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後悔 〈5〉

 結弦くんからの申し出は、きっと結弦くんも感じていたからなのだろう。


 私たちの旅の終わりが、もうすぐそこまで来ていることに。


 現在受け持っていた旅人お仕事の依頼をすべて終えた日。

 結弦くんが自分の世界に帰ったあとのことだ。


 私と言えば、その日も夜遅くまでクローバー柄の日記帳に文字を連ねていた。

 書くつもりだった内容を書き終えたとき、ようやく気づいた。


 日記の残りが、最後一ページになっていたことに。それほど長く、私たちは旅人お仕事を続け、そして旅をしてきたのだ。


 後悔は、ない。


 いろんな感情が押し寄せてきて、口元が緩んだ。


 だけど不意に、なにやら階下が騒がしくなった気がして、日記帳から顔を上げた。深夜も深夜。すぐに静まるかと思ったが、それは続いた。話し声だ。


 私は日記帳を閉じて部屋を出た。


 廊下に出ると、ちょうど大きなクマのぬいぐるみを抱えながら栞ちゃんも出てきた。もうすでに夢心地だったのか、重たそうなまぶたをこすりながらムニャムニャ言っている。


 階下では、葵さんが誰かと話しているようだった。穏やかな雰囲気ではない。夜遅く、寝静まっている人もいる時間にする声のトーンではない。


 階段の上から栞ちゃんと気配を消して会話を聞いてみる。内容までは聞き取れなかったが、それでも相手が誰であるかはわかった。


「お父さん……?」


 栞ちゃんが首を傾げる。

 たしかに一階から聞こえてくる声は江宮島の宮司、葵さんと栞ちゃんの父親のものだった。


 二人で顔を見合わせ、そっと階下に降りていく。


 階段の足を進めたときから、なんとなくわかっていた。


 これが始まりで、終わりなんだって。


 気配を感じてか、階段に背を向けていた葵さんが振り返る。その表情はかつて見たことがないほど張り詰めていた。穏やかな表情はなりをひそめ、悲しみやおびえ、崩れ落ちそうなほどの衝撃が揺らいでいた。


「……二人はここにいてくださいっ」


 必死に感情を押し殺した声で葵さんはそう言うと、お父さんをともなって真夜中の江宮島に飛び出していった。


 ほとんど力任せに玄関の扉が閉められる。


 しんと静まりかえる私たち。


「明日葉姉……?」


 だけど私の足は、なにかに引かれるように自然と外に向いていた。


 言いつけも聞かずに玄関を開け、外に出る。


 空気感が違っていた。

 いや、違う。明らかに空気が違う。この島は、私を迎えてくれた島は、こんな場所じゃなかった。


 気がつけば、走り出していた。


 栞ちゃんの引き止めるような声を聞いた気がしたが、私は構わず地面を蹴る。


 どこへ向かえばいいかわかっていたわけじゃない。なにが起こっているかわかったわけじゃない。


 それでも体は、足は、私の存在は、引き寄せられるように動いていた。


 そして、私は知った。



 ――ああ、私はこのときのために、旅人に選ばれたんだ。

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