったのだから。セクシーでありキュート、それでいてビューティフルなんて。そんなの最強じゃないか、と。むしろ大好きな女の子の水着を想像して叫ばない人間なんて居ないだろうと。
それはそれとしてマイクロビキニとか白スクとかみたいな、割とえっちな水着を着ている真由美ちゃんも見たいと思う瑠璃なのであった。ついでにうすーく赤面してたりするとグッとくるかも………いや、むしろ普段と表情が変わらないまま内心でめちゃめちゃに恥ずかしそうにしてるのもいいかも………
「いやいや、いやいや………やっぱりえっちだからダメ………!私の真由美ちゃんを衆目に見せられない!えっち過ぎて襲われちゃ………いや無理か」
瑠璃は想像する。砂浜でえっちな水着の真由美ちゃんがナンパされてる構図………うん、どう考えても真由美ちゃんがナンパしてる男共をちぎっては投げちぎっては投げ、みたいなのをしている構図しか見えない。いや、むしろナンパなんて全無視かもしれない。触れられそうになったら全力でぶん殴ったりするんだろうな………痛そう。
「涼しむ方法かー………他に何かあるかな」
半分くらい猫探しの依頼の事を忘れ始めている瑠璃が歩いていると、前方から少年少女の群れが瑠璃目掛けて走ってくる。
いや、目掛けて走ってくるとかいうレベルではない。全員が瑠璃の身体目掛けてタックルをかましてきた。
「瑠璃おねぇちゃーん!」
「瑠璃姉!」
「瑠璃ちゃん!」
「おわー!?!?」
そのまま小学生の群れに押し潰される瑠璃。男子4名女子5名、計9名の小学生の群れに襲われた瑠璃はめちゃくちゃにされてしまうのでした。
「ちょ、重い!お前らどけ!私死んじゃう!そんなもみくちゃにしないで!あっちょ、誰だ私の胸触ってる奴!やめろー!やめろー!誰か助けてー!ヘルプー!小学生共に襲われてるー!」
側から見たらただのギャグなのだった。
「肝試し?」
小学生の群れから解放された瑠璃は、近場にあった公民館の遊戯室で小学生達と共に、瑠璃の奢りで買ったアイスを10人で一緒に貪っていた。
「そう!夏の定番!怖い話をして涼むの!」
「あー、なるほど。そういう涼み方もあったなぁ」
瑠璃は小学生達に涼み方を聞いていた。その中で出てきたのが、夏の定番である肝試し。怖い話やホラースポット探検など、夏場の涼しさを吹っ飛ばす程の"怖さ"を求める行為だ。幽霊、妖怪、化物など、この世に存在しないモノを探しに出る人も居るそうだ。
しかし瑠璃は知っている。この世に超能力があるように、この世に異能があるように、この世に魔術があるように、この世に呪術があるように、幽霊や妖怪や化物の全てが実在している事を。だからこそ、瑠璃には肝試しというものが浮かばなかったのだろう。何せ、全て現実のものなのだから。
肝試しの恐怖と化物と対峙する恐怖は別物だ。肝試しの恐怖は、所詮が好奇心の産物。しかし本物の化け物相手と対峙した時の恐怖は、本能。生存する為の恐怖心に他ならない。瑠璃はその恐怖を知っているのだから。
それに。
「私、墓地の管理人だからなぁ」
そうなのだ。瑠璃は永墓墓地の管理人。死した人々の安寧を願い、死者の来世の幸福を祈り、むしろ幽霊やアンデットが発生しないようにする側の人間なのである。だからこそ、肝試しという単語が浮かばなかったのだろう。
「瑠璃姉って墓地の管理人さんだったの?」
「逆に何だと思ってたのかな??」
「ニート!」
「私知ってる!探偵さんなんだよ!」
「高校生だと思ってた!」
「スコップ持ってる変なねーちゃんだろ」
「確かにスコップ持ってる変なねーちゃんだけども」
流石に侮られ過ぎでは?瑠璃は訝しんだ。
「ね、ね!瑠璃ちゃん!瑠璃ちゃんのとこの墓地で肝試ししたい!」
「え、私のとこで?」
「うん!やりたい!」
「うーん………うーん………墓地の近くの森の中ならいいけど、墓地の中はダメかなぁ。ぐっすり眠ってる人達を起こしたらダメだもん」
墓地でうるさくしてはいけない。お墓の前でうるさくしてはいけない。あの場所には死んでしまった人が眠っているから、そんな人達を起こしてはいけない。安らかに眠らせてあげなければいけない。これは全て、瑠璃の両親に教えて貰った事だった。
「ぐっすり眠ってるって、誰が?」
「死んじゃった人達が、かな。安らかに………安心して眠ってもらう為に、お墓の前でうるさくしちゃダメなんだよ。みんなも寝てる時にうるさかったら起きちゃうでしょ?それと一緒」
「それじゃそれじゃ、肝試しはその森でやっていいのね?」
「えー、まぁいいけどさ。いつやるの?夜?」
「夜がいいよな!怖そうだし」
「うーん………みんな、お父さんお母さんに良いよって言われたらね。危険だから」
瑠璃は割と侮っていた。小学生なんて子供が夜間行動の権利を取ってくることは無理だろうと。ついでに言うなら、この肝試しの主催が自分のようなスコップ持ってる変なねーちゃん、大人視点で見るなら常日頃からスコップを携帯している変人という時点で無理だろうと、客観的に判断していた。
しかし、瑠璃は侮っていたのだ。
──瑠璃自身の評判というものを。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今日は肝試しだー!」
「「「「わー!!」」」」
今日は肝試しの日だった。
「………まさか、こんだけ来るなんてなぁ………」
瑠璃は侮っていたのだ。自分の評判というものを。
瑠璃はまず白髪美少女である。それは誰の目から見てもそうだった。容姿の良さは信頼関係の築きやすさに直結する、とまではいかないが、普通の人間は容姿の良い存在をあまり不信には思わない傾向にあるだろう。良過ぎたら良過ぎたらで警戒されるかもしれないが。
次に、瑠璃は常日頃から挨拶を忘れない少女であった。何より常に元気いっぱいな少女であった。探偵の仕事で街中を駆け回り、その間も常に元気いっぱいで挨拶バッチリな女の子の評判が悪い訳が無いのである。
そういう事で、瑠璃の評判は割と高かった。
「でもこれは予想外」
今回の肝試しで集まった小学生の人数は計38人。そして何故か集まった近所のお爺さんからお姉さんまで、計30名のスタッフ。
何故かは分からないが、ちょっとした地域のイベントになっていた。
「瑠璃」
「あ、真由美ちゃん」
「とりあえず肝試しのルートに人員は配置済みよ」
「うん、うん………ありがと」
そして勿論、主催であるラピスラズリ探偵事務所から2名。瑠璃と真由美も主催者として参加する事になっていた。
「でも、こんなに大きなイベントになるなんて予想外だったなぁ」
「それだけ貴女の評判が良いって事でしょ」
「私そんなのしてないんだけどなぁ………」
「思って作り出すものでもないでしょうに」
そうして瑠璃と真由美が会話していると、瑠璃がイベントスタッフのお兄さんに呼ばれる。何だろうと瑠璃が頭上に疑問符を浮かべていると、そのお兄さんに手渡されたのはマイク。
「え………」
「肝試し開催の合図をお願いします!」
「え………?」
瑠璃は困惑していた。当たり前だ。自分の預かり知らぬ所で殆どが進んでいたイベントである。というかそういう人員の管理とか、マジで面倒くさくて全部真由美にぶん投げてたのだ。
瑠璃が視線を感じて動かすと、そこに居たのは小学生38人の群れ。ついでにスタッフ達。その視線は全部瑠璃に向けられており、どう考えてもこの空気で開催の合図をしない方向に持っていけそうになかった。
瑠璃は気が付いた。あこれ、真由美ちゃんにやり返されてる、と。仕事を回した事を根に持たれてるなと。そしてそれは事実だった。仕事を沢山回された仕返しに、瑠璃の困るような状況を作り出していたのはズバリ真由美だった。
真由美は瑠璃の困惑顔を見たかったのだ。だって瑠璃ちゃんの困惑顔とかあんまり見られないレア表情だし。何より困惑顔の瑠璃ちゃんは可愛いので。真由美は割と良い性格をしていた。
『えー………っと。もう電源付いてる、よね………あー。うん。後ろの子には聞こえてるー?』
「聞こえてる!」
『ならヨシ。じゃあ………そうだなぁ。あそうだ、ここ一応墓地の近くだから、はしゃぎ過ぎないようにね?眠ってる人達が起きちゃうから。それに騒音になっちゃうから………まぁとりあえず、気を付けてね!』
湧き上がる歓声………とまではいかないが、小学生達はとても嬉しそうにしているので及第点だろうと瑠璃は思った。すると真由美がマイクを瑠璃に寄越せと催促しているので素直に手渡すと、今度は真由美が話し始める。
『まずは二人組を作ってください。そしてその後、開始地点にいるお兄さんとお姉さんから懐中電灯を受け取って、道順に沿って進んでください。そして、1番奥に居るお姉さんから飴玉を受け取ったら、帰り道の道順に沿って帰ってくる事。開始時刻は8時からです。いいですね?』
「「「「はーい!」」」」
真由美の説明を聞いた子供達は非常に楽しそうにはしゃぎ始めた。真由美はマイクをスタッフのお兄さんに渡すと、そのまま設営されたテントの中に戻っていく。
「真由美ちゃーん?お化け役はー?」
「後で走って追いつくわ」
「森の中を駆ける化物に見られたくないならやめておいたほうがいいと思うけど」
「………ちょっとだけ待ってて。この紅茶飲んだら行くわ」
「了解。先行ってるねー」
「んー」
今回、瑠璃と真由美もお化け役をする事になっていた。事前準備の段階で誰がお化け役に適しているのかを調べる為にスタッフ全員がお化け役をやった所、瑠璃と真由美のお化け役がめちゃめちゃ受けたからである。
真由美はその超人じみた身体能力を用いて甲冑を着込み、手には刀を持って、ただ追いかけるだけの役だ。お化けの役には落ち武者とかだろうか。しかしそれが心底恐ろしいのである。まず、真由美が用意してきた鎧は本物。まぁ刀はレプリカだが、甲冑という重装備であるのに成人男性の全力疾走に追いつく程の速度で走ってくる鎧は普通に怖いだろう。しかも顔を見られない為に能面付きなので尚更怖い。
瑠璃はその不死性を有効活用した怖がらせ方だ。そして真由美との連携技を使う事にしたらしい。まずは全裸になってから全身を包帯でぐるぐる巻きにし、全身の再生速度を通常の人間程度に落としてから、参加者の真横を目にも止まらぬ速さで走り抜けてそのままの勢いで全身を真由美に刀で程々に切り刻んで貰い、そのまま全身から出血した状態で参加者を追いかけるのである。勿論全力疾走で。
まぁつまり、能面付けた鎧武者と全身血塗れのミイラみたいなのが同時に追いかけてくる、というものである。初見でこれを見せられたイベントスタッフ達は全員が腰を抜かした。が、これは素晴らしい出来だと全員が賞賛した事もあり、真由美と瑠璃は事前準備で行った驚かし方を、小学生用に走る速度をかなり抑えた上でやる事になったのである。
ちなみに2人はまぁこれくらいなら軽くやるかーって雑にやったのにスタッフ達にめっちゃ腰を抜かされたので、小学生相手の本番ではめちゃめちゃに抑えるつもりだったりする。
「とりあえず、さっさと準備しとこ」
瑠璃は手に持った懐中電灯の灯りを頼りに道順を抜け、そのまま目印を見つけたら横の森の中に入る。そこには瑠璃が事前に、というか午前中に準備しておいた木箱が二つ並んで置いてあった。
一つ目の木箱の中には沢山の包帯が入っている。これは瑠璃が着る用に用意した包帯だ。もう片方の木箱は空だが、こちらは瑠璃の服を仕舞う用の木箱である。木箱である理由だが、ビニール袋だと夜間の森の中は音が響くのだ。雰囲気ぶち壊しなのでわざわざ木箱なのである。
「さっさと脱ぐかな」
他のお化け役の人達とは配置場所が離れているので、瑠璃は屋外でも安慮なく脱ぐ。ちなみにわざわざ下着まで全部脱いでから包帯を全身に巻き付ける理由だが、そうしないと下着ごと真由美に着られるからである。そういう理由さえ無ければ普通に服を着ているだろう。
そうして全裸になり、次は全身に包帯を巻いていく。まずは普段下着で隠している最低限の部分を隠す為の包帯を巻き付けていき、その次に下着用包帯の上から追加で包帯を巻いていく。こうすればえっちな部分を切られても露出する危険性が減るからだ。
「瑠璃、準備良いかしら?」
「おわっ、あ、真由美ちゃんか。準備はもうちょい」
「手伝う?」
「ん、必要なさげ」
いつの間にか着替え終わって準備完了な真由美が背後に立っている事に瑠璃はちょっとびっくりしたが、真由美ならそれくらいあるだろうと瑠璃は思った。
実際としては、夜目の効く真由美は瑠璃の生着替えを真っ暗な森の木陰から覗き見て、あまりの美しさとえっちさにやられてどこぞのギャグキャラのように鼻血を垂らしそうになっていたりしたのだが、瑠璃は一切気が付いていなかった。
すると、笛の音のようなのが森の中に響いた。
「合図よ。始まったみたいね」
「オッケー。それじゃ、位置に着こうか」
「いい?なるべく抑えてやるのよ」
「わかってるよー。逆に私だって気が付かれて笑われるくらいを目指すから!」
「えぇ、それくらいでいいわ。でも演技はやめないように」
「ミイラの演技くらい楽勝だよ!本物のやつ見たことあるし!」
「そんなのもあったわね………と、配置に行ってくるわ。じゃあね、また後で」
「うん!また後でー!」
そうしてしっかりと配置に着いた瑠璃と真由美だったが。
──子供達はおろか、他のスタッフ達の姿も消えてしまった事に気が付いたのは、この数分後の事である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「真由美ちゃん、どう?」
「………確定、かしらね」
真由美と瑠璃以外の子供達とスタッフ達が居なくなった事に気が付いてから10分程度。子供達がやってくるのがあまりにも遅いし、何より悲鳴の一つすら聞こえてこない事を不審に思った真由美が連絡を取ったものの、スタッフ達との連絡も不可。これは何かがあったと二人揃って探索をしてみれば確定的に明らか。
子供達も大人達も何処にも居ないのだ。唯一瑠璃と真由美のみが残ってはいるものの、逆に言うなら2人以外のあらゆる人間が消えていた。2人は何かあったのだろうと即座に元の服に着替えて、周囲を探索していた。
「神隠しよ、これ。しかもこちら側が人為的に作ってしまったものが原因ね」
「マジ?」
「大マジよ。規模自体は小さいけれど、私達のやろうとしていた肝試しが一種のお参りのように見られてしまったみたいね。そこを一種の縁として強引に紡いで、そのまま介入して神隠しをしたらしいわ」
神隠し。それは人間がある日忽然と消え失せる現象の事。神域である山や森で人が行方不明になったり、街や里からなんの前触れも無く失踪することを神の仕業としてとらえた概念である。
神域というのは、正しく神の領域に他ならない。永久に変わらない神域こそが常世であり、人々の暮らす場所こそが現世。神域は言わば、死後の国にも等しいのである。
「これは神側から無理矢理に介入されたっぼいわ。道がめちゃくちゃにされているのが良い証拠よ。一応の事を考えて簡易的な結界を道順に沿って張って居たのだけれど、それも無理矢理に破られてるわ」
「私と真由美ちゃんが神隠しに合わなかったのはどうしてかな?」
「恐らく、私は結界を張った張本人だからバレないようにしたかったんでしょう。貴女はなんでかしらね。私が近くにいたからかしら?短距離ならそれくらい感知できるだろうし」
「んー、これどうすればいいかな」
「神を殺せば早いでしょうね」
「なるほど。となると、神様はみんなをどうするかな?」
「良くて労働力、最悪は生贄かしら」
瑠璃は真由美の言葉を聞いて、やるべき事を決定した。決めたのだ。
「そっかー………神殺し、なってみる?」
「貴女がじゃなくて私が、でしょ」
「まぁそうなるよね!まずは対話からでいこうか?」
「まぁ、その前に。神の御前に向かいましょうか」
──真由美の身体からエネルギーが溢れ出す。それは世に満ち溢れる自然的エネルギーの具現であり、魔に連なる者共の残滓。それ即ち、魔力。この世界において、魔術を扱う為に必須となるエネルギー。
魔術師になる為には術を扱う為のエネルギーとなる魔力を蓄積する才能が必須となるのだが、当然ながら真由美は神秘関係においても超絶天才なので、勿論そういった才能も完璧に備えている。
そうして練り上げるのは、真由美の固有属性。
それは『支配』の属性。ありとあらゆる万物を支配するモノ。それは言わば、魔力を用いて行使可能な世界への絶対命令権にも等しい属性であり、正しく神の所業に等しきナニカ。
「領域支配」
『支配』の属性はその強大さ故、僅かな行使だけでも莫大な魔力が必要となる属性である。それは真由美であっても決して避けられぬ道理であり、単一存在の支配ですら真由美の保有する魔力の半分近くを持っていくのである。それであるのに領域の支配など、一体どれだけの魔力が必要となるか。どう考えても天文学的な量が必要となる。
しかし。
「うぐぐ………生命力削られて魔力を練られるのって凄い気持ち悪い………」
「我慢しなさい。どうせ不死なんだから」
「痛みは耐えられても不快感は拭えないのー!」
真由美は魔術のみを保有している訳ではない。超能力も、異能も、呪術もある。
今回の場合、真由美は超能力『スケープゴート』によって、魔力を瑠璃の生命力で代用していた。魔力は自然エネルギーの具現もしくは魔に連なる者共の残滓ではあるが、実際のところ人間の生命力などでも十分に代用可能なのである。
例えば生贄というのは、命を捧げて生命力で一時的に莫大な魔力を作り上げる儀式の一種なのだ。具体的に説明すると、対象の"死"という概念から生命力を抜き出して、更にそこから魔力というエネルギーに変換する儀式なのである。
まぁつまり、足りない魔力消費は超能力を通じて瑠璃の命を削って使っているのである。側から見れば普通に外道みたいな手段であった。
「………領域の支配完了、そして神域も発見。今すぐにでも乗り込めるわ」
「よーし!丸太は持ったな、行くぞー!」
「別に鬼退治しに行く訳じゃないわよ。そもそも丸太は武器になんて向いてないし。あんなの使うくらいなら物干し竿使った方が強いわ」
「おおう、凄い説得力だ。物干し竿で私に傷を付けた女は違うぜ………」
「ほら、さっさと行くわよ」
「はーい」
真由美と瑠璃はゆるい雰囲気のまま、神の住う常世、神域へと突入するのだった。
「あ、え………?」
彼の名前は裕二。高校2年生の平凡な男子高校生である。家から徒歩15分の高校に通い、ゲームとアニメが好きな、割と何処にでもいそうな典型的な少年であった。
そんな彼は今日、地域主催の肝試しのスタッフとして駆り出されていた。彼の妹である澪がその肝試しに参加するのだが、その事を少しばかり不安に思った母親からスタッフとして参加してほしいと頼まれた為である。
特別親との仲が悪い訳でもない裕二は、割と快く肝試しのスタッフとして参加する事になったのであった。
そこで。
「え、え………?」
彼は周りを見渡す。そこに居たのは肝試しに参加していた小学生達と、自分と同じスタッフ達。周囲に広がるのは何処かの神社の境内。しかし境内の外側はまるで白紙になった絵のように何も無く、太陽も空も存在しない場所。
どう考えても、常識外な現象であった。
「何だ、これ………」
訳が分からなかった。しかし、彼はここが常識の範囲外である場所なのだろうと理解した。
『子供達や』
突如、脳内は響き渡る声。
『人の子らや』
彼はその声に不快感を覚えた。
『汝らは選ばれた』
周囲を見回せば、他の人達もその声を聞いているようだった。
『その身、捧げよ』
身?身とはなんだ。しかし、これまでで培ってきたゲームとアニメでそれは、もしかして。
『その命、捧げよ』
あぁ、やはり。彼はそう思った。身を捧げるとか命を寄越せと言われているようなものだよな、と。
『その全て、我に捧げよ』
手が伸びる。白紙の先から手が伸びる。白磁のような手が伸びる。恐ろしい巨大な手が伸びる。子供達は逃げ回る。本能的な恐怖から逃げ回る。大人達も逃げ回る。理解出来ない恐怖から逃げ回る。
触れられたら"終わり"だと、誰もが魂で理解した。
「っ、澪!」
彼は非日常をある程度知っていた。それは決して現実のものではないゲームやアニメのものだったし、そもそもの話異常事態に対する行動として正しいものでもなかったのかもしれないが、彼は自分の家族を守る為に走り出した。比較的勇敢な少年だった。
「お兄ちゃん!」
自分の妹である澪を見つけ出した彼は、妹の手を握って逃げ回る。白紙の先から伸びてくる手は遅い。あまりにも遅い。しかしそれは確実に増えており、何より人の胴体ほどデカい。携帯いっぱいに埋め尽くされるまで、きっと時間はかからない。
まるで人々が逃げ回るのを見て楽しむかのように、自分達を全力で嬲るかのように、じっくりと追い詰められていく。もうダメだと誰もがそう思った、その時。
「──どらっしゃー!!」
バギンという、何かが割れる音が空間内に響き渡った。それと同時に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「何処の神様かは知らないけどなぁ!神隠しするならもっと静かにやるべきだったなぁ!」
「瑠璃、うるさい」
白紙の先から現れたのは2人の少女。黒髪の美少女と白髪の美少女にして、この肝試しの主催。ラピスラズリ探偵事務所の所長と助手。そして。
「この私と真由美ちゃんがいる限り、みんなに手は出させないってなぁ!」
「それやるの私よね?」
「そうだね!頑張って!」
──その姿はまるで、ヒーローだった。
神域に突入した瑠璃と真由美が目撃したのは大勢の肝試し参加者と、参加者達を追いかける謎の白い手。瑠璃も真由美もそれが神の手もしくは神による攻撃なのだと判断し、即座に行動を開始する。勿論ながら主に真由美が。
「せい、やっ!」
まずは手を全て引きつける。真由美は本当に持ってきていた丸太(森の木を引き抜いたやつ)を境内に存在していているのにも関わらず唯一無傷な社を目掛けて目にも止まらぬ速さでぶん投げる。すると白い手は先程までとは比べ物にならない程の超速で動き、社へと投げられた丸太を砕いて防いだ。
『汝は愚かなる選択をした。骸すら残さぬぞ』
怒りの篭ったような声が脳内に響く。手に触れただけで丸太が砕けたのを確認した真由美は、接近戦は不可能と判断して魔術戦を開始した。白い手達も真由美を脅威と判断し、先程の遅さが嘘のような速度で真由美へと攻撃を集中し始めた。
「みんな!こっち来て!ここなら安全だから、みんなここに!」
瑠璃は肝試し参加者達を安全な場所まで避難させていた。そこは真由美の作り上げた領域であり、外部からのあらゆる攻撃的な干渉を防ぐ魔術的結界の張られている場所だった。現世と常世を繋ぐ門を作る、しかも60人越えの人員を移動させられる門となると、あまりにも作成に時間がかかる為である。
その為に、真由美はこの神域に到着した瞬間に結界を展開。瑠璃はそれを知っていたので即座に避難を開始したのだ。
「っ、1人居ない!」
視認出来る範囲での避難が終わって冷静に参加者達の人数を数えていると、どう考えても小学生の女の子1人が居ない事に瑠璃は気が付いた。参加者達に聞いてみても全員が全員自分の事、もしくは家族の事で精一杯だった為、誰も分からない。
ならばと瑠璃は駆け出した。真由美ちゃんが戦っている間に自分が少女を探し出して、結界まで逃すことさえ出来たなら、真由美ちゃんに負けは無いと考えて。
「真由美ちゃん時間稼ぎ任せた!」
「わかってるわ」
真由美は魔力を純粋なエネルギーとして弾丸とする魔弾を用いて戦っていた。真由美本来の莫大な魔力と、圧倒的な才能と驚異的な努力の産物たる魔力操作能力を用いて作り上げられる魔弾は、神の手を退ける事が出来るほどのものだ。
『死に晒せ』
しかし、神の手にダメージは入っていない。魔弾は所詮純粋なエネルギー弾に過ぎないからか粉砕される。一応ノックバックは与えられるが、ダメージはゼロだ。しかし今はそれでいいのだと真由美は判断していた。まずは瑠璃が参加者全員を結界の中に入れてくれてからが本番なのだから。
「みちるちゃーん!何処ー?!」
瑠璃は懸命に探していた。神域の中はそんなに広くはないものの、しかし人1人で探すとなると時間がかかる。そのまま手際良く探していくと、瑠璃は社の近くで泣いているみちるちゃんを発見した。
「みちるちゃん!大丈夫?!」
「ぐすっ、瑠璃お姉ちゃん。わたし、お膝、痛いの、ぐすっ」
みちるちゃんは転けたのか、膝を大きく擦り剥いていた。瑠璃は念の為に持ってきていた包帯(お化け衣装用のやつ)で素早くみちるちゃんの膝を包み、応急処置をし始める。
「大丈夫だよ、安心して。痛くない、痛くない」
「うぅ、瑠璃お姉ちゃん………」
「安心して。大丈夫!私の相棒がこわーい神様と戦ってるから大丈夫!」
瑠璃は言葉をかけながら、出来る限り素早く応急処置を終わらせた。今こうして応急処置が出来るのも、真由美ちゃんが時間を稼いでいてくれるからである。そうでなければ神様なんて全力でぶちのめせるというのを、瑠璃は知っていた。
「みちるちゃん、今から私がみちるちゃんを運ぶからね。みんなの所に行くからね。頑張れる?」
「………うん、頑張る!痛くないもん!」
「よーし!偉いねー!それじゃ行くぞー!」
瑠璃はみちるちゃん笑いかけながら抱き上げて、そのまま全力で駆け出した。その背後で真由美が神の手を全力で妨害してはいるものの、手数はどう考えても神が勝っている。少しずつ押されているのは、真由美の方であった。
『愚かな人の子よ』
「愚かで結構。あなたのような神よりマシだわ」
『汝は魂魄すら残さず貪ってやろう』
「出来るものなら、ね!」
真由美は全力で応戦する。あれは誰とも知らぬ無名の神だが、神は神。人の身で神に挑むなど無謀にも程がある。まして神殺しなど、本物の英雄、もしくは同じ神でなければ不可能な所業だ。少なくとも、人間1人で神と対峙するというのは、現代社会では考えられない程の暴挙である。
しかし真由美は、最低でも今真由美の背後で結界まで走っている瑠璃がその腕の中にいる少女を結界の中に避難させられるその時まで、一切の怪我を負うことも許容しない。何故なら、真由美の怪我は全て瑠璃に向かうのだから。
瑠璃は今走っている。そこに真由美の怪我でも向かってみろ。助けられる人々すら助けられなくなってしまう。同じ理由で瑠璃の命を削って使う無限魔力のリソースも使えない。故に、一切の怪我を負わず、瑠璃の命も使わずに、真由美は全力で抵抗していた。
「もうちょっとだからねー!」
瑠璃は走る。己という肉体を破壊しながら走る。血管は千切れても治り、筋肉が断裂しても再生し、呼吸が止まっても回復し、心臓が止まっても蘇生する。まさに全力での疾走であった。そして結界に触れるか否かという瞬間──
「っ!瑠璃!!」
──真由美が、神の手を妨害し損ねた。あまりの手数の多さから、処理し切れなかったのである。真由美は決して下手を打った訳ではない。むしろ最善を尽くしに尽くして、それ以上に相手の手数が多かっただけである。
大いなる白き腕は瑠璃の元へと向かっていった。
「っ、どらしゃー!!」
瑠璃は抱いていたみちるちゃんを強引に引き剥がして投げ飛ばす。結界の中で待機していた男達の方向へぶん投げる。男達は瑠璃の突然の行動に驚いたものの、即座に対応してみちるちゃんに怪我一つなく確保した。
その直後。
「が、ふ………」
──瑠璃の左胸は、白き手に貫かれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「っ、らぁっ!」
真由美は即座に瑠璃へと伸びた神の腕を弾き飛ばす。そうすると瑠璃の左胸に背中から突き刺さっていた神の腕も抜いて飛ばされる。
結界の中に居る人々は騒然とした。目の前で1人の美少女がその胸を貫かれ、血の華を咲かせたという事実に。しかもそれが、この肝試しの参加者達に特に人気だった永墓瑠璃であった事が最悪だった。
しかし皆さん知っての通り、瑠璃は不死身だ。
「くっそー!いったいな、もー!」
心臓を背中側から貫かれたというのに、永墓瑠璃が生きている。その事実に結界内部の人々は普通に驚愕した。小学生達も大人達もみんな揃って瑠璃が死んじゃう!とか思ってたのに、なんだあのスコップ持った変なねーちゃんピンピンしてるやん?ってなった。拍子抜けしてしまった。
「あ、みんな安心してね!私、不死身だから!」
瑠璃は自分が死んだ所を見せてしまったのでおちゃらけてそう言ったが、今は割とそういう雰囲気では無かった。端的に言って、瑠璃は少しばかり空気を読むのが苦手であった。
真由美はそんな様子の瑠璃の声を聞きながら、何やってるんだあのお馬鹿は、と内心で思っていた。ついでに言うならでもそんなところも可愛いんだよなとも思っていた。真由美も真由美でお馬鹿である。
「真由美ちゃーん!もうやっちゃっていいよー!」
「そう?分かったわ」
真由美は魔術を展開する。今度は魔弾ではない。その身に刻まれた属性由来の魔術そのもの。万物万象を支配する絶対の力を今、展開した。
「領域支配」
領域の支配。それに必要なエネルギーは瑠璃の死で以って補われるが、神も支配に負けじと対抗する。むしろ現在の神域という領域は神の管轄であり、現在の状況的に考えて、有利なのは神側であった。
しかしそれも、序盤のみである。
『何故、何故』
「こっちには無限のリソースが居るのよ」
「私をリソース扱いするのはやめてくれないかな?!」
有限ながらも圧倒的なエネルギーを保有している神に対して、瑠璃の生命を急速に削りながら発揮される無限のエネルギーを扱う瑠璃が有利に傾くのは、割と明白であった。どれだけ保有可能なエネルギーに天文学的な差があろうとも、それは決して無限ではない。所詮は有限。無限のエネルギーには勝てないのが道理であった。
『その死なず人が汝の力の源か!』
「でもどうにもできないでしょう?手を緩めた瞬間に、瑠璃を狙った瞬間に、私はあなたの全てを支配出来る。あなたは今の均衡を保たなければ終わるのよ。でもジリジリとあなたのエネルギーは削られていく………」
少しずつ、少しずつ。ほんの少しずつエネルギーが削られていく。削られる度に神は不利になっていく。莫大な有限が矮小な無限に負ける。例え結界内の人々の命を貪ったとしても勝ち目は無いほどに、神は追い詰められていた。
「神は決して絶対じゃない。保有するエネルギーさえ削り切れば人間以下の愚物に成り下がる。知ってた?あなた達はね、今までエネルギーに頼って生存してきた分、エネルギーさえ無ければ簡単に殺せるのよ」
神を神たらしめる理由は莫大な保有エネルギー。それが無くなってしまえば、その保有するエネルギーを削り切ってしまえば、神は完全に零落し人以下となる。権能を扱えず、神威も出せず、加護すら与えられぬ神など、恰好の餌食に過ぎぬのだから。
『ぐ、何故、何故だ!何故汝のような矮小なる人の子が神たる我を殺すのだ!』
「邪魔だからよ。………来世では神に生まれなければいいわね」
『なっ、やめ──』
──名も無き神は、まっさらになった。
肝試し当日。参加者達は記憶に30分程の空白期間があるものの、各々が肝試しを楽しんで、はしゃいで、それでいて新しい体験をして、そうして参加者達は帰って行った。まるで何事もおかしな事が無かったかのように。
「真由美ちゃん、みんなの記憶消去は完璧だよね?」
「勿論。知らない方がいい事だって世界には沢山あるもの」
参加者達は全員、真由美の『支配』によって、神隠しに関係する思い出を全て消されていた。消されたというか、支配の力によって思い出せないようにされていたのだった。あの恐怖は知らなくていい。あの惨劇は知らなくていいと、瑠璃も真由美も判断したからだ。
知らなくていい真実はある。知っていた方が危険な知識もある。真由美と瑠璃はそれを知っていたからからこそ、無断で全員の記憶を封印させて貰ったのだ。
「そんじゃ肝試しも終わったし………神様、どうする?」
「あなたの墓地の守護神にしておいたわ。あなたの墓地をあなたの許可なく荒らす存在全てを神域に取り込んでエネルギーにしてくれるわよ」
「うーん、最強のガーディアンだ。真由美ちゃんの魔術怖いねー」
「"まっさら"の事?貴女には効かないのに?」
"まっさら"。それは、真由美の必殺技とも言えるほぼ絶対の一撃であり、知性を持つあらゆる存在相手ならば確実に通用するという、真由美の魔術の粋である。対象の全てを支配する事によって完全なる傀儡にしてしまうという、瑠璃の命を使った無限リソース以上にド外道なモノだ。どう考えても悪役側が使うタイプのものである。
ただし、瑠璃に"まっさら"は通用しない。具体的に言うならば、瑠璃の不死性に支配は通用しないのである。支配されているという状況も、瑠璃の不死性に覆されてしまうのだ。そもそも真由美が瑠璃に"まっさら"を使う理由も特に無いのだが。
この"まっさら"の恐ろしい所は、一度使用された対象の精神を一度破壊してから新しい精神を形成している為に、どれだけ頑張って精神のコピーを施したとて元の人格は取り戻せない、という所にある。
以前に瑠璃と真由美が対峙した影を操る超能力の男も、今回の神と同じようにその精神を完全消去を施されている。記憶の封印なんて生温い方法ではなく、完全なるオールデリート。
つまり、男も神も新しい人格を形成し、男は善人な成人男性という人格を植え付けられ──否、善人な成人男性という性格に変わり、今回の神も一度精神をオールデリートされ、傲慢な神から機械的に仕事をこなす神へと変わったのである。文字通り、根本から。
「そうだけど、通用しないのと怖いのは別物でしょ?」
「まぁ、そうね」
「あ、そうだ。ねぇ真由美ちゃん。ちょっとだけ肝試しの道順を散歩してから帰らない?」
「散歩?まぁいいけれど」
「やった。それじゃ行こ!」
瑠璃は真由美の手を引いて歩き出す。既に撤収作業の終わった肝試し会場は人の気配が無く、近所にあるのも墓地くらいなのでかなり静かだ。そんな静かな森の中を、2人並んで歩く。
「今回は誰も死ななかったねー」
「瑠璃が頑張ったからだと思うわよ」
「真由美ちゃんが居なかったらどうにもならなかったよ?」
「やめましょ。多分これ無限ループよ」
「あははっ、そうだね」
暗い夜道を並んで歩く。空に浮かぶは星月夜………と言っても、都会の光が大半の星の光を覆い隠していて、視認できるのは強い光を灯す星だけ。しかし月は、明るく綺麗な満月。手を伸ばしたら届きそうなくらい綺麗な月が、空にはあった。
「ね、真由美ちゃん。月が綺麗ですね?」
「あら、返事が欲しいの?」
「うん、欲しい。私、真由美ちゃんの事好きだもん。ずっと言ってるでしょ?」
「それじゃ………そうね。手が届くかは貴女次第よ」
「っ!それは脈アリってこと?!」
「さぁ?好意的に解釈するならそうね」
「じゃあ好意的に解釈する!」
瑠璃はその言葉を聞けてご機嫌になった。真由美の方も内心では死んでもいいと返答してやりたかったが、あまりにも急な告白だったので日和ってしまったのだ。真由美は恋愛面だと割とヘタレである。
「でも………そうね」
「?」
瑠璃は少し首を傾げた。何?とは思ったが、その疑問はすぐに解消された。
「前々からずっと言ってるけれど、私は貴女の相棒なの。月が綺麗かどうかなんて関係ない。私だけが照らす訳でも、貴女だけが照らす訳でもない。互いに互いを照らし合うのが相棒でしょ?」
「っ、真由美ちゃん!好き!」
瑠璃は真由美に抱き着いた。その愛おしさが全身から溢れてしまいそうだったから、その愛おしさの全てを受け止められるように。ちなみにその様子を見て真由美は死にかけた。尊さは人を殺せるのである。
「もう。………私達は二重星よ。互いの引力で結びついて、共通の重心を公転していくの。私は貴女が居なければ駄目で、きっと貴女は私が居ないと駄目。そうでしょ?」
「うん、うん!真由美ちゃんが居ないと駄目!だから………うん。だから、ずっと一緒に居よ?」
瑠璃は一度離れる。手も離して、真由美の前に立つ。真正面から話しかける。
「私と貴女が死ぬまで?」
「うん。私と真由美ちゃんが死ぬまで」
「それって、いつ?」
「さぁ。分かんない。………でも、いつか終わりはやってくるんだよ。私にも、真由美ちゃんにも。同じって訳にはいかないだろうけど、絶対にあるんだよ」
「貴女は不死なのに?」
「不死だからだよ。私は死なないから、いつか終わるの」
それは、真由美には分からない言葉だった。
それは、瑠璃には理解できる言葉だった。
「私が始まったなら、きっといつか終わりは訪れる。最果てに座して、始まりに帰るの」
瑠璃は真由美の瞳を見る。愛しい人の眼を覗く。真由美も、瑠璃の瞳を覗いていた。
「きっとそれが、役目だから」
その目は少し寂しそうで。だから真由美は語り出す。
「私は、貴女と永遠に一緒に居たいけれど」
「うん、私も」
「………でも、そうね」
真由美は瑠璃の手を握る。その手はとても暖かい。
「もし、いつか終わりがくるというのなら」
瑠璃は真由美の手を握る。その手はとても暖かい。
「最後の光景に貴女が居てくれたら………きっと、凄く嬉しいわね」
「安心してよ。私は不死だぜ?」
「そうね………ふふっ」
「あははっ」
静かな森に声が響いた。それは少女二人の笑い声。神秘に愛された少女と、不死になった少女の声だ。お互いの事情を深く知っている訳でもなければ、二人とも自分の過去を教える気は一切無い。そんな二人だが、それでも、共に居ると約束したのだ。
「私、いつか真由美ちゃんをあっと驚かせてあげるから。覚悟しててね?」
「何の覚悟をしてればいいの?」
「自分で考えればー?ふふっ」
永墓瑠璃はまだまだ死にきれない。少なくとも、この手の温もりが消えるまでは。そして何より、自分の相棒にカッコいい所を見せられていないから。
その日。月が雲で隠れるまで、二人は夜の散歩を続けるのだった。