4.悪魔は魔女を「まもる」ことにした▼
魔女を抱えた悪魔と鬼は廊下を歩きます。暗黒領域に属する魔王城の空は午前中でも薄暗く青紫色です。柱ごとに置かれた松明がこうこうと辺りを照らしています。
ヤマト:「お2人はお仕事以外でもよく一緒にいるんですか?」
鬼・ショウ坊「暇な時はたいていな。俺が悪魔教会に入って来た時も、レスと一緒に飲みに行こうと思ってたんだ。」
ヤマト:「お休みの所を邪魔して悪かったですね。」
鬼・ショウ坊:「いや、良い。ヤマトだって辛かったもんな。」
鬼は魔女の頭を撫でました。
ヤマト:「ところで…飲みに行くって、お酒ですか?」
鬼・ショウ坊:「そうだな。俺は鬼だから見た目通りなんだが、レスもグイグイいくぞ。」
ヤマト:「…レスさんってお酒飲むんですか?」
悪魔・レス:「えっ、飲むよ。」
魔女は眉根を寄せました。
ヤマト:「そういうのは良くないと思います。」
鬼・ショウ坊:「急に幻滅した顔するの、止めろ。あのな、レスは確かに元からこんな優男だが、別に飲兵衛でも良いだろ。」
酒場で悪魔に逆ナン目的で声をかけてくる魔族の女性を思い出し「まったく女というやつは…」と言う鬼に、悪魔は苦笑いしました。
悪魔・レス:「…ショウ坊程じゃないけど、まあ飲む方だね。何か…こういう見た目でごめんね。」
ヤマト:「見た目の問題じゃありませんよ。」
魔女は怪訝そうな顔を崩しません。
鬼・ショウ坊:「じゃあ何だよ。」
ヤマト:「レスさんは司祭様なんですよ!お酒は禁忌じゃないんでしょうか。」
悪魔はやっと魔女の言わんとしている事が分かりました。
悪魔・レス:「あ~、それは人間界の厳しい宗派はそうかもね。暗黒領域の方だと基本的に聖職者側も飲酒OK、悪食とされる物も無くて比較的ゆるいんだよね。悪酔いさえしなければ良いって感じかな。」
魔女はなるほど、とうなずきました。
鬼・ショウ坊:「何だ、人間の牧師様は飲めないのか?」
ヤマト:「はい、式典や捧げものなどでいただいた場合は申し出をすれば飲めるそうなのですが、嗜好目的の飲酒を行った場合は死刑です。」
鬼・ショウ坊:「そんなのでいちいち死ぬんだったら、レスは1日ともたないな。」
悪魔・レス:「だね。暗黒領域だからこそ数世紀もってる。」
ハイペースで飲むんだな、と魔女は思いました。
でも、人間界で聖職者でない白魔道を専門とする職業の人間…白魔導師や白魔女は相手の背負うデバフを自分の身体に別のものとして取り込むのでその負荷からくるストレスをお酒で昇華する人は多かったものです。だから魔女は納得しました。
悪魔・レス:「ヤマトは前世、飲んでた?」
ヤマト:「…たまに。冒険先で滋養と防寒のために薬用酒を持ち歩いてました。」
鬼・ショウ坊:「1日の締めとか休みの日には飲まないのな。」
ヤマト:「宅飲みは基本しなかったですし、外飲みするとナンパされるから嫌なんですよ。」
悪魔・鬼:「あ~…」
魔女はため息をつきました。
ヤマト:「まだ私がそれなりに純粋だった頃、意識がはっきりしてる時に『僕、3軒目も奢っちゃうよ?』と言われて付いて行ったら、大人のテーマパークに案内された事があってから私は外飲みを止めました。」
鬼・ショウ坊:「いるよな、そういう奴。」
ヤマト:「お兄様には劣りますが、そこそこ顔は整っていたしその前のお店で高いお酒もどんどん奢ってくれたのでアリだったかもしれませんが…」
悪魔・レス:「やめて正解だよ。」
鬼・ショウ坊:「手馴れてるし何人か女を飼ってる奴だぞ、そいつ。」
もう悪魔と鬼は完全に保護者の顔です。
ヤマト:「ですよねぇ、実際よく見たら人間じゃなくてレベル10の経験値くれたあの淫魔のお兄さんでしたし。」
悪魔・レス:「…わ~、聞きたくなかった。」
鬼・ショウ坊:「あいつは本当に何をしてるんだ。」
ヤマト:「断ったら『10年前から君の事を思い出す度に胸が苦しくって…この前みたいにヒール掛けてくんない?』とか言ってすがりついてきてうざかったので、人気の無い路地裏に連れて行って動けない程度に痛めつけました。」
悪魔と鬼はちょっと前に聞いた話を思い出しました。
鬼・ショウ坊:「(そこにまた別の白魔女が現われて助ける→淫魔が経験値を譲渡する→ナンパする→魔女が淫魔をボコすの無限ループだな。)」
悪魔・レス:「(高レベルなのに人間1人にいつもボコられて『レスきゅ~ん、回復よろ~』って来るんだよね。まあ、今までは1回目で半殺しに遭ってたんだけど。2回も出くわしたケースって初めて…あれ?)」
ヤマト:「レスさん、どうかしました?」
悪魔・レス:「ヤマト…その時に10年前の相手だって気づいたのはどちらが先だった?」
ヤマト:「うーん…向こうです。私、向こうが『10年前に僕の親友並みの上級ヒールかけてくれた良い子だよね?』って正体現わして初めて気づいたので。」
悪魔は思わず腐れ縁の淫魔に対し「何が僕の親友だよ」と舌打ちしそうになるのをこらえました。
鬼・ショウ坊:「あいつが女を覚えてる事もあるんだな。よっぽど上手いヒールだったんだろうな。」
悪魔・レス:「…。」
鬼が舌を巻く横で、悪魔は黙り込んでしまいました。鬼がそれに気づき、笑って悪魔の背を叩きます。
悪魔・レス:「あぁはっ!…痛いってば、ショウ坊。」
ヤマト:「(え、えろいとか可愛いとかの単純な言葉で片付けるには畏れ多い程に尊い!さすがお兄様!)」
鬼・ショウ坊:「レス、落ち込むな。あいつの言う事なんて9割テキトーだし、女口説くために褒めただけだろ。お前が1番すげぇよ。」
悪魔・レス:「へっ?いや…別にそういう事を気にしていたわけじゃないよ。ちょっと別の考え事をしていたんだ。それに…」
悪魔は魔女を抱え直しました。
鬼・ショウ坊:「それに?」
悪魔・レス:「私、あの淫魔に上級どころか中級ヒールすらかけた事無いし。『痛いの痛いの飛んでいけ~』ってプラセボやってるだけだよ。」
鬼・ショウ坊:「…は?」
目を丸くする鬼に、悪魔は普段の柔和な笑みを崩して「プラセボだけ」と真顔で繰り返しました。
ヤマト:「つまり、ほぼヒールかけてないんですか?」
悪魔・レス:「うん、指を紙で軽く切った傷が治る程度の白魔法をかけてね、『もう完治したよ』って言うんだ。ヤマトは良い子だね、あんな粗大ゴミの権化…ううん、社会の底辺みたいな大人に一生懸命ヒールをかけてくれるだなんて。」
※悪魔統制議会のお偉いさんです
鬼・ショウ坊:「レス…やっぱりお前、ちゃんと悪魔だな。」
悪魔・レス:「ショウ坊…ハードなプレイをして死にかけた場合の係りつけヒーラーにされた時の気持ちって考えた事ある?」
鬼・ショウ坊:「…は?」
悪魔・レス:「あいつの秘書と執事が申し訳なさそうに『すみません、レス様…この事は魔王様にはご内密に』と菓子折り持ってくる時の微妙な空気って分かる?」
鬼・ショウ坊:「お、おう…」
悪魔・レス:「そんなこんなで5世紀以上も迷惑被ってる奴の顔をあと4世紀程も見なきゃいけない私って何なんだろう」
鬼・ショウ坊:「レス、落ち着け。俺が悪かった。レスは良い奴だな、頑張ってるぞ。」
鬼は、有無を言わせぬ相方の笑顔に対し、早口で言いました。
悪魔・レス:「彼の話は聞きたくなかったけど…まあ、有力な判断材料になってくれたね。」
悪魔は決心したようにうなずき、優しい笑顔で魔女の頬をつつきました。
ヤマト:「やめてくださいよ、きゅんとするじゃないですか。」
悪魔・レス:「ふふっ、可愛いね。」
鬼・ショウ坊:「おい、どうした?」
鬼は相方らしくもないと悪魔を見ました。悪魔はニコニコしながら愛しむように魔女の頭を撫でて髪を手櫛ですきます。
悪魔・レス:「ヤマトと契約するつもりはないけど、私は他の悪魔と契約させる事は出来ないなと思ってね。」
ヤマト:「もしかして独占欲ですか?!『俺の女だ』的な?!」
悪魔・レス:「独占欲…ではないけど、いつまでもヤマトが私の元にいてくれたら嬉しいな。」
鬼はいよいよ心配になって悪魔の前に回り込みます。
鬼・ショウ坊:「はあ?さっきまでは他の奴に押し付けたがってただろ、アテが思いつかなかったのか?」
悪魔・レス:「いた所で、私はヤマトを紹介しないよ。あの腐れ縁が星の数も手を出してきた人間の中で10年も間を空けたヤマトを識別できたぐらいだ。私が紹介するしないに関わらず、他の悪魔はヤマトを嗅ぎつけてくるだろうね。変な虫がつかないと良いけど。」
鬼と魔女は首を傾げました。
ヤマト:「どういう事ですか?」
悪魔・レス:「ヤマトには、不健全なおいたをしようとしている悪魔・淫魔がものすご~く寄ってきやすいという事なんだ。」
鬼・ショウ坊:「別にこいつに限らなくても、人間が魔界にいたら寄ってくるだろうが。」
悪魔・レス:「ショウ坊、後で詳しく説明するね。とりあえず、私はヤマトの保護者となって、健康で文化的な最低限度の子供らしい生活を保証する事にした。贅沢は出来ないけど、他の悪魔がヤマトを奪わないようにね。」
悪魔はきっぱりと言いました。
悪魔・レス:「私がヤマトを守ってあげるからね。」
ヤマト:「何かプロポーズみたいできゅんとします。闇契約したい気持ちが高まって」
悪魔・レス:「それは駄目。」
☆ロード中…☆
やがて、3人は教会に着きました。悪魔が扉を開け放った途端にパイプオルガンの演奏が聞こえます。
悪魔・レス:「ほら、ここが安全地帯だよ。」
悪魔は魔女を下ろしました。
魔女はきょろきょろと教会を見回し、1番奥のパイプオルガンを見ました。鍵盤が自動で動いています。
ヤマト:「オルガンは自動演奏なんですか?」
悪魔・レス:「うん、基本は悪魔教会の営業時間中鳴りっぱなしの仕様だよ。」
ヤマト:「BGMがこれって、器楽曲が好きな人には最高の職場ですね。」
悪魔・レス:「私の事だね。実は選曲も凝ってる。ヤマトも音楽好きなら、リクエストは可能な限り聞くよ?」
ヤマト:「結婚式で流れるような…『フィガロの結」
悪魔・レス:「嫌な予感がするから却下。」
魔女は頬を膨らませました。
ヤマト:「レスさんに牧師と花婿の1人2役してもらおうと思ったのに。」
鬼・ショウ坊:「お前だって嫌だろ、歴代の勇者パーティーの血汗が染みついたバージンロード歩くの。」
ヤマト:「使い回しですか?!」
悪魔・レス:「まさか!戦闘には戦闘用の内装があって、普段使いの物とは別。長椅子も十字架も、良い鈍器になるからね。」
鬼・ショウ坊:「ヤマトあのな、レスは治癒を行う意味のヒールをするが、プロレスのヒール役も上手いからな。こんな見た目して日頃の鬱憤を晴らすかのごとく暴れるから。」
魔女は長椅子と十字架を見て、うなずきました。
ヤマト:「あ~、だからレスさんは足元を狙えって言われてるのか。」
悪魔・レス:「何それ?!」
ヤマト:「ショウ坊・レスのタッグは2人とも足元を狙うと攻撃が当たりやすいって言われてますよ。ショウさんは背が高いから見えにくいのかな~と思っていましたが、レスさんは単純に道具で防がれる上半身より狙いやすいからって意味だったんですね。」
悪魔と鬼は、筋が通っていると思い、自らが読まれている事を割と深めに反省しました。
ヤマト:「かく言う私も、魔法攻撃だけじゃレスさんと魔法の発表会になるだけだと思って、第5戦に備えてショウさんとレスさんに効率よく物理攻撃を行うための武器を研究していた身なので有名な話ですよ。その結果、シンプルに打撃を主な用途とする武器が1番だと気付きました。」
悪魔・レス:「なるほど…良い事を教えてくれてありがとうね。」
ヤマト:「魔王軍幹部の新入社員となったからには、フレッシュな気持ちを忘れない内に面接で言った事を実行していきます。」
鬼・ショウ坊:「この時点で初心を忘れる気満々なのかよ?!」
~黒魔女の魔族図鑑③~
●【魔王】インペリアル
・魔界を治める魔族の頂点にして、人魔戦争の総大将。現在の少数精鋭の対戦方式では10戦ボス。もちろんびっくりする程強く、魔王軍幹部だけでなく魔族たちから信頼を寄せられている。
・暗黒領域で天使が統治者として最初に作った魔が魔王であり、魔王に能力調整を行った労働者階級の魔が悪魔族の原種悪魔(レスはここに属する)。つまり、魔王とは悪魔が他の魔族の良い所取りをしたような種族。インペリアル以外にも頂点となっていないだけで同種族の個体もいる。
・冥界を治める冥王の弟。視察係の神・強力な天使と冥界の魔の板挟みになっている兄からたまにストレスのはけ口として無理難題を吹っ掛けられている。それで溜まったストレスを勇者パーティーにぶつけている。ストレスは巡っていく。
・先代魔王だった両親(父も母もさらっさらのスーパーロング)をリスペクトしており、後ろ髪と横髪を伸ばしている。兄の髪型をミステリアスでカッコイイと思って、前髪も少し長めにしている。
・本人は冷静な王を装っているが、彼がピーターパンのような心の持ち主だという事は幹部全員が知っており微笑ましく思っている。
・実は勇者パーティーに倒されるごとに封印される演技をしており、ほとぼりが冷めるまで魔王軍・長期休暇のようなものをとっている。
(ヤマトめも)
・第13代目の魔王。ちなみに少数精鋭方式が始まったのは先代からだけど、3次遠征以降は彼の代が担当しているので実質1番素性が割れている魔王。
・冷酷な暴君をカッコイイと思っているっぽいけど、あの性格的に多分向いてないと思う。
・根がピュア。箱入り息子だったんだと思う。