表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

墓守少女はカッコ付けたい


「──お金がありません!」


腰まで伸びた艶やかで美しい白髪を頭の後ろでポニーテールにして、右額の近くに小さな青い花の髪留めを着けている1人の少女は、仕事場として借りている小さなビルの一角の中でそう叫ぶ。


「はぁ?」


もう1人、その白髪少女の対面にあるソファーに座る黒髪ロングストレートの少女は、目の前でいつもバカみたいな事をほざいているやつが今日も一段とバカみたいな事を言っているな、と思いつつ目元の小説から目を離さない。


「おーかーねーがーなーいー!」


「うるさい」


「いたいっ!」


「バカ言ってないでさっさと仕事持ってきなさいよ。仕事ないとお金だって貰えないでしょ」


呆れた声でそう言い放ち、黒髪少女は手元の小説に目を戻す。


「だってー!お仕事こないんだもん!ネットで募集かけても猫探しすら来ないんだよ?!私はもっとこう、小さな依頼をちょっとずつ解決して、途中なにかの事件に巻き込まれたりして、それでなんかこう、凄い組織と戦うことになって………みたいな事を想像してたのに!何もない!猫探しの依頼すら来ない!なんで?!」


白髪少女は嘆くものの、既に黒髪少女は手元へと視線も意識も戻っている。一瞬だけ黒髪少女に向けてむーと可愛らしく唸るものの、黒髪少女は既に小説の内容に集中し始めてしまったので無視されてしまう。


「むー、むー………」


白髪少女は若干不満げにしつつも、机に立てかけておいた自分のお気に入りの円匙、即ちシャベルを手に取って、そのまま肩にシャベルを担ぐ。


「そんなに言うなら私、外出て依頼ありませんかって宣伝してくるから!」


「はいはい、行ってらっしゃい。猫探しの依頼でも貰ってきなさいよー」


「むー!今に見てろよ真由美ちゃん!」


「はいはい、ちゃんと宣伝してきてね、瑠璃」


黒髪少女である真由美は、白髪少女である瑠璃にそう言い放ち。


「うん!行ってきまーす!」


瑠璃は元気良く返事をして、自分の事務所の扉を開け飛び出した。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



外に飛び出した白髪少女な瑠璃はビルの狭い階段を二つ分降りて、3階にある自分が借りている事務所から一気に飛び出──したい気持ちを抑え、普通に歩いて道へ出る。


飛び出したら危険なのは小学生でも知っている事だからだ。いくら瑠璃が比較的世間知らずで高校に通っておらずとも、それくらいの分別はつくのである。


「うーん、宣伝かぁ。どうしよ。うちの墓場で張り紙とかだす?確かチラシ配りはなんかの許可が必要だったような気がするし………うーん、特に思いつかないからパトロールみたいな事しよう!それで困ってそうなら依頼受けるって言ってみよう!」


思い立ったが吉日。瑠璃は即座に走り出し、自分の住う街を探索する事にした。


瑠璃の住んでいる街は都心から近いが、山や森林のような自然にもある程度近く、多くの人々が行き交うビル街と人の数が少なめな住宅街に分かれているような街である。


困った人を探すのにはどちらも関係はないが、人混みは歩くのが面倒なので瑠璃は住宅街にまで足を伸ばした。


まぁ、しかし。


「困ってる人………何処にもいないなぁ………」


そう都合良く困り事のある人間がいる訳もなく、自分のパトロールが若干ただの散歩になりつつある事にほんの少しの焦燥を覚えながら歩く瑠璃。


しかし、どれだけ焦ろうと依頼が必要なほど困り事に悩まされている人は居ないし、よく考えればむしろそんな人居ない方が世界は平和かもしれないという思考になってくる。


「でもなぁ、私もお金ほしいなぁ」


これでも瑠璃は18歳の少女。欲しいものは割とある。その内容が服や化粧品などではなくゲームやお菓子、ついでにシャベルやスコップなどの趣味品や嗜好品の類なのはご愛嬌である。


そも、基本的に瑠璃の一月の収入の8割程度は事務所の維持費と両親から引き継いだ墓場の管理費と当面の生活費などが主で、残り2割のうち80%近くが真由美への賃金に溶ける為、残りの金額は割と少ないのだ。


まぁ、依頼そのものが月に1、2件しか来ないのも原因ではあるが。


「これはもう看板でも担いだ方が早いかなぁ。それか依頼受けます!みたいな紙でも背中に貼っとく?ちょっと目立ちはするけど、元々割と目立つしなぁ、私」


瑠璃は白髪である。アルビノ症という訳ではなく、いつの間にか白髪になっていたのだ。大体3年前とかその辺り………そう、両親と共に事故にあった辺りからかもしれない。


瑠璃本人はいまいち自分がいつから白髪なのかは覚えていないのだが、少なくとも幼少の頃から中学卒業前までは黒髪ポニテが基本だったのだ。そして16歳辺りになったら唐突に白髪になっていた記憶がある為、恐らくは中学卒業後から16歳になるまでの数ヶ月以内なのだろう。


まぁとにかく、瑠璃は目立つ。白髪である事で目立ち、瑠璃本人が見目麗しいのも相まって更に目立つ。身長154cmで体重46kg、胸のサイズはC。若干の垂れ目であり、長い白髪を一つに纏めてポニテにし、その眼は真紅に染まっている。


現在の服装が白ワンピースの上に黒パーカーに白いスニーカーというモノクロコーデ。黙っていればほんわか美少女、喋っていたら元気美少女、ここまで揃っていて目立たない訳がないのである。ポーカーならロイヤルストレートフラッシュ、麻雀なら役満みたいな属性の盛り方である。


「でも今日はそんなの持ってきてないしなぁ。でも便利そうだし後でつーくろ。ついでに真由美ちゃんの背中にもこっそり付けといたら良い宣伝になりそう………後で怒られそうだからやめよう。私は危機感知能力の高い女!車で言うならかもしれない運転をする女!」


持ち前の勘でもなんでもなく、ただこれまでの経験からそんな事をしたら真由美ちゃんにぶっ殺されるからやめようと言う思考へと至る瑠璃。


………そこに至るまでどれだけの瑠璃の命が失われた事か。多分軽く2桁は行くかもしれない。2桁になるまで悪戯をやめなかった瑠璃も瑠璃である意味凄いが。


『きゃあああああ………』


「………ん?」


今日の瑠璃はある意味で運が良いらしい。耳に聞こえてきたのは甲高い女性の悲鳴。何かしらの事件かもしれないし、何かの困り事かもしれない。そんな思考へと即座に到達した瑠璃は、悲鳴のした方向へと走りだす。


『きゃあああああぁ!』


「む!」


悲鳴の音源、即ち悲鳴を上げている女性の位置が近い。今の悲鳴の方向にあるものは、既に人もおらず管理も疎かになっている筈の廃工場。瑠璃は駆け出して、そのまま廃工場の中へと飛び込む。


廃工場の中はかなり暗い。現在時刻が昼過ぎちょっとであるのにも関わらず、お天道様は廃工場の中に差し込んでいない。本来は電灯によって照らされていたのだろう廊下が暗いので、瑠璃は手探りで暗闇の中を進んで行く。


「何処に居るんだろ………」


女性の悲鳴は途切れて久しい。廃工場に入って僅か数分しか経っていないが、日中から甲高く聞こえ響いていた悲鳴がもう聞こえてこない。聞こえてこないから位置の把握が出来ない。暗いので目視確認も出来ない。


「くそぅ………真由美ちゃん連れてくるんだった………スマホ事務所に忘れた………」


真由美ちゃんなら暗視くらいできるのにと落ち込みつつ、せめてスマホくらい持ってくるんだったと後悔する。だってスマホの使い方とか未だによく分かんないし………と、愚かな自分に呆れていると。


『いやぁ………やめてぇ………』


「!」


悲鳴ではなく嗚咽に近い声が聞こえてくる。そして、肉体同士がぶつかり合う音と同時に聞こえてくる水音。


「これ………エロ同人で見たことある………!」


明らかに何者かにエッチな目に遭わされているお姉さんの声と音が聞こえてくる!エッチだ!なんて思考と同時に強姦は立派な犯罪だぞ死に晒せゴミ野郎が!という言葉が出できそうになるが、流石にここで見つかったらヤバいので出てきそうになる言葉を抑える。


『いやぁ………だめぇ………あぐぅ………!」


突如、聞こえてくる音が反響音から、直接耳に届くような音に変化した。即ち、悲鳴と嗚咽を上げている女の人の声が壁越しなどではなく、直接届く範囲に来たという事だ。ここまで来たらやる事は一つだけ!肉同士がぶつかる音と水音、そして女の人の悲鳴と嗚咽の声の聞こえてくる方向を向いて!


「誰だぁ!そこで何をしているぅ!」


その言葉を言い放った!とりあえず大きく声をかける!人違いで何かの間違いだったらめっちゃ恥ずかしいから!


「こんな廃工場の中で一体何をしているのかぁ!私にも教えてもらおうかぁ!」


──突如、室内に光が灯る。当然の光に瑠璃は反射的に目を閉じてしまい、室内空間の把握に時間がかかってしまう。


「まぶしっ!」


そして、眩しさを感じた瞬間、腹に鈍い一撃が入ったのを認識する。


「がはっ………!」


眩しさを我慢しながら目を開くと、そこには大柄で全裸な男が1人。腹の痛みに崩れ落ちる瑠璃の両腕を乱雑に掴み、無理矢理に立たせ、男はニヤリと笑う。


「おいおい、良い魚が釣れたなぁ?」


「ぐぅ………が………誰………?」


「んー、かなりの上玉だ。こいつの方がそそるなぁ、あれ(・・)よりこっちの方が長持ちしそうだ」


男が視線を動かした先に、瑠璃も痛みに耐えながら視線を向ける。そうして見えるのは、服を剥かれて肌が露出し、股座から白濁とした液体と血を流して、何より素手で首を絞められたような後の残る、それは既に命の灯火の消えた死体(・・)


瑠璃だからこそ分かる(・・・・・・・・・・)。あの女性は既に死んでいる。生命の灯火は消え、生物の終わりは告げられている。最果てに座して、もう既に次の世に旅立ってしまっている。彼女は、己の死の記憶に耐えられなかったのだろう。


瑠璃は1人の墓守である。失った両親から継いだ墓場の管理人として、墓守の仕事をしている。だからこそ瑠璃は死をよく知っている。


決してそれだけが理由ではないが、瑠璃は死に最も近き者(・・・・・・・)として、既に死した彼女への憐憫を思わずにはいられない。そんな状況ではないのに、どうしても同情してしまう。その苦しみを(・・・・・・)知っているから(・・・・・・・)


が、状況がそんな事を許さない。


「んー、こいつはバラしてから売りつけた方が金になるか?なるな。そうしよう」


「あぐっ」


乱雑に掴まれていた両手を離され、地面に崩れ落ちる瑠璃。男は背後でガサガサと何かを漁って余裕綽々だが、瑠璃は痛みに慣れているから既に行動可能な為、とりあえず逃げる事にした。


………あの彼女を連れていけないのが本当に心苦しいが、彼女は既に死んでいる。どれだけ憐憫を抱こうと、瑠璃は決して馬鹿ではない。瑠璃は常に冷静であり、選択を間違える事は殆どない。


「とりあえず真由美ちゃんに連絡………!」


とにかく、全力で逃げる。先程とは打って変わって廃工場内は電気が付いており、室内の電灯も光を灯している為、非常に明るい。そのおかげで全力疾走しながら逃げられる事に感謝しつつ、それならば何故さっきまでは完全な暗闇だったのかという疑問が湧いてくる。


しかしとりあえず走る。文武両道天才少女な真由美ちゃんならまだしも、瑠璃に大の大人をどうにかする術は無い。当たり前だ。


瑠璃はとにかく全力で走り続ける。全身に走る痛みは、限界すら超えて走っているから発生している筋繊維の断裂や血管が裂けている証拠であるが、瑠璃は一切気にせず走り続ける。


そして、そのまま廃工場から出たら、今度は事務所へ向かって走り続ける。ここでスマホを忘れた事がかなり響いてくるが、仕方ないのでとにかく走る。


時刻は未だに昼から夕方の間であり、まだ日中。あの全裸男が追ってくるとするならば、普通に考えて、服を着て走り出したとして、今の瑠璃には追いつけないだろう。


瑠璃は今、人体の限界を超えながら走っている。本来出せない、本来ならばセーフティのかかっている力を発揮して、ただ走っている。全力で身体を(・・・・・・)壊しながら(・・・・・)疾走する瑠璃に身体能力のみで追いつける人類など、瑠璃は真由美ちゃんしか知らないくらいだ。少なくとも、普通の人類ではあり得ない。


逆に言うなら。


今の瑠璃に追いつけるとすれば、それは──


「おいおい、商品が逃げるなよ」


──普通の人類ではない(・・・・・・・・・)、と言う事になる。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


男が曲がり角の先から現れたのを認識すると、瑠璃は急ブレーキをかけながら身体を壊して立ち止まる。それと同時に、先程まで無駄なので(・・・・・)していなかった呼吸を再開する。


それと同時に、全身に広がる苦しさが即座に消え去る。止まりかけていた(・・・・・・・・)心臓が鼓動を(・・・・・・)再開する(・・・・)。そして、瑠璃はその呼吸を整える。


「にしても、凄い脚の速さだ。となると脚の肉は売れるか?」


脚の肉を売る、という単語を書いて瑠璃は即座に判断し、自らの肉体に制限をかけた(・・・・・・)


瑠璃には、目の前のこいつが油断しきっている様が良く見えている。何故油断しているのか?何故昼間からこのような所業を成せるのか?そんなもの、瑠璃の知る中では一つだけ。あの男の力が身体機能の延長では到底考えられない超自然なら、考えられる答えはひとつだけ。


「ふー………貴方、超能力(・・・)でも使ってるの?」


その言葉を聞いて、男は初めて瑠璃を見た(・・)。先程までこちらの話や言葉など届いていなかったのに、初めて瑠璃を見た(・・)。瑠璃の瞳を見た(・・)。そして、こちらに向けて問いかけてきた。


「………お前、知ってるのか」


「えぇ、知ってるよ。だって、私の助手が使えるもん、超能力。貴方もなんでしょ?」


文字通りの全力で走る瑠璃に追いつくなんて普通なら不可能だ。であるならば、あの男は超能力の使い手、そして超能力を使用して犯罪を行う犯罪者だ。そうでもしなければ、あんな事は出来ない。


超能力とは通常の人間にはできないことを実現できる特殊能力のことであり、科学では合理的に説明できない超自然な能力のこと。目の前の男はその、超自然の力、科学の埒外に存在する能力を有している。


「………なるほど。バラして遊んでから売ろうと思ってたが………超能力(チカラ)の事を知ってるってんなら、話は別だ」


「何?殺す?」


「当たり前だ。お前みたいなのが俺らの邪魔になる。そんなら、殺す。それだけだ」


「そう?まぁ──」


瑠璃は手に持ったシャベルを肩に担ぎ、男に向けて威勢良く言葉を放つ。


「──やれるもんならやってみろ!」


「──上等だ」


そして。


瑠璃の影が蠢いて(・・・・・・・・)


「──あっ」


瑠璃の身体は(・・・・・・)引き裂かれた(・・・・・・)








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「………あれだけ威勢のいい事言っておきながら即死か………つまらん女だったな」


男は全身がバラバラになった少女の死体を一瞥し、もう用はないと言うが如く()()()()()()()()()()


男の超能力は『操影(そうえい)』。光が無ければ生まれぬ影を操る力である。影内部に空間を作り出して持ち物を収納する事で服を着たり、影の中に潜航して車よりも速く移動して曲がり角の先から出て行ったり、影そのものに物理的干渉力を持たせる事で先程のように全身をバラバラに切り刻んだり、影を盾にする事で外部からの物理的干渉を防いだり、かなり応用力の高い超能力だ。


特にこれと言った弱点もなく、生物相手ならその生物の足元に発生する影を操作して攻撃するだけでいい。影の中を潜航していても特にこれと言った揺らぎのようなものすらなく、完全な暗闇空間なら暗闇内部の全てを把握することすら可能である。


また、周囲が明るいとしても、そもそも影とは光の反対側にできるもの。即ち、光のある時間帯や光の存在する場所の方が影の効果は強くなるのだ。完全な暗闇の中だと人1人すら殺せないが、日中の屋外ならば数十人を同時に殺害するほどの物理的干渉を行えるのである。


例え殺傷力の落ちる闇夜に紛れて殺されそうになっても、影の中に潜ればあらゆる攻撃を無効化出来る。影は物理的な影響を受けないからだ。


それに、どこかに光さえあれば人1人くらい殺せるようになるので、現代社会という常に光の灯っている社会は、男にとって非常に都合が良かった。何せ、常に明るいのだ。その分、淀んだ空気のように濃い影が生まれるのは当然の事であった。


「しかし、かなりの上玉なのに刻んじまったな………勿体無いが、これを売るのは無理だな。刻み過ぎた。俺も少しばかり冷静じゃなかったな………くそ、とりあえず今日手に入れたあれを売っぱらってさっさとこの街から逃げるか………」


男が完全に影に沈むと、その場所に残ったのは無残な白髪の少女の微塵切りになった死体………死体と呼べるものでもない。周囲一体に広がる悍ましい血痕と、人1人分はあるであろう肉片だけだ。死体なんてご丁寧なものはどこにも無かった。


………


……



しかし、ここで話は終わらない。男がその場から居なくなってから5分が経過した辺りで、周囲に広がる血痕と肉片が消滅する。まるで灰のようにサラサラとなり、そして大気中に溶けるように消えていく。


そして、つい数瞬前まで血の華が咲いていた住宅街のT字路には、1人の少女の姿が現れる。長い白髪を下ろして、真紅の瞳は決して死んでいない、先程殺され、肉片となるまで切り刻まれた少女。


その少女は、まるで何事も無かったかのように蘇った。


「あ゛ー………あー、うん、よし、生き返った」


瑠璃は仰向けになっていた身体を起こし、全身に異常が無いことを本能的に知覚する。


「あっ!?予備の服持ってない?!やばっ!」


瑠璃は肉体が再生した所で服は再生しない事を忘れていた。瑠璃は即座に近場の植物の中に隠れる。かろうじて手に持っていただけのスコップは残っているものの、服は瑠璃を切り刻む時に一緒に切り裂かれていたのでどうにもならない。


日中、住宅街、全裸。人が少ない道を選んで逃げていた事が幸いして人には見られなかったが、ここから家に帰る手段が無い。


瑠璃の服がある場所は2箇所。街中に存在する事務所と、住宅街の端に存在する墓場の管理所。向かうならば墓場の方だが、こんな時間に外を全裸で歩いていたら移動途中で見つかって終わりだ。


先程のように死んでもケロッとしている瑠璃だが、流石に全裸で人前に出ても恥ずかしくないような無敵の精神性を有しているわけではなかった。


「うぇ………助けてぇ、真由美ちゃーん………」


瑠璃は決して露出狂ではない。ではないが、今のこの状況を他人に見られたらそう見られてもおかしくない。むしろ見られない方がおかしい。比較的世間知らずとは言え、瑠璃は普通の女の子であった。


「どうしよう………どうすればいいかな………」


ただ、瑠璃の思考は非常に冷静であった。自分が全裸である事を認識した瞬間は焦ったものの、物陰に隠れて落ち着いてからはその冷静さを取り戻している。


一番楽なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。側から聞いたら何言ってんだとか言われそうだが、死んだふりとかではなく本当に死んで死体になる事で死体を偽装するとか言い出すのだからマジでやべーやつである。


でも実際、それが1番楽なのだ。もう既に分かっているだろうが、瑠璃は紛れもなく不死である。吸血鬼という訳ではなく、仙人という訳でもなく、不老不死の秘薬を飲んだ訳でもない。不死の超能力も持っていないし、不死の異能も有していない。別にアンデットみたいに生ける屍という事でもなく。


ただ純粋に、永墓(ながつか)瑠璃(るり)は不死身なのである。


「でも………うーん………」


さっきは死体になれば早いなーと思ったが、それはそれで不味い気がしてきた。だって、今の瑠璃が死ぬには首を絞めて死ぬしかない。それかシャベルで死ぬしかない。どちらにせよ自殺でしかない。


そうなると、瑠璃は全裸になって自殺して死んだやべーやつになる。それは流石に嫌だ。誰かに見つかって警察に通報されて死体安置所とかに連れられてったら帰るのが更に面倒にもなる。他殺という事にしようにも、外傷とかもう全部治ってるので無意味だ。そもそも特に制限しなければ怪我とか病気とか全部瞬時に治るので。


というか、あれだけ長く死に続ける事も珍しいのだ。普段の蘇生速度は0.0000001秒とかそんなくらいだ。死んだら即座にリスポーンするのだ。5分も死に続ける事なんて滅多に無い。


それに合わせるように肉体の怪我の再生スピードは異常な程で、四肢を切り落としてもすぐ生えてくる。側から見てると生えるというか出現してるくらいだ。そんな瑠璃に外傷が残っている訳もない。


そもそも瑠璃は死なないだけで痛みは普通にある。ただ、五感の感覚の遮断が出来るので、触覚を遮断すれば痛覚も感じなくはなる。けれど、瑠璃は滅多なことでは痛覚の遮断をしない。それは瑠璃が殺されて快楽を覚えるとか怪我をして気持ち良くなる変態という訳ではなく、ただ単純に、死の痛みを忘れない為である。


別にそんなもの無くてもなんら生活にも蘇生にも支障はきたさないのだが、瑠璃は痛みを忘れるのがなんとなく嫌なのでそうしているだけだ。


「うーん………やっぱり真由美ちゃん待ちかなぁ………スマホ持ってきてないのが裏目に出まくってるなぁ………」


まぁ、今回の殺され方を見るに、スマホも一緒に破壊される可能性は全く否めないが。むしろ念入りに破壊されるだろう。いや、その前に真由美ちゃんに通報出来たからスマホ持って来ればよかったかも………なんて後悔していても、現実は変わらない。現実を改変する超能力が無いのだから当たり前だ。


仕方なく、そして大人しく、瑠璃は全裸で物陰に隠れて真由美ちゃんを待つのだった。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁ、やっと見つけたわ、瑠璃」


ガサガサという音が聞こえ身構えた瑠璃だったが、聞こえてきた声が待っていた少女の声である事に安堵して顔を出す。首から下は手で押さえて隠しつつではあったが。


「!真由美ちゃん!流石は私の真由美ちゃん!天才!最高!愛してる!」


「はいはい、私も愛してるから早く服着て」


「はーい!」


真由美はかなり呆れつつも瑠璃に服を渡す。瑠璃の中で特にお気に入りな白ワンピと黒パーカーと白スニーカーだ。勿論、下着類もある。下着はどちらも白でちっちゃいリボンのついてるシンプルなやつだが、これもこれで瑠璃のお気に入りであった。瑠璃はそそくさと物陰に隠れて服を着て、最後に靴を履いて真由美ちゃんの前に立って決めポーズを決めておく。


「あのねぇ、私が来たから良かったものの、来てなかったら次の日の朝まで全裸だったのよ?」


瑠璃の渾身の決めポーズは無視された。その現在時刻はバリバリの真夜中。0時を過ぎた辺りの時間帯である。人の少ない住宅街だろうと、むしろ人が少ない住宅街だからこそ、真夜中で少女2人がのうのうとこんな場所居るというのは危ないのは明白だ。真由美はさっさと帰りたいのである。


ちなみに、真由美は昼頃、瑠璃が殺された辺りで瑠璃が死んだのを把握していた。がしかし、まさか服までやられてるとは思わず放置。しかし、いつも夕方辺りに事務所に帰ってくる筈の瑠璃が未だに帰ってきていない事から服をやったのかと思い立ったものの、まだ途中で読み終わっていない小説のシリーズがあったからこの時間帯まで放置していた。丁度5分前くらいに読み終わったから瑠璃を探しにきたのである。


「大丈夫!その時は死体のフリで難を逃れてたから!」


「それ、毎回言うけど逃れてないのよ。問題を先送りしてるだけなのよ。わかる?」


「でも今回も仕方ないってー。あいつ強いんだもーん。特にデメリットとか無さそうだしー」


「………はぁ、やっぱり変なのに巻き込まれてたの?」


真由美は諦めのため息を吐きながら、瑠璃の話を聞いてみる。


「私のされたい巻き込まれ方と違うんだもーん!私は探偵事務所に訳ありな依頼人が飛び込んでくるみたいなやつをやりたいのー!それでいつの間にか後にも引けなくなってしまったから真由美ちゃんと一緒に敵組織壊滅させたりとか………なんかこう、凄いおっきなスケールの謎を2人で一緒に解き明かしたりとか!そういうのがやりたいの!」


「で、死んだと」


「くそー!あの変態男ー!絶対捕まえてやっからなー!」


「はぁ………で?敵はどんなやつ?」


「んー。えっとねー、多分影を操る的な超能力かな。異能は無しかな。多分ね多分。んで、少なくとも私の全壊疾走に追いつけるくらいのスピードと、人1人爆殺できるくらいの殺傷力はあるっぽい。肉体的には強そうじゃないけどねー」


「そう。他には?」


「なんかねー、女の人の身体バラバラにして売ってたよ。私の脚も売るとか言ってたし、結構やばい奴かも。あーあ、あの女の人助けられなかったなぁ………」


「女の人?」


「うん、私が偶然にも見つけられたのは、私が標的になる前に女の人が男に強姦されつつ首絞められて殺されてたからっぽくって。その時の悲鳴が聞こえてきたから」


「………つまり女の敵、って事で良いわよね」


「そう!あいつしかも、私殺した後、なんかとっとこの街から逃げるとか言いながら影の中に沈んでた!あんな超能力ずるいってー!」


「そう、なるほど」


瑠璃は文句を言いつつも、的確に情報を真由美へと受け渡す。真由美はその内容を把握し、瑠璃は覚えている限りの全てを話す。これが、この2人のいつもの基本行動であった。


偵察は瑠璃が行う。例え死んでも蘇ることのできる瑠璃は最強の偵察だ。死んでもらって口封じ、というのが出来ないからである。ただし、監禁には著しく弱い。瑠璃本人の戦闘能力や破壊力は皆無だからだ。普通に独房に入れられたらどうしようもないし、殺され続けて監禁されてもどうしようもない。瑠璃が誇れるのはその不死性のみであり、それ以外は普通の人間に過ぎないのだから。


そして、いざという時、今回のような超能力、異能、魔術、呪いなどの、世間一般では明かされることのない秘匿されている力や技術の一端が相手である場合のみ、瑠璃が所長を務める『ラピスラズリ探偵事務所』の探偵助手兼実働員である真由美の出番だ。


ちなみに実働には大抵瑠璃もついていく。まぁ真由美にとっては多少の足手纏いではあるものの、当の本人である瑠璃は不死なので仮に巻き添えにしても問題無いし、相手が切羽詰まって瑠璃を人質にしようものなら瑠璃も一緒に殺して終わりなので大抵一緒に着いていく。


瑠璃自身は毎回囮にされたり巻き込まれてたりする事に若干遺憾の意を示してはいるものの、合理的に考えたらそれが一番だし特に文句はない。


「どうかな、真由美ちゃん。あの変態男に仕返し出来そう?」


「………そうね。影を操る超能力のみだろうと、それ以外に何かあったとしても、負ける要素は見つからないわね」


「ひゅー!さっすが文武両道天才少女!()()()()()()()使()()()()()()()()()()()な真由美ちゃん!ラピスラズリ探偵事務所の最強美少女!愛してる!結婚して!」


「うるさいから静かにしてよ………もう夜中だって分かってるわよね?」


「分かってる分かってる!」


「分かってない………」


──御園(みその)真由美(まゆみ)が生まれた時、誰もが彼女は天才だと言った。それは決して比喩ではなかった。それは決して驕りではなかった。本当に、真由美という少女は天賦の才に溢れていた。


真由美は超能力者だ。超自然的な現象、科学の埒外を扱う者だ。


真由美は異能使いだ。身体機能の延長に存在する特殊能力を使う者だ。


真由美は魔術師だ。神秘的エネルギーにて属性に由来する不可思議な現象を引き起こす技の使い手だ。


真由美は呪術師だ。世に満ち世界に淀み続ける呪いを扱う技術の担い手だ。


真由美は2種の神秘の保有者であり、2種の神秘的技術の使い手であり担い手である。そして更に、真由美は文武両道であった。あらゆる方向への才能に満ち溢れ、そして決して努力を怠らない人種であった。


真由美の両親はごく普通の一般人だ。それなのに真由美は二つの特殊能力と、二つの神秘的技術を扱う適性を保有していた。各々の技術形態の研究者及び学者達が声を揃えてあり得ないと論文に書いていたのにも関わらず、過去数千年の中で二つを併せ持つ存在すら居なかったというのに、真由美は四つを併せ持った。


故に、真由美は各業界から狙われた。研究材料として、苗床として、更には犯罪者にも狙われた。当時の幼く小さな真由美は死に物狂いで逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。


母親は母体として捕まり、何度も孕まされて子供全てを研究されたが真由美と同じ存在は居なかった。

父親は犯罪者に捕まり、その肉体をバラバラにされて肉体の部位をオークションで売られてしまった。


真由美はそれを後から知った。


「真由美ちゃん!今から懲らしめにいく?それとも明日?」


真由美は逃げた。ずっと逃げていた。でも。


「明日にしたら逃げられるわ。今からさっさと行って殺して終わりにしましょ」


「りょうかーい!私何すればいいかな?!」


「瑠璃は囮ね」


「先陣を切っちゃダメ?」


「ダメ」


「むー………」


しかし、真由美はこの目の前でいつものように不貞腐れている白髪の少女に救われた。目の前の少女という要素があって初めて、真由美は絶対の力を手に入れた。だからこそ真由美には今がある。


「不貞腐れてないでさっさと行くわよ。『仇探し』のお陰で場所は把握済みだから、さっさとね」


「むー………瑠璃ちゃんにカッコいいとこ見せたいんだけどなぁ………」


「っ………」


真由美は、『いつも私の為に頑張ってる姿が既にカッコかわいいってば!』と叫びそうになる自分の身体を止める。端的に言って、真由美は自分の心に素直になれないツンデレタイプの少女であるが故に。後ついでに、自分の為に一生懸命に頑張る瑠璃を何度も見られるからってのもある。


真由美は瑠璃に助けられたとある日から瑠璃に対して惚れているとか最初っから通り越して即座に愛していたし今も愛しているが、それを表に出したことが殆どない。というか瑠璃の前で出したことがない。だって知られたら恥ずかしいし、何より自分にカッコいい所を見せようと頑張る瑠璃が見れないからである。真由美は割と自分の欲望に忠実であり隠れ潜む少女だった。言うならばむっつりであった。


「………?どうかした、真由美ちゃん?」


「っ、いえ、何でもないわ。さっさとやることやって帰りましょう」


「よーし!囮………囮だけど、私足手纏いだからなぁ………でもカッコいいとこ見せたいし………まぁうん、とにかく頑張ろう!」


「っ、くっ」


自分の感情に素直になれない真由美ちゃんと、助手ちゃんにかっこいい所を見せたくてちょっとすれ違ってる瑠璃ちゃんの2人は、変態男の元へと向かうのだった。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


超能力者である男は丁寧にバラした女の死体を影の中に沈め、影の中に仕舞い込む。たったこれだけで同じ超能力者であろうと影の中の物に気が付かないし、何より影の中に入っている物は重量が無い。


男はその特性を利用し、幾つもの違法品を影の中に入れて飛行機に乗り、堂々と真正面から密輸を繰り返すことで大金を稼ぐのが男の主な収入だった。影の中に潜めば飛行機にすら容易く侵入出来たが、男は飛行機のファーストクラスに乗り込んで、愛用のイヤホンを付けて、スマホに録音した好みの音楽を聴きながら、悠々自適な空の旅をするのが趣味だった。


今日の男の仕事は女の死体の密輸だった。四肢欠損して、既に純血を散らされた女の死体をぶち犯す事に興奮を覚える金持ちからの依頼であり、余った四肢は闇オークションの方に流して端金にしてもいいと言われていた。今回の依頼者は前にも何回か依頼を受けた事があり、金払いが非常に良い事を知っていたので、男は今回丁寧な仕事を心がけていた。


男は車を使わず、影の中を車以上のスピードで疾走していた。影の空間そのものを高速移動させる事で実現しており、車や電車と違って揺れは一切なく、事故の心配も皆無。強いて言うなら、超高速で動く水溜りのような影が足元にあったら場所によっては目立つという事だが、時間帯が真夜中であればそんな事を気にする必要も無かった。


「今回は少しばかり勿体ない事をしたが………まぁいい。………それよりも、さっさと飛行機乗って次の依頼を聞かねぇと」


男は競馬にハマっていた。それも、かなりどっぷりと。そのせいで今まで稼いできた大金がどんどんと減っていくのだ。だが、依頼一回でかなりの金が入る。日本円にして数百万だ。そうすれば、万札を競馬に突っ込んでも問題なくなる。しかしそれでは足りない。諸々の資金すら削って競馬をするくらいハマっていたからだ。


「ちっ、次の飛行機は無理か。その次の飛行機じゃねーと乗れねぇ………ん?」


その時初めて、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ここ………何処だ?」


そこは、島だった(・・・・)。周囲に広がるのは木々と草花、そして砂浜と、広大な海。


男は状況の認識に時間がかかった。向かっていた筈の場所と今の現在地が全く別だからだ。一切の認識が追いつかなかった。


数分かけて己の身に起こった事実を認識した男は。


「………!?!?はぁ!?なんだこれ!?!?」


突然ながら、男は愕然とした。当たり前だ。思考と行動が別々の所にあって、現在地が全く知らない場所にあるなど、そんなもの一体誰が驚かないというのか。


「おいおい………待て、待てよ。なんだ?何が起こってやがる?」


しかし、男はこれでも超能力者だ。即ち、常識外の力を扱う者だ。これまでの人生で自分と同じような超能力者と殺し合った事もあるし、超能力以外の神秘的で超常的な力や技術の保有者を相手に大立ち回りをした事だってある。それら今までの経験があってこそ、男は異常事態に対して冷静な思考が出来ていた。


「これは………そもそも、俺はどうしてここに居る?これは現実か?それとも幻か?現実なら………転移系の力か、精神系の力………か?幻だってんなら………周囲一体殺してみるか?」


しかし、今夜は月の光があまり強くない。影の物理的干渉力は周囲の光の量によって変化するが、ここは島だ。紛れもない島だ。降り注ぐ月光しか光は存在しない。


「クソッ………訳わかんねぇ」


男はこれまで超常の力と対峙した事が何度かある。男は犯罪者だったが、決して愚かではなく馬鹿でも無かった。非常に強力な超能力を扱う為に勉強だってしたし、幼い頃は武道すら習っていた。次第に自分の力を扱う事に長けていき、最後には1人で生きようと都会に出て行った。


しかし、そこで男は世界の理不尽さを知った。己の今まで鍛え上げてきた超能力は社会で使うことは不可能であると知った。超能力すら使えない凡人相手に頭を下げる日々はうんざりだった。人間を簡単に殺害できる力があるから尚更だ。


だからうざいやつを全員殺して、男は紛れもない犯罪者になった。だから、男は決して愚かではない。感情に従って動いてしまう悪癖があったが、それは性格の話であって、そのスペックは大企業にすら就職できるほどの器用さと頭脳を有していた。それに加えて肉体だって鍛え上げ続けて全く衰えていない。男は今が全盛期とも言えたのだった。


「どうする………何をすりゃいい?」


男は思考する。決して愚かではない男は推測する。この場所は恐らく幻ではない。そして何処かへ転移した訳でもない。何故なら、自分が周囲の景色に気が付かなかったという事実が、何者かの精神干渉を受けた紛れもない証拠だからだ。しかしそれならば、何故このような場所に移動させられた?そしてその事実に何故ついさっき気が付いた?


男はそれが、精神干渉の射程外なのではないかと推測した。でなければ、こんな中途半端な場所で精神干渉を解除する訳がない。推測するに、男が通っていた場所周辺に男と同じ超能力者か、それとも別の神秘の保有者かが居たのだろう。内容は恐らく、強力な人払い。凡人相手なら誰も無意識下で一切近付かないようにさせられるだろうが、超能力者である男には神秘的な干渉に対する抵抗力がある程度備わっている。そのせいでおかしな挙動を見せて、蓄積した人払いの効果がここまでとにかく直線距離で移動して来たのではないか?と、推測した。


「クソッ………運悪く他のやつの縄張りに入っちまった訳だ………まぁ、これくらいで苛立ってたらしょうがねぇか。死んでないだけ儲けだしな」


感情的に動く事もあったが、基本的には冷静な男であった。そして非常に合理的な考えをする男だった。死んでいなければどうとでもなるのだ。復讐しようにも相手が分からないのだから、そんな事に怒る前にさっさと飛行機に乗ろうと、そう思考した。


しかし突如、男の耳にある声が聞こえてきた。


『ハロー!名前も知らない誰かさん』


「は?」


頭の中に響いてくる………否、耳に付けられたイヤホン!男は直ぐにイヤホンの先を確認すると、そこには男のスマホが胸ポケットに入っており、何者からかの非通知電話がかかってきていた。


『あら、もう気が付いちゃった?残念!もっと気がつくの遅くなるかなーって思ってたけど、貴方って結構頭の回転速いのね!』


「おい!お前が俺をここにやったのか?!」


男は胸ポケットから取り出した自分のスマホに向かって怒鳴りつける。何かしらの細工をされたのかは分からないが、この声の主は確実に今の状況の原因、もしくはその関係者!


『ほー?結構頭の回転が速いとか言ったけど、訂正するね。貴方、頭全然悪くないじゃん!状況証拠から割り出してそんな事言えるとか凄い凄い!異常事態への耐性も高いのかなー?』


「クソッ、何者だ!」


男は非常に冷静な思考のまま言葉を発していた。この怒鳴るような喋り方すら、男の作戦。会話相手をとにかく精神的に優位にあるのだと認識させる事で気持ちよくさせ、比較的情報を得られやすくする。そんな、男の得意な小手先の技術だった。情報はどれだけ小さくても、どれだけ少なくても、あって困ることはほぼ皆無だ。


情報さえあれば選択肢が増える。選択肢が増えれば行動の種類だって増やせる。だからこそ、男はほんの少しの情報でもいいから掻き集めようと、通話先の相手を煽ったのだ。竈門の中で燻ぶる小さな火を風で仰ぎ、その火を炎にするように。


『おぉ!良い煽り方するじゃん!良いね良いね、私も頭の回転速い人と話すのは大好きだよー!』


が、しかし、男の小細工はバレていた。こうなると情報は一気に手に入りにくくなる。否応にも相手が警戒するからだ。しかし、それを逆手に取ることも可能ではある。


『ところでだけど、私の声に聞き覚えとかない?』


電話先の人間がそう聞いてきて、男は()()()電話先の声について思考を回した。


聞こえてくる声の感じからして女性、比較的幼げな声質。なんとなく、何処かで聞いたことのある声だった。しかし誰だ?男に女の知り合いは皆無だし、女と知り合った事はここ最近無い。それなのに、聞き覚え?そんなものない。ある訳がない。


『あー、分かってない感じ?んもぅ、仕方ないなぁ。()()()()()()、お迎えに行ってあげて?』


人名。人の名前が聞こえてきた。しかし男にはその名前に聞き覚えはない。知り合いどころか犯罪超能力者達の情報網ですら聞いたことのない名前だった。


(誰だ、何者だ?そして何と言っていた?"お迎え"?つまり、なんだ?俺の元まで真由美とかいう奴が来るという事か?)


男は周辺全域の探査を開始した。月光が降り注いでいる為、暗黒と呼べるような光の無い空間内でなければ使用不可能な感知能力だが、夜間なら精度は著しく低下するものの、使用自体は可能だ。身体全体にまるでローブのように影を纏い、遠隔からの攻撃に備えておく。飛来物の全てを影の空間の中に取り込むだけでお手軽な遠距離攻撃の無効化が可能だ。これこそが、男の本気の戦闘スタイルだった。


男が周囲を警戒していると、感知に反応がある。うっすらと人影が把握できるようになり、そこに現れたのは、1人の女。暗闇による感知はそれらの形のみしか分からずとも、メリハリのあるシルエットは確実に女のもの。服装は恐らくセーラー服の類だ。


(つまり、なんだ?ガキが俺を懲らしめようってか?いや、いや。そういや昼間辺りに1人殺した覚えがある。あの女の知り合いか?となるとこりゃ復讐か?)


そうとしか考えられないと判断した男は、ゆっくりとこちらに近づいてくる人影の方向に視線を向ける。そこには、感知通りの女が1人。


可愛らしいセーラー服を着て、月光を反射するように光る艶やかな黒髪ロングストレートを靡かせる美少女が、そこには居た。勿論ながら真由美である。


『よーし!いけー!真由美ちゃーん!』


電話の先から女の声が聞こえてくる。男は目の前からやってくる黒髪の女が、電話先の女が言っている真由美という少女なのだろうと確信した。


「なぁ、おい。てめぇら何者だよ。俺が何したってんだ」


「………何者で、貴方が何をしたか?」


「そうだよ。俺なんかしたかよ。あ?」


「………そうね。あの子の事を見れば、少しは思い出すわ」


その時、男の目の前の黒髪美少女真由美ちゃんの後ろから駆け寄る影が一つ。黒髪美少女真由美ちゃんは後ろからやってきた人影に視線を向ける。男はその形を見て唖然とし、月光の下に照らされた瞬間に目を見開いた。


何故なら。


「どうしたどうした変態男ぉ!殺したはずの女がなんでここに、とか思ってるのかぁ!?」


それは今日の昼頃、無謀にも超能力者である男に挑み、そして男が無残な血の華を咲かせた筈の白髪の少女だったからだ。真由美がヘアゴムを持ってきてくれてなかった(真由美が事務所に忘れてきた)ので、真由美と同じロングストレートな白髪を夜の帷に靡かせる、紛れもなく死んだ筈の瑠璃の姿を見た。


男は、反射的に瑠璃を攻撃した。その少女の足元の影を操って尖らせてから、ただ心臓に一突き。月光のみが存在するここで出来る最大の攻撃だった。


しかし。


「ごぶっ………ねぇ、これだけ?昼間のあの爆殺みたいなのは何だったの?」


白髪の少女は心臓を刺し貫かれても死ななかった。背後から影に突き刺され、胸から影の槍が飛び出ているのに、心臓の位置にある影を枝のように伸ばして尖らせて、いつもより念入りに突き刺して殺したのに、目の前の白髪の少女ーー瑠璃は生きている。


「どうなってんだ………どうなってんだよおい!」


何度も、何度も、何度も、何度も。男はただ、錯乱したように、瑠璃の心臓に、瑠璃の眼球に、瑠璃の脳髄に、瑠璃の子宮に、瑠璃の右脚に、瑠璃の左腕に、己の超常による産物たる影の槍を突き刺し続ける。


しかし、瑠璃の不死性はその上を行く。


「ふーはっはっ、がはっ、はっはー!げぶっ、私は、ごふっ、不死!がぶっ、おい口上の途中で刺すのやめろやー!」


高笑いしてから"私は不死!"って言いたかったのに、影の槍に刺される苦しみと痛みと身体機能的な反射によって咳き込んでしまって口上が決まらない瑠璃と、その何度刺し貫いても死なない瑠璃を何度も何度も執着するように影を操作する男を尻目に、真由美は静かにその男の真後ろにまで接近していた。


「終わりよ」


「なっ?!」


男はその真由美の声でその存在に気が付いて咄嗟に影の槍を真由美に喰らわせたが、それは無意味な結果となった。


「なんだ?!どうなってやがる?!」


男はその現象に再度愕然とした。何故なら、攻撃されて傷を付けている筈の黒髪美少女──()()()()()()()()()()()、攻撃されておらず傷の付くことのない筈の白髪美少女──()()()()()()()()()()()


更にいうなら、真由美に向けた影の槍が真由美の皮膚面で綺麗に停止している。先程までは人体程度なら軽く貫通させられる程の威力だったと言うのに、皮膚面上で()()()()()()()。確かに真由美の背中に影の槍が僅かではあるが沈み込んではいるものの、そのダメージの全ては瑠璃に向かっていく。


まるで、ダメージを肩代わりしているような──


「っ、これがお前の能力か!」


「ええ、そうよ。これが私の『スケープゴート』の力。私が受ける害の全てを自分以外に受け流すの。生贄の山羊が代わりに私の罪を被るのよ。とっても素敵でしょ?」


真由美の超能力は『スケープゴート』。己の怪我、病気、呪い、老い、死など、自分自身が受けるあらゆる不利益を指定した1人にすべて押し付ける力であり、言わば、誰かに自分のスケープゴートになってもらう力である。


ただし、スケープゴートの対象は1人のみを指定可能であり、受け流す対象との同意が無ければスケープゴートには出来ないという制約がある。適当な相手を指定して受け流す事は出来ないのだ。


真由美は現在、瑠璃を『スケープゴート』の指定対象としている。つまり、真由美の受けるあらゆる被害を瑠璃が代わりに被るのだ。真由美が負うはずの怪我を瑠璃が受け止め、真由美が感染するはずの病気を瑠璃が受け止め、真由美が受ける筈だった神秘の力の影響を瑠璃が受け止めるのだ。


そう、不死性を有する瑠璃が受け止めるのだ。それは即ち、真由美は実質的に不死であると言えるのではないだろうか。


「──がはっ!」


男は咄嗟に影の中に沈み込もうとするが、そんな隙を真由美が逃す訳もなく、その首を片手で掴み上げる。それは到底華奢な少女の出せるような力ではなく、男は首からの苦しみを感じながら言葉を零す。決して首を絞められてはいない。絞められていないが、ただ苦しい。真由美の首の掴み方が絶妙なのだ。空気の通り道を作ってはいるものの、その大きさは最小限。相手に苦しみを与える為の首の持ち方。


しかし、それを華奢な少女の片手の筋肉量でやれるのかと言われたら、それは不可能だ。鍛え上げた丸太のような腕ならまだ納得できる。しかし、目の前の少女の腕はどう見ても細く、すらりとしたものだ。明らかにおかしい。


そして、男はこの異常を知っていた。超能力とは違う、身体能力での超常の力。それは即ち──


「がはっ、それ、はっ………いの、う………?!」


「あら。異能なんて言葉、よく知ってたわね」


──異能。それは身体機能の先に存在する、人間の限界を易々と越えうる特殊能力の事である。異能は何処まで行っても身体機能の極度な拡張、延長、強化などの、あくまでも肉体に由来する特殊能力こそが異能である。


超能力と違うのは、あくまでも超能力は不可思議且つ科学的証拠のない特殊な現象を作ったり操ったりする特殊能力である、という事だ。身体機能に由来する超能力こそが異能であり、身体機能に由来しない異能こそが超能力なのである。異能か超能力かの差異など、それが肉体由来なのかそうではないのかという程度のものでしかない。


「そうよ。私の異能は『身体能力』。他の異能みたいに極端な身体機能の強化じゃなくて、バランスよく身体機能の全てを強化する力よ」


真由美の異能は『身体能力』。10メートル以上を跳ぶ跳躍力、500キロ以上のバーベルを持ち上げる筋力、100メートルを5秒以下で走り切る敏捷力、拳銃の銃弾を受けても擦り傷で済む耐久力、難問を即座に解き明かす思考力、多くの事柄を忘れない記憶力、銃弾すら捉える事が可能な動体視力など、あらゆる肉体性能が人間の限界を越えた地点に存在している異能なのである。


また、真由美の異能は身体機能を強化するタイプの異能の中で最もオールラウンダーである。異能使いの世界の中では、真由美の異能こそが最も原初の異能使いに近いと言われるほどのものだ。まぁ、当時その話を聞いていた時は真由美も瑠璃も原初の異能使いとか誰?という感じだったが。


「なっ、ぜ………!?」


「あら、そんなの私が超能力者で異能使いってだけよ。珍しいでしょ?」


「が、は………そん、な………訳が、………ない………」


「ふふっ、そうね。普通、超能力と異能は併せ持てない。併せ持たないのではなく、()()()()()()。どの神秘の研究者達もそう論文に書いてるらしいけど、ごめんなさいね。私はその外側に居るらしいのよ」


男は驚愕していた。男は唖然としていた。そしてここで初めて()()()()。男は思った。あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、と。


何故なら、男は己の首を絞める少女──御園真由美を知っていた。


御園真由美はあらゆる神秘の研究者達から狙われ、果てには犯罪者にすら狙われ続けた。その身に複数の神秘的能力を宿す、これまでの研究や常識を覆しかねない異端児。


そして。


()()()()()()()()()()()()()()()()全ての事件を強引に終結させた、神秘界の触れてはならない禁忌そのもの。


男は知らなかった。御園真由美があらゆる組織を壊滅させたのは知っていても、真由美──神秘の複数所持者が今何処に住んでいるのかを、男は知らなかった。男は決して無知でも愚かでもなかったが、男はその神秘の複数所有者に対する情報収集が足りなかった。それだけだ。しかし、そのほんの僅かな足りないものが、今の男の状況を作り上げている。


そして、男は今その事実を認識したのだ。複数の神秘性を有しており、あらゆる神秘界の中でも最強の存在であると謳われる程の美少女。その御園真由美本人に、己の首を掴まれている、今この瞬間に。


「がっ!?」


「その顔、気が付いたのね?なんだ、私の事を知らない無知なゴミかと思ってたけど、瑠璃の言う通り、決して馬鹿ではないのね」


「そう言ったじゃんかー!」


「あら、ごめんなさいね。でもちょっと、あまり言動から知性を感じられなかったから」


「知性ってのは滲み出るものじゃなくて、隠し潜んで他者を蝕むものだよ!真由美ちゃんは天才だけどその辺の駆け引きには弱いよねー!割と脳筋だし!」


「貴女に言われたくないわよ貴女に。貴女の中に存在するコマンド、"逃げる"と"死ぬ"の2択だけじゃない」


「うるさいなー!私は真由美ちゃんみたいに超能力者でも異能使いでも魔術師でも呪術師でも何でもない、その辺に居る一般人なんだよー!」


「まぁ、そうね」


男は必死にもがく。もがき続けたら何かがあるかもしれないともがく。しかし、真由美の右手は首から決して離れない。純粋な身体能力と卓越した技術によって、首一本だけで完璧な拘束をされている。腕は満足に動かない、足も同様に動かない。身体を揺らそうにも全身に力が入らない。呼吸が足りない訳じゃない。ただ苦しいだけ。窒息している訳じゃない。ただ痛いだけ。それだけであるのに、ある筈なのに、腕一本、首のみで、完璧な拘束が決められていた。


「それで、瑠璃?この男の処遇はどうするの?殺す?」


男は恐怖した。あまりにも淡白な殺害宣言に。そして、あまりにも軽薄に側に駆け寄ってきた死の恐怖に。


「真由美ちゃんの好きにしていいよ?私、女の人を助けられればそれでいいから」


「そう。それじゃ支配して、影の中に溜め込んでる中身を吐き出させてから、そうね………少し面倒だけれど、あの子に逮捕して貰いましょうか。犯罪者には刑罰が当然だし、ね」


男は既に気絶していた。だからこそ、この先に待つ更なる恐怖を味わわずに済んだ。それは、誰であっても恐ろしいものであると断言できるようなものだから。


「それじゃあ、おやすみなさい。………あら、もう寝てるのね。ふふっ。それじゃあ、さようなら」


そして。


男は。


頭に手を触れられて。


そのまま。


何も分からないまま。


ただ、()()()()()()()()









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「………安らかに、眠れますように………」


瑠璃は今回新造された美しい造形の墓の前にしゃがみ込み、その墓の中に埋葬されている女性──今回の事件で、瑠璃が影を操る超能力者の男を見つける原因となった女性であり、瑠璃の目の前で亡骸になってしまって助けられなかった女性であり、その亡骸すらバラバラにされてしまった女性。


その原因となった超能力を使って犯罪をしていた男は()()()()()()()が、真由美の細工によって警察に逮捕させる事となった。そして、その男に殺されてしまった彼女の事も、彼女の家族に伝わった。


瑠璃の視線の先には、彼女の家族が居た。彼女の親戚が居た。彼女の家族がこの墓地にやって来たのは偶然だ。瑠璃の住む街にある墓地は、この永墓墓地──瑠璃が両親から受け継いだこの墓地以外にも、幾つかある。


だから、彼女の家族がここに居るという事実は、本当に偶然だ。


「………」


視線の先に居る彼女の家族は、父親と、娘が1人。彼女は結婚していて、子供まで居たのを知った時、瑠璃は心の底から気分が悪くなって、心の底から苦しくなって、あまりの感情に吐きそうになった。


瑠璃にとって、『死』というものは軽いものだ。瑠璃はこれでも、既にあらゆる生命に訪れる絶対の終わりと始まりである『死』というモノを超克した存在であり、確実なる不死性を保有する者だ。世界的に見ても様々な権力者が望み、そして誰も手に入れる事の無かった不老不死。


しかし瑠璃にとって、自分以外の善良な他者が迎える『死』というものは、『命』というものは、この世に存在する他の何よりも大切なものだった。


だってそれは苦しくて、辛くて、悲しくて、痛くて、怖くて、分からなくて、消えてしまいそうで、嫌で………それらの全てを、『死』というものがどんなものか瑠璃は知っているから。


"こんな気持ちを味わってほしくない"


瑠璃が他者の命を大切にするのは、そんな言葉が脳裏に浮かぶからだ。


「………」


瑠璃は静かに立ち上がり、静かにその場を去ることにした。そうして瑠璃が向かう先は、この墓地の隅にある管理人室。瑠璃はこの墓地の管理人ではあるが、決して瑠璃1人だけで経営している訳じゃない。


両親の時代からここに勤めてくれていた人達が、今も勤めてくれているからだ。気の優しいお姉さんは墓地の事務所の受付を担当してくれて、眼鏡をかけているお兄さんと渋いお爺さんが火葬を担当し、少し気の強いお姉さんが経理と会計を担当。そして、管理人である瑠璃は、墓地自体の清掃や管理などを主に担当している。


みんなの人数は少ない。けれど、瑠璃が子供の頃から両親の仕事を手伝っていたから面識もあるので、他の人より幾分も安心できる人達だ。両親を失ってから1年近くは瑠璃の方から避けていたし、みんなも瑠璃の事をそっとしてくれていた。けれど、最近は小さな頃と同じくらいの距離感に戻れている。お互いが寄り添ったから戻れたのだと、瑠璃は思っている。


瑠璃の今居る管理人室は墓地の隅にぽつんとある。元々は清掃道具や諸々の工具などが置かれていた倉庫のような場所だったが、現在はかなりの整頓がされており、空いたスペースにクローゼットやベッドや諸々の生活用品を置き、瑠璃の私室としている。


瑠璃の家族が元々住んでいた家は、もう無い。3年前の両親を失った事故の後、まるで不幸は連鎖するのだと言うように、何の準備も無く全てが燃えた。放火だった。瑠璃はそのせいで、両親を失い、戻る場所すら失って、瑠璃は全てがどうでも良くなって………でも、今はこうして生きている。


瑠璃はそんな理由から、現在は小さな倉庫の中に家を作っていた。一通りの生活用品は小さいながらも設置されている為、この倉庫の中でも十分生活できる。瑠璃はその中でも特にスペースを取って設置されているベッドの中に倒れ込んでから、ポケットの中に入っていたスマートフォンを取り出す。


「え、っと………あー………うーん………?そう、確か、こうやって………」


瑠璃はスマホの扱いがかなり苦手だったが、かろうじて電話機能とメッセージアプリ、そして検索機能を使うことが出来る程度は可能だった。というか、瑠璃は機会全般を扱うのがめちゃめちゃに下手だった。


生活の中で電化製品の類もほぼ使わず、料理はガスコンロを使うくらいで、洗濯は大抵が洗濯板と桶で行い、風呂はほぼ五右衛門風呂。冷蔵庫はあるものの設定部分には決して触らず、暖房器具はどうにかストーブの使い方を覚えた程度。瑠璃は出来る限り電化製品を扱わないよう生活をするくらい、電化製品が苦手だったので。でも普通にゲームはやる辺り、最近の子供らしいと言えるかもしれない。


『はい、もしもし?』


「あっ?!えっと、あー、えーと?真由美ちゃん、ですか?」


『そうよ。一体いつになったら慣れるのかしら?』


「うるさいなー!これでも頑張って覚えようとしてるってばー!」


『そうだといいわね。で?何の用?』


「いやー、真由美ちゃんの声が聴きたくなってさー」


『昨日会ったでしょう?』


「今日は会ってないじゃーん!私も本職である墓守のお仕事はちゃんとしなきゃいけないから、今日は流石に事務所に行けないしー………」


『そう。満足した?』


「うーん………もうちょっとだけ、お願い」


『………仕方ないわね』


「やった!」


瑠璃はその返事を聞いて喜んだ。当たり前だ。好きな女の子と話せるなんて楽しいに決まっている。嬉しいに決まっている。


「あのねあのねー!」


『………』


しかし、真由美には分かっていた。多分、瑠璃は少し無理をしている。恐らくは墓守としての、墓地の管理人としての仕事に関わる事柄だ。何かあったのは確実、しかし真由美は、一度しか墓地に赴いた事がない。というか、瑠璃本人からあまり墓地に来てほしくないと言われている。瑠璃自身の不死性を獲得した3年前の事件のことは一切知らないし、どうして瑠璃が不死性を獲得するに至ったのかすら真由美は知らない。


でも、それはどっちもどっちだ。真由美も自身の家の場所は教えていないし、昔の事や家族のことは黙っている。だから、これはお互い様だと、真由美は少なくともそう思っていた。


そして今回も、何か瑠璃の心に影響があって、それをどうにか和らげようとこうして電話をしてきてくれたのだと、真由美は分かっていた。その行動原理は真由美にはとても愛おしかったし、真由美の事を真摯に見てくれている事実に歓喜もした。


けれど、真由美は己の感情を外には決して出さないようにするのが得意だったので、瑠璃にはバレなかった。瑠璃が若干の箱入り娘っぽい為に他者の感情の機敏を感じ取るのが得意ではないというのもあるにはあるが。


「──でね、でね!」


『そう………ねぇ、瑠璃?』


「?どうかしたの、真由美ちゃん?」


『いえ………少しだけ、貴女が心配で。貴女、いつもこういう事件の時、自分以外の誰かが死んだのを見た後、ちょっと落ち込むでしょう?………まぁ、なんというか………そう、ね………私と貴女だけしか聞いてないんだし………空元気でなくても、いいのよ?』


瑠璃はその言葉を聞いて、とても情けなくなった。カッコいい所を見せたかった女の子に気を遣われて、でもそれが嫌ではなくて、瑠璃はさっきまでやっていた空元気を途端にやめた。


「………真由美ちゃんにはバレちゃったかぁ」


『私、誰もが認める天才よ?感情の機敏なんて6才の時にはもう完璧に理解してたわ』


「やっぱり………真由美ちゃんは、凄いなぁ」


『………なんとなく言いたいことは分かったわ。貴女、あの彼女を助けられなかったからそうなってるのね?私みたいな天才で何でも出来る人間なら、みたいな事を思ってる。そうでしょ?』


「うん………そう」


永墓瑠璃はどうしようもない程に一般人だ。超能力や異能のような類稀で特殊な才能も、神秘的な技術である魔術に呪術、降霊術や祓魔術への適性も無い。また、神秘を保有しない何かしらの武術を修めている訳でもないし、卓越した技術がある訳でも、世間に誇れる才能がある訳でもない。


瑠璃は、端的に言ってただの凡人だ。偶然にも不死性を有しているから何度でも死ねて、だからこそ無理が出来るだけで、本来なら何かを成せるような器でもない。この不死性が最大の才能であると言えるかもしれないが、瑠璃が欲しいのはそういうものではなかった。瑠璃は自分だけ助かるような才能ではなくて、他の誰かを助けることのできる才能が欲しかったのだ。


「私がもっと強かったら、もっと何でもできるのになぁ………」


戦う術でもいい。守る術でもいい。癒す術でもいい、補う術でもいい。とにかく、誰かの為になれる才能が欲しかった。けれど結局瑠璃にあったのは、自分だけが助かる才能。自分だけが死なない力。自分だけが救われる力。自分だけを守る力。


だから(・・・)、瑠璃は真由美を愛していた。


真由美は瑠璃が居なければ最強ではない。真由美は瑠璃という存在が居て始めて完成する絶対で、瑠璃が居なければどうにもならない不変だ。


瑠璃にとって、真由美が初めてだったのだ。


誰かの為に死ねたのは。


初めて瑠璃が死んだ事故のあの日、両親を失ったあの日、瑠璃は自分だけが助かった──否、自分だけが生き返ったあの日、瑠璃は嘆いた。もし、もしもこの不死性が、自分以外の他者にすら伝播するなら、誰かの死を自分が受け止められるなら、それほどに嬉しいことはないと瑠璃は思った。


だから、瑠璃は真由美を愛して()()


………今は、それだけが理由ではなくなった。共に過ごして、共に乗り越えて、純粋に真由美を愛するようになった。1番最初は独りよがりな理由で好きだったが、今は心の底から好きで、愛しい。


『ねぇ、瑠璃?』


「………真由美ちゃん?」


『貴女はそうして1人で悩んでいるけれど、貴女には、この私がいるのよ?』


「!」


瑠璃は目を見開いた。あの真由美が、こんな事を言ってくれるなんて。いつもツンツンしてる真由美ちゃんがこんな風にデレてくれるのなんて初めてだ!と。いや、冷静に考えてこれでデレていると認識している私もどうかと思うけど、私にとって真由美ちゃんのデレは確実にこれだ!と、瑠璃は思った。


『貴女は探偵で、私はその助手なんでしょう?』


一息置いて、真由美は話す。


『なら、私は貴女の手になるわ。右手がいい?左手?それとも脚の方が良かったかしら?とにかく何処でもいいから、これだけは覚えておきなさい』


瑠璃はその先の言葉に期待した。


『貴女は私の相棒で、私は貴女の相棒よ。貴女の足りないものは私が補うから、私の足りないものは貴女が補って。それくらい、貴女でも出来るでしょう?』


今の瑠璃が、1番欲しい言葉を投げかけてくれた。だからかは分からないが、瑠璃の表情がどんどんニヤけてくる。真由美の前だったら気持ち悪いとか言われるタイプの顔だった。やばいくらいニヤけているのを瑠璃は自覚していたし、声が嬉しさで塗れてしまうのもよく分かった。


「えへ、えへへ、そうかなぁ、そうかも!」


『そうよ。だから落ち込んでないでさっさと仕事して、明日になっなら事務所に戻ってきなさい。いいわね?』


「うん、うん!了解しました!仕事してきます!」


『電話はちゃんと切るのよー』


「うん!ばいばい!」


『はいはい、また明日』


瑠璃は真由美の言う通りに、未だに慣れないスマホの通話終了ボタンを押して電話を終了してから、そのまま管理人室を飛び出した。


「やっぱり私、真由美ちゃんのこと、大好きだ!愛してる!いよぉーし!頑張れ私!何とかなるぞ私!足りないところは真由美ちゃんに補って貰えばいい!真由美ちゃんの足りないところは私が補う!それがいい!それでいい!」


──永墓瑠璃は両親を失ったあの日、大切な家を失ったあの日、()()()()()()()()()()()()()()()。そんな時に瑠璃は、当時各所から狙われてボロボロだった御園真由美と出会い、"この子を助ける事を人生で最後の目標にしよう"と本気で考えて、それで。


「ふふーん!ふへへへへー!真由美ちゃんがデレたー、デレたー!やったー!」


それで、瑠璃は運命の相手を見つけたのだ。自分の願いを叶えてくれる少女に出会って、共に生きていきたいと願うようにもなった。そして、その少女に紛れもなく恋をした。少女はいつも態度が冷たくて瑠璃の扱いが雑で割と毒舌で確実にドSだけど、それでも毎日愛してると真正面から溢れる思いを全力で言えるくらいには恋をした。


「ふへへー、ふへへー!真由美ちゃん愛してるー!大好きだよー!!」


まるで落ちるように、まるで焦がれるように、まるで溺れるように、運命であると断言できるくらいに、訂正の余地もない程に恋をした。自分より一つ年下の少女に愛を抱いた。両親の頃から勤めてくれている従業員達に好きな人でも出来たの?と全員から聞かれるくらいには、かなりあからさまに。


いや、瑠璃本人からしてみれば好きな人が出来たなんて恥ずかしいので黙っていたのだが、まぁ恋愛経験なんて皆無だった少女が恋をしている事くらい誰でも分かるのだ。少なくとも、瑠璃は感情がその言動に現れるタイプだった。だから従業員全員から詰められて、最後には好きな人が出来たのだと暴露した。そして、その相手が年下の女の子である事も。


瑠璃の住む日本では未だに同性婚は不可能である。同姓同士の恋愛だって忌避感のある人間はまだまだ多い。しかし、従業員達は全員、そんな事はどうでもよかった。既に亡くなってしまった恩人の残した1人娘が恋をした、なんて。つい最近までぼんやりと宙空を見つめて悲壮な表情をしていただけの少女が、以前とは違って顔に生気があり、頬は赤らんでいて、その瞳には活力があった。


だからこそ、従業員達は瑠璃を問い詰めた。恋をしたのは明白だったが、その相手がどんな相手なのかを知りたかったのだ。もしその相手が瑠璃の害になり、瑠璃を食い散らかそうとする輩ならば、何をしてでも止めようと思って。


でもその話に出てきたのは、年下の、しかも少女。完全に予想外のところから殴られた気分ではあったが、惚気るようにその少女の事を元気いっぱいに、まるで両親を失う前の少女であるかのように話す様を見て、聞いて、きっと大丈夫なのだろうと安心した。それは、多くの大切を失った少女が得られた幸福を肌で感じたからかもしれないし、何か漠然とした安心を覚えたからかもしれない。


とにかく、瑠璃はその少女──御園真由美を、心の底から大好きになったのだ。その少女を助ける前に考えていた目標なんて、瑠璃の中にはもう無かった。ただただこの子とこれからを共に歩みたいと思ったから、自分の感情が赴くままに動いて、その少女が万全な生活をできるようにまでした。


「んふふふふ!」


──瑠璃はもう、死にたいなんて思わなくなった。むしろ、最後に助けると思っていた真由美と一緒に生きていたいと思うようになった。


「私、まだ死にきれなーい!」


そうだ、そうなのだ。永墓瑠璃は死にきれない。何度死んだって、何度死に続けたって、何度死に瀕したって、何度殺されたって、瑠璃はまだまだ死にきれない。


無論、いつかは死ぬだろう。()()()()()()()()()。終わりのない存在は無く、()()()()()()()()()()()()()()。ならば瑠璃もいつか終わって、最果てに座して、そうしてそのまま次を見る。瑠璃は来世というものを信じている。いや、来世があるのを知っている。


瑠璃は"終わり"のシステムを超克した。そして"始まり"のシステムを垣間見た。だからこそ、瑠璃は他の誰よりも死に近いモノを見る。


「頑張っていこー!おー!」


瑠璃は心底楽しそうな笑みを浮かべ、テンションに身を任せて跳び上がる。月の兎が何を見て跳ねるかなんて誰も知らないが、少なくともこの永墓瑠璃という墓守の少女は、己が愛しの少女を慕う恋心が溢れ出して跳ね回る。


そうしてそのまま、瑠璃はやるべき仕事を終える為に疾走しに行くのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ