7.回復アイテム「お子様プレート」を合成する?▼
魔女が落ち着いた所で、魔狼が立ち上がりました。
魔狼・カロル:「私は第8戦ボスのカロル・パト。魔王・インペリアル様に忠誠を誓った魔狼だ。」
ヤマト:「…。」
魔狼・カロル:「魔王様の政務補佐をしていて、政務や会計のほとんどは私が目を通している。」
ヤマト:「はい。」
魔狼・カロル:「…それだけか?何か聞きたい事は。」
元々全員がこの程度の自己紹介でさっさと終わるだろうと予想していたため、魔狼は特に話す事が無くなり、困り始めました。
ヤマト:「じゃあ…」
魔狼・カロル:「ああ、たいていの質問には答えてやる。」
ヤマト:「カロルさんは魔王様と闇契約を交わして、契約の証に1本角を受けたという事なんですよね?」
魔狼は額にある自慢の角に手を当てました。角は彼の主である魔王と自分を結ぶ証で、彼の誇りでもあります。
魔狼・カロル:「そうだな。プレリュードの場合は硬い装甲だったが、それを通じて魔王様のお力を拝借出来るため原理は一緒だ。」
先代魔王と闇契約した邪竜もうなずきます。
ヤマト:「魔王様と闇契約する時、どういうノリだったんですか?」
魔狼・カロル:「…。」
それまでいとおしそうに角を撫でていた魔狼の手がするっと落ち、重力に対して素直過ぎる勢いでテーブルに叩きつけられました。
魔王・インペリアル:「…。」
魔王はまばたきすら出来ない程にフリーズしています。
悪魔・レス:「いや、ノリで闇契約する場合なんて無いからね?!」
魔狼・カロル:「貴様は闇契約を何だと思っている?良いか、闇契約とは神聖で厳粛なもので」
ヤマト:「じゃあ、魔王様とのなれそめを聞かせてくださいって言えば良かったんですか。」
魔王・インペリアル:「ぶふっ!」
部下2名のおかげでせっかく動けるようになった途端の追い打ちに、魔王がテーブルに突っ伏します。
魔狼・カロル:「魔王様っ!…き、貴様っ、何て事を!」
ヤマト:「やっぱり初対面の時も『我輩が魔王・インペリアルだ!』から始まるんですか?」
幻獣・グリペン:「あはは、それめっちゃうける~!」
グリフォンは手を叩いて笑います。自由です。
魔狼・カロル:「ヤマトもグリペンも止めぬか!良いか、あの時の魔王様は気高い王族の圧と威厳を出していらっしゃりながらのお言葉だったのだぞ。」
魔王軍幹部:「(あれって勇者パーティー以外にも使うセリフだったんだ…)」
魔王は「もうやめてくれ…」と蚊の鳴くような声で言いました。どうやら黒歴史のようです。
魔狼・カロル:「さて…第10戦ボス、我らが魔王様の事はもう既に存じているだろうが、実は魔王軍幹部にはもう1名いてな。」
ヤマト:「はい。」
魔王・インペリアル:「…あいつは人間に強い憎しみと恨みを持っていてな、ヤマトの事もまだ受け入れがたいはずだ。彼の事は我輩たちで説得を試みておく。」
ヤマト:「ありがとうございます。」
魔王・インペリアル:「普段は地下に籠もっているから、悪魔教会付近にいる限りあいつとお前が接触する事はまずないだろうが、地下には我輩たちの付き添い無しでは絶対に行くな。」
ヤマト:「分かりました。」
☆ロード中…☆
魔王・インペリアル:「自己紹介は当初予定していたものより遥かにグダグダだったが、堅い話はこのぐらいにしておく。まあ良い、座れ。」
魔女の席は、悪魔と鬼に挟まれています。
鬼の前には重量のありそうな肉料理に大盛のご飯と大きい椀に注がれたスープが並んでいます。悪魔の前には、ハムエッグにライ麦パン、豆のたくさん入ったスープ、山盛りのサラダがあります。
ヤマト:「(…一緒に飲みに行く割にはレスさんとショウさんって嗜好が全然違うんだな。まあ、体格が全く違うから食べる量や効率の良い栄養摂取方法も違うんだろうけど。)」
魔女の前には皿しかありません。
魔狼・カロル:「向こうのテーブルに料理が並んでいるから、好きな物を取り分けて良いぞ。」
ヤマト:「今ですか?」
魔狼・カロル:「ああ。」
魔女は皿を持って別のテーブルへ移動しました。豪華なバイキング形式に魔女は目を輝かせます。
もちろんいくつか明らかに人間の食べ物ではない料理もありますが、魔女は魔王のチョイスがなかなか良いなと感じました。
しかし、彼女は気付いてしまいました。
ヤマト:「これで私が何を選ぶかをこれからの人間研究のデータにするとかは」
魔王・インペリアル:「食えない物以外は興味ない。嗜好も関係してくるだろうし、信頼できん。」
ヤマト:「私は…」
魔女は手早く皿に盛りつけて席に戻りました。
悪魔・レス:「若いのにあっさりした味付けの物ばっかり選ぶね。」
人魚・イブキ:「ハース君、オムライスとかナポリタンを用意してたのに。」
魔狼・カロル:「そういうイブキはプリンやアイスを用意していただろう。」
人魚・イブキ:「カロル君はハンバーグとかカレーライスが良いよって言ってたじゃん!」
ヤマト:「(お子様プレートでも作らせるつもりだったのかな?)」
邪竜・プレリュード:「ヤマト、欲しいなら炊き込みご飯の上に旗を立ててやるぞ。」
ヤマト:「(やっぱりお子様プレートだ。)」
でもせっかくなので、魔女は邪竜から魔王軍幹部のそれぞれの紋章の描かれた旗を貰いました。
鬼・ショウ坊:「ハンバーガーやフライドポテトまであるのか…ジャンクフードかデザートだけ持ってきたらサラダを強制追加するつもりだったが、そこは大人だな…うん?」
それまで感心した様子でバイキングのテーブルを見ていた鬼は、なぜか他の同僚が自分の方を見ているのに気づいて不思議に思いました。
鬼・ショウ坊:「何ですか?」
悪魔・レス:「…ショウ坊、いっぱい旗立ててもらえて良かったね。」
悪魔は目を泳がせながらそう言いました。
鬼・ショウ坊:「旗?」
鬼が目を落とすと、自分に用意されたカットステーキの一切れ一切れに旗が丁寧に刺さっていました。
鬼・ショウ坊:「一口ずつ刺してくれなくて良いからな?!」
ヤマト:「でもせっかく貰いましたから使わないと。9切れだったので、レスさんとショウさんは一緒ですよ、なかなか粋な計らいですね。」
鬼・ショウ坊:「お、おう…それは何かありがとうな。」
魔女の顔から悪意が一切感じられなかったため、鬼は反応に困りました。
そう怒る程の事でもありませんが、ボケとしてツッコミを入れて良いのかどうか分かりません。
邪竜・プレリュード:「私はそういう意味であげたわけじゃ…」
鬼・ショウ坊:「いや、良いですよ。もう俺、楊枝にしてこのまま食います。」
正面に座る好々爺が不憫に思われたので、鬼は全面的に好意として貫き通す事にしました。好青年です。
ヤマト:「もう1セット貰いました」
鬼・ショウ坊:「俺はもういらないからな?」
しかし、これに関しては即答でした。
魔王・インペリアル:「それじゃあ、食べるか。」
魔王たちは悪魔の方を見ました。魔女もつられて悪魔の方を見ます。
悪魔・レス:「私達は。」
ヤマト:「?」
悪魔・レス:「身体を創りし神を母とし、行く末を護る大使様を父とし、今日を共にする者を兄弟姉妹とし、共にこの食事をいただく事を幸福に感じ入ります。明日の糧となる生命に感謝し、いただきます。」
ヤマト:「(食前のお祈りみたいなものか。)」
魔王軍幹部:「いただきます。」
ヤマト:「いただきます!」
突然の復唱に、魔女は慌てて早口に「いただきます」を言いました。ちらりと横を見ると、悪魔も鬼も特に何とも思っていなさそうな顔だったので、魔女はホッとしました。
そのまま魔女はカトラリーを手に取ると、すぐ黙々と食べ始めました。
鬼・ショウ坊:「(良い食いっぷりだな。)」
悪魔・レス:「…そんなにお腹空いてたんだね。」
がつがつとまではいかずとも手を止めない魔女を見て、悪魔は微笑ましく思いました。
ヤマト:「…ぷは。」
魔女はすっと息を吸いました。そしてまた、元のペースで手を進めます。
人魚・イブキ:「(呼吸より食事を優先する人、初めて見た。)」
まもなくして皿の料理を片付け、魔女はようやく手を止めました。
魔王・インペリアル:「ヤマト、そこまで焦らずとも誰も取らんぞ。」
魔女はそこでハッとしました。周りの魔族たちは誰1人として食べ終わっていません。
ヤマト:「…そういえばそうでしたね。」
人魚・イブキ:「そういえば?」
邪竜・プレリュード:「以前は取られてたのか?」
ヤマト:「いえ、取られるというより…目の前でいちゃいちゃされるんですよね。『お前空気読めよ』みたいな感じで見られるので、さっと食べる分は食べて席を外さないとこっちも気分が悪かったので。でも…今はそうじゃないですもんね。」
魔女はふっと笑いました。
ヤマト:「母親が男を連れ込むタイミングを見計らう事も、周りの目を気にする事も無く食べられるの、いつぶりでしょうね。まだ父が家にいた時か、1人で冒険者やってた初期ぐらいでしょうか。」
魔王・インペリアル:「苦労していたのだな。」
ヤマト:「あっでも、死ぬ1月前ぐらいからは他のパーティーメンバーと食べる事も少なかったですね。私を避けて時間帯を変えていたというか、食事場所や宿も教えないんですよね。何か怪しいなと思いましたが、まさか本当に私を嵌めて殺す気だとは思いませんでしたけど。てっきり良からぬ事を致しているかと邪推していました、あはは。」
亡霊騎士・ハース:「お前の言う事は笑えんのだ!」
ヤマト:「まあ…強さや種族で大体の序列が決まる魔界じゃそうでしょうね。人間界って、強くても賢くても王様は出来ないんですよ。強かったり賢かったりしてなおかつ邪魔だとみなされた者が殺される世の中なんです。私は支援職ながらお目付け役みたいなものでしたし、邪魔だと思われても仕方ないです。」
吸血鬼・イターシャ:「ヤマト…」
あまりに淡々とした物言いに、吸血鬼を始め大人達は魔女を不憫に思いました。たとえ享年が18歳程度であったとしても、彼女達はその10倍以上を生きているのです。その自分達ですら感じた事の無いような厭世に対する諦めを彼女は認めているとは信じたくありません。
幻獣・グリペン:「でもそれで殺されて当たり前だ、以上ってなるのは無理してない?」
ヤマト:「あっ、別に人間側を擁護してるわけじゃないですよ。」
幻獣・グリペン:「いやいや魔王軍幹部の直属になったからには人間側を肯定するなって話じゃなくてさ。単純に理論だけで当たり前だからって完結する話じゃないよねってお話。」
グリフォンの言葉に魔王達はうなずきます。
ヤマト:「じゃあ私はどう考えるのが妥当なんでしょうか。」
人魚・イブキ:「妥当な考え方というか…押し付けるわけじゃないけど、冤罪をかけられた事に対する悔しさとか悲しみとか精神的な傷があるなら放置しないでほしい。最終的にヤマトちゃんのたどり着いた結論が『私を苦しめた人間嫌い』でも『悪魔の存在のせいで私は苦しんだから魔族嫌い』でも構わない。」
ヤマト:「感情なんてものは厄介だから意識しない方が良いんですよ。私の感情なんて大した価値も無いですし、他人にぶつけるなんて恐れ多いです。」
邪竜・プレリュード:「…その割に初対面のレスには」
ヤマト:「それはレスさんの立場が分からなかったし、悪魔族にとっても楽して魂を得られるという利益のある取引だと思っていたので。」
魔女は顔を上げて悪魔を見ました。
ヤマト:「立場が何となく分かった今でもレスさんに固執するのは…そうですね。」
悪魔・レス:「?」
魔王・インペリアル:「公務員で、塩顔イケメンとやらだからだろう?」
魔女はうなずきながらもじもじし始めました。
魔狼・カロル:「はあ?何だ。」
ヤマト:「それに追加で…私に『可愛い』って言ってくれた事と…」
鬼・ショウ坊:「(ウブかよ。)」
ヤマト:「幼馴染の方を『粗大ゴミ』と言いかけて『社会の底辺』と言い直す優しい所と…」
人魚・イブキ:「(何一つ改善されてないんだけど?!)」
ヤマト:「私が少しびっくりしただけでさっと遠慮して手を離してくれる気遣いの出来る所です!」
邪竜・プレリュード:「(先ほどのインパクトが強すぎて頭に入ってこんがな。)」
幻獣・グリペン:「(まー、レスって紳士だもんな。気もよく回る方だと思う。相手の気持ちを慮れる能力を悪用しない所が悪魔らしくもないけど、こいつらしさではあるもんな。)」
グリフォンは「褒めても何も出てこないよ?」と答える悪魔を見ながら思いました。
亡霊騎士・ハース:「いよいよ恋慕が本気になりつつあるな。」
悪魔・レス:「それが実現する事は無いんですけどね。」
ヤマト:「魔と人の恋愛が成立するか否かは、戦争の終結とは別の話として議論されていますもんね。ちなみに私は前世から肯定派です。」
悪魔・レス:「私も肯定派ではあるけど、その時の『魔』に自分は入ってない。」
ヤマト:「またまた~」
??:「はっ、魔と人間の恋愛とか馬鹿だろ。」
その時、声変わりしたばかりの少年のような声がしました。一同が声のした方を見ると、入口にマントをまとった何かがいました。
魔王・インペリアル:「おお、来たのか。」
??:「魔王様はこの魔女に騙されておいでです!魔女狩りの犠牲者という言葉に情をかけてはいけません、相手は人間です。」
ヤマト:「…。」
~黒魔女の魔族図鑑⑥~
●【要塞竜】プレリュード (ドラゴン族/アビスドラゴン)
・五英傑の1柱で、第2戦ボスの邪竜。先代の魔王と契約(闇堕ち)した竜は邪竜となり、契約者の強大な力を得る。
・普段は利便性のため人型の老紳士の姿を取っているが、正体は古の魔族が開発した兵器のガレキを寄せ集めたような身体をしている。これは先代の魔王が力を与えた影響だと言われている。
・元々は土属性の大型竜であり、ドラゴン族の中ではタンクとしての使い道以外で戦闘向きでは無い。そのため多数VS多数の戦争が行われていた時代は、資源の採掘作業など裏方に回っていた。つまり彼は現魔王・インペリアルよりも年上で、魔王軍幹部の中で最年長という事になる。
・海中洞窟は干潮時に膝丈までの高さに水が引き、満潮時に水没する。そのため勇者パーティーは長々と戦えず、常に時間に追われながら彼のいる最奥部まで探索し、彼を倒して洞窟から脱出する必要がある。
(ヤマトめも)
・とてつもなく体力が高い上に装甲のせいで攻撃が通りにくいので、バトルの時間に制限がかかる勇者パーティーは効率よく鋭い攻撃をどれだけ行えるかが課題となってくる。
・初戦ボスの武器であるトライデントで楽に倒せるという話だけど、ここ最近ドロップしたという話は聞かないので自分の武器と実力でやるしかない。ズルは良くないね。
・彼のステージである海中洞窟は宝箱こそ少ないものの、身体を軽くするために歴代の勇者たちが残していった武器やアイテムが落ちている上にクリスタルや燃料など良質の素材が揃っている。噂によれば最奥部からは海底油田に行けるんだとか!お金持ちだね。