まったく関係ないモブ令嬢が悪役(らしい)令嬢を助けましたとさ。
悪役令嬢ものを書いてみたくて挑戦しました。
モブ主人公ということで名前はありません。
シリアス系目指したのになぜこうなった??って感じの出来ですが楽しんでいただければと思います。
「サフィーナ!もうお前のような婚約者との生活は耐えられない! 今ここで婚約破棄を宣言する!!」
相手を圧するような声音で語られる内容にざわっと辺りが騒がしくなった。
それもそうだろう、この国の王太子であるアシオン殿下が学園の中庭で白昼堂々あってはならないようなことを宣言しているのだから。
長閑なお昼休みの時間、学園の生徒達は各々自由に過ごしてひと時の自由を満喫していた。
そんな穏やかな空気を切り裂くように中庭に響いたアシオン殿下の言葉は周囲の興味関心を引くのにとても有効だった。公に話すようなものじゃない、婚約破棄という題の会話なのだから余計に。
居合わせた生徒たちがなんだなんだと遠巻きに眺め野次馬根性で観察しているなか、当人のアシオン殿下とその隣で最近話題に上がっている女子ミカ・カシス男爵令嬢、そして現王太子殿下の婚約者、サフィーナ・ヴィレッジ公爵令嬢が殿下とミカ様の対面に一人で立っていた。
修羅場という言葉が当てはまる場面に周囲はわくわくと話の成り行きに耳を傾けている。野次馬根性丸出しの観衆の中でサフィーナ様は反論を始めた。
「また彼女ですか。何度も言いますが話したこともない相手をなぜいじめる必要があるのですか。それにここで宣言しようと国王陛下の命じた婚約は切れません、本当になさりたいのなら陛下の前で仰って下さい。そうすれば陛下の判断が仰げますわ」
「うるさい! 言い訳は結構だ、聞きたくもない!」
…今の何処が言い訳だったの?と思う人がどれくらい居たかは知れない。当然のことを言ってるだけなのにアシオン殿下には別の言葉に聞こえたらしい。殿下の表情は憎々しげと言い表わせるほど眉を寄せて歪んだ怒りに染まっている。
対するサフィーナ様はしごく冷静に努めていた。扇で顔を隠すけど、遠目には見えない程度に、だけれど呆れた色を見せた眼差しでアシオン殿下を見つめていた。
こっそり見たその目にセリフを添えるなら「もうコイツうんざりなんだけど」とか、そんな言葉が嵌まりそう。その目だけでサフィーナ様がアシオン殿下を好いていないことがわかる。
そんなことには気づいていないアシオン殿下は一人盛り上がっているのか相手の反応が悪くとも話を続ける。
「証拠はあるんだ、無駄に言い訳を重ねるくらいなら潔く認めて謝罪をしてはどうだ?」
「なんと言われようとわたくしは何もしていません」
「サフィーナ様、正直に話してくださいっ。そうすれば私はもうなにも望みませんから!!」
「望まないもなにも、なぜやってもいないことを謝罪しなければならないの? あなたこそ虚言を吐くのをおやめなさい、平民に近い男爵家でも同じ令嬢として並ぶあなたの言動は見ていて恥ずかしいわ」
「そ、そんな……私、嘘なんて言って……」
「サフィーナ! ミカを悪く言うな! 彼女は決死の思いで俺に告発して悪を正そうと勇気を出した正しき者だぞっ」
「そのような虚言を信じる殿下も殿下ですわ、信じるにしても片方の話だけを信じるのではなくもっと公平に判断し、出された意見も事実確認をしてから判断されたほうがいいですよと何度も申し上げているでしょう」
「黙れ! そうやって婚約者だからと上から目線で命令してくるのが気に入らんのだ! 俺はしっかりと公平に判断しておるわ!!」
どこが?とすごく口に出したい。
いったいサフィーナ様の話のどこに命令している部分があったんだろう、どう解釈しても「こうした方がいいよ」と言ってるだけだと思うんだけどなあ。
「まったく、お前のその澄ました偉そうな態度と自分の過ちを認めない所が許せんのだ、それに比べてミカは慈愛と勇気を兼ね備え誰にでも分け隔てなく優しい完璧な女だ。どちらが悪いなどと考えずともわかるわ!!」
「……ご自分の言葉の意味をお分かりですか?」
つまりは考えることなくミカさんの訴えを信じきってサフィーナ様を責め立てているわけか。それを堂々と周りに教えたわね殿下。
大丈夫かな、あの殿下様。そして感動しているように瞳を潤ませているミカさんがそんな殿下を上長させているこの悪循環。
次期国王と噂されている人がそんな判断力しかないなんて、聞いていてこっちが情けなく感じてくる。
殿下側は幼稚というかありがちというか、問題にしてることがここまで大袈裟に発表することでもないと思う。ぶっちゃけくだらない。
正直他所でやってほしいというのが本音なのだけど、これいつまで続くのかしら。
早く終わってくれないかな。
じゃないと私が帰れないのよ。
現在、殿下たちとサフィーナ様が対面しているすぐ隣の茂みの向こう側に居る私は出ていこうにも雰囲気的に出られないせいで最前席(?)で彼らの一部始終を見ていた。
なんで女子がそんなところに居るのって?
不思議な話が大好きな私のちょっとした楽しみの調べもののために茂みに入っていたのだけど、用が終わってさあ帰ろうと思ったらこうなっていた。
令嬢の端くれとして庭に出るために茂みに突っ込んだり草木の上をまたがって出るなんて行儀の悪いことするわけにもいかないので出入口にしている茂みの分かれ目に来たら、丁度目の前で三人が集まって婚約云々の話になってしまっていたため出られずにいる。
なぜここで始めるのだろう、寄りにもよって出入口にしている茂みの隙間のど真ん前。こんな偶然あるんだな~とちょっと関心するレベルでの偶然だった。
始まってしまったものは仕方ないので終わるまで待っていようとしたら内容は婚約破棄……これは話がひと段落するまで出るに出られない状況ではないかと考えて、自分の存在感を極限まで消して話の終わりが早く来ることを願っていた。
早く部屋に戻りたいのに。今日の調査の結果をノートにまとめたいのに。
そう考えている間にも茂みの向こうで話は進んでいて、何やらものものしいことになっていた。
「ええいっ、お前と話してると先に進まんわ! いい加減認めるがいい!逃げ場などないぞ!!」
「何度でも言いますがわたくしではありませんので逃げる必要性がございません」
「なにを! ミカを泣かせておいて反省の色もないとはふざけたやつめ!そのようだからお前など嫌いなのだ。お前が指示したという嫌がらせの証言も証拠もあるのだ、逃げようとしてもそうはいかんぞ! おいっ、教えてやれ!」
殿下が叫ぶと側に控えていた男子…将来側近が確定しているという公爵子息様が何かの紙を開いて内容を読み上げた。
「えーと、ここに記されているのはミカ嬢が被ったとされる嫌がらせの数々をまとめたものです。いくつか発表いたします」
そうして上げられた嫌がらせの内容。
ミカさんの通った通路の上から水をかけられる、教室にミカさんの教材を破かれる、資料を隠される、ダンスレッスン用のドレスを保管していた倉庫から盗まれズタズタにされたものが発見される、などなどまあ学園の中だと問題に上げられるようなものが次々上げられる。
確かに問題になるような嫌がらせだけど、王族に嫁ぐことが決まった令嬢がそんな低俗なことをするかしら。他の子を使うにしてももっと別のやり方をしそうなものだけど。
「…あら?」
そんな内容の中で、私はふと不思議に感じたことがあって声を出してしまった。
「誰だ!?」
突然近くで発せられた見知らぬ声に戸惑う殿下たちが出所を探し始めた。不審者と思われるは嫌なので仕方ないと茂みから出てきた私を皆さんとても驚いて見てきた。
「貴様なぜそんな所にいた!?」
「ええと……私が先に居たのですが、皆さまがお話を始めてしまわれたのでここから出るに出られず終わるのを待っておりました。誤解を与え申し訳ございません」
頭を下げると「まずなぜその中にいた?」という視線を送られるもとりあえず納得をしてくれた周囲。
でもそれで終わりじゃないのよね。
「それと、僭越ながらお話に割り込ませていただきます。今聴いていたらミカ様はサフィーナ様からのいじめを受けていたという事でしたよね?」
「そうだ、それがどうかしたのか」
「はい、お話を聞いていて、少々疑問を持ちまして」
「なにを疑うか!現に俺は何度も彼女が被害を受けている姿を見ているのだぞ! 嘘だとでも言うつもりか!」
殿下の剣幕に辺りの温度が下がったような感覚になる。野次馬の生徒たちが顔を青くする。
殿下の機嫌を損ねたと罪をくらうかもしれない。
それでも私は疑問を解消したいだけなのでとくに気にせず返した。
「いえ、被害が嘘か本当かはどうでもいいのです」
「「「はあ?」」」
三人分の声が綺麗にハモった。
いえ、本当に、ミカさんがいじめられていようがサフィーナ様がいじめていようがどうでもいいんです。自分の興味があること以外は誰がどうなっていようと頓着しないので私。
「な、ならなんで話に割って入ってきた!? 庇うために割って入ってきたのではないのか!」
「いいえ、ただ疑問を解消したくて」
「疑問…?」
「はい、あの、今上げられた被害の場所なのですが、他にもあったら教えていただけませんか。あ、被害内容はべつに言わなくて構いません、場所だけで結構です」
「はあ……」
生返事と「なんだコイツ」という目を向けてくる公子様の視線も気にせず待って、ミカさんが被害を受けた場所を脳内の地図で確かめる。
「やっぱり…」
私の中でとある情報と合致して思わずミカさんへと駆け出す。誰かが何かを言う前に正面に立って、ガシッとその手をとって、笑顔を向けた。
「え!?」
「あなたの被害を受けた場所にいた時、なにか異変はありませんでしたか? 見知らぬ影を見たとか、普段ない物があったとか、透けた体の人間がいたとか、変な仕掛けがあったとか!」
「え、え? 何を?!」
「なんでもいいのです! なにかありませんでしたか、あればそれがきっと噂の……」
「なんだ貴様は!? ミカに近づくな!」
バシッと手を叩き落とされてしまい間に入られた殿下にハッとして謝罪する。
「申し訳ございません、少々興奮してしまいました」
「貴様いったいなんのために近寄った!?」
「噂の真相を知りたくて…」
「噂?ミカのか?なら……」
「いいえ、『散歩の亡霊』のです」
「……なに?」
ぽかんとする周りの反応も気にせず私は自分の追っているものを説明した。
「学園内で時折現れるという幽霊の噂です。夜な夜な学園内をうろついているそうなのですが、見た人たちからすると散歩のようにふらりと現れては消えている幽霊とのことで…!」
「は……?? お前、何の話をしているのだ?」
「私、日常の中に起こる謎の解明を趣味にしておりますの。学園にはいくつか謎に思う噂がありまして、その正体を探っていたのです。『散歩の亡霊』も噂の一つでして、一目見てみたくてずっと情報を集めていたのですが彼女の被害現場がどれも亡霊の出現場所に似通っているのです。なので変わったことを見たりしていないかなと思いましてっ。ミカ様、なんでもいいのです、ちょっと物の配置が変わってたとか、見慣れないものが目についたとか、すれ違った人が次の瞬間には消えていたとか、ありませんでしたか!? とにかく情報が欲しいのですっ!」
「え、あ、えぇ…?」
勢いにのけぞる殿下様に私は自分の思いの丈を語りミカ様にずいと迫る。ひぃっと叫ばれたのは何故なのか。気にすることなく私は語る。
「幽霊というのは限られた人にしか見えないという定説があります。それは本当なのかも知りたいところです。学園に通えている今、この時を使ってこの噂の幽霊を探さなければもったいないというものではありませんか。なので出現ポイントなどをまとめて現れる場所に先回りしこの目で確認したいと思うのは当然ではありませんか!? そうは思いませんでしょうか!? ということで情報提供を求めます!」
「はあ!? ちょっと何をっ……!」
「ま、待てっ、それは今関係ないだろうっ」
「そんなことはありません! 第一ミカ様の被害場所は幽霊の出現場所とほぼ同じ、これは先ほどの嫌がらせ行為とやらも幽霊の悪戯の仕業という面も考えられるかもしれなくてですね――」
「そんなわけあるか! くだらない話のためにミカに近づこうとするんじゃない!」
バシッと乱暴に払われた手、勢いに数歩後ずさるも殿下の言葉に意識が向いていた私はその場で言い返した。
「まあ、くだらないなんてっ。私にとっては今の婚約破棄のお話のほうがくだらないですわ、お話の邪魔しないでくださいな!」
「んなっ!?」
自分の趣味をくだらないと言われたことでカチンときて、殿下相手への礼儀も忘れて胸の内で溜まっていたものをぶちまけた。
「大体、惚れた腫れたとご自分の立場も忘れて騒いでいるから注意されるのにその注意に反省するどころか、周りを敵のように見るなんておかしいですわ。周りから不況を買う前に殿下はもっと周囲に理解を求められればよかったのです。それをなにも行動せずに一人…二人?で超えられない障害のようにお嘆きになって…。彼女の地位が問題ならどこかの高位貴族家にでも養子縁組させればいいだけの話でしょうに。それくらいの案も思いつかなかったのですか? 王妃の資格云々は横に置いても、サフィーナ様ほどの実力がなくとも王妃教育は貴族令嬢なのですからミカ様が根性だせば身に着けられないこともないでしょう。要は彼女のやる気の問題です。こなせば皆認めざるを得ないのですから。否定や罵倒はあっても元はと言えば自分たちの空気を読まない行動のせいなのですし、非難の的になるくらい非常識なことをなさっているのですから非難の声は覚悟するべきです。それにミカ様は国の頂点の地位に行くことの意味をわかっているのですか? 御国を支える人が贅沢三昧するだけなわけがないのですよ? 令嬢であれば時には涙を隠して気丈に振る舞う必要もあるのに、泣いてばかりでは聞き分けのない子供と同じではないですか。精神年齢いくつですか? 5歳くらいですか? 同じ貴族令嬢としても情けないです」
「な、な……!」
「ひ、ひどい……わたしは…」
言いつのる私に唖然とする殿下とショックだと言わんばかりに目を潤ませるミカさん。でも私は頭に来ていたせいでそれらを無視して正論を返した。
「酷いというなら直せば済む話でしょう? 男爵家で懐が寂しいとはいえ、性格を直すことにお金は必要がないと思いますが……それくらいもできないのですか? お金で釣られないと直せないのですか?」
「なっ、そんなこと…!」
「では直してくださいね。王妃に上がるかもしれない方がそんな人前でぼろぼろ泣くようでは他国の王族にも笑われますよ、王妃教育など生粋のご令嬢であるサフィーナ様でも泣かれるのですから」
「え! なんで知って……」
驚くサフィーナ様に謝りつつ、実は近くにいたのだということを話した。
私の趣味は謎を追うこと、校内で囁かれる不思議な話の嘘か本当かなどを解明することを趣味で行なっている。その謎の解明のために人気のない場所を探っていた時、何度か涙を流して蹲るサフィーナ様を見かけていたのだ。
「申し訳ございません、私に慰めることは出来ませんでしたけど、ちょっとでも気分転換になればと思ってお菓子などをそばに置いたりしてました。」
「あなたそんなことしていたの……じゃああのよく見つけてたお菓子類って…」
「はい、私が置いた物ですね。軽食用の簡単なものでしたが甘い物は大体の精神を回復させますから。気づくかもわからないような自己満足ですけど」
「そう、だったの………」
「はい。…さて、そんなサフィーナ様でさえ泣くほど苦しむ王妃教育を受ける立場にミカ様はなりたいとの事ですが、出来ますか? 周りに涙を見せることも許されず、たとえ挫けてもまた立ち上がって挑むことを要求される王妃という立場になる気概が、あなたにありますか?」
貴族がそんな自由じゃないことくらい知ってるだろうに。それでも更なる束縛が待つだろう王太子妃、果ては王妃を望むのだから、そういったことを覚悟して言ってたのではないのか。
そう問いかける目を向ければ、何故かミカ様は青ざめていた。考えてなかったらしいとそれだけでわかった。ダメねえ、という思いでふうと息をつけば二人がビクッとした。……反応が不思議だけど構わず続ける。
「殿下は殿下で現状を保ちたいならその恋心でふやけた頭を回転させてご両親が納得できるだけの説得を繰り返すしかないのです。それに王妃に相応しい淑女になってくれるようミカ様に頼めばよろしいではないですか。お家同士の血のつながり云々や政略的な考えがあっても実力を加味したことでの例外はあります、政権云々は置いておいて派閥を上手く使えば可能なことの幅も広がったでしょう。真実の愛がすべてだとおっしゃるならそこまでしたってなにもおかしくありませんわ。それこそまさしく真実の愛で乗り越え成せる結果ではないですか。物語にもできるような気高く美しいお話間違いなしです」
「それはっ…!」
「サフィーナ様を敵のように扱うのならば同じ土俵に立てるだけの努力をし、そこから向き合うべきでしょう。つまり血がにじむ思いだろうと本人のやる気の問題です。それらを何も先のことを考えず、努力もせず、ただ結ばれない悲恋だと嘆いて何も悪くない婚約相手のサフィーナ様だけを責めるなど……聞いている側からすれば鼻で笑いたくなるようなお話です。真実の愛とは誰かを責めて貶めなければ生まれないような、そんな程度のものですか…………お二人の愛って安いのですね」
「「うぐぐぐッ……!!」」
「そんな状態でお二人が結婚しても誰が心から祝福しますか? 地位に関係なく、そのように誇れないご結婚ではどんな地位のご両親だって苦言を呈したくなるというものです。仲の良かった親子間の関係だって歪むやもしれません。世間体を考えて子を勘当する親だっているでしょう。しがらみや思惑が絡めば余計に顕著です。まあ勘当なんてされればしがらみは綺麗に消えて愛だけに生きることはできるかもしれません。しかし生きる術が一から変わってしまいますね。平民に落ちて、今までのような贅沢が出来ずとも二人で生きていくことが幸せだと思えるならそれはそれでいい結果なのでしょう―――それを幸せと思えるのなら」
そこまで言って殿下とミカ様の二人を見る。二人の顔はさっきまでの意思の強さも見えず、ただ青い。
そしてそれぞれの目に宿る面白いくらいの感情の違い。
殿下は隣の最愛の女性に「たとえ平民に落ちようとも側にいてくれるだろう?」とでも問いかけている目で見つめ、ミカさんはそんな事態になることを心底嫌そうに何かを計算している目で殿下ではない虚空を見ていた。
「周りを納得させるだけの努力の果てに得る、そのままの地位で愛し合える方法と、幻滅させるような態度ばかりを貫いてあちこちから見放されすべてを失う方法………どちらが愛する者とずっと『幸せ』であれる手段でしょうね? 誰の言葉でもないご自分で、現状がどちらへ傾いているのかよくよくお考えください」
「「…………………………………。」」
黙り込んだ二人はそれぞれの感情の光を目に灯し、何かを考える。
周りがしんとなるなか、言いたいことを言ってスッキリした私はそれまでの雰囲気を切り替え、パンッと手を鳴らして本来の目的を口にした。
「さて、そんなことは置いておいて。『散歩の亡霊』の手がかりを見つけるべくミカ様には是非ともお話を窺いたいのですが、今日が無理そうならご都合のつく日はいつになりますかしら?」
「「「「「そこに戻るの(か)!?」」」」」
「え?」
周囲からの突然の大声にびっくりして見回せば、なにやら信じられないものを見る目を向けられていた。
周りからの凝視に、何かおかしかったかな?と首を傾げる。
趣味をくだらないと否定されたから頭に血が昇っちゃって言いたいこと言ってしまったけど、聞きたかったことはべつなのだからその続きを尋ねただけだ。
でも自分の言を思い返してだいぶ不敬を買ったなと自覚した。
王族本人の目の前なのもあり逃げ場無し。ああ~家に被害がいかなければいいなあ、親に迷惑かけてしまうのは後で謝りましょう。
「えーと…申し訳ありません殿下、出過ぎた言葉を述べました。懲罰は家ではなく私一人にお願いいたします。言いたいことは言いましたので不敬罪でも斬首でも受けますわ……」
「えっ! あ……そ、そうだ! おい誰かこの者を拘束しろ! 王族への侮辱罪で牢に入れてくれる!」
命は惜しいけど、言ってしまったものは取り消せない。
罰を受けるにしてもどうにか最小限の被害で済むように頭を下げて殿下の叫びにため息をはいていると「そんなことさせません!」とサフィーナ様が突然叫んだ。
「彼女が言っていることは全て正論、わたくしの言いたいことを全て代弁してくださったあなたを罰するなど、わたくしが陛下を説得して阻止してみせますわ!」
「サフィーナ様…?」
ずっと黙っていたサフィーナ様が声高々に宣言すると、美しい所作で正面にやってきて両手をとって笑いかけられる。
いきなりのスキンシップとまばゆい微笑にどきりとした。
サフィーナ様は憂いが晴れたような、とてもいい笑顔だった。
「ありがとう、これまで堪えていたことや口に出したいことを代弁してくれて。おかげで心がスッキリしたわ」
「は、はあ…」
「決心もついたわ、あなたのおかげよ」
もう一度ありがとうと告げてサフィーナ様は殿下たちの方へ目を向ける。
殿下殿下はそんなサフィーナ様を睨んで喚いた。
「サフィーナ、その無礼者を庇うとはなんだっ、王族を侮辱したのだぞ!!」
「いいえ、彼女は王族を侮辱したのではありません。王族でありながらその責任や立場を理解していない殿下へ注意を促しただけですわ。ここでの話はもう終わりです、残りは陛下を交えて行いましょう」
それから使いを呼んで何やら頼んでいた。
聞こえた内容を要約すると、今回のことを全て陛下に説明して、その後婚約自体をなくすために動くらしい。
何故か数分もかからずに王直属の近衛騎士だという人がやってきて殿下たちを回収した。
「さ、参りましょう。殿下のお望みが叶いますよ、言葉を尽くして説得なさらなければ廃嫡の可能性もありますが頑張ってくださいな」
「ま、待てサフィーナ!父上にはまだっ……」
「もう報告は前から陛下の耳に入っています、ミカ様のこともご存じですから何も恥じる必要はありませんわ」
「はっ!? 私も!? い、いつの間に……」
「王族に影の護衛がいることくらい当たりまえではないかしら? 今までのすべてを監視されていたのに気づいていなかったのね」
「え、全部!?」
「殿下もですか……ハァ……さ、残りは陛下の前で仰ってくださいな。陛下は王妃様と共にじっっっくりと聞いてくださるそうですよ」
「い、いやまだ心の準備が……おいなぜ腕を掴む!? 僕は罪人じゃないぞっ、離せ!」
「では逃げようとなさらないでください」
後ずさった殿下を騎士様二人が逃がさないようにしっかり拘束し、ミカさんも同様に促された。行きたくないとぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を冷静に、しかし容赦なく連行する騎士様方。
すぐに集団の姿が遠のき、辺りは静かになった。あの人たちいつから居たのかしら?
連行されていく二人を見送って見えなくなった頃にはたとひとつのことに気づいた。
「あ、ミカ様から聞きたかった話が……これではもう無理ですね…」
王城に呼び出されたなら帰りは遅いことだろう、『散歩の亡霊』の話は聞けなさそうだと残念に思っているとサフィーナ様からのツッコミが入った。
「あなたまだ気にしてたの? 大体、幽霊などいるわけないでしょう」
「そうでしょうか? まあ私もいるかいないかの検証含めてこの噂の真相捜しをしていたのですが………」
「少なくともこの学園にはいなくてよ。だって」
「あのう~」
今までずっとだんまりだった、ミカ様の被害を読み上げていた人が声をかけてきた。
サフィーナ様が目を顔を向けて彼に頷くと、彼はコホンとわざとらしい咳をした後に話し始めた。
「実はあなたが言っていた場所でのミカ嬢の被害は、すべて彼女の自作自演だと判明していたのです」
「あら、そうでしたの?」
「ええ、ですのであらかた向こうのカードを切らせてからこちらが証拠と共に言い返し、今回の騒動を収める手筈だったのですが……思わぬ伏兵に戸惑ってしまいましたよ」
どうやら私は予想外のところからサフィーナ様を援護したことになったらしい。苦笑された。
でも、ということは……。
「ではミカ様は『散歩の亡霊』の情報は持っていないのですね……」
「…ぶれませんね。というかミカ嬢がその亡霊なのでは?」
「え? ああ、なるほど!」
思い返すと噂の広がった時期と彼女の被害が始まった時期が一致するし、出現場所が同じだったのもそういうことだったのね。
「彼女が亡霊……だから出現場所も一致してるのに本人は何もわからなかったのね。そして自作自演の準備の姿を誰かがわずかに見たことで亡霊のように見えた。なるほど…、本物の幽霊ではなかったのが残念ですがそれなら納得です、すっきりしました!」
「ならよかったわ。ところで、あなたとお話したいことがあるのだけど……」
「では早速次の謎の調査に行かないと! 次に気になっていた『相槌をくれる銅像』は今度こそ幽霊が原因かしら? それともまた何かのカラクリが? だとしたら誰が? 仕掛けはどういったものが……」
「ちょ、ちょっと! こっちに興味持ちなさいな、まだ何かする気なの!?」
「もちろんですっ、そういった謎を探り解明するのが私の趣味ですので! 学園にいる間に学園の謎を探らなければもったいないですから! ではお騒がせいたしました、これにて失礼いたしますわ!」
「ちょっと待って頂戴! ちょっと! なぜドレスで歩く速度がそんなに早いの!? お待ちなさいってば!!」
礼をしてそそくさと移動を始めた後ろでサフィーナ様が何か言っていたようだけど自分には関係ないだろうと思って気にせず目的地へと進んでいく。
まずは部屋の調査日記に今日のことを記録してからね、急がなくっちゃ!
殿下たちがこの後どういった結末を迎えるかなど、私の中ではすでに興味を失っていた。あるのは次の調査の段取りと噂の正体の想像だけ。
「次も張り切って調査だわ!!」
「お待ちなさいーーー!」
「ん?」
張り上げられた声に振り返って、ようやく私が呼ばれていることに気が付いた。
その後私はサフィーナ様直々の懇願によって友人という扱いになり、今までの地味で目立たないことで自分の時間だけで生活していた状況が一変した。
それでも知り合いが増えたり、趣味をサフィーナ様に呆れられたり、サフィーナ様の新しい婚約者を祝福したり、一緒にどこかへ出かけたりと卒業まで賑やかで楽しい時を過ごしたのだった。