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苦手な方はご注意ください。

むかしむかし、お母さんが男の子をしていた頃

作者: celastrina


 お父さんは私の事が嫌いなのかもしれない。

 物心ついた時からそう思っている。

 外で幼い弟と遊ぶお父さんは笑顔で、二人とも楽しそうに笑っている。

 

 「お父、さん···」

 

 でも、私が声をかけるとお父さんは笑顔じゃ無くなる。向こうに何かがあるぞと言って弟と行ってしまう。

 

 いつもそうだ。

 

 お父さんは私には笑ってくれない。話してもくれない。

 私が何をしたのだろう。

 私の何が悪いんだろう。

 

 じっと(うつむ)いていたら、お母さんがやって来た。

 

 「あらあら、平等にしてあげてって言ったのに」

 

 仕方の無い人ねなんて、お母さんは言うけど、仕方が無いなんて、そんな言葉で片付けるには辛くて痛くて、出来ない。

 

 「お父さんは、私の事嫌いなの?」

 「そんな事無いわよ」

 

 お母さんはすぐにそう言うけれど、そんなの信じられない。

 

 「でも、だって、じゃあどうして私だけ、しゃべってくれないの?」

 「お父さんはあなたが嫌いなんじゃなくて、女の子みんなが怖いのよ」

 

 そんなはずが無い。お父さんは町を守る警備隊長だもん。町のみんなの事をよく知っている。

 

 「それに、お母さんとは普通に話してるもん」

 「んー、そうねぇ」

 

 お母さんだから。とかって言われると思ってた。そしたら、

 

 「そうねぇ、お父さんに初めて会った時のお母さんは男の子だったから」

 「え?」

 

 思ってもみなかった言葉にぽかんと口が開く。お母さんは女の子だよね?男の子ならお父さんで、女の子だからお母さんじゃないの?

 

 「折角(せっかく)だからお話しましょうか」

 

 よいしょと、お母さんは私を抱き抱えて椅子に座る。

 

 「むかしむかし、お母さんが男の子をしていた頃ね」

 

 そうして、お母さんの昔話が始まった。

 

 

 ************************

 

 

 お母さんはね、子どもの頃男の子になりたかったの。本当に男の子になりたかったと言うよりは、女の子みたいなお人形遊びやおままごとより、木に登ったり虫を捕まえたり、野山を駆けずり回ってチャンバラごっこをする方が好きでね、よく「女らしくない」「男の子みたい」って言われてたの。

 

 それなら男の子になればいいやって思ったのが始まり。

 

 お母さんは隣町の警備隊をしていたおじいちゃんのお家の一番下に産まれたの。お兄ちゃんが三人とお姉ちゃんが二人の大家族よ。だからね、家を継ぐ必要も無いし、上にお姉ちゃんが二人もいるのだから一人くらいいいわよね?って言ったら、おじいちゃん大激怒しちゃって。最終的には棒を持って「俺を倒してから言え!」なーんて言っちゃって。今思うと、大人げ無いわよねぇ。自分は警備隊までしてたのに、年端もいかない娘に戦って勝てたら、なんて。

 

 それで?

 

 ふふふ。お母さん、勝っちゃったのよ。おじいちゃんがそこまで強くは無かったっていうのもあるけど、どうやらお母さん、ちょーっと才能があったみたいでねぇ、結構あっさり、ぽこんっと叩いて勝っちゃったのよねぇ。何回やっても結果は同じで。

 

 おじいちゃん?

 

 そりゃもう顔を真っ赤にして!大人気なくも、いや三本勝負だ。やれまだ膝を着いてないだのって、もう情けないったらありゃしなかったわねぇ。で、立てなくなるまでボコボコにしてようやく大人しくなったわ。大丈夫。おじいちゃん体は丈夫だから。ただの体力切れよ。

 

 それでも往生際が悪くてね、男の子に見えなかったら駄目だって言うから、おばあちゃんとお姉ちゃん達とノリノリで男装したわぁ。お兄ちゃんもノリノリで服を用意してくれてねぇ。髪は肩くらいまで切ってくくって、睫毛や眉毛をおばあちゃんが整えてくれて、ちょちょいと他にもしたらあら不思議。どう見ても町のチャンバラ小僧。そこにちょっと育ちの良さを足した感じかしら?その格好で町を歩いても始めは誰もお母さんって気づかなくって、親戚の男の子ですか?なんて言われたのよー。

 

 結局おじいちゃんは泣く泣くあきらめてくれて、町の男の子達に混じって遊んだり、大きくなったら警備隊の訓練を受けたりしてたの。

 

 その頃には町中の誰もが男装したお母さんの事を知っていて、気にもされなくなっていたわねぇ。むしろ、強くて人気だったかしら?少なくとも女の子のくせにとかは言われなかったし、男だったらなんて事も言われなかったわねぇ。

 そんな時にね、町に領主様のお家から人が来る事になったの。

 

 あら、もう分かっちゃった?当たり前かしら。

 

 そう、領主様ーー辺境伯様のお家の三男坊のジークフリート様。あなたのお父さんよ。

 

 正確には町の視察と警備隊の様子見や訓練を目的とした領主様の私兵の一団に混じって来てただけなのだけれど。ジークフリート様の訓練とかお勉強も兼ねていたのですって。

 

 どうしてお貴族様なのに兵士だったのって?

 

 ふふふ、まだあなたには難しいかしら?お父さんは三男坊だからお家も継げないし、政略結婚するにも難しい立場だったの。他にも色々と理由はあるのだけれど、騎士や兵士として身を立てる方が堅実的ではあるわ。

 

 小さな町だもの、すぐにそのお話は広まって、たくさんの夢見る女の子が張り切ってたわ。だって、三男だろうとお貴族様よ?町娘からしたら立派な王子様だもの。それに、ジークフリート様はお顔もカッコいいって有名だったから。

 

 それで私兵の一団が来られた当日、警備隊のおじいちゃんも一員も同然だったお母さんももちろんお出迎えに出てたわ。

 

 その時のお父さん?

 

 んー、今とそんなに変わらないかしら?お日様に輝く跳ねた銀髪に、筋の通った鼻、赤色の目は鋭くて、歳は三つしか違わなかったけど背が高くて、ああそうそう、その頃から結構筋肉質で子どもだからまだ線は細かったけれど、流石お貴族様は訓練が違うのかしら?それとも食べ物?なんて思ったわねぇ。

 

 特に問題も無くお出迎えとご挨拶をして、早速町を案内する事になったのだけれど、女の子達がすごくてねぇ。ずっとついてくるしうるさいのよ。始めはおじいちゃんが怒鳴って追い払っていたのだけど、キリが無くて、私兵の方々も苦笑していらしたわ。まぁ、どこに行ってもこんなもんですよとは言っていたけれど。

 それにね、ジークフリート様は我慢出来なかったの。

 

 「目障りだから消えろ。女は嫌いだ」

 

 なんて、みんなに聞こえるように言ったのよ。当然しーんとしちゃって、感じ悪いったら。気の弱い女の子は泣きそうになるし、他の子や大人も剣呑な感じになるし。

 

 お母さんはそんな空気を殴り飛ばしてやったわ。物理的にね。ふふふ、思いっきり顔を殴ったのだけれど、ジークフリート様は尻もちもつかないで、睨みつけてきたのよ。

 

 「貴様、何をする」

 「分からない?女の子を泣かせたから殴ったんだよ」

 「任務の邪魔をする奴らが悪い」

 「それと君が女の子を嫌いなのは別の話だろ?僕は女の子を泣かせるような奴に守られたくなんかないね」

 

 その頃のお母さんは男の子だったから、『僕』って言ってたのよー。

 

 ん?それはどうでもいい?

 お貴族様に喧嘩を売って大丈夫かって?

 

 もちろん大丈夫じゃないわ。

 おじいちゃんは顔を真っ青にしてお母さんの頭を押さえるし、ジークフリート様はすっごい顔で睨んで来るし。

 

 私兵の方々?

 

 おやおやみたいな顔をしてジークフリート様を抑えてたわぁ。そう言えば、私兵の方々からは怒られなかったわねぇ。

 

 そうしてちょーっとばかり騒ぎになってね、まぁ、血も出てなかったし、ちょっと赤くなったくらいだったし、町の女の子達が邪魔をしていたのも事実だったから、とりあえず不問になったわ。お母さんはおじいちゃんに殴られたけどね。その頃にはすっかり男の子扱いになってたのよ。もしかしたら性別を忘れられていたのかしらねえ。

 

 あ、女の子達はいつの間にか消えていたし、その後も現れなかったわ。夢が壊れるのは一瞬ね。

 

 そのまま続きをして、その日はおしまい。ジークフリート様や私兵の方々は町長さんのお屋敷にお泊まりしたわ。

 

 その次の日からは訓練も兼ねた····うーん、逆ね。状況把握を兼ねた訓練が始まったの。警備隊の人と私兵の人で二人一組になって。で、お母さんはジークフリート様とペアになったのだけど、すごく嫌な顔をされたわ。

 

 んー?ああ、同じ歳頃なのがお母さんしかいなかったのよ。本当ならお母さんも警備隊になれる年齢ではなかったのだけど、強かったし、警備隊になるって決めていたから、折角なら参加しとけ、みたいな?ペアになって一緒に戦ったりするからなるべく背とか歳の近い人同士で組むようになっていたの。そこでジークフリート様が三歳年上って知ったのだけれどね。

 

 「ジークフリート。敬称はいらない」

 「分かった。僕はフレッド。好きに呼んで」

 

 うふふ、男の子の頃のお母さんの名前よ。あんまり変わってないでしょ?そうそう、分かりやすくてよかったのよー。

 

 それで訓練が始まったのだけれど、流石ねぇ、軽いウォーミングアップだけで警備隊のおじさん達はヘロヘロだし、私兵の方々は倍の数をするし、面白かったわぁ。お母さんは警備隊の回数を普通にしたわ。まだウォーミングアップなのにへばるのは早いでしょう?

 

 その次に実力テストを兼ねた模擬戦になっていたのだけれど、見ての通りだったから、お母さんとジークフリートの試合だけになっちゃったのよねぇ。結果は当然負けたわよ。でも、私兵さんに褒められるくらいには善戦したし、少なくとも最後に握手が出来るくらいにはいい試合をしたわぁ。

 

 「細いくせにやるじゃないか」

 「それは余計だよ、ジークフリート。僕も強い君と戦えて楽しかった」

 

 その後は普通に訓練よ。私兵の方々にご指導いただいて無理の無い範囲で走ったり素振りをしたり手合わせをしたりして。この日はこれでおしまい。手加減していただいたわりに結構キツかったけど、みんな嬉しそうで生き生きしてたわぁ。

 

 その日の夜からは各ペアの警備隊のお家に私兵さんはお世話になる事になっていたの。寝食を共にしてこそ真のペアだとかなんとか。

 でも、お母さんのペアはジークフリートでしょう?流石にあばら家にお招きする訳にはいかないし、お姉ちゃん達もいるから、お母さんが町長さんのお屋敷にお泊まりしに行ったわ。お屋敷って言うけれど、この家二つ分くらいの大きさよ?領主様のお館と一緒にしてはいけないわ。

 

 何をしたのって、うーん、大した事は何もして無いわよ?とっても疲れていたもの。少しお話して、気がついたら寝ていたわ。

 

 え?そうよ?

 

 同じ部屋で寝てたの。貴族よりも私兵の一人としてのジークフリートだからって言って、町長さんのお屋敷に寝泊まりしているだけでもずるい?からせめて同じ部屋にしてくれって。

 

 よく分からないわよねぇ。まぁ、寝食を共にして〜ってやつのつもりだったのかしら?別に異議も無いから普通に同じ部屋で寝たわよ。だってお母さん、男の子だったもの。

 

 その後も訓練と、後は巡回ね。二組ずつしたのだけれど、悪いやつがいないかだけじゃなくて、こういう場所は危ないとか、ここに荷物を積むと邪魔だとか、そういうご指導を受けながらして、とっても楽しかったわ。よく知っている町の事なのに、見方を変えると驚きや発見がいっぱいで、訓練よりも好きだったわぁ。

 

 そうやって数日経つとね、記憶って都合良く変わってたり、前向きになれたりするのよねぇ。

 

 初日に受けたショックをね、女の子達が忘れちゃったみたいなのよ。もちろんみんながみんなでは無いわ。あなたがよく話してくれるカレンちゃんみたいな気の強い子だけよ。

 

 その子達がね、ある日ジークフリートに突撃して行ったのよ。告白···では無かったけど、まぁ、女の子だものねぇ。数人で巡回中のジークフリートを囲んで···お母さんは丁度お花屋さんのおばさんを手助けしてて少し離れていたのよ。そしたら怒鳴り声が聞こえて来てね。

 

 「五月蝿(うるさ)い!お前らみたいに喚くしか脳が無いから女は嫌いなんだ!」

 

 驚いて振り返ったら、ジークフリートがすごい剣幕で、慌てて走って行ったわよ。

 

 「顔と家しか見ていない癖に俺につきまとうな!!」

 

 「ジークフリート!」

 

 始めはそこまで言わなくていいでしょって怒るつもりだったのだけれど、ジークフリートの顔色が悪い気がして、怒るのは止めたわ。お母さんが呼びかけたら、ひとまず黙ったし。

 

 「悪いけど、ジークフリートはお仕事中なんだ。この町と領地のみんなの為に頑張っている所なんだ。だから、声をかけるならプライベートの時だけにしてあげて?」

 

 女の子達も結構青ざめていたし泣きそうだったから、それだけ言って、ジークフリートを連れて訓練所まで戻ったわ。私兵の方に訳を話したら、今日はもういいから休ませてあげてくれって言われたからそのまま二人共町長さんのお屋敷に行ったの。

 

 ジークフリートはあんなにすごい剣幕だったのに一言も話さなくて、怒るのは何だか違う気がしてねぇ、つい、頭を撫でてみたの。

 

 「···何をしている」

 「何って、撫でてるだけだよ?なんか落ち込んでるみたいだったから」

 「俺の方が年上だ」

 「じゃあお兄ちゃんに質問です。どうして年上は撫でちゃいけないの?」

 

 おかしな事を言ったつもりは無かったのだけれど、ようやくジークフリートは笑ってくれてね、そして教えてくれたの。

 

 ジークフリートがむかし綺麗な服を着てお貴族様のお茶会に初めて出た時ね、それはもうモテたんですって。たくさんのドレスを着た可愛いお嬢様に囲まれて。それでこんな事は初めてだったジークフリートは困って、戸惑って、逃げようとしたんですって。

 

 嬉しくなかったのかって?

 

 そうねぇ、あなたのお話に出て来る、なんて言ったかしら、アン?アニー?そうそう、アメニー。貴族のお嬢様一人はアメニー五人分って言ったら分かるかしら?そうなの。話すのも大変だし、ちょっと嫌だし、たくさん囲まれちゃったらすごく怖いでしょ?

 

 それでジークフリートは色々言い訳して逃げようとしたんだけど、中々離してくれなくて、お嬢様達も痺れを切らしたみたいで誰か一人が袖を引いたら、もうみんなに引っ張られて押されて。

 そうしている内に、池に落ちてしまったんですって。子どもじゃ足のつかない深さの池に。まだ泳げなかったジークフリートは当然溺れてしまって。綺麗な服は水を吸ってどんどん重くなるし、必死にもがいても沈んでしまって、水を飲んで苦しくて、死んでしまうと、思ったと言っていたわ。

 

 お嬢様達はね···誰も助けてくれなかったの。お嬢様達だって泳げるはずはないし、ドレスも着ているもの、無理なのは分かってる。それでも、誰かを呼ぶなり、手や枝を伸ばすなり出来たはずなのに、誰も何もしてくれなかったの。みんなで溺れるジークフリートを見るだけで、誰も。ジークフリートが溺れて、苦しんで、怖くて、辛いのに。

 

 幸い、騒ぎに気がついた騎士様が飛び込んで助けてくれたのだけれど、落ち着いた時にはお嬢様達はみんな逃げてしまっていて、誰もが知らないフリをしていたそうよ。

 

 ええ、そう。その事が原因でジークフリートは女の子が嫌いになってしまったの。嫌いーーと言うよりは怖い、かしら。あれからとっても頑張って泳げるようになって、時間が経っても、あの時の恐怖が忘れられなくて、勝手に好いて来たくせに突き落として、見放して、そんな自分勝手さに怒りが湧いて、どうしようもないんだって、苦しんでいたわ。

 

 「ごめん、ジークフリート。君がそんなに苦しんでいただなんて思ってもみなかった」

 「いや、フレッドの言うことも正しい。それは分かっているんだ」

 

 ジークフリートは、とっても真面目で真っ直ぐな人なの。訓練をして、二人で寝食を共にしている内にそれは分かっていたわ。だから、自分の中の恐怖と頭では理解している理想が折り合わなくて苦しんでるんだって分かったの。

 

 「僕が君の騎士になるよ。女の子から君を守る騎士に」

 

 ふふふ、どんなに頑張っても警備隊までにしかなれないのに形だけでも騎士になる、だなんて、今思えばすごい啖呵をきったものねぇ。ジークフリートだって呆気に取られていたもの。

 

 「僕が君の代わりに君の理想の一欠片を守るよ。誰(へだ)て無く、みんなを守れる兵になりたいんだろう?」

 

 夜にチラッと聞いたジークフリートの夢。お母さんはとても素敵だと思ったわ。そんな辛い思い出を抱えているのに、みんなを守りたいって思えるだなんて、本当に優しい人だと思わない?そんなジークフリートの力になりたいと思ったの。

 

 「お前は、良い奴だな」

 「素直じゃないなぁ。そこはありがとう、だろ?」

 「俺より弱いくせに」

 「あ!言ったなぁ、外に出ろよ、今度こそ勝ってやる!」

 

 その後は本当に訓練所に戻って打ち合ったわ。今までの試合じゃなくて、まるでチャンバラごっこみたいに。

 

 勝敗?お母さんの初勝利よ!

 

 その時に聞いたのだけど、私兵の方々は当然ジークフリートの話を知っていて、ずっと気にかけていたのですって。ありがとうって言われたわ。

 

 次の日からまた同じ様に訓練をして、巡回をする時はジークフリートから絶対に離れないようにして、でももう女の子達は来なかったわ。流石に現実を見たのかしらねぇ。

 

 楽しい時間はあっという間。私兵の方々は他の町にも同じ事をしに行かなくちゃいけないもの。最後の日は町を上げて盛大にパーティーをしてね、町中の人が感謝を伝えたわ。その時に、ジークフリートが言ったの。

 

 「なぁフレッド、一緒に来ないか?」

 「どこに?」

 「次の町に。お前の事は隊長も将来有望だって気に入ってる」

 

 そりゃびっくりしたわよ。でも、二つ返事で返したわ。だって、私兵の方々と訓練するのも、試合うのもとても楽しかったんだもの!おじいちゃんには反対されたけど、町のみんなと隊長さんの押しがあって許してくれたわ。

 

 次の日、お母さんはジークフリートと私兵の方々と一緒に隣の町へ行ったわ。町から出るのも初めてだったから、とってもわくわくしたし、楽しかったわぁ。道中も色々な事を教えて貰って、移動が徒歩だったから何回か野営もしたのよ?それも訓練の一つだったの。

 

 隣町はお母さんの住んでいた町よりも小さめで、でも活気に溢れていたわ。そこで待っていた警備隊の人達はね、町で材木を特産品としていたからかしら、お母さんの町のおじさん達よりもがっしりしてて、強そうだったわ。その中にね、一人だけ若い人がいたの。と言ってもジークフリートより二つ年上の青年だったのだけれど。

 

 彼は自分の腕にとっっっっても自信があって、今回の訓練でお偉い方の目にとまって、すごい兵士や騎士になりたかったそうよ。あわよくばジークフリートの護衛だとかになりたかったとか。

 

 「ジークフリート様とお見受け致します。初めまして、自分はガインと申します」

 「ああ、ジークフリートだ。よろしく」

 「そちらはお付の方でしょうか?」

 「いや、俺の相棒のフレッドだ」

 「隣村のフレッドです。よろしくお願いします」

 

 その後ジークフリートがお母さんが着いて来た経緯を詳しく説明したのだけれど、どんどんガインさんの視線がキツくなってねぇ、ガインさんが入ろうとしていた場所をお母さんが取ってしまったと思われたみたいで、

 

 「そんな小さくてヒョロヒョロした者にジークフリート様の相棒が務まるのでしょうか?」

 

 (さげす)んだ目ですっごく馬鹿にされたわ。言い返そうとしたのだけれど、それよりも先にジークフリートが前に出たの。

 

 「それを決めるのは俺であってそちらではない」

 

 ガインさんは顔を赤くしてお母さんを睨んで行ったわ。

 

 それから、事ある毎にガインさんはお母さんに突っかかって来て、ジークフリートが上手くいなしててくれたのだけれど、訓練に支障も出るしちょっと目障りだったから、手っ取り早く試合う事にしたの。

 

 「フレッド、俺が何のために···」

 「その気遣いは嬉しいけど、僕だって我慢の限界だ。僕は真面目に訓練をしたいんだ」

 「負けたらどうする気だ?」

 「酷い奴だなぁ、僕が勝てないって言うんだ?」

 「だが、実際に勝機は薄いだろう···」

 

 「よし分かった。これが終わったら一戦やろう」

 

 血の気が多い?だって、男の子だったもの。

 

 ガインさんはお母さんより年上だし、背も高くて、筋肉もあって、大きかったわ。普通に戦えばそりゃ負けるでしょうね。胆力も体力も大違いだったもの。でもね、お母さんは(さき)んじて私兵の方々の訓練を受けて、指導を受けていたわ。負けるにしても簡単にやられてやるつもりなんて無かったわ。

 

 ガインさんは明らかにお母さんを下に見ていたわ。まぁ、物理的にも下だったのだけれど。ふふふっ、それで始まってすぐから攻めてきたわ。お母さんはそれを飛んだり跳ねたりしゃがんだり、時に後ろに回ったり下がったりして、ずっと避けていたの。

 

 「この、ちょこまかとっ、正々堂々戦え!」

 「戦略も正々堂々とした戦いですよ?それともガインさんは当たったら危ない剣戟(けんげき)でも避けないの?」

 「こんのぉっ!!」

 

 事実、あんな馬鹿力で殴られたらお母さんの骨なんてボッキリよ。あ、使っていたのは木剣よ?

 

 お母さんが全部避けるからガインさんはずっと空振りをしていたのだけれどね、下手な人の力任せの空振りって、結構疲れるのよねー。だから何もしなくてもガインさんが疲れるのは早くて、ふふ、冷静さも無かったから思ったよりもすぐに隙が出来てねぇ、そこをえいっと剣を弾き飛ばしたの。

 

 私兵の中に細身の騎士出身の方がいてね、どんなに食べてもお肉がつかなくて筋力もつかないから仕方なく技を磨いたらしいわ。若くて小さくて他の人と比べたら細かったお母さんにその人が力が無くても戦う方法をいくらか教えてくれていたの。

 

 それを使ってこう、(から)めとる感じでくるっ、パシッ、って感じでするとあら不思議。ある程度しっかり握っていても剣が飛んでっちゃうの。

 

 武器が飛んでっちゃったら誰がどう見てもお母さんの勝ちでしょ?でも、ガインさんはやっぱり認めなかったわぁ。

 

 「この卑怯者が!」

 「何故?正々堂々戦ったじゃないですか」

 「俺がお前なんかに負けるはずがない!何かの間違いだ!」

 「これだけの人に見られて囲まれて、不正なんか出来るはず無いじゃないですか。僕の実力ですよ」

 「ふざけるな!」

 

 まぁ分かってはいたけれど、二進(にっち)三進(さっち)も行かない押し問答よ。そこにジークフリートがやって来てね、

 

 「いずれにせよ、俺の傍にいるだけの実力がある事は証明されただろう」

 

 お母さんの前に出てガインさんを睨んでいたわ。女の子を睨んでいる時よりも冷たい感じがしたわねぇ。それを受けてガインさんは足を鳴らしながら行ってしまったわ。

 

 それがお母さんは、きちんと自分の力で勝ったのに守られているみたいでちょぉっと気に食わなくてねぇ。

 

 「ねぇジークフリート」

 「どうした?」

 「ん、ちょっと僕の実力を思い知らせてやろうかなって思って」

 

 にっこり笑って、コテンパンにしてやったわ!ジークフリートは油断もしてたし、どうしてかお母さんに遠慮していたみたいだったから出来た事だけれど。でもいつもの試合でも負け続ける事は無くなって来ていたのよ?

 

 ひとまずはそれで収まったわ。相変わらずガインさんには睨まれていたけれど。それと、相変わらずジークフリートはモッテモテだったけど。

 

 ふふふ、そうよ。

 

 その町の女の子達。巡回中に来る分はお母さんが適度にいなして追い返したわ。だってジークフリートの騎士だもの。

 

 なんだけれど、中にはお母さん目当ての子もいてねぇ。どうやらガインさんをやっつけたのがウケたらしくて···。

 

 「フレッド君!ガインの奴をやっつけてくれてありがとう!」

 「あれれ?僕、お礼を言われるの?」

 「だってアイツいつも偉そうで、すぐに手足が出るし、最悪だったもの」

 

 「「「ねー!」」」

 

 「という訳で、私達はフレッド君推しだからね!」

 「頑張ってね!」

 「うん、ありがとう。美人なお姉さん達に応援されて嬉しいよ」

 

 「「「きゃ〜!!」」」

 

 え?キザ過ぎる?

 うーん、お母さんは本当の事を言っただけなのだけれど。

 

 ジークフリートも含め、女の子達にモテてるのも気に食わなかったのかしらねぇ、ガインさん、今度は姑息な手を使うようになってきて、あ、でも大体は小さいのよ?足をひっかけたり通りがかりにぶつかってきたり、そんな感じ。お母さんよりもジークフリートの方が怒っていたわ。

 

 お母さん?

 

 出された足を踏んだり、避けたり···あ、急に動いたせいでその時持っていた水をかけてしまったわ。わざとじゃないのよ。丁度水を飲もうとしてコップいっぱい入れた所だったの。

 

 そんなある時、ついに耐えられなくなったガインさんは町の素行の悪い知人達に頼んで、立てかけてある大きな木材を倒してお母さんを押し潰そうとしたの。

 そこは私兵の方々の指導のおかげで気をつけていたから、お母さんはすぐに気づけたのだけれど、運悪く小さな女の子がいてね、助けようとしたんだけどちょっと逃げるには間に合わなくて。せめてと思って抱き抱えてたら、その上にジークフリートが(おお)(かぶ)さってくれたの。

 その上に大きな木材が降って来てーー

 

 「ジークフリート!大丈夫!?」

 「うっ···く、お前の方こそ、無事か?」

 「ジークフリートのおかげだよ、女の子も大丈夫」

 

 すぐに周りにいた人が木材をのけてくれたわ。女の子も怪我一つ無かったし、怖くてちょっと泣いちゃっただけだったわ。ジークフリートも幸い血は出ていなかったけれど、しばらくは打ち身や筋肉痛で痛そうにしてたわねぇ。そこを名誉の負傷だって言ってつついて遊んでーーあら、お話がそれちゃったわね。

 

 丁度近くにいた他の巡回ペアが実行犯を捕まえてくれていたから問い詰めて、ガインさんの事が分かったの。ガインさんがした事は当然許される事では無いけれど、ジークフリートも巻き込まれちゃったから町では扱い切れなくなってしまって。すぐに領主様に使いが送られて、五年の強制労働と、領主様の一声で兵士にも騎士にもなれなくなってしまったの。

 

 「お前のせいだ!お前さえいなければ俺は兵士になれたのに!」

 「それは違います。ガインさんの行動が兵士として失格だからですよ」

 

 兵士っていうのはね、数で戦うものなの。もちろん個々が強いのは大切だと思うわ。けれども、兵士に求められているのは力よりも数と団結力。

 

 例えばだけど、あなたがアメニー一人に喧嘩を売られたらどうする?そうね、言い返せるわよね。でももしアメニーが後ろに友達を十人も連れて来ていたら?

 そういう事。数は力になるの。数で押し勝つ事も、相手の方が多いから勝つのは難しそうだから戦いをやめよう。そう思わせる事も兵士の力なのよ。

 

 そのためには団結力が必要になるわ。アメニーの友達が二十人いても、みんなが関係の無い事をバラバラに話していたらいけそうだと思わない?どんなに多くてもみんなの息がそろって動きもそろってなければ怖くはないわ。

 

 ガインさんはね、お母さんを追い落とそうとした事もだけど、普段から他の人を下に見て協調しようとしなかったわ。私怨で人を害そうとしただけでなく、関係の無い女の子やジークフリートも巻き込んだ。そんな人に兵士はおろか騎士になる資格なんて無いわ。

 

 ガインさんは領主様から送られて来た兵士に連れられて行って、お母さん達はそのまま残りの訓練を続けたわ。あの町の警備隊の人達、とっても強かったから楽しかったわぁ。

 

 最後の日はやっぱり町を上げてのお祭りでね、その頃には愛想の無いジークフリートよりもお母さんの方がモテてたのよぉ、うふふふふっ。

 

 「フレッド君、これ食べて!」

 「こっちも美味しいよ、フレッド君」

 「あ、あの、クッキー焼いてきましたっ。食べて下さい!」

 

 「「「抜け駆け禁止〜!!」」」

 

 ジークフリートと二人で女の子達に囲まれて、お母さんはともかくジークフリートは渋い顔をしてたわねぇ。そろそろ抜け時かなーって思っていたらね、

 

 「へいしのおにーちゃん!」

 

 あの時助けた女の子がいたの。

 

 「おや、元気にしてた?」

 「うん!あのね、おれーを言いにきたの」

 

 怖い物知らずな女の子はジークフリートの前に行って、リボンを結んだお花を差し出したわ。

 

 「たすけてくれてありがとう!」

 「っ、ああ。それが俺達の仕事だからな」

 

 ジークフリートはちょっと恐る恐る受け取ってたわぁ。そこにね、こっそり言ってやったの。

 

 「やったねジークフリート。自分で女の子を守ったんだよ?」

 

 ジークフリートとしてはお母さんを守っただけか、咄嗟(とっさ)に動いただけのつもりだったみたいでねぇ、ビックリした顔をしていたわ。

 

 「俺が···?」

 「そうでしょ?その花が証拠だよ」

 

 誰(へだ)て無くみんなを守りたかった。けれど、どうしても女の子を守れない。その事に苦しんでいたジークフリートが自分の手で女の子を守ったの。大丈夫、あなたは夢を叶えられるのよって、教えてあげたかったの。

 

 「おねーちゃんもたすけてくれてありがとう!」

 「どういたしまして、小さなお嬢さん」

 

 「···ん?待て、フレッドも『お兄ちゃん』だろう?」

 

 「そうなの?でも、おむねがやわらかかったよ?」

 

 「え?」

 「えっ?」

 「ええ?」

 

 「あれ?知らなかったの?」

 

 「「「ええええええええええええええええええ!!」」」

 

 別に特別隠していた訳じゃないのよ。お母さんの町の人はみんな知っていたから、同じようにみんな知っているものだと思っていたの。少なくともおじいちゃんとかから聞いてると思っていたのよ。

 後で知ったけれど、町のみんなもお母さんか誰かが言っていると思ってたんですって。おじいちゃんはお母さんが女の子である事を忘れてたって言ったから、コテンパンにしておいたわ。

 

 ジークフリートや私兵の方々も含めて町中ビックリさせちゃったわぁ。信じられないって警備隊のおじさん達や私兵の方々は叫び回るし、女の子達にはいっぱい触られて、本当に女の子だ!って言われるし。ふふっ、ちょっと面白かったわ。

 

 一番の見物はジークフリートね。がぱっと口を開けたまま固まっているんだもの。せっかくの男前が面白かったわぁ。

 

 「おーい、ジークフリート?」

 「ッ!!?!」

 

 お母さんが近づいたら、ゴキブリでも見たかの様な顔をして離れられてねぇ。ひどいと思わない?

 

 「お、おお、おま、お前···」

 「何かごめん、知ってると思ってたんだけど」

 「う、あ···」

 「ジークフリート?」

 

 「うあああああああああぁぁぁ!!」

 

 「ジークフリート!?」

 

 そのまま奇声を上げながら走って行っちゃって。その後、どうして男の子をしているのか聞かれたからみんなに答えて、私兵の隊長さんからは貴族とは何たるか···えーっと、女の子と同じ部屋では寝ないとか、身内でもない女の子と無闇に触れ合ったりしないとか、そういう事?を聞いたの。

 

 あちゃーとは思ったわ。知らなかったとは言え、貴族のいけない事をしちゃったんだなって。真面目なジークフリートの事だから、いけない事をしてしまって自分を責めてるんじゃないかって心配になって、後でお祭りを抜け出して探しに行ったわ。

 

 「ジークフリート···」

 「!!ああ、フレッド」

 

 「その、ごめんね。僕がきちんと言わなかったせいだから、もし領主様に怒られる事があったら、僕のせいだからって言ってね?罰だって受けるから」

 「いや、そこまでする必要は···むしろ俺の方が···」

 「わざとでは無くても、ジークフリートやみんなを(だま)してたんだもん、悪い事だよね」

 「そんな事は···」

 「ごめんなさい。僕は家に帰るよ」

 

 「違うんだ!!」

 

 ジークフリートは悔しそうな焦った顔をして、お母さんの腕を掴んだわ。女の子だと知ったお母さんを。ジークフリートは思い出したかの様に一瞬(ひる)んだけれど、離さなかったわ。

 

 「違う、そうじゃない。傷つかなかった訳じゃない。けど、俺は、それよりも助けられたんだ!お前に!辛い過去を無かった事にもせず、無理矢理向き合わせる事もせず、俺を守ると、俺の代わりに俺の夢を背負うと言ってくれたフレッドに、助けられたんだ!そう考えたら、お前が例え女だったとしても、お前が俺にしてくれた過去は消えなくて、お前はお前なんだって、俺の、相棒のフレッドなんだって、気づいたんだ」

 

 ジークフリートの目は真っ直ぐで、必死に伝えようとしていたわ。お母さんが嫌いになった訳じゃないって。

 

 でも、その後に目元を赤くして目を()らしちゃってねぇ。

 

 「その、落ち着いたら、むしろ俺の方が責任を取らねばならぬと思ったと言うか···」

 「責任?」

 「その、未婚の女性と同じ部屋で寝たり···訓練で幾度(いくど)も怪我をさせたし···肩を組んだり、だ、抱きしめてしまったり···」

 「なぁんだ、そんな事。そんなの気にしなくていいよ。訓練で怪我をするのは当たり前だし、じゃれ合うのは楽しかったし、こないだのも事故だし、お風呂だって別々だったじゃないか」

 

 「そ、そんな、事···」

 

 ジークフリートはこれでも貴族のお坊ちゃまだったから、誰かに見られたくないってお風呂は別々だったのよ。お母さんは庶民だからお兄ちゃんともお風呂に入るし気にしなかったのだけれど。むしろ毎日お風呂に入れるだけ贅沢で嬉しかったわぁ。うふふ。

 

 と言うか、まだまだ子どもだったから『未婚の女性』なんて言葉がちっともしっくり来なくてねぇ、ジークフリートはすごく驚いていたけれど、本当に『そんな事』だったのよ。

 

 「じゃあ、嘘をついていた事でおあいこって事で」

 「おあいこ···」

 「それともジークフリートは、もう僕の顔も見たくない?一緒に訓練もしたくない?」

 「そんな事は無い!」

 「じゃ、そういう事で。仲直りしよう」

 

 ジークフリートの腕を外して、改めて手を出したわ。ジークフリートったらおっかなびっくりみたいな様子で手を握るんだもの。笑いそうだったわぁ。

 

 「騙しててごめんなさい。これからもよろしくね」

 「あ、ああ、こちらこそすまなかった。これからも、その、仲良くしてくれると、嬉しい」

 「所で、今日も同じ部屋で寝る?」

 「ぐっ!!」

 

 

 ************************

 

 

 「その後に色々あって、結局お母さんとジークフリートは結婚する事になったのだけれど、別に責任を取ったとかじゃないのよ?普通に両想いなんだから」

 

 色々とびっくりする事ばかりだったけど、お父さんが女の子を嫌いな理由とお母さんは平気だって事は分かった。

 

 でも、納得いかない。

 

 「娘でも私はダメなの?」

 「んー、そうねぇ。分かったわ。ちょっとお父さんを怒ってくるから、待っててちょうだい?」

 

 私の頭を撫でてお母さんはお父さんの所へ行った。

 

 こっそり見に行こうかな。

 でも、お父さんが私とは話さないって言ってたらどうしよう。

 もし嫌いって言われたら···

 

 「あ!捨て子がいるぞ!」

 

 この声は町のガキ大将だ。いつも私をいじめてくる。

 振り返れば、取り巻きを連れてこっちにやって来た。

 

 「捨て子じゃないもん!」

 「だってお前、父ちゃんに嫌われてんじゃん」

 

 ずきりと、胸が痛む。

 ついさっき、お母さんは違うって言ってくれた。

 でも、本当は?

 本当にお父さんが私を嫌いじゃないかは聞いてない。

 

 「父ちゃんに嫌われてるから捨て子だろ?それとも捨て子だから嫌われてんのか?」

 「捨て子じゃないもん」

 

 言い返す声はさっきよりも頼りない。両手はスカートの(すそ)を握りしめて、目は靴を見てる。

 

 「嫌われてるのはホントだろ」

 「やーい!嫌われっ子!」

 「そのうち捨てられんだ!」

 「違うもん!」

 

 耳に触る声が私を追い立てて、痛くて、泣きそうで、私は、耳を塞いで、目を閉じて、逃げ出す事しか出来なかった。

 

 でも、ガキ大将達は追いかけて来て離れられない。

 

 「来ないでよ!」

 「捨て子のクセに逃げんなよ」

 「石投げてやろうぜ」

 「ええ、でも、警備隊長はとっても強くて怒られたら怖いっていってたよ」

 「怒られやしねぇよ、アイツ嫌われてんだから!」

 

 痛い。痛い。痛い。言葉の一つ一つが突き刺さる。

 逃げたい。聞きたくない。違うって言いたい。

 

 「あっ」

 

 足が落ちる。驚いて目を開ければ目の前に私が映って、水だって理解する前に私は川に落ちていた。

 

 冷たい、苦しい!

 

 「たすけっ」

 

 泳げないし足もつかない私は溺れるしかなくて、必死に水をかいて顔を出して、助けを求めるけれど、ガキ大将達は助けてくれない。

 

 ああ、お父さんも溺れた時、こんな苦しかったのかな。

 もがくのもしんどくて、どんどん溺れる。

 もう、むり。

 

 「マーガレット!!」

 

 大きな声が聞こえた。

 

 ドボンと音が伝わって、大きな波に()まれる。でも強い力で引っ張りあげられて、大きくむせた。

 

 「水を全部吐くんだっ」

 

 強い力で背中を叩かれて痛い。むしろそっちで息が詰まる。

 

 「げほっ、ごほっ、くる、しぃ」

 「大丈夫か?!しっかりしろマーガレット!」

 「あなたが強く叩き過ぎてるのよ。それに早く上がって来なさいな」

 

 誰かの焦った声と比べて、不自然なくらいおっとりしたお母さんの声がした。

 

 「おかあさん」

 「あらあらずぶ濡れね。今が冬でなくてよかったわぁ。それとも、真冬なら凍ってるから落ちなかったかしら?」

 

 そこじゃないよお母さん。

 

 それよりもね、気になるのはね?お母さんの後ろでね?頭から地面まで真っ直ぐに長い棒がね?刺さってるガキ大将達の事だよ?その棒はなぁに?

 

 「うふふふふふふ、私の可愛い娘に酷い事をしたんですもの。お説教するのに逃げられると面倒でしょう?」

 

 本当に刺さってるんじゃなくて、服とズボンの中を通って地面に刺さってるだけなんだ。それなら良かった。ガキ大将達の顔色は悪いけど。

 

 「あなたがさっさと向き合わないのが悪いのよ?だから、あなたもお説教ね?」

 

 笑顔で小首を傾げるお母さんを見て、私を抱き抱えてる大きな身体がびくりと跳ねる。

 私は、ずっと怖くて、気づかないふりをしていた、上を--お父さんを、見上げた。

 

 「おとう、さん」

 

 私を見下ろしたお父さんから冷たい雫が降ってきた。お父さんも私も髪までびっしょびしょ。

 

 「すまなかった、マーガレット」

 「お父さんは、私の事、き、きらい?」

 

 怖いけど、今しか聞けない。そんな勢いで言えたけれど、やっぱり怖くて(うつむ)きそうになる。そしたら、とっても辛そうな顔が見えて、抱き潰された。

 

 「そんな事ある訳無いっ、マーガレットの事を嫌いになるはずなんて無い!」

 「お、おと、さ」

 「好きだ、愛している!大切な娘だ!」

 「くぅ、しぃ」

 「嫌われたくなかったんだ···っ」

 

 そんな事よりも離して欲しい。溺れるくらい苦しい。

 

 「ジークフリート?」

 

 お父さんがびくっと跳ねて腕が(ゆる)んだ。私は解放された。助かった。

 

 「僕が言った事憶えてる?」

 

 お母さんなのに男の子みたいな声で、何だか怖い空気を背負っていた。私には何の事か分からないけれど、お父さんには覚えがあったみたいで、どうしてかがたがたと震え始めた。

 

 「フレッ···あいやフレディ、待ってくれ、俺が悪かった、謝るから」

 「この子達みたいに刺されたい?」

 「······」

 

 スっとお父さんが正座をした。初めて見るお父さんにびっくりしたけれど、それよりもお母さんが持ってる剣が気になった。

 

 いつから持ってたの?それ、お父さんのお仕事の剣だよね?本物じゃなかったっけ?(さや)に入ってるけれど、そのまま殴るのかなぁ?

 

 「マーガレット、あなたはお家に戻って着替えていらっしゃいな。しっかりタオルで拭くのよ?寒かったらお布団に入っててもいいからね?」

 「お父さんは?」

 

 お父さんは座ってる周りに水溜まりを広げている。

 

 「お父さんは大丈夫よ。男の子だもの」

 

 それは違うと思う。

 

 それと、お父さんはもう男の子じゃなくて男の人だよ?

 

 「さあ、風邪をひく前に行ってらっしゃい。悪い子達はお母さんが叱っておいてあげるわぁ」

 「うん、分かった」

 

 後ろでシャァアッて音と「ヒィイッ」て声がしたけれど、もう何も気にならなかった。

 

 お父さんは私の事が嫌いじゃなくて、私の事を好きで愛してて、嫌われたく無かったんだ。

 

 「よかったぁ」

 

 ずっと不安だった。ずっと怖かった。

 だけど、もう大丈夫。

 初めてのお父さんの抱擁(ほうよう)は冷たい水の中でも温かかった。

 真っ直ぐに私を助けてくれた。

 痛かったし苦しかったけど。

 

 「私も男の子にならないとダメかと思ったぁ」

 

 お母さんかっこよかったな。ちょっと素振りしてみようかな。

 水を吸った服は重かったけれど、心と足は浮いてしまうくらい軽かった。

 

お読みいただきありがとうございました。

最後の「シャァアッ」は鞘から抜いた音です。

その後?こってり叱っただけですよ?お母さんは今は女の子(女性)ですが、とっても強いのです。

お父さんは今は女の子(女性)が大丈夫になりましたが、昔に触れ合わなさすぎて娘に臆病になっていました。ヘタレです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 父アホ 子供男になる? ならない? 子供きっと剣がうまくなると思う。 母ににて剣がうまいと思う。
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