14.ヒロイン「うふふ、かたいものが当たっています」▼
【おことわり】
深夜の投稿なので大目に見てください。
あとがきの替え歌も含め、許してあげてください。
ヤマト:「…くちゅんっ。」
魔女がくしゃみをしました。
鬼・ショウ坊:「小動物みたいなクシャミだな。」
吸血鬼・イターシャ:「そうね、私も思ったわ。」
脱力していた悪魔がスッと立ち上がり、ささっと近くにあったタオルと石鹸を人魚に渡しました。
悪魔・レス:「人間にはここ、寒いんだと思う。面倒かけるけどヤマトをお風呂に入れてきてもらえないかな。私達は部屋を片付けておくから。」
それまでどんなにぐったりしていようがクシャミ1つでここまで動ける悪魔の姿を見て、鬼と吸血鬼は「さすが長男兼親がわり」だと思いました。
人魚・イブキ:「そうだね、風邪引いちゃう。」
人魚は「このぐらいかな?」と着替えをポーチに詰めてタオルと一緒に抱えて立ち上がりました。
人魚・イブキ:「ヤマトちゃん、おいで。」
吸血鬼・イターシャ:「私も付いていくわ。水掛かったらイブキだと不便でしょうし。」
※下半身の脚→尾びれの変異があるため
人魚・イブキ:「ほんと!助かる!」
☆ロード中…☆
少し広めの脱衣所で、魔女はジャケットを慎重に脱いで吸血鬼に返しました。
吸血鬼・イターシャ:「ありがとう。」
それからばさっと貫頭衣を脱ぎました。
人魚・イブキ:「ジャケットとの扱いの差ね。」
ヤマト:「他人の物ですし、お高いですから。」
吸血鬼・イターシャ:「気にする事無いわ、それは安m…っ?!」
ジャケットを簡単に畳んだ吸血鬼が魔女から貫頭衣を受け取ろうとして、言葉が止まりました。
人魚・イブキ:「や、ヤマトちゃん、それ…」
人魚も目を見開いています。澄んだエメラルドグリーンの瞳の奥がゆらゆらとゆらめきます。
ヤマト:「何ですか?」
もはや用を成していない胸当てと下着を脱ぎ、魔女は2人の視線に気付きました。
吸血鬼・イターシャ:「その傷…さっきレス達からつけられたものじゃないわよね。」
人魚・イブキ:「ちょっと時間経ってる傷みたいだね。」
ヤマト:「(ああ…この事か。)」
魔女はやっと2人が自分の身体中につけられたアザや切り傷・火傷を見てこんな顔をしているのだと気付きました。
ヤマト:「前世の時の傷です。黒魔女裁判で拷問を受けないように最大限努力はしたんですけど、投獄されてしばらく看守から受ける暴力は避けようがなかったんですよ。」
吸血鬼・イターシャ:「何て酷い…」
人魚・イブキ:「でもこれはもっと前の…」
人魚がおそるおそる魔女の背中に触れました。
ヤマト:「っ!」
魔女が反射的に体を反らして人魚の方を振り返りました。その目は今までの魔女らしくもなくすっかり怯えていました。
人魚・イブキ:「あっ…ごめん。」
ヤマト:「…いえ。」
魔女の目が普段通りの少し曇った目に戻ると、人魚はひとまず安心しました。
人魚・イブキ:「(異常なまでの怯え様…魔女裁判の前に絶対何かあったんだろうな。)」
吸血鬼・イターシャ:「ねえヤマト、お風呂に入っていらっしゃい。髪洗ってあげるわよ。」
ヤマト:「えっ、そんな…良いですよ。」
人魚・イブキ:「良いじゃん、入ろうよ。」
魔女の背中を2人で押して、浴室に入ります。
ヤマト:「…。」
人魚が湯舟の隣のボタンを操作すると、くるぶしぐらいの高さからこんこんとお湯が沸いてきました。
ヤマト:「(湯量すごいな…宿屋とは大違い。)」
その時、上からお湯が降ってきました。
吸血鬼・イターシャ:「髪洗うわよ~。」
ヤマト:「自分で出来ますってば…」
助けを求めるように人魚を見ると、既に2足歩行ではなく尾びれに下半身が変異していました。器用に浴槽に入ると、「うん?」という風にこっちを見て来るので諦めました。
ヤマト:「(そういえばイブキさん、脱衣所でトップス脱いで水着になってた。)」
吸血鬼にマッサージ込みのシャンプーをされながら魔女は思いました。
吸血鬼・イターシャ:「ヤマト、ものすごく言いづらいのだけれど…最後にお風呂入ったのっていつ?」
ヤマト:「…裁判所で拘留されていたので、処刑前日のお風呂以外は入っていないですね。それも身体をざっと流すぐらいのものです。ごめんなさい、汚いですよね。」
人魚・イブキ:「処刑前日にお風呂入れてもらえたの?」
ヤマト:「はい、普通は無いそうなんですが、多くの民衆が見るからそれまでの尋問で付いた血とかの汚れは落としておけって。裁判中によくツバとか吐かれていましたし。」
吸血鬼がヒッと声にならない悲鳴を上げました。
人魚・イブキ:「よくそんな状態で耐えたね?!」
吸血鬼に代わって人魚が手を伸ばし、魔女の髪を洗います。
ヤマト:「でもその後、臭い不潔な中年男性から犯されたので結局汚いまま血流して死んだわけなんですけどね。」
人魚・イブキ:「…レス君が蘇生ついでに浄化作用もある丁寧なヒールかけてくれて良かったね。」
そこまで言って人魚は「あれ?」と思いました。
人魚・イブキ:「(じゃあ何であの傷は治ってなかったんだろ。めった刺しにされた傷は治っているのに…)」
吸血鬼・イターシャ:「(レスは代理戦争のヒールもしてきただけあって、どんな死に方をしても元通りにリスポーンさせる魔界でも指折りのヒーラー…その上あの真面目な性格のおかげで手を抜く事なんて絶対無い。蘇生時に相手が人間だって分かっていなかったようだし、私達の内誰かだと思っていたんでしょうからなおさら失敗だなんて有り得ないはず。)」
人魚が手をのけた上からシャワーで流しながら、散っていく泡を見て吸血鬼はハッとしました。
吸血鬼・イターシャ:「(そうだわ…レスのヒールでは、深く心に刻まれた記憶と連動した傷は癒せないんだった。つまり、ヤマトの身体に残っていた傷は…)」
吸血鬼はしっかり髪をゆすぎながらそっと後ろ髪を持ち上げて、もう1度彼女の背中の傷をよく見ました。人魚が言っていたように全て古傷のようで、明らかに昨日今日に付けられたものではありません。
魔女が言うように、本当にこれらは魔女裁判で看守に付けられたものだったのでしょうか。
人魚・イブキ:「(…レス君は直接見ていないわけだし、ヤマトが隠したがっているのなら、魔女狩りで捕まった時に虐待されたものだって事にしておくよ。)」
身体まで洗い終わって、魔女は湯舟に浸かりました。
吸血鬼・イターシャ:「こうして見ると姉妹みたいね。」
人魚・イブキ:「えへへ、そうかな?私、お姉ちゃんになるのが夢だったから嬉しい。」
人魚が嬉しそうに魔女を抱き締めました。
ヤマト:「うふふ、イブキさん。」
人魚・イブキ:「なあに?」
ヤマト:「かたいものが当たっています。」
人魚・イブキ:「…。」
その瞬間、周りの空気が凍りました。
先述の表現は比喩ですが、実際に浴室の壁についた水滴の表面は凍り始めています。
吸血鬼・イターシャ:「いっ、イブキ、大丈夫!ヤマト、イブキはマーメイドだから付いてないわよ!」
吸血鬼は錯乱しています。
人魚・イブキ:「あっ、そっち?」
その瞬間、凍るような緊張した空気が解消されました。
人魚・イブキ:「嫌だな~、ヤマトちゃん。私は女の子だよ。」
ヤマト:「ああそうなんですね、人魚ってハムレットみたいに雌雄同体で繁殖するって聞いたから1つの体に両性入ってるのかと。」
人魚・イブキ:「それは一部だけだね、私は違う。」
※ハムレットとは…カリブ海にいる色鮮やかなハタの仲間。成熟した卵巣と精巣を1つの体に同時に持っているタイプ(性転換の時間をかけずに出会った相手が誰であっても子孫を残せる。カタツムリとかと一緒)。小柄な魚で、ペットショップで買えるみたい。個人的には青い種類が綺麗だと思う。
人魚・イブキ:「当たってるって言ったけどウロコざりざりしてる?船は狭いから部隊の皆を傷つけないようにこまめに手入れしてるけど、境目を逆に擦ったら普通に切れるからケガしないようにね。よいしょ。」
人魚はすっかり機嫌を直して魔女の脚の位置に気をつけながら体を動かしています。
吸血鬼・イターシャ:「(…イブキは胸の小ささをイジられていると思ったんでしょうね。事無きを得たわ。)」
吸血鬼は胸を撫で下ろしました。
人魚・イブキ:「イターシャちゃん、何でさっき胸触ったの?」
吸血鬼・イターシャ:「濡れてしまったかしらと思って!」
※人魚は「嫉妬」のシンボルとして用いられるほど執念深い所があります。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(その頃、男性陣は…)
人魚が浴室内の空気を凍り付かせた時の事。
鬼・ショウ坊:「!イブキが何か暴れてる!」
悪魔・レス:「だっ、大丈夫かな?!イターシャいるけど!」
とは言え2人とも紳士で、先ほど人魚と吸血鬼にあらぬ疑いを掛けられ痛い目を見ているので、慎重に脱衣所のドアに手を掛け、そっと中の音に耳を立てます。
吸血鬼・イターシャ:「いっ、イブキ、大丈夫!ヤマト、イブキはマーメイドだから付いてないわよ!」
鬼・悪魔:「(何が付いてないんだ?!)」
(閑話休題~はたらくくるま~)
ヤマト:「そうだ、お風呂入ったらやりたい事があったんです。」
人魚・イブキ:「なあに?」
ヤマト:「お歌を歌いたいんです。」
人魚・イブキ:「ああ、いいよね!私、よく歌ってるよ!歌う?」
ヤマト:「はい!」
吸血鬼・イターシャ:「(イブキが100年越しの悲願を果たせてお姉ちゃんぶってるわ、可愛い。)」
吸血鬼は微笑ましく2人を見ています。
ヤマト:「とは言っても魔界の歌はよく分からないですし、人間界の童謡で良いですか?」
人魚・イブキ:「私はよく分からないんだけど…輪唱する感じなら出来るよ!」
ヤマト:「いいえ、イターシャさんとイブキさんには合いの手を入れてほしいんです。」
吸血鬼・イターシャ:「合いの手ね。」
傍観していたらいつの間にか自分もやる流れになっていましたが、別に嫌な気はしません。
ヤマト:「私のお歌の最後の単語を復唱すれば良いんです。例えば『♪葉書やお手紙集める郵便車』って歌ったら『郵便車!』って言ってほしいんです。」
人魚・イブキ:「おっけ!2番以降では覚えてる範囲で他の所も歌うよ。」
人魚はすっかりやる気です。
ヤマト:「♪『魔王軍 10人 いろんな エリア
どんどん進むよ 我らの勇者』」
人魚・イブキ:「(そういえば人間界の歌だったね、これ。)」
人魚と吸血鬼は顔を合わせて、多少の歌詞には目をつむろうとおもいました。
ヤマト:「♪『暗黒海で 待ってる 大艦隊』」
合いの手:「大艦隊!」
ヤマト:「♪『アイテムいっぱい 回収 邪竜窟』」
合いの手:「邪竜窟!」
ヤマト:「♪『縄張り荒らすな 襲ってくる グリフォン』」
合いの手:「グリフォン!」
ヤマト:「♪『鬼さんこちら 腕の鳴る 魔王城』」
人魚・吸血鬼:「魔王城!」
ヤマト:「♪『いろんな 魔族がいるんだな
いろんなエリアが あるんだな
戦え! 進め! 我らが勇者!』」
吸血鬼・イターシャ:「(次はレスに始まりカロルさんで終わるのね。)」
ヤマト:「♪『回復・攻撃 お任せ 悪魔司祭』」
合いの手:「悪魔司祭!」
ヤマト:「♪『美しい者は 強いの 吸血姫』」
合いの手:「吸血姫!」
ヤマト:「♪『魔剣と聖剣 ぶつかる 騎士団長』」
合いの手:「騎士団長!」
ヤマト:「♪『魔王の番犬 誓うは 忠誠』」
合いの手:「忠誠!」
ヤマト:「♪『いろんな 魔族がいるんだな
いろんな誇りが あるんだな
まだまだ! 止まるな! 我らが勇者!』」
人魚・イブキ:「(2人余るよ?!)」
ヤマト:「♪『恨みと恐怖で 動くよ 呪族・ゴーレム』」
合いの手:「ゴーレム!」
ヤマト:「♪『最後の戦い 我輩が 魔王だ!』」
合いの手:「魔王だ!」
ヤマト:「♪『苦戦したけど 倒せた 帰ろうか』」
合いの手:「帰ろうか!」
ヤマト:「♪『どんどんゆこう あの子が待っている』」
合いの手:「待っている!」
ヤマト:「♪『いろんな魔族がいたんだな
いろんな使命あったんだな
万歳! おかえり! 我らが勇者!』」
魔王が1小節で倒された急展開に少し複雑な心境にはなりましたが、人魚と吸血鬼は伴奏までも律儀に鼻歌で再現する魔女に合わせます。
ヤマト:「♪『大喜びさ 王様 村の人』」
合いの手:「村の人!」
ヤマト:「♪『美人な姫様 結婚 幸せだ』」
合いの手:「幸せだ!」
ヤマト:「♪『しばらくした後 魔王が 蘇る』」
合いの手:「蘇る!」
ヤマト:「♪『人間界のため 誰かが 剣を取る』」
合いの手:「剣を取る!」
ヤマト:「♪『いろんな 勇者がいるんだな
いっぱい 聖剣あるんだな
だから 勇者は 明日も戦う
暗黒領域 良い場所さ 魔族・魔物が 暮らしてる
だから魔王倒しても 住めない』」
人魚と吸血鬼はハッとしました。
ヤマト:「♪てれれてっててて~て~ん、てっ、て~っ、てっ!終わりです。」
最後も律儀に伴奏まで再現した魔女が、満足気に人魚と吸血鬼を見ます。
ヤマト:「合いの手ありがとうございました!」
吸血鬼・イターシャ:「あ…ええ、楽しそうで良かったわ。」
人魚・イブキ:「うん、ヤマトはお歌が上手だね。」
どこかぎこちない2人の様子に、魔女は首を傾げました。
ヤマト:「ごめんなさい、もしかして気を悪くしました?そうですよね、魔王軍を倒す歌ですもんね、これ。」
人魚・イブキ:「…ううん、それは良いんだよ、私達もノリノリで合いの手入れたし!」
吸血鬼・イターシャ:「ただ…その、最後の歌詞ね?そっか、そういう見方もあるわねと思って。」
魔女はハッとしました。
ヤマト:「ごめんなさい、これ…魔差別じゃないんです。」
人魚・イブキ:「へっ、差別?」
ヤマト:「えっ…あの、魔が暮らしている場所になんか住めないから追い出せって意味に取る人もいますけど、これは童謡なので、大人が子どもに『暗黒領域とは戦争する程仲が悪いし勇者一行を応援しなきゃいけないけど、だからって向こうの一般の住民には手を出しちゃいけないよ』って言い聞かせるための歌なんです。」
人魚・イブキ:「うん、分かってる。」
吸血鬼・イターシャ:「そうじゃなきゃ『暗黒領域 良い場所さ』なんて言わないもの。」
魔女はホッとしました。
人魚・イブキ:「そうだよね、勇者パーティーが人間を守るのと一緒で、魔王様…いや、私達もちゃんと守るものがあって、暗黒領域の皆の生活を守るために戦ってるんだもんね。」
吸血鬼・イターシャ:「人間の中には、子供に魔が悪いものだと教える一方でこちらにも生活があると歌に遺すような人もいるのね。」
人魚・イブキ:「ね~、それはびっくり。魔界にそういうお歌は無いもんね。」
ヤマト:「あなた達がどんな死に方したか教えてくれって言う大人がいる一方で、敵ながら住民を守るため立派に戦い続けているんだって言う大人もいるんです。後者は圧倒的に少ないですけど、私が勇者一行に入らなかったらそういう声なんて聞けなかったし理解も出来なかったと思うんです。」
魔女は少し寂し気に笑いました。
ヤマト:「宿を借りたとか商品を買ったとかいう程度で深いつながりがあったわけじゃありませんが、帰ったらその人達にあなた達がどんなに立派に戦っていたか伝えようと思っていたんです。もう叶わなくなったんですけどね。」