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寂しがり屋な過去 〈3〉

 大怪我だったこともあり、明日葉から今日はもう帰るように言われた真夜中。


 眠る直前まで激痛だった腕を庇いながら、ベッドで体を起こす。

 江宮島での怪我や疲労などの肉体変化は、自分の世界に持ち込まされない。寝間着にしているパーカーの袖をそっとめくるが、骨折の形跡は影も形もない。

 それでもなぜか痛みが残っている気がして思わず腕をさすってしまう。


 そしてしばしの沈黙のあと、ぼすりと枕に顔を埋める。


「う、うわああああああああああっっっ!」


 枕に向かって叫び声を吐き出し悶絶する。


 ごろごろごろごろごろとベッドの上で転がり回り、勢い余ってベッドから落ちてしまう。鈍い痛みがじーんと体中に広がるが、そんなことは気にもならない。


 思い返してみると恥ずかしさと情けなさでいたたまれなくなる。

 明日葉を怒られ、気を使わせ、そして慰められた。

 勢いで全部話してしまった事実を僕の存在丸ごと消し去りたい。世界線変われ。


 話す必要なんてなかった話だ。僕の過去なんて旅に関係あるわけもなく、明日葉に知ってもらう必要もなかった。


 それでもなぜ明日葉にそれを話したか。それはきっと。


 掛け時計が示す時刻は深夜三時。

 明日、というかもう今日だが、土曜日で高校は休み。時間を気にする必要はない。いまさら眠る気にもなれなかった。


 なるべく音を立てないように自室から出ると、なにやら廊下には呻き声が響き渡っていた。僕の部屋とは真反対に位置する香澄姉さんの部屋だ。行き詰まっているのか絶賛修羅場。


 姉さんに気取られないように、そっとマンションを出る。

 江宮島と同様に、こちらもいよいよ本格的に夏。真夜中だというのに上着すら必要なく、むしろ心地よい空気感だった。


 足は自然と、いつもの日課に向かっていた。


 六月も半ばを過ぎ、いよいよ七月をうかがうところ。もうじき夏休みだ。


 僕の旅が始まってもうじき二ヶ月だ。明日葉と出会ってからも同程度の時間が流れている。

 異例の二人の旅人という関係。

 六十日近くもの時間が流れれば、少しはお互いのことを知ってもおかしくない。

 だけど。


 夜道に歩みを進めながら、思い至る。


 僕は叶明日葉という少女のことを、ほとんど知らない。


 僕よりも数ヶ月早く旅人に選ばれた少女。

 同い年で今年十七歳の高校二年生。よく笑う。誰にでも優しい。なにかしていないと気が済まないたち。毎日僕より早く江宮島を訪れ、僕より遅くまであれこれ頑張っている。目を惹く長く綺麗な亜麻色の髪。整っていながらも幼さを残す容貌。 


 知っていることと言えば、明日葉と少し触れ合えばわかる程度のことばかり。

 明日葉が旅人に選ばれる理由となったきっかけである願いは、誰かに必要とされたいということだけだ。


 僕が一人夜を歩きたどりついた場所は、毎朝訪れる神社。


 日没後の神社仏閣というのは本能的に怖いと感じる場所でもある。しかし子どものころから通っている僕にとっては慣れ親しんだ場所。いまさら覚える感覚はいくつもない。


 たどりついた拝殿前で、憂さ晴らしに盛大に鈴を打ちならす。近所の人が聞いたら怪奇現象である。


 僕が捧げた願いは、まだわからない。


 神様を前に問うても、神様のその重い口から答えをくれることはない。

 僕の願いというものがわからない以上、彼女の願いくらいは叶えさせてあげたいのだ。


 でも、そのとき僕らはきっと……。



 時間は巡り翌日、また夜になる。


 僕は再び江宮島を訪れた。


 江宮島であてがわれた部屋のベッドで体を起こす。前日、眠ることにも苦労していた腕の痛みはなくなっていた。もちろん骨折も治っている。


 リビングに降りていくと、そこには僕の二つ目の日常があった。


 テーブルに腕を突いてこれから出てくる朝食をニコニコ心待ちにしている栞ちゃんと、落ち着いた様子で新聞を読んでいる葵さん。

 それから、キッチンで楽しげに料理をしている少女。シュシュでまとめたポニーテールがひょこひょこと揺れている。


 少女はこちらに気がつくと、昨日見せていた辛さや悲しみはまったく見せることなく、優しげな笑顔で振り返った。


「あ、おはよう、結弦くん」


 僕もいつも通り、笑顔で返す。


「おはよう、明日葉」

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