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1.魔王様とご挨拶


**********************


 昔むかし、神様は地上に小さな生き物を下ろし、その進化していく様を眺めていました。やがてその小さな生き物から「人間」という頂点的存在が生まれました。しかし、「人間」はあまりに自らの力におごり過ぎたのです。

 ちょうどその頃、神様に仕える天使の中でもその力に驕り、神様に反抗する者がいました。神様はその天使に、ビーズと人形を渡して言いました。


 「このビーズにお前の魂を吹き込み、人形を動かすのだ。お前の造った人形の社会が、私の造った人間の社会と共存出来るまでお前は天界には戻れぬ。」


 そう言って神様は天使を冥界とつながる暗い場所…後の魔界へ突き落したのです。天使を追いかけて、何人かの天使も魔界へ向かいました。

 そうした天使達によって魔界と冥界がつなげられ、天使の魂がビーズ(魔核)に吹き込まれた人形…「魔」の住む暗黒領域が形成されました。


 こうして地上には、染色体で殖える「生物」の頂点に立つ人間・魔器官の中にある魔核で殖える「魔」の頂点に立つ魔族という2つの頂点の治める文明社会が現われたのです。やがて2つの社会は出会い、交わり、それぞれ領地拡大のため・富のために争い始めました。


 争いは長きに渡り、激化し、お互いに人間と魔族は傷つきました。被害を最小限に抑えるべく、彼らの中で人魔戦争は原則、少数精鋭同士の対決という合意がなされました。

 人間軍の代表である「勇者パーティー」を、魔王軍の代表である「魔王軍幹部(魔王・四天王・五英傑)」がそれぞれ迎え撃つのです。



*********************



 今、その魔王軍幹部は、1か所に集まっていました。彼らの視線の先には、人間の魔女が1人。


 ここは魔王城・魔王謁見の間。

 勇者パーティーによる魔王討伐の旅のゴールである、魔王戦の会場です。普通の人間ならば魔族と人間の長きにわたる争いによって染みついた歴代の戦士たちの血や怨念・殺意がビリビリと伝わり、1分と正気を保っていられないでしょう。


 しかし、この魔女は違いました。

 ヤマト:「(不正とかダブルワークとか色々あるけど、魔王が許せば悪魔のお兄様は私と契約が可能になる…つまり、これは『娘さんを僕にください』的な展開かな。)」


 四天王:「(…魔王様を前にして全く怖気づいていないだと?!)」

 悪魔・レス:「(人間の女子1人でこんな場所で魔族に囲まれているのに…)」

 鬼・ショウ坊:「(むしろ幸せそうなのはなぜだよ。)」


 なぜか魔王と悪魔の方をキラキラとした目で見ている人間の少女に対し、魔王を始めとした魔族たちは軽く衝撃を受けました。連れて来た悪魔と鬼は頭が痛くなってきました。


 魔王:「我輩が魔王・インペリアルだ!」

 ともかく、魔王はいつもの口上を述べました。

 魔王・インペリアル:「よくここまで来たな、愚かな人間よ。」

 ヤマト:「はい♡」


 魔王・インペリアル:「…貴様が何を考えているか知らんが、その余裕そうな顔もこれまで。すぐに恐怖と悲しみに泣き叫ぶが良い!」

 ヤマト:「はい♡」


 魔女は今から魔界の頂点たる魔王が悪魔と契約するにふさわしい人間か見極めるのだと思い、悪魔に渾身の小悪魔スマイルを向けました。小悪魔な笑顔や仕草はしようと思えば出来るので、ある意味悪魔に気に入られるかもしれないと彼女は思っていました。短絡的です。


 魔王・インペリアル:「魔王城の第5ステージ【悪魔教会】にリスポーンしたそうだが、貴様が死んだらすぐにリスポーン地点を変更…っておい、聞かぬか!」

 ヤマト:「はい♡」

 良いアングルになるよう演技を叩きこまれていた魔王がマニュアル通りに顔を動かしていたので、魔女は自分がその死角に入った隙に悪魔に駆け寄ってスポーン地点を設定しました。


 魔王・インペリアル:「って、何をしているか!」

 ヤマト:「お兄様の前にスポーン出来るように、って。ちょうどリスポーン地点が変更されるなら次はここでお願いします。」

 魔王・インペリアル:「…は?」


 魔王は目をしばたかせました。

 それもそのはず、勇者パーティーは魔王城敷地内の戦い…第5戦以降で死ぬと人間界の本陣にある教会からやり直しなのですから、第5戦エリアボスの前にスポーン地点を固定する人間はこの数世紀いなかったのです。


 悪魔・レス:「…え、あの、どういう事かな?」

 悪魔が聞くと、魔女は胸を張りました。


 ヤマト:「お兄様って魔王城を守るというお仕事があるんですよね?」

 悪魔・レス:「ええ、まあ…」


 ヤマト:「でも魔王・四天王ではない、つまり魔王城最弱じゃないですか。」

 鬼・ショウ坊:「お前、レスにぶっ潰されるぞ」

 悪魔・レス:「良いんだ。続けて。」

 鬼が隣で慌てて言うのを止めたのは意外にも悪魔自身でした。悪魔に促されるまま、魔女は話します。


 ヤマト:「魔王軍のポスト10名の残機が基本1つなのに対し、勇者パーティーは無限リスポーンです。いつかはここまで攻め入られてお兄様は倒されてしまいます。というより、この戦は人間代表である勇者と魔族代表である魔王の話し合いの場…お兄様は最初から倒される存在です。」

 悪魔・レス:「まあ、そうだね。」


 ヤマト:「私にはそんなの耐えられない!」

 魔王軍幹部:「…は?」

 魔族たちが唖然とする中、魔女は語り始めました。


 ヤマト:「勇者の聖剣は最近、切れ味が悪いんです。メンテナンスを勧めたのですが、彼は『うっせ~黙れ』と聞きません。」

 魔王・インペリアル:「う、うむ…」


 ヤマト:「剣士も盾のメンテナンス不足でヒビ放置してるからパリィが綺麗じゃないし!賢者も省エネ至上主義者だからちょっとずつしか攻撃しないし!お兄様はすぱっと倒されるのではなく、じわじわと痛めつけられて苦しみながら倒されるんです!私にはそんなの、耐えられない!」


 魔女は渾身の小悪魔的か弱さアピールとして、肩と足を小刻みに震わせながら自分の胸を抱き締めました。異端審問官によって緩められた胸当てからお肉がむにぃと張り出します。ちなみにこれは計算に基づいた小悪魔的テクです。この魔女、確信犯です。


 悪魔・レス:「そこは粘ってるとか堅いって良い評価…のはずなのだけどね。」

 小悪魔的テクの効果は悪魔にいまひとつのようです。悪魔が困ったように周りを見回すと、全員同じように眉をハの字にしていました。


 ヤマト:「何より!聖女のブランシェは良い子なのですが…気立ても良く力もある良い子なのですが…!可憐で清楚な…私にはない庇護欲をかきたてられる美少女で、お兄様が心移りしたらどうしようって!」

 悪魔・レス:「うーん…それはないかな~って。君にしてもその子にしても、そんな気は無いからね。」


 魔女は悪魔の足元にくずおれました。

 彼女の中ではこの庇護欲をかきたてられる小悪魔的演技に「決まった!」と思っていますが、悪魔はさっと魔女から1歩退いて距離を取ったので効果はいまひとつのようです。


 ヤマト:「ああなんて醜い私…ブランシェとお兄様を引き合わせたくない…視界に入れたくない…」

 それでも魔女は次の手として、小悪魔的な演技の続行を続けます。

 魔王・インペリアル:「今どういう状況なのだ?」

 魔王にも効果はいまひとつのようです。


 悪魔・レス:「分かりません…」

 いきなりメンヘラ化した魔女に、魔王軍幹部は困惑しました。


 人魚:「あの…君はそもそも勇者パーティーについてなぜそんなに詳しいの?」

 ヤマト:「元々勇者パーティーに所属していたからです。」

 人魚:「えっ?!」

 その瞬間、魔王軍幹部は警戒しました。当然です。


 魔王・インペリアル:「ショウ坊、レス!」

 悪魔・レス:「いえ、私達が確認した際に敵意は全く感じ取れませんでした!」

 鬼も慌ててうなずきます。


 魔王・インペリアル:「ならばなぜ…」

 ヤマト:「当たり前です。」

 魔王の言葉を魔女の声が遮りました。


 魔王達が彼女を見ると、魔女は小悪魔的演技を解いて素のまま話し出しました。


 ヤマト:「…当たり前です、勇者パーティーは私を黒魔女認定したのですから。私は勇者パーティーを証人として黒魔女裁判にかけられ『悪魔と通じて闇契約し、人間界に混乱を招いた』と死刑判決を受けました。だから私は…心当たりはありませんが、人間側の言い分は『黒魔女ヤマトは魔族側だ』、だそうです。」

 魔王軍幹部:「はあ?!」

 魔族たちは思いました。無茶苦茶な理論だ、と。


 ヤマト:「とにかく、私は人間界に戻るつもりもありません。というより、リスポーンする予定もなく、ただ異端審問官の『黒魔女は悪魔と肉体関係になった逆賊にしていやらしい女』という言葉を鵜呑みにして、私の初めては『美形で高身長でイケボな悪魔のお兄さん』による『一生に一度あるか無いかの甘美な溺愛される時間』と引き換えだったんだな~と幸せな気持ちで死んだのですから。」


 悪魔・レス:「夢見すぎだね。」

 魔族たちは思いました。悪魔には確かに美形が多いけど性格は鬼畜揃いだ、と。それもそのはず、闇契約を行う民間企業は法整備によって厳重に監視され、人間界への滞在時間や残業時間など厳しくチェックが入っているため、営業職の悪魔は昔ほどゆっくりしていられないのです。


 ヤマト:「間違っても、ハゲ散らかした口臭くて歯黄ばんで小さくて小太りで脂ぎって小汚くて短い指が太くて黒っぽく変色した唇の皮がめくれているような中年男性に奪われるような事は無いはずなんです。」

 悪魔・レス:「う、うーん?」

 魔族たちはその異端審問官に敵ながら同情して思いました。やめてやれ、と。


 ヤマト:「でも私…悪魔とそういう関係になった心当たりがありません。そもそも上位悪魔を見たのだって、リスポーンして出会ったお兄様が初めてで。だけど私はなぜか魔女裁判の検査で非処女だって出たんです。」

 魔王・インペリアル:「そ、そ、そのような事を大勢の前で言うな!」

 意外にもピュアな魔王には効果抜群のようです。


 ヤマト:「私は。」

 魔王・インペリアル:「お、おう?」

 色々とツッコミ所はあるものの、魔族たちはとりあえず魔女の話を聞く事にしました。


 ヤマト:「前世は物心ついた時から堅実に生きてきて色恋に目も暮れず、運送業と冒険者の2足のわらじで生計を立ててきました。父からの養育費はあったものの母子家庭でしたし、学業も最低限しか修めていないのでまともな職に就けませんでしたから。」


 吸血鬼:「あなた、お父様がいないのね。」

 ヤマト:「いる事にはいるんですけど、母と酷いケンカから離婚をして絶縁状態です。私が死刑になっても助けに来てくれる事すらしなかったんですから、もう親子じゃないんでしょう。」

 幹部の女性2人…吸血鬼と人魚は息を呑みます。邪竜は静かな目で魔女を見ていました。


 悪魔・レス:「えっ…」

 人魚:「それは悲しいね。」

 鬼・ショウ坊:「お前も苦労してんだな。」

 それまで魔女に呆れていた鬼も少し同情心をかられました。


 ヤマト:「私は母の扶養に入ってからずっと『結婚するなら公務員』だと言い聞かされてきました。だから今、公務員という要素も相まってお兄様しか勝たんという状況に陥っています。」

 悪魔・レス:「待って、それは早まってるよ!」

 じわじわと距離を置いていた悪魔が一瞬で距離を詰め、魔女の両肩に手を載せて言います。


 ヤマト:「わ~、近くで見てもカッコイイ…」

 魔女はうっとりとした目を細めました。長いまつ毛がフサァと波打ちます。

 悪魔・レス:「気を確かに!そういう事じゃないでしょ!」


 悪魔越しに魔女は魔王と目が合いました。

 魔王・インペリアル:「う…」


 ヤマト:「あっ、魔王も悪魔の一種ですね。魔王という立場は魔界の王、つまり魔界の住民の血税によって生活しているから公務員!」

 魔王・インペリアル:「わ、我輩はお前なぞと契約せんぞ!」

 魔王は軽く寒気がしました。


 ヤマト:「ですって、お兄様!」

 魔女は悪魔に目を戻しました。

 悪魔・レス:「ええ…困るよ。ここまで来てもらって悪いけど多分その状況になる事は無いからね?」


 ヤマト:「私はロン毛より短髪の男性の方が好みなので、お兄様の方が魔王様より」

 悪魔・レス:「あああ~っ、やめて!消されるよ、君!」

 悪魔が慌てて声のトーンを上げます。


 魔王・インペリアル「…長髪は嫌いだと申すか。」

 悪魔・レス:「き、聴こえてる?!」

 ヤマト:「ん~…悪魔と契約するにあたって、押し倒された時に」

 悪魔・レス:「悪魔限定でそういう状況を考えるの、なぜかな?!」


 ヤマト:「…髪の毛がちくちくするの、嫌じゃないですか。どっちかっていうと長い髪の方は押し倒される側なんですよ。」

 魔王は、危うく玉座から崩れ落ちる所でした。

 四天王:「魔王様?!」

 四天王が慌てて支えようとしますが、魔王は自力で体勢を戻しました。


 魔王・インペリアル:「う、うむ…まあ良い、この程度の事で感情的になる我輩ではない。続けろ。」

 他の魔族たちが胸をほっと撫でおろしたのも束の間でした。


 ヤマト:「押し倒した時に髪の毛がばっさぁって枕元に扇状に広がりますよね、魔族の場合、髪の毛の色はよく見ると毛根から毛先までグラデーションになっている方が多いのでそれはそれは綺麗なんだとか。人魔戦争の影響で即絶版になったレア雑誌・『魔族から異類婚を申し込まれたらギルティ第13号~初夜って何する?~』という本にそうありました。」

 魔王・インペリアル:「戦時でなくてもすぐ絶版にしろ!!なぜ13回も刷った?!」

 魔王は軽く何かが切れました。


 ヤマト:「もう絶版になっています。私が手に取るに至った経緯が、文献を回収して処分する役場へ配達するという依頼でしたから。」

 鬼・ショウ坊:「何でそういう本読むんだよ。」


 ヤマト:「編集に母も携わっていましたので、何となく。」

 人魚:「君のお母さん、何者?!」

 人魚が「はわわわ…」と口元を覆いました。


 ヤマト:「ふふっ実は、私の母は賊狩り・魔族狩り・男狩りの3狩りにおける名ハンターでした。」

 悪魔・レス:「1つだけカテゴリーの全く異なるものがあるんだけど?!」

 ヤマト:「私は中規模な賊や人間界にいるような魔族ならば1人で狩れるレベルでしたが、男は全くでしたので。元々そういう才能が無いんです。母ならば、聖職者だろうと汚職になる可能性があろうと、レスさんをもう既に落としていると思います。」

 悪魔は背筋が凍る思いです。



 ☆ロード中…☆



 悪魔・レス:「男狩りはさておき、生前に魔族を1人で倒せるだなんて君って勇者パーティーにいただけあって強いんだね。」

 魔物はともかく、魔族を倒すという事はそれだけ強いという証です。

 ヤマト:「だから人間達は、魔族の力を借りた黒魔女だと言いやすかったんでしょう。」

 鬼・ショウ坊:「お前も大変だな。」


 ヤマト:「別に良いんです、出る杭は打たれるもの…私の前世にはあまりにビハインドが多すぎたというだけです。それに、今こうしてお兄様と出会えたんですから、お兄様が私の初めてを奪い黒魔女にしたと言ってくださればそれで私は幸せな気持ちで死ねます。」

 悪魔・レス:「だからそれはおかしいよ!」


 魔女は微笑みました。

 ヤマト:「人間の男なんて全員ガキじゃないですか。私、子供は苦手なんです。」

 悪魔・レス「君も同じぐらいでしょ?!それに私、年齢3桁だよ?!」

 ヤマト:「まあ!思った通り、大人な方なんですね。」

 鬼・ショウ坊:「レス、もうこいつはダメだ。話が通じない…」

 鬼の言葉に、悪魔は説得を諦めて魔王を見ました。


 魔王・インペリアル:「…我輩、この人間の倒し方が分からぬ。対人戦争始まって以来の最も厄介な相手だ。」

 悪魔・レス:「ですね。」

 魔族たちは頭を抱え、黙り込んでしまいました。


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